昔気質の職人を説得するため、「適切な評価」と「ビジョンの共有」を重視した
――有松鳴海絞りを用いたプロダクトを「海外展開」することに対する職人の方々はどのように反応されたのでしょうか。
職人の方々は、自分たちの技術をもとに時間をかけてものづくりをして、評価されることを望んでいます。海外展開をすることで、自分たちの技術がないがしろにされるのではないかと不安を抱く人もなかにはいました。
たしかに何ヶ月もかけて職人がつくった大作は本当に素晴らしいですが、例えばそれが100万円もする着物だと、限られた方しか着られないものとなってしまいます。
伝統工芸の技術を次の世代に渡すことをいちばんに考えたとき、技術だけを最優先していても若い職人やマーケットはついてきません。次の世代がつくれる、そしてつくったものを着てもらえる。それができないと、ものをつくってつなげていくことはできません。そこでまず僕たちは、「生活に取り入れやすいプロダクト」を目指しました。一つの商品に用いる技術の数を減らし、シンプルな柄にしたところ、使ってくれる方が少しずつ増えていったのです。
その成果をもって、僕たちが目指すビジョンを職人の方々にあらためて伝えに行ったところ、「有松鳴海絞りという自分たちの技術が役に立っている」という実感を得てもらうことができ、「村瀬の息子がドイツで変なことをやっているぞ」と言いながらも(笑)、前向きに協力してくださるようになりました。
suzusanコレクションより。ネパールで手織りされた肌触りの良いベビーウールショールをベースに、鮮やかな色で雪花絞りが施されている
――職人の方々のモチベーションが変化していったんですね。
そうですね。ベテランの職人さんや、有松の後継者となる年代の人たちも誇りを取り戻してくれていると感じています。実際、技術を持った家に生まれた人のなかには、「家業を継いで伝統工芸の職人になっても、食べていけるとは思えない」と言う方もいました。でも、その考えも少しずつ変わり、「地域全体で有松鳴海絞りを発展させていこう」とするポジティブな流れになってきていますね。
―suzusanは現在23ヶ国以上で取り扱われていますが、世界で認められるようになったことで、ほかに変化はあったのでしょうか?
一番は、若い人たちが有松鳴海絞りに将来性を感じ、職人を目指して産地に来てくれるようになったことです。実際、suzusanにも10代から40代の若い人が12人、県内だけでなく沖縄や新潟、埼玉など全国から来てくれました。とはいえ、彼らにいままでと同じような分業のスタイルを伝えても、点でしか作業できなくなってしまい、継続や発展につなげていくことは難しい。分業の技術を集約し蓄積する必要があると考え、最初の工程から仕上げまで、一気通貫でできる工房を設け、技術継承に励んでいます。
それに、これまでのsuzusanは大人の女性に支持されることが多かったのですが、最近では、Z世代など、若い世代が興味を持ってくれることも増えました。ファッションとしてはもちろん、私たちのサステナブルなプロダクトづくりに魅力を感じてくれているようです。
suzusanのスタッフ
―次世代へ技術を継承することも重視しているのですね。
はい。今年(2021年)から中学校の国語教科書にも弊社の事例が採用され、授業で使われています。次世代につなげる仕組みを少しずつ、時間をかけてつくっています。
「伝統=価値」ではなく、価値を生み出すための「道具」
――昨今は南部鉄器のように、日本の伝統工芸が逆輸入されて注目されるケースも増えてきました。海外の方は、伝統工芸をどのような点で評価されているのでしょうか?
