たい焼き店オープンの理由は、研究の実践の場をつくるためだった
コンサルタントだけでなく研究者、そして人気たい焼き店のオーナーでもある辻井氏。
大手証券会社や東京都中小企業振興公社を経て、中小企業診断士として28歳で独立した辻井氏。調査研究業務を事業とする「ともえ産業情報」を設立し、コンサルタントとして地域や商店街の活性化事業などに関わるうちに、「従来の商店街活性化の考え方に違和感を持つようになった」と話します。
「商店街の活性化というと、どこに行ってもお客さんをどう呼ぶかという話が中心になります。とはいえ、そもそもお客さんは魅力的なお店についてくるもの。それなのに、多くの商店街では“お店を呼ぶ努力”をしていませんでした。私自身は、魅力的なお店が増えることが、商店街の活性化に繋がると考えていました。また、そうしたサイクルを生み出すためにも、最初の繁盛店をつくることが重要だと考えたのです」
そうした理論をもとに各地で商店街活性化に取り組み、なかでも広島県呉市の中心商店街活性化事業では、1年間で10店舗もの店舗を誘致し商店街の再生に成功。辻井氏が中心的な役割を果たした同商店街のプロジェクトは、中小企業庁が選ぶ「頑張る商店街77選」としても紹介されました。
その自身の理論を裏付けるために、35歳から大学院に通い、研究論文の発表や商店街再生のための提言をまとめた著書『なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか』も出版している辻井氏。
「著書や論文で理論をまとめることはできたものの、自分の研究に足りなかったのが“実践”でした。魅力的なお店が商店街を活性化させるというのなら、『魅力的なお店はつくれるのか?』ということについても、自分で検証する必要があるのではないかと。そこで、ひとつのモデルケースになるようなお店をつくろうと、『たいやき ともえ庵』をオープンしたのです」
わかりやすい差別化の創出と付加価値を伝えるための努力
“一丁焼”と呼ばれる手法で焼き上げるたい焼きは、今や日本で140軒のみ。
自らのお店をつくるにあたり辻井氏が考えたのが、「大きな資金をかけずに開業すること」と、「誰もが知っているモノを商品とすること」でした。
「誰も見たことのない商品を広めるようなブランディングは、小資本のスモールショップではコストがかかりすぎるうえに難しい。そこで考えたのが、誰もが知っている商品で明確な違いを出すことでした。色々と考えて行き着いたのが、今では全国的に少なくなっている“一丁焼”と呼ばれる手法で焼き上げるたい焼きだったのです」
街中でよく見かける大きな型で何匹も同時に焼き上げるたい焼きが“養殖もの”と呼ばれるのに対し、一つひとつの型で焼き上げるたい焼は“天然もの”と呼ばれ、全国に数十万軒あるたい焼き店の中でも今や140軒ほどという希少な存在となっています。
さらに辻井氏は、甘さをできる限り控えた餡と、「日本一薄い」と自称する皮を開発。そこにも、人が集まるたい焼きをつくるためのロジックがありました。
「メディアで美味しい和菓子が紹介される際には、たいてい『控えめの甘さ』や『上品な甘さ』といった表現が出てきます。たい焼きの餡も甘すぎない方が美味しいことは多くの消費者がわかっているのに、売っている側が実はわかっていない。だから自分がつくるたい焼きではとにかく餡の甘さを控えめにしようと。全国各地のたい焼きを食べ歩いてはこっそり糖度を測るなど、研究を重ねて理想的な甘さの餡を開発したんです。また、皮が薄くて餡がぎっしりと詰まっているたい焼きは多くの人に喜ばれますが、頭から尻尾まで満遍なく皮を薄くするには、実は技術や工夫が必要になります。この部分はなかなか簡単には真似ができませんから、商品の差別化という点で日本一薄い皮を実現することには意味があるだろうと考えました」
“日本一薄い皮”などは、簡単かつ明確に他店との違いを説明できる表現です。それに加え、珍しい“一丁焼”や“甘くない餡”という商品の特徴や魅力をきちんと伝えられるのは、「小さなお店だからこそのメリット」と、辻井氏は話します。
