100%プラントベースかつ圧倒的に美味しいクッキーで、ヴィーガンでもそうでなくても、社会全体にインパクトを
まずは「ovgo Baker(オブゴベイカー)」のミッションを教えていただけますか。
私たちのミッションは食を通じて環境に配慮した優しい社会を作ることです。お店で出すものはすべて100%プラントベースで、環境問題や社会問題の解決につなげたいと考えています。「ovgo」という名前はOrganic(オーガニック:有機)、Vegan(ヴィーガン:菜食主義者)、Gluten free(グルテンフリー:小麦抜き)、Options(オプションズ:選択肢)の頭文字から採られています。海外ではヴィーガンが細分化されて、いろいろな思想を持っているけれど、そういうものをあまり気にしない人が食べたとしても「美味しい」と思ってもらえるものにしたくて。制限の中で作っていくと食べられる人、食べられない人の間で分断ができてしまいますので、インクルーシブを実現できればと思います。どんな人でも安心して食べられるものを提供したいですね。
旗艦店である「ovgo Baker Edo St.」の耐震工事による臨時休業に伴い、今年3月に「ovgo Baker Edo St. EAST」をオープン。淡いグリーンのテーブルを基調としたテーブルが印象的
ヴィーガンのためだけの商品ではなく、すべての人のための美味しいヴィーガン商品ということですね。
そうですね。環境問題や社会問題は一回やっただけでは何も変わらないし、より多くの人のアクションにしないと繋がっていきません。だから、まず大事なのは圧倒的に美味しいものにすること。そこから長く愛され、より多くの人に繋がっていけばそんなに嬉しいことはないです。
店舗では大人気のクッキーのほかマフィンやバナナブレッドまで。バリエーション豊かなヴィーガンスイーツが楽しめる
2021年に日本橋小伝馬町店をオープンされてから、順調に店舗数を増やされています。今後も広げていかれるのでしょうか。
日本を軸に、ゆくゆくはアジアも含めて海外に広げていきたいと考えています。まずはアメリカに行き、グローバルブランドとしての軸を立てて、日本の良さを活かしていきたい。日本にはプラントベースでおいしいものがたくさんあると思っています。あえて海外のフードテック企業が生産している商品をつかわなくても、もともと日本にある素材や調味料には、植物性で環境にいいものが既にたくさんあるので。そういうものを活かして美味しいものが作れることが、日本発のブランドとして一番の強みだと思います。
それにサステナビリティの考え方は海外の方がかなり先に進んでいます。日本ではB Corp認証された企業が20社弱ですが、海外では約6,000社が取得しており、同じ考えをもつ企業がブランドとして認知されているわけです。そういった企業と一緒に何かすることで、私たちも最前線の企業がどのようなアクションをしているのかを吸収し、いまの取り組みをさらにもう一段上に上げることができるのではないか…。よくそんなことをチームのメンバーと話してますね。
店内にはイラストレーターや写真家などの作品と並んで、B Corp認証のプリントがさりげなくディスプレイされている
環境×サステナブル×大好きなもの
たどり着いたのがヴィーガンクッキーだった
「ovgo Baker」といえば、まさに環境に対して負荷のすくないビジネスモデルを体現されていると思いますが、そもそも溝渕さんご自身はどのようにして環境問題に興味をもったのでしょうか。
正直なところ、20歳くらいのときは全く興味をもっていませんでした。同級生の中には社会貢献活動を一生懸命やっている子はいましたが、私はそういうタイプでもなかったように思います。ただ「フラットがいい」という根本的な価値観は、小さなころから変わらない大事な感覚としてずっと持っていたので、格差や上下関係などは嫌だなと感じていました。
イギリスに一年留学をしたのですが、たまたま住んでいたエリアがイーストロンドンという移民が多いエリアでした。またイギリスでは開発学を勉強している子がたくさんいたり、身近なところから興味をもつようになりました。イギリスはNGOなどの社会貢献活動が発達している国で、当たり前のようにチャリティのイベントがあるんです。そういうものに初めて目で見て、触れたことで、自分ごとになりました。そして日本に帰国して2年間くらい、子供の人権系のNGO「セーブ・ザ・チルドレン」でPRのインターンをしました。
窓には「ovgo Baker」のスタッフでもあるイラストレーター、lee quraの作品がペイントされている
では、卒業後にはNGOに?
NGOへの就職も考えましたが、もう少しサステナブルに、支援する国の人もいつか自走していけることを考えようと思い、まずはビジネスの組み立て方を知るために総合商社に就職しました。私は営業をやりたかったのですが、配属されたのは法務部で、契約証明書を取る仕事でした。周囲には弁護士の方も当たり前にいて、いろいろな事業部の方と仕事をさせていただいていました。そこで投資やライセンス契約などを見る機会も多く、ビジネススキームの契約書をつくる経験はとても役に立っていると思います。
ところで、クッキーというアイデアはどこから出てきたのでしょうか?
