事業立ち上げのきっかけは、自身の体験から見えた顕在ニーズ
西浦明子氏
──まずは「軒先」を起業された経緯を教えてください。
2022年の4月で会社を起業して14期目になりますが、会社を興す以前は自分で事業をはじめたり、独立したりというのは自分のキャリアの選択肢にありませんでした。それまでは会社勤めをしていて、新卒でソニーに入社し、WEB企業やメーカーを経て、最後は外務省の外郭団体でODA(政府開発援助)関連の仕事をしていました。
転機は妊娠です。38歳という年齢もあり、体力面など鑑みて退職を決意。ですが、仕事自体はなんらかの形で続けていきたかったので、妊娠中、子育てをしながらできる仕事を考えていました。そこで思いついたのが自宅で出来るオンラインショップ経営でした。とはいえ、事業というより趣味と実益を兼ねたライトなものを想定していたんですが、それを始めていく過程で紆余曲折がありまして……。
──オンラインショップではどんな物を販売する想定でしたか。
販売しようと思っていたのは、南米・チリではポピュラーな、インテリア用の錫製の食器です。ソニー時代、チリに6年間駐在をしていて、その頃から好きでよく使っていたんです。日本であまり流通していないので、スモールビジネスにとして最適だなと思っていたのですが、当時はスマホもない時代。ECサイトも1つくらいでした。出店する場合、売り上げがなくてもランニングコストで月10万円程度必要になることを知り、輸入もするし失敗もしたくないなという思いが募っていきました。
そこで、まずは自分の手持ちやサンプルを取り寄せ、数週間のテスト販売を実際の店舗でしてみようと試みたんです。ところが不動産会社を訪ねてみても、短期間限定のお店が開ける物件はありませんでした。保証金なども必要となる長期での賃貸か、週末どこかで開催されているフリマか、極端な選択肢しかありませんでした。短期で商売をするためのインフラがない、と気づいたのが「軒先」の立ち上げへとつながっていきます。
──その気づきをどのようにかたちにしていかれたのでしょうか。
自分の実体験から、実はニーズが顕在化してないだけで「短期で商売したい人はたくさんいるのでは?」と脳内で仮説を組み立てていきました。もし1日数千円でスペースを間借りして出店できるなら失敗してもリスクは高くないし、スペースが余っている不動産のオーナーからしても利益になる。そんな“スペースをシェアする”マッチングサービスがあったらいいなと、構想を練っていったんです。
ですが何から手をつけて良いか分からなかったので、まずは夫に相談しました。私の夫は、23歳の時に不動産会社を始めてからずっと自分で事業をしています。不動産の知識も豊富なので、私のアイデアにも賛同してくれました。その時にアドバイスとして、事業として成功するか分からないのにいきなり法人化するのは得策ではないと言われ、最初の1年間は個人事業主としてサービスの立ち上げを進めていきました。
「軒先」の誕生、だけど最初は門前払いだった
──サービスの立ち上げまではどのように進んだのでしょうか。
スペースシェアのサービスを着想したのが2008年で、妊娠8ヶ月目の時です。まずはプラットフォームの場になるWebページが必要だと思い、企画書をまとめ、エンジニア会社を募集しました。打ち合わせをすると本サイトのローンチまで約半年ほどかかることがわかったため、まずはティザーサイトを作ってもらうことにしました。
そうしたらティザーサイトを見たキッチンカーの方たちから「こういうのを待っていました」と問い合わせが入ったんです。当時、キッチンカーの多くは、路上でゲリラ的に出店をされていたのですが、道路交通法が変わり、ちょうど取り締まりが厳しくなっていた頃でした。そのためキッチンカーの方たちは出店場所を開拓しなければならなくなっていたのですが、かなり苦労されていたようで……。問い合わせ内容は「日本橋の何丁目から何丁目に出店したい」といった出店エリアのリクエストが多く、出店場所そのものにニーズがあるんだなと気づかされました。
──そして半年が経過し、本サイトがローンチしたんですね。
はい。実はその時の物件数は8件だけでした。その8件のうち最も思い入れのある物件が横浜駅の西口にある制服メーカーの自社ビルです。2代目となる社長さんが「制服業だけではビジネスに限界があるため、新しいことにチャレンジしたいから是非貸したい」と仰ってくださったんです。キッチンカーでのランチ販売までこぎ着けた、弊社にとって初成約のスペースです。ですがこのように言ってくださるオーナーの方は稀で、ドアノックをしてもなかなか貸していただけないことの方が多かったです。
経済合理性の観点で考えると、初期投資もかからずオーナー側にはメリットしかないのですが、やはり知らないものや事例がないものには皆さん恐怖心を持たれます。私はいつでもスキマを測れるように、出産してから13年間メジャーを常に携帯しているのですが(笑)、当時は気になるスペースがあったら「自動車が入れるかな、天井高どうかな」と調べて、看板を見ては不動産会社に電話していました。しかし、ほとんどが門前払い。私たちも実績を持っていなかったので、交渉の場でも苦労しました。
リーマンショックによる不動産業界の不景気が追い風に
西浦氏が常に携帯しているメジャー
──借りてくれる方を維持するのも大変だったのではないでしょうか。