「小さなお店はお客さんと距離が近い分、スタッフによる発信や店頭のポップなどを通じて、色々なことをお客さんに直接伝えることができます。スモールショップの強みを活かすには、簡単な文章や一枚の写真で伝えられる商品の“付加価値”を持つことが大切。さらにはそうした商品の付加価値を、店頭やインターネットでの発信を通じてお客さんに伝える努力をすることが重要なのです」
価値ある商品を提供し続けることで、利益を生むことも、社会に貢献することもできる
「一丁焼」「甘くない餡」「日本一薄い皮」と、端的な言葉でお客さまに商品を説明できることが重要と述べる辻井氏。
地域や商店街のみならず、数々の中小企業や小規模事業者に向けたコンサルティングを提供してきた辻井氏。現在はたい焼き店のオーナーという立場にもなり、「やりたいことも妥協することも自分の意志で決められることや、自分の考えをダイレクトに形にできるのが楽しいですね」と、スモールショップ経営の魅力を語ります。
「当店のたい焼きを片手に商店街を歩く人の姿を見たり、お店に並んでくれる人たちの姿を見ると、とても嬉しくて幸せな気分になれる。そんな感情が味わえるのも、スモールショップのオーナーとしての喜びだと思っています。一方で、日本のスモールショップのオーナーさんの中にはお客さんを喜ばせることで満足してしまい、自分の収入や働いてくれるスタッフの環境などを二の次にしてしまいがちな人もいると感じています。社会還元のよりよい循環を生み出すためにも従業員を幸せにし、しっかり税金を納める責務が事業者にはあります。そのためにも粗利を取って利益を上げる。怖い気持ちも本当によくわかるのですが、勇気を出して値上げすることも大切だと私は考えています」
そう話す辻井氏の「たいやき ともえ庵」でも、オープン当初は150円だったたい焼きを徐々に値上げし、現在は250円で販売。とろけるような白玉の食感が楽しめる人気の白玉たい焼きも、発売当初の250円から現在は400円に値上げされています。それでもお店に行列が絶えないのは、たい焼きそのものの美味しさに加え、伝えるための努力や工夫によって、商品の付加価値がきちんと伝わっているからだといいます。
「多くの大企業も、もともとは小さなビジネスからスタートしたもの。もちろんすべてのスモールショップがビジネスを大きくすることを目指す必要はありませんが、小さなお店がきちんと利益を出しながらお客さんに価値を感じてもらえる商品を提供し続けることは、それだけで地域や商店街の活性化に貢献します」
経営コンサルタントとしての経験から、地域や商店街を支えるスモールショップの大切さを知り尽くしている辻井氏に全国のスモールショップ経営者に向けてのメッセージをお願いしました。
「ぜひ自分の商品の“オタク”になってもらいたいです。私自身も、普段から商品に関係のあるニュースを常にチェックし、時間があれば自分のお店に関連する情報を検索するようにしています。そうした習慣から生まれる色々なアイデアや取り組みが、魅力のあるお店づくりに繋がっていきます」
自らのお店で商品の魅力を最大化するためのチャレンジを続ける、スモールショップのオーナーであり経営コンサルタント。そんな辻井氏の言葉には、小さなお店の強みを活かすための数々のヒントがありました。
■プロフィール
辻井啓作
有限会社ともえ産業情報取締役社長/「たいやき ともえ庵」オーナー
1969年京都府生まれ。立命館大学法学部卒業後、大手証券会社、東京都中小企業振興公社を経て、中小企業診断士辻井啓作事務所として独立。その後、調査研究業務への事業の拡大を機に「有限会社ともえ産業情報」を設立。中小企業の経営や政策のほか、地方自治体の商業集積や中心市街地活性化などのコンサルタントとしても活躍している。著書に『なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか』『小さな会社・お店のための 値上げの技術』など多数。
■スタッフクレジット
記事:西田嘉孝 写真:遠藤宏 編集:ニューズウィーク日本版