本当に、クッキーがずっと好きなんです(笑)。小さいころからずっと甘いものが好きで、いまもほとんど甘いものばかり食べて暮らしている感じです。中学生のときに英語の勉強も兼ねてニューヨーカーのブログをよく見ていて、「こんなに大きくておいしそうなクッキーがアメリカにはあるんだ!」って感動して。高校受験のお祝いとして、親に初めてニューヨークに連れていってもらったときに、ブログで調べていた「Amy’s Bread」とか、「Eileen’s Special Cheesecake」など、ニューヨークのトラディショナルなベーカリーなどを巡りまくりました(笑)。
ずっと食べる専門でしたが、社会人になったくらいのときからお店になかなか行けなくなってしまい...。今度は「クッキー作りに勤しもう!」みたいな感じで、自分史上一番美味しいアメリカンクッキーを作ることを目指して、2年間くらい、夜な夜なクッキーを焼いていました。
「ovgo Baker」代表の溝渕さん。最近は焼き菓子などのスイーツに限らず、ヴィーガンの料理全般に興味があるそう
社会人になってクッキー作りをはじめて3年くらい経った時に、もう少し自分の関心に近い仕事をしたいと考えるようになりました。飲食に関わる事業はもちろん、フェアトレードなど自分が心から共感する考えのもとにビジネスをやっていることが大事だなと感じたことも大きな理由のひとつです。2019年春に最初の会社を退職して、DEAN&DELUCAに入社しました。仕事が変わるタイミングでは、食にまつわる事物をとにかくたくさんインプットしたいと思い、2ヶ月くらいかけてアメリカと南米を見てまわりました。
ちょうどそのころビヨンドミートなどがアメリカで増えてきていた時期で。ヴィーガンは健康や動物愛護の目的としか知らなかったのですが、そこで初めてプラントベースの植物性の食事をしていくことが、食料問題の解決につながると気がつきました。初めはお菓子を作って、そこにフェアトレードのコーヒーを出せたら……と漠然と考えていたのですが、クッキーをプラントベースにすれば、私が好きなことが実現できるなと考えました。
原材料がプラントベースのものをいろいろ食べていましたが、私が好きなジャンクで満足感が得られるようなものはなくて。それならば自分で作ってみようと。友だちに食べてもらったら「美味しいじゃん!」と言ってもらい、そこから知り合いのカフェとかに置かせてもらったり、青山のファーマーズマーケットに出させてもらったりしたのが、ovgo Bakerの始まりですね。
甘さと酸味のバランスが絶妙で人気の「チョコレートクランベリーマフィン」。売り切れ必至なので、なるべく早い時間に行ってゲットしたい
失敗は悪いことではない
やってみたいことがあるなら絶対にやったほうがいい
これからいろいろなビジネスにチャレンジしたい方にアドバイスはありますか。
やってみたいことがあったら絶対やったほうがいいと思います。自分の生活に必要な水準を最初に把握したり、期限を設けた上で挑戦すれば、失敗しても得られることしかないと私は思います。むしろ学びにしかならない。やってみた結果、自分には会社員のほうが向いている、ということもあると思います。やってみて、これは違ったとわかるのも前進です。これは違ったけれど、次はもっと上手くいくかもしれない、と。だから、まずはやってみたほうがいいと思います。
実感がこもってますね。
もう毎日、成功と失敗がありすぎて(笑)。でも、そもそも成功や失敗の線引きをあまりしていないです。それに失敗は悪いことでは全くないと思っていますが、失敗したときのリスクは最初に考えておくようにしていますね。例えばどこかの会場を借りてイベントをやりたいと思ったら、具体的にいくら必要なのか、人を呼ぶのにいくらかかるのか…。そのあたりのリスクを取れるか否かは私や経営陣が考えるので、他のメンバーたちには、どんどんチャレンジしてもらうようにしています。やってみないとできるようには絶対にならない。うまくいかなかったところは、次に活かせばいいと思うんです。もともと三人で始めた会社ですけど、会社として人も増え、チームメンバーそれぞれが考えて動くことも増えてきました。そうしてみんなで成長していけるのは嬉しいですよ。
見た目にも華やかな焼き菓子たちが、どっさりと並ぶ様子は壮観だ。まるでアメリカ映画のワンシーンのような光景でもある
そうすることで、新しいことにも挑戦しやすくなりますね。これからは海外も挑戦の舞台になっていきそうですが、持っていると安心だなと思われているものはありますか?
海外でも使えるクレジットカードがあると安心ですね。前回のインタビュー(※外部リンクに移動します)でもお話したのですが、この3年で会社が急成長したこともあり、イベントに出店するときや、卸をもっと充実させるためにオーブンを買い足したいとなった時などには出費も多く発生しました。売り上げの入金までに必要となることもあるのですが、アメックスのビジネス・カードがあるので安心して購入できたりと、アメックスには助けられています。
最後に、今後のビジョンを教えてください。
日本ではまだプラントベースやサステナビリティという言葉が浸透していないし、あまり実感がない人も多いような気がします。それに日本人は真面目なので、「真面目なことを真面目な顔で語らなければならない」という風潮があります。それが、もしかしたら環境問題や社会問題に取り組むハードルになっているのではないかと思っていて。ヴィーガンも、「私は、1食は肉食べちゃう」、「朝と昼だけヴィーガン」というように、いろいろな度合いがあってもいいと思うのです。私は、真面目な顔で語る人が増えるよりも、少しでも関心を持ってアクションを起こす人数が増えることの方が、大きなインパクトを出せると思っています。食を通じて、「おいしい!」を通じて、日本でも海外でも、どこにいるかは関係なくみんなが一緒に関心をもつ社会になったら嬉しいですね。
■プロフィール
溝渕由樹
株式会社ovgo代表取締役1993年、東京都生まれ。大学卒業後、三井物産に入社、3年ほど法務関係の部署で働く。自分の仕事が誰かの役に立っていることを実感できる仕事がしたいと退社。ブラジルやアメリカを2カ月間にわたり一人で旅し、環境問題や食糧問題を知る。帰国後、フードビジネスの基礎を学ぶためDEAN & DELUCAにストアの社員として勤務。2020年から小学校の同級生2人と大学の先輩とともに「ovgo Baker」を設立。2021年6月に、東京・日本橋小伝馬町に初の路面店「ovgo Baker Edo St.」をオープン。
■スタッフクレジット
写真:太田太朗 取材・文:野口理恵 編集:成田峻平(ライスプレス)
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