編集者の草彅洋平氏(写真中央)。編集のスキルと全方位型の知識を活かし、広告やブランディング、メディア運営から場所作りまで幅広く手がけている。そんな草彅氏が愛してやまないのが「サウナ」。「フィンランド政府観光局公式サウナアンバサダー」を務め、さながら伝道師のようにサウナの魅力を啓蒙している。
サウナはリフレッシュのためだけの空間ではなく、ビジネスにもいい影響を与えてくれると草彅氏。思考を整理し、人と出会い、サウナを通じてさまざまなことを学んできた。今回は、近年のサウナブームに伴うサウナ施設の新規開業について、思うことを綴ってもらった。決して儲かるとは限らないサウナ経営だからこそ、より問われる覚悟と愛。そこには、どんなビジネスにも通じる金言があった。
「サウナをつくりたい」という人の悩みに答える
空前絶後のサウナブームだ。
「サウナをつくりたい」
「サウナでビジネスしたい」
そんな悩める人からの相談がコロナによる大不況下を吹き飛ばすかのように増えてきた。僕は温浴経営者でもないため、きちんとしたコンサルができるわけもないのだが、そこそこサウナに詳しいため、気軽に意見をもらえそうだと思われているのだろう。
ところが僕に相談したところで、「サウナをつくりたい」と言われた瞬間、「趣味でやる以外、やめた方がいいですよ」と即答している。いまが供給過剰であること。一時的なブームが加熱していること。「タピオカ屋や高級食パン専門店みたいなものですよ。ブームに乗って中途半端なサウナつくってもね……」とやんわりと伝える。だが、どうにも伝わらない相手もいる。過剰なブームもあって、「サウナをやれば儲かる」と信じきっているタイプだ。
こういう目が血走った人は、サウナもビジネスも全然わかっていない場合が多い。一緒にサウナに入ってみると、ちっともサウナのことが好きでない動きをする。単に「ブームだから儲かるだろう」くらいのサウナ好きだから、思想と行動に一貫性がないのだ。
そこで風呂上がり、相手の頭の熱を覚ますため、ハイボール片手に僕はこんな話をする。
「まずサウナが儲かるか、冷静に考えてみませんか? サウナの価格は都心なら一回1,000〜2,000円、地方なら300円という激安な老舗もあります。それで大量の水を使われ、1時間も2時間も、長ければ半日以上すら滞在しちゃう客がゴロゴロいるわけです。これが一般的な温浴施設の価格帯とサービスですよ。例えば飲食店に置き換えた時、ラーメン屋だったら一杯1,000円で、滞在時間10分程度が目安。少ない滞在時間でお客を回転させて、利益を出すように努力していますよね。ラーメン屋とサウナ施設を比較して、この客単価と回転数で、サウナがはたして儲かるビジネスだと思いますか?」
この話を冒頭にすると、冷水を頭から被った人のように誰もがスッと我に帰った顔をする。
「ラーメン屋とサウナ施設だと、開業する際の面積規模も全然違いますよね? ある温浴事業者のプロの方が、一般的な温浴施設を開業するには最低550坪の敷地を必要とすると話してくれました。ラーメン屋であれば10坪もあれば開業することができますが、その55倍です。地方であればまだしも、500坪以上の賃貸物件は都内であれば家賃だけで毎月500〜600万以上は最低でもかかります。それを一人辺り1,000〜2,000円の売上で賄えると思えますか? 店舗を経営するうえでの考え方に『家賃は3日で稼げ』というビジネスの金言がありますが、家賃が月600万で一人の単価が1,000円だとすると、3日で6,000人集めないといけない。1日2,000人、集められると思いますか?」
この辺りで相手からはサウナを経営しようという熱がすっかり覚めていく。僕はハイボールの二杯目を頼んで、ついでにハムカツでも頬張りしながら、すでにルーチン化した内容を呪文のように唱える。
「そもそも賃貸というのが現実的ではなく、初期投資として物件を取得する必要があるんですよ。賃貸の場合、よっぽどな条件を除いて退去時に物件の原状回復工事が必要となりますよね。これは温浴施設の場合、土台無理な話です。というのも当初から温浴施設を想定して建てられた物件ならまだしも、既存の物件を温浴施設に改装するには、建築物に水の荷重がかかることを踏まえ、構造設計から考えていく必要があるからです。そこまで改築したものをまた大金かけて原状回復なんて、できるわけないですよね? 温浴の規模もありますが、事業の譲渡以外の賃貸物件で温浴施設をやるのは現実的ではないのです。というわけで550坪の物件を購入する予算はお持ちですかね?」
僕の発言に気圧されて「そうだよね〜。やっぱり難しいよね〜」と、最後にはすっかりサウナ施設を作ることを諦めてしまう人が多い。もちろんそんなバカでかい温浴施設なんかつくらずに、適当なサイズのサウナつくって儲けていく秘訣もあると思うのだが、僕はどれほどの覚悟なのか、相手方を試して揺さぶっているのだ。ここですっかり諦めてしまう人には、適当にお茶を濁してサヨナラをしてしまい、熱がある人には、どれほどの情熱があるのかを見極めようとしているのだ。自分のことながらイヤラシイ男である。
岩手県七時雨山荘のサウナにて。ロケーションがすごいサウナはその時点で優勝だ!
