「若者の活字離れ」最初の世代と言われて
――「本」や「書店」に対する思いは、どのようにして育まれていったのでしょうか? その原点をお聞かせください。
振り返れば、子どもの頃から書店が好きでした。近所の本屋さんにもよく行きましたし、家族でショッピングモールなんかに出かけると、親が買い物をしている間、僕は本屋で待っておくように言われていたんです。まったく苦痛ではなく、何時間でもいられましたね。
だから、僕が高校生くらいの頃から「若者の活字離れ」や「出版不況」といった言葉をニュースで聞くようになっても、リアリティーを感じなかったですね。自分は本が好きだし、書店に行けばたくさん人がいましたし。
ただ、大学生になって自分で雑誌をつくってみたり、出版を取り巻く状況について書かれた書籍などを読んだりするうちに、業界が大きなターニングポイントを迎えていることを肌で感じられるようになっていきました。
内沼晋太郎氏(取材はオンラインで実施しました)
――(内沼氏が)高校生・大学生の頃というと、1990年代中盤から後半くらいですね。
そうです。紙の出版物の売上(推定販売金額)は1996年にピークを迎え、その後は現在までずっと縮小し続けています。同時期に全盛期を迎えていたのが、ポケットベルです。当時、高校生だった僕も持っていて、休み時間になると一斉に公衆電話へ走り友人にメッセージを送っていました。思えばこのときから、人々が「日常で触れる文字」が「コンテンツ」から「コミュニケーション」へと少しずつ変わっていったような気がします。
――たしかに、その後もポケベルから携帯メール、SNSとコミュニケーションツールが発達し、短い言葉のやりとりが日常的なものになっていきました。一方で、コンテンツとしての文字が紡がれた本の売上は激減し、現在ではピークの半分以下にまで落ち込んでいます。
そうした流れもあって、「若者の活字離れ」と、さも若い年代だけが本を読まなくなったかのように取り沙汰されるようになったのだと思います。実際は若者だけでなく50代以降も読んでいないという統計があるようですが、当初、槍玉に挙げられていたのはなぜか自分たちの世代でした。
僕は本が好きだったし、メディアでそんなふうに言われ続けた影響も重なって、自分たちの世代で何とかしなければならないような気がしてきました。このままいけば、本がどんどん読まれなくなり、日常会話だけの文字が溢れる世界になってしまう。「活字離れ」の最初の世代として、プロによってつくられた文章コンテンツの面白さを伝え直したいと思うようになりました。当時はここまでの言語化はできていませんでしたが、漠然とした危機感から本の仕事をしたいという気持ちは抱いていましたね。
震災直後に実感した、本屋という場所の大切さ
――大学卒業後は「book pick orchestra」や「NUMABOOKS」を設立。本と人との偶然の出会いをつくる活動を続け、2012年には下北沢に「本屋B&B」を開業しています。本にまつわる活動のなかで、やはり実店舗をやりたい気持ちが膨らんでいったのでしょうか?
もちろん、純粋に「やりたい」という気持ちもありましたが、それ以上に「必要だ」と思ったんです。2011年の東日本大震災直後に、雑誌の企画で日本全国の本屋を訪問しました。当時はテレビもインターネットも震災のニュースばかり。もちろん必要なものですが、圧倒的に情報が偏っていました。そんななか、本屋という場所が人々にとって大きな存在になっていると感じたんです。
テレビをつけるとどんどん不安になりますが、本屋にはそういう偏りがなくフラット。さまざまなジャンルの本が均等に並んでいて、さらなる知識や情報が必要な人も気分転換の、エンターテイメントが必要な人も、それぞれが今求めているコンテンツを選ぶことができる。節電で灯りが半分しか点いていない本屋に人が集まる光景を見て、その大切さを実感しました。
――それはインターネット書店では得られない価値だったのでしょうか。
インターネット書店の場合は、自分の過去の買い物履歴から本をレコメンドされるなど、「パーソナライズされた偏り」が起こります。それがインターネットの良さでもありますが、ときには視野が狭くなったり、窮屈に感じたりすることもあると思うんです。その点、リアル書店はいつでも自由でフラットです。何もパーソナライズされず、さまざまな情報が並んでいる。日常のなかにそういう場所があることが、人々にとってすごく重要なのではないかと感じ、編集者でクリエイティブディレクターの嶋浩一郎さんと「本屋B&B」を開くに至りました。
イベントも「商品」のひとつ。だから価値あるものを
――店内で毎晩トークイベントをやる、本を読みながらビールが飲めるといった「本屋B&B」のユニークな特徴は、どのようにつくり上げていったのでしょうか?
