編集者の草彅洋平氏(写真中央)。編集のスキルと全方位型の知識を活かし、広告やブランディング、メディア運営から場所作りまで幅広く手がけている。そんな草彅氏が愛してやまないのが「サウナ」。「フィンランド政府観光局公式サウナアンバサダー」を務め、さながら伝道師のようにサウナの魅力を啓蒙している。
サウナはリフレッシュのためだけの空間ではなく、ビジネスにもいい影響を与えてくれると草彅氏。思考を整理し、人と出会い、サウナを通じてさまざまなことを学んできた。今回は、コミュニケーションスペースとしてのサウナの素晴らしさ、実際にそこで巻き起こった出会いについて綴ってもらった。
サウナで「はじめまして」
僕はサウナを仕事の拠点にしている。あるときはコワーキングスペースとして。あるときは会議室として。あるときは接待場として。初対面がサウナで、そのまま友人や仕事相手に派生した人も多い。使う理由は単純に便利だからだ。会員登録せずに使えて、Wi-Fiがあって、仕事もでき、ゴロゴロできるし、安く、サウナまであるという場所は、温浴施設しか存在しないだろう。
「サウナがらみの仕事の相談にのって欲しい」
「一緒にサウナに行きたい」
「人を紹介したい。そしてその人がサウナ好きだ」
こうした連絡が来たとき、僕は最初の待ち合わせ場所を会社ではなく、サウナを指定するため、「はじめまして」がサウナからスタートする。
当然、サウナは裸だ。なので初見がいきなり裸のつき合いからのスタート。
待ち合わせ場所は、施設前か更衣室が良い。携帯がつながるうちに相手と会って、挨拶しておきたいからだ。浴室待ち合わせにすると、顔もわからないので、大抵出る時まで会うことができない。
浴室で話せれば楽しいが、最近はコロナ禍もあり、サウナ施設では一切喋れない場所も(喋るとスタッフに強制退場を求められる厳しい施設も存在する)。
こうした施設に呼ぶ人は、相手もサウナに慣れた人に限るが、脱衣場や洗い場でアイコンタクトで挨拶だけし、黙欲して一緒に入り、施設を出たところで初めて話し出す。
「水風呂がぬるかったですね!」
「でも外気浴のスペース良くないですか?」
一挙手一投足をお互い見ていたので、会話は旧知の間柄のような親密さに。喋れなかった分だけ、言葉が溢れ出す(銭湯でよく見かけるライオンの口から流れ出る水のごとく)。思わず店前で何十分も盛り上がってしまうほどだ。
サウナのスパイダーマン
不思議な話だが、サウナ室で知り合った人の方が距離感が密になる気がする。よく人は相手をより知るために、ご飯を食べたり、お酒を飲んだりするが、こうした会食よりサウナのほうがよっぽど効果的な気がしている。というのは結局サウナの後にご飯に行ったり、酒を飲んだりして仲良くなるというのもあるのだが、何より初対面のアイスブレイクにサウナがピッタリだからというのが挙げられる。サウナで副交感神経がゆったりとし、緊張が解けるからこそ、素の相手と急接近ができるのだ。
それにサウナの入り方を見ていると相手の「ひととなり」がわかる。相手がサウナが苦手なのか、これからサウナを好きになってくれそうな人なのか、好きと言っているけど好きではない人なのか、本当に好きなのか。理解するには無駄な会食を幾多も重ねるより、一緒に入るしかない。サウナに入れば相手を確実に知れるだろう。
以前こんな出会いもあった。
友達に呼ばれてサウナに行ったら、友達が友人を連れてきた。
サウナに入りながら雑談をしていたら、クラフトビールをつくっているという。そして工場を沼津に作ろうと計画しているが、場所が見つからないと話してくれた。
「沼津なら知り合いの施設で面白い場所がありますよ」
「ええ!? それは紹介してください」
沼津には「サウナしきじ」に行きがてら、何度も足繁く通った場所なので地の利があった。それで相手が何者か知らずにいろいろと紹介していたら、その人がスゴい起業家だとあとから知った。現在宇宙に行こうとしている実業家・前澤友作さんのお金配りを手伝っているARIGATOBANK共同創業者取締役の山口公大さんだったのだ! 彼とは時折サウナに行く仲だが、こうした話は損得勘定とは無縁のサウナの世界だからこそ生まれた繋がりの一例に過ぎない。
山口さんと「チームラボのサウナ」にて
フィンランド大使館商務部上席商務官の沼田晃一さんもサウナで繋がった人だ。彼からフィンランド人がサウナで人を繋ぐ人を<スパイダーマン>と呼んでいたという話を教えてもらった。
「日本人でサウナを好きな人はスパイダーマンが多いと思います。草彅さんはその典型。サウナに入らないと糸が出てこないスパイダーマンというのが面白いですね。ときには自分の吐いた糸でがんじがらめになったりしてね」
ジョークを交える沼田さんの示唆が興味深い。
今日も日本の空の下をサウナのスパイダーマンたちが駆け回っているという夢想をしながら、どこかのサウナに向かって歩いていく。
■プロフィール
草彅洋平
編集者。フィンランド政府観光局公式サウナアンバサダーの一人。著書に『作家と温泉』、『日本サウナ史』など。
日本サウナ史 ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
写真提供:草彅洋平 編集:榎並紀行(やじろべえ)、株式会社CINRA
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