海外の人の日本に対する興味の視点はいろいろあります。アニメやポップカルチャー、旅行などの視点があるなかで、伝統工芸が好きという方は、「日本の美意識」に興味を持っていると感じます。
例えば1878年に渡仏し、ジャポニズムの文化を伝えた日本の美術商である林忠正も、庶民のものだった浮世絵をパリに持っていき、ゴッホなどの画家たちがそれにインスパイアされ、さまざまな作品を生み出しました。つまり、文化を転換して新しい価値を生み出したのです。そしてゴッホたちもまた、「フジヤマ、ゲイシャ」というテンプレートではなく、それまで欧州にはなかったまったく新しい色の使い方や構図、空間の使い方など、日本特有の美意識に惹かれたんですね。
同じ話題でいうと、1981年にヨウジ・ヤマモトが初めてパリでショーを開いたときも、ファッション界に衝撃が走りました。当時は色鮮やかで華やかな服ばかりがランウェイに上がっていた西欧において、ほぼ黒一色で構成されたスタイルは「黒の衝撃」と呼ばれるほどセンセーショナルでした。「足す」ことが美とされていたなかに、「引く」美しさを提示したのです。
どう評価していいかわからない価値観で印象づけ、だんだんと市民権を得ていく。また、受け手は自分たちが持っていない美学を、「価値」としてとらえる。このようなアプローチは、伝統工芸と通ずる部分があると考えます。
パリの歴史的建造物「Galerie Vivienne」にて行われたsuzusanの2021年秋冬コレクション展示会の様子
――海外に受け入れられやすい伝統工芸というのはあるのでしょうか。
そもそも伝統工芸は非効率なもの。すべて均一につくることはできませんし、ムラが出たり失敗したりすることもある。その代わり、つくる人たちの息吹を感じられます。それを生活の一部に置くことが、伝統工芸を購入する醍醐味だと考えている人が多いと考えます。
ですから、大きなブランドロゴが描かれていたり、見た目が面白くていかにも「バズりそう」なものより、いろんな国の文化にもスッと入っていける、生活のなかで使いやすく、うしろの風景に自然に溶け込むものが受け入れられると思います。僕たちはこういったものを「風通しの良いデザイン」と呼んでいます。
――「伝統」や「長い歴史」で売るのではなく、あくまで「ものとしての価値」を伝えるのですね。
はい。長い伝統や実績や、それ自体が「価値あるもの」ととらえられがちですが、僕たちは「伝統や実績」は「コミュニケーションツール」ととらえています。伝統文化をきっかけに「われわれはこういうものです」と、対話しているような感覚ですね。そのなかで、「話の内容」に共感してくださった方が「価値」を感じてくださっているのかなと思います。
ものづくりに重要な「5つのエレメント」
――2020年はコロナによるパンデミックで、経営が厳しくなる店舗も多々ありました。ヨーロッパ各国、日本、北米で展開されているsuzusanも影響を受けたのでしょうか?
コロナにより取り扱い店舗数は減ってしまったのですが、ヨーロッパ圏での売り上げがぐんと伸びたんです。僕たちもすごく驚きました。その内訳を見てみると、オンライン販売をしていない、地域に根づいたセレクトショップの売り上げが好調なことに気づきました。
ヨーロッパは規制が厳しく、ロックダウン中は長期の閉店を余儀なくされ、もちろん店舗でのフィッティングもできません。しかし、30、40年と長いあいだにわたり顧客とつき合い、関係を築いてきたセレクトショップは、それぞれの顧客の好みやサイズ、クローゼットの中身まですべて把握していて、「この人にはこれが似合う」「こういうアイテムは好みだろうけど持っていないはず」と、ニーズに合うアイテムを電話やビデオ通話で勧めるという、相手が見えるコミュニケーションを大切にしていたんです。
いわば外商みたいなものですよね。旅行ができないいま、お金の使い道がないので、購買意欲がすごく高まっています。そのニーズに対して、ヨーロッパに昔から根づいているセレクトショップの商売の原点ともいえる、「知っている人にしか物を売りたくない」という考え方が活かされていて、そこにsuzusanのものづくりの姿勢がフィットしたのだと思います。
村瀬氏のアイデアスケッチ
――コミュニケーションを大切にするスタイルと共鳴した「suzusanのものづくりの姿勢」とは、つまりどういったものなのでしょうか。
私は「物をつくるうえで、5つのエレメントが必要だ」とスタッフらに折々で伝えています。まず職人的な「技術」と「知識」、デザイナー的な「経験」と「センス」、これらの4つが一緒になることで物はつくることができます。最後にもう1つ必要なのがそれらをより磨くための「パッション(情熱)」。5つが合わさったときに、多くの人に伝わり共感される、良いものができるのです。歴史や伝統は、使ってこそ初めて価値を生み出すもの。未来へのビジョンがどれだけ描けるかだと思っています。この12年、本当にいろいろな人に助けられながら、ゼロからイチにすることができました。今後は、これらのエレメントをより意識しながら、1を10に、そしてその先どう継続させていくか。最終的にはこのものづくりが一つの文化になるまでもっていきたいと考えています。
■プロフィール
村瀬弘行
1982年名古屋市生まれ。株式会社スズサン / suzusan GmbH & Co.,KG 代表取締役 CEO兼クリエイティブディレクター。名古屋芸術大学テキスタイル学科客員教授。2003年に渡英し、サリー美術大学を経てドイツの美術大学・クンストアカデミーデュッセルドルフへ。在学中の2008年、suzusan e.K. (現 suzusan GmbH & Co.,KG)を設立。自社ブランドsuzusanを世界に広げながら、鈴三商店の5代目として有松鳴海絞りを次の世代につなげる活動を行っている。suzusanの商品を実際に手に取って試せる場として、秋以降も都内や中部地方にてポップアップを開催予定。詳細はウェブサイトより。
suzusan ※外部リンクに移動します
suzusan Online Store ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
取材・文:宇治田エリ 写真提供:suzusan 編集:服部桃子(CINRA)
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