新刊書店は基本的に、どこでも同じ商品を扱うことができます。長年続く出版流通の仕組みを使っている書店の多くでは、全国津々浦々、発売日に同じタイトルの新刊が並び、売れ筋の作家の本が目立つ場所に置かれている。いまは少し変わってきましたが、当時はその傾向が強く、同じやり方で今から小さい書店を立ち上げても、長く続けるのは難しいと思っていました。
そこで、まず一般的な「売れる本」にはこだわらずに、自分たちが「売りたい本」だけを一点ずつ選んで注文して、かつ、なるべくさまざまな分野の本を、世界の広がりを表現できるように工夫して並べることにしたんです。ただ、そういうセレクトをするためには通常よりも人的コストがかかるし、それに見合う売上増があるわけでもない。ならば、本を売る以外の収益の柱が必要になります。
――そのひとつがイベントだったというわけですね。
はい。とはいえ、本屋である以上、「本を売る」という行為と何かしらのシナジーがなければ意味がない。それは、カフェが併設されていることだったり、ギャラリーがあったり、さまざまなパターンが考えられますが、僕らはイベントを中心に据えることを選択しました。
イベントは本屋に人を集める手段でもありますが、同時に僕らにとってはオリジナルの商品でもあります。チケットのお金をいただき収益源とするからにはイベント自体も商品ととらえ、価値の高いものをつくる必要があると考えていました。
下北沢の「本屋B&B」。2020年4月1日からは同じ下北沢の「BONUS TRACK」に移転した(画像提供:内沼晋太郎)
――価値の高いイベントをつくるために、どんなことにこだわっていますか?
いくつかありますが、単なる「刊行記念イベント」にはしないということですね。もちろんイベントでは新刊を取り上げることが多いのですが、ストレートに著者がひとりで話すと、ただの宣伝になってしまうかもしれない懸念があります。それでお金をいただくわけにはいかない。ですから、本に関連するテーマを話すにしても、いかにここでしか聞けない内容を引き出すことができるか、という点に最も重きを置いています。そのためには著者からさまざまな話を引き出してくれそうな相手を探してブッキングすることや、イベントの内容を象徴するタイトル、告知文の書き方も重要になってくるんです。
――しかし、それを「毎日」やるのは本当に大変なことだと思います。どんなフローで回しているのでしょうか?
基本的にはイベントの担当者が考えています。新刊は毎日出ますから、そのなかからイベントにしたいものをセレクトし、誰に話してもらうと面白くなりそうか考える。あとは、打診して、時には断られて、また別の人に打診して……の繰り返し。ひたすらそれを地道にやるだけであって、そこに魔法のようなメソッドはありません。
ただ、ひとつ特色を挙げるなら、イベントの内容を決める際に「複数の人間の合意」は必要ないという点でしょうか。つまり、担当者一人の裁量がかなり大きいんです。でなければ、とても毎日なんてできない。誰かがひとつずつ中身を確認して、いちいち承認しないと進まないようなプロセスだったら、たしかに難しいでしょうね。
――とはいえ、一人に任せきりだと内容が偏ってしまうこともあるでしょうし、リスク管理も難しいのでは?
もちろん、スタッフ間で、「こういうイベントはB&Bらしいよね」「こういうのは違うよね」という大きな方向性は共有しています。ただ、「その本はつまらないからやめよう」とか、そういうダメ出しはしない。
そもそも、僕はお店を自分の美意識とか考え方に統一しようなどとは、まったく考えていません。B&Bはいわゆる個人書店のようにひとりでやるには大きく、かといって大型書店のように細かく分業することはできない、ある意味で中途半端ともいえる、難しいサイズ感なんです。けれどだからこそ、複数人の視点が交わるところに自分たちらしい、B&Bとしての価値観をつくっていくべきだと思っていて、そこを研ぎ澄ませていきたいと考えています。ある一定層の人たちだけに支持されるような店ではなく、「面積は小さいけれど世界が広い」店にしたいと思っているんです。理想に対しては、まだまだ道半ばですね。
■プロフィール
内沼晋太郎
ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。新刊書店「本屋B&B」と出版社「NUMABOOKS」の経営、「八戸ブックセンター」「BIBLIOPHILIC」などの仕事に携わる。バリューブックス取締役、散歩社取締役。
Shintaro Uchinuma ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:服部桃子(株式会社CINRA)
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