はい。問い合わせをくださったキッチンカーの方たちからリクエストされた物件を提供するまでには時間を要します。今もそうですが、物件(スペース)と出店者とのマッチは成約難易度が高いんです。借りてくれる方を探すのも初期は人海戦術でやっていたのですが、目をつけたのが都内の商店街にあるウィークリーショップでした。婦人雑貨や物産展などをやっていることが多く、狙っていたターゲット層でしたので。すでにWebサイトに掲載していた8件の物件情報を印刷し、こういう物件を扱っていますよとチラシにして配りました。自宅周辺だけでなく、都内のあらゆる場所を回リましたね。
──どのようにしてビジネスが軌道に乗りはじめたのでしょうか。
2008年はリーマンショックがあった年です。その影響で不動産が流動化できない(売れない)現象が起きたんです。そんな状況下で、売れない不動産を抱えた不動産会社の方たちが軒先のサイトを見つけてくれ、多少なりとも現金化できるならと参入してくれたことで潮目が変わっていきました。実績が増えていったことで「これくらいのスペースであればこれくらいの利益が出ます」と事例を具体的に紹介できるようになったことが大きかったです。
あとは保険をつくったことです。スペースを貸していただけない場合の理由として、トラブルへの懸念がありました。実際には問題は起こらなくても、万が一起こってしまった場合のために弊社としても保険に加入したかったのですが、既存の保険には私たちのビジネスをカバーできる商材がありませんでした。対象が不動産ではなくスペースで、かつ用途も人も日によって変わるため、保険のリスク計算ができなかったからです。
しかし実績が積み上がっていくことでリスク計算ができるようになり、最終的には海外の保険会社がオリジナルの保険を作ってくれることになりました。幸い使ったことはありませんが、保険があるとなしでは信頼も全く違いますからね。
想いを支えるのは、街のニーズとマッチする戦略的な展開
──「軒先」という社名・サービス名にはどんな想いがこもっているのでしょうか。
当時はまだほとんど選択肢がなく、eコマースと言えば「楽天」の存在感がとても大きかったので「楽天」を参考にしました。なので、できれば日本語が良かったんです。私たちはスペースを扱うビジネスをしているので、それを想起させる言葉が良い。そこで五感としても耳馴染みが良い「軒先」という社名・サービス名にしました。「軒先」は街のスキマを利活用したサービスで、現在「軒先ビジネス」「軒先パーキング」「magari」の3事業を展開しています。
「軒先ビジネス」は私が最初に着想に得た、物件にあるスペースと出店者のマッチングをおこなう従来のサービスです。「軒先パーキング」は2012年にスタートした駐車場をシェアするサービスです。実はこの年、マンションの所有者が空き駐車場を住民ではない方に貸し出す際にかかる課税が変わりました。それまでは、貸し出しの対象がひと区画だけでも全区画が貸し出しの対象とされて、その分の課税が掛かっていたのですが、2012年から課税対象が、貸した区画のみとなったので、サービスとして独立させました。「magari」は2020年からスタートしたサービスです。「軒先ビジネス」は物件のスペースですが、飲食店のスペースシェアになります。それぞれ需要が増えていくなかで分岐していったイメージですね。
今後は“お客様が出向く”から“お客様の場所にサービスが来る”に、世の中のトレンドが変わっていくと思うので、そういう意味でも「軒先」のサービスレイヤーはどんどん増えていく可能性があると感じております。
──それぞれ利益の算出や営業方法なども違ってくるのではないでしょうか。
「軒先ビジネス」は成約難易度が高く、数字の組み立てがなかなか難しいサービスです。ただ会員は都内に集中しているので、都内で稼働が高そうなエリアの物件を営業するようにしています。例えば、キッチンカーであればオフィス街といった具合です。スモールビジネスをやっている方が大半のため、場所代の上限も彼らの利益を元に算出しています。800円のランチを提供している場合、50食だと40,000円の売上になります。その売上の10%くらいが限度と考えると、1日4,000円で提供できる物件を探すようにするなど、ニーズ×マージンの組み立てで考えています。
「軒先パーキング」は周辺のコインパーキングの稼働率などから算出ができるため、数字の組み立てもニーズも見えやすいです。例えば2012年のサービス開設当時は、東京スカイツリーの周辺のみではじめました。東京スカイツリーが開業したのが2012年5月でしたので、当時は周辺のコインパーキングが整っておらず、毎週末、駐車場待ちの渋滞ができていたのですが、東京スカイツリーの周辺は町工場など、たくさん空き駐車場があったので、そこを開拓していきました。今後はニーズがEV車やドローンの充電に変わったりするかもしれません。
「magari」は「軒先ビジネス」と同じ会員の方に利用いただいています。元々飲食店では、水曜日だけ、昼間だけ店舗を知り合いに貸すといったようなスペースシェアは昔からおこなわれていました。それを、知らない人同士でもマッチングできるようにプラットフォーム化したものが「magari」です。飲食業はスモールビジネスの中でも最もハードといえる業種です。不動産を探すところから大変で、開業してからも大変。開業率だけでなく廃業率も高いのが飲食業ですが、もっとリスクなく始められたらという想いがずっとあって。例えば、「シフォンケーキ焼くのが得意だから週末だけお店を開きたい」といって人々が街に集まってくると楽しくなると思いませんか?