ただ愛を知りたい
熱、それは愛の総量だ。そもそもこんなに利益幅が低い商売に手を出す以上、儲けを考えて事業をスタートさせてはダメなのだ(いや、そんなこともなく儲かるのかもしれないが、僕は温浴事業者じゃないのでその辺りの話はプロに意見を聞いてほしい)。サウナに対する情熱がなければ、サウナ施設をやろうと思ってはダメなのだ。損得勘定でサウナをやりたいという奴は僕に関わらないでくれ、とすら思っている自分がどこかにいるくらいなのだ。
そう、僕は相手がどれほどの愛をもって接しているかを知りたくて、こんな面倒臭い話をしている。それはまるで男女が「どれほど相手が自分のこと好きなのか?」デートで巧妙な駆け引きをする素振りにやや似ているのかもしれないが、ここは単なるサウナの話。なんでも簡単に儲からない仕事は好きな人じゃないとできませんよね。
昔、『作家と温泉』という本を書いたとき、東京・浅草の「浅草観音温泉」という施設(すでに取り壊された)に取材に行ったことがあった。施設の支配人に話を聞いていると、どういう経緯でこのセリフを言われたかまるで覚えていないが(なにも知らない半人前の若造の発言にイラついたのかもしれない)、「温浴の仕事は排水溝に詰まった他人の体毛を平気で握れるやつじゃないと勤まらない」という言葉をもらった。この言葉は人生の一つの苦いエッセンスとして脳の襞に染み込んだ。
というのも先日新設されたサウナ施設で働くサウナーの若者が多いという話を聞いたとき、「2日で連絡取れなくなって、いなくなってしまう子も多いんですよ。サウナ好きという理由だけで働いてみたら、おっさんの汗や垢をひたすら清掃するという実際の作業に面食らって離職しちゃうんですね」という話を聞いて、フラッシュバックのように思い出したからだ。たしかにこんなサウナが三度の飯より好きで、こんな連載を書いている僕でもリアルに温浴施設に就職したら、2日でトンズラこいてしまうのかもしれない。
現実は残酷だ。その残酷さを乗り越えたものだけが自分の血肉と化し、本職へとアップデートできるのだろう。
ここ半年、サウナ施設の新規開業が続いているが、雨後の筍のごとく、似たような施設をぼこぼこつくっている印象もある。またその反対で、よくもまあ、こんな独創的な施設を作ったというオーナーさんもたくさんいる。事業者の熱意一つで施設の色合いは当然のことながらぜんぜん違うのだ。
そしてふと頭によぎるのは、数年後どれくらいの施設が残るだろうか、という未来への憧憬である。それぞれのサウナにかける情熱が自然と結果に出てしまうことは運命よりも自明なことだろう。
僕が好きな温浴施設は、老夫婦が営んでいるような年季の入った温浴施設で、孫の写真が貼りまくってあるワンコーナーがあったりするような施設だ。お湯だけでなく、愛が溢れている。それがいいのだ。
僕は風呂も好きだが、愛も好きだ。いや、風呂よりも愛に溺れて死にたいのかもしれない。
■プロフィール
草彅洋平
編集者。フィンランド政府観光局公式サウナアンバサダーの一人。著書に『作家と温泉』、『日本サウナ史』など。
日本サウナ史 ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
写真提供:草彅洋平 編集:榎並紀行(やじろべえ)、株式会社CINRA
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