「やりたいこと」を常に明確にし、チャレンジを続ける
──ニーズに合わせてサービスを拡げてこられていますが、「軒先」の今後の事業展開についても教えてください。
そもそも拡大すべきか、という問題がありますが、私たちが運営しているサービスは生活の糧であり、なくなると明日困る人が多くいらっしゃるのが特徴です。それが事業を推進していくうえでの心の支えにもなっています。ですので、どういう太さであれ続けていきたいというのがまず第一にあります。
私自身危惧しているのが、最近どこの街に行っても都市が均一化していることです。一等地の駅前は、どうしても資本力のある会社が開発の中心となります。そのせいで街のユニークさが阻害されている気がするんです。私たちのサービスは、一等地の大きな一角は提供できませんが、一等地の街のスキマを開放してあげることができます。それによって街にユニークさを保つことができると信じています。今後はもっと街の魅力もっと引き上げる取り組みをしていきたいと思っています。地方自治体との取り組みも増えていっているので、そういう街づくりの事業にも今後参画していきたいとも考えています。
また今のWebサイトは物件のカタログのようになってしまっているので、それもいずれ改修したいと考えていますね。どういった方(お店)がどこに出店しているのか、そういったこともわかるようなコンテンツを配信していきたいです。プラットフォーマーとして、「軒先」に関わるスモールビジネスをどんどん紹介していきたいです。ほかにも商材と場所を提供して誰でもスモールビジネスがはじめられる「開業支援パック」もできたら面白いと思っています。やりたいことはまだまだたくさんあるんですよ!
──最後に、経営者として活躍されている方や、これから起業される方へのアドバイス、メッセージをお願いします。
実は、コロナ禍になってからバレットジャーナルと呼ばれるジャーナリングを始めました。デイリー・月間・年間のログを書いたり、今年やりたいこと100のことや、10年後の目標などをノートに書き留めています。朝に今日のログを書き、夜にログを見直すことをルーティン化することで、今日できなかったことは明日のログになりますし、達成したログに関してはやった時に感じたこと=感情のログも取るようにしています。
この作業は事業の展開にも役立っています。頭の中で思っているだけでは実現しづらいため「ノートに書き留めて、毎日見る」ことが肝心です。毎日見返すことで、今月・今年の目標を日々思い出すことができ自分自身に刷り込まれていきます。またあえて書く行為をすることで、頭の整理にもなるんです。これをはじめてから「やりたかったこと」がクリアになり、忘れなくなった気がしています。よければ一度やってみてください。
私が起業した頃よりも今は起業に必要なコストも下がっていて、資金調達もしやすい状況です。ですので、もし迷っているなら、ぜひ起業に挑戦してほしい。ですが、ウェブに載っている情報は良い情報しかないので鵜呑みにしない方がいいです。私の場合は起業の経験者である夫がすぐ近くにいたので色々と相談できましたが、誰に相談していいかわからないと思われる方もいらっしゃると思います。ですが、恥ずかしがらずに経験者をみつけて相談しにいくべきです。ただ、そこで言われたことを全部真に受ける必要はなくて、腑に落ちたところだけ受け入れればいいと思います。経験者じゃないとわからない辛い体験談は、オンラインだと話しづらいことも多いので、ぜひリアルでお会いして聞いてみてください。
■プロフィール
西浦明子
神奈川県生まれ、上智大学外国語学部卒。1991年にソニー株式会社に入社。海外営業部に所属し、1994年から南米・チリに6年間駐在。2000年、同社を退社し帰国。創業時のAll About Japanで広告営業を担当した後、2001年に株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント)へ入社。プレイステーションなどのゲームの商品企画に携わる。2006年同社を退社後、外務省の外郭団体でODA(政府開発援助)関連の仕事に従事。2007年の妊娠・出産を機に退職。2008年4月、スペースシェアサービス「軒先」を創業する。現在は「軒先ビジネス」「軒先パーキング」「magari」の3サービスを運営している。
軒先株式会社 ※外部リンクに移動します
軒先ビジネス ※外部リンクに移動します
軒先パーキング ※外部リンクに移動します
magari ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
取材・文・編集:井上峻(監修:コンデナスト・ジャパン)
写真:中田昌孝(STUH)
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