地域の課題をビジネスできちんと稼いで解決する
――まずは、これまでの経緯含め、簡単に自己紹介をお願いします。
現在の活動は大きく2つで、一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(以下、こゆ財団)の代表理事と、農業の高齢化の課題をビジネスで解決するAGRIST(アグリスト)というスタートアップ企業の代表をしています。
これまでの経緯をお話すると、大阪生まれ、奈良育ちで、関西大学を途中で辞めてアメリカに渡りました。モバイルコンテンツが急成長している時代に、シリコンバレーの音楽配信スタートアップでクリエイティブディレクターとして働きました。
自分でも事業を起こしたいと考え、25歳で帰国。数年ぶりに帰ってきた日本で耕作放棄地が広がっていたり、地方の商店街でシャッター通りが増えていたりするのを目の当りにして、地域の課題をビジネスできちんと稼いで解決しようと考え、2006年にデザイン会社を起業しました。
その後、2011年の東日本大震災をきっかけに、これまで培ってきたスキルと経験は社会からのギフトだと考え、恩返しをしたいと地方創生に携わる活動を始めました。今でこそ、地域の課題をビジネスの手法で解決する活動は一般的になりましたが、当時はまだ新しく、日経新聞などのメディアにも多く取り上げていただきました。
――地域の課題をビジネスで解決する活動をさまざまな自治体で取り組んでこられ、こゆ財団の代表に招聘されたということですね。
2017年に人口約16,000人の宮崎県児湯(こゆ)郡新富町という小さなまちが、観光協会を解散して地域商社をつくったんです。
その際、知人からの声がかかったのがきっかけです。僕のこれまでの経験やスピード感ある推進を必要としていると伺い、代表に就任しました。
外郭団体とはいえ地方公共団体の代表理事は責任の重い任務なので、実は、一度お断りしたんです。でも、役場の皆さんが地域の現状に大きな危機感を抱き、本気で持続可能な地域をつくっていきたいと考えているのが伝わってきていました。それで、僕も覚悟を決め、お引き受けすることにしたんです。
――こゆ財団ではどのような取り組みをされてきたのでしょうか。
設立時点では、事業計画書もなければ資金もない、スタートアップのような地域商社でした。駅舎の改札の裏にオフィスを間借りして、中古の机と椅子、パソコンを買ってスタートしました。
まずは、お金を稼ぐにはどうすればいいかと考え、町の事業者の現場を訪問しヒアリングしました。その結果、地域の資源である「ライチ」に注目しました。2カ月ほどで1粒1,000円のライチとしてブランド化したのですが、自身もトップセールスでPR活動を行った結果大ヒット。そこでさらに、ふるさと納税を活用し、地域の産物を広く販売する取り組みも始めました。ふるさと納税の寄付額は2017年から2021年までの5年間で累計70億円にまで拡大しています。
その他、商店街の活性化と地域の場づくりや関係人口の創出のために「こゆ朝市」を定期的に開催したり、ローカルスタートアップの起業支援を行ったり、農業をやってみたい人と後継者不足に悩む農家のマッチングをしたり、などといったことに取り組んでいます。
こうした取り組みを通じて新富町へ移住する方が増えてきたのは嬉しいですね。我々の取り組みが着実に実を結んできていると、実感しています。
こゆ財団では「10年100社1000人の雇用を創出」することを目標に掲げています。すべては、持続可能なまちづくりのため。持続可能であるためには、新たな事業とその担い手が必要です。
――他にはない、こゆ財団ならではの特徴は何でしょうか。
1つ大きな特徴と言えるのは、お金の使い道です。ふるさと納税の成功報酬で得た手数料を、人材育成や起業家育成に投資しています。これまでの地域活性化では起業家への投資が少ないために、持続可能なものにならなかったんですよね。そうした投資を行うことで、都心部から多くの若者が移住しています。
この取り組みが認められ、2018年12月には、内閣官房・内閣府が選ぶ地方創生の優良事例に選ばれました。
こゆ財団は一般財団法人という非営利団体です。そのため、得られた利益を再投資することで、持続可能なまちづくりを行うこと大切にしています。
一部の人だけが富を独占する時代は終わり、お金も分散され、分権もされていくと考えています。こゆ財団では稼いだお金を町や人材育成に再投資しており、それが設備投資になったり新たな事業の資金になったりと、持続可能なモデルになっています。
特に、人に対してはどこよりも多く投資しているのではないかと思います。シリコンバレーでなぜあんなにイノベーションが起こり続けているのか。それはスタンフォード大学があるからではないかと思うんです。
教育や学びは、直接事業や地域活性化の成功につながることはないかもしれませんが、確実に個々、人の成長につながります。また、いい教育がある場所には、人が集まってくるものです。
こゆ財団は設立時に「世界一チャレンジしやすいまち」というビジョンを掲げました。これは、僕が10年間まちづくりの活動をしてきて、日本にはチャレンジの総量が足りないと考えたからです。
量があって、初めて質に転化できると思うので、チャレンジをたくさんしていくことが、やはり大切だと思っています。実際、このビジョンに共鳴した人が集まっていて、チャレンジを繰り返しています。たとえば、地域おこし協力隊で移住してきた人が起業したり、仕事で関わりを持ったりということが起こっているのです。
東京一極集中から地方分散へ「DAO(ダオ)」の概念に注目
――長くまちづくりに携わってこられて、ここ数年の潮流をどのように捉えていらっしゃいますか。
以前は、「地方はカッコ悪い」という印象が強かったのですが、長年の「地方創生」の政策により、「地方はカッコいい」「地方っていいよね」という雰囲気に変わってきているのは印象的ですね。
さらに2020年以降のコロナ禍においては、U・I・Jターンが加速するなど、また地方が違う見え方になっています。まさに、地方は今、新しい生き方や働き方のために身を置く場所になっていると感じます。
そうした状況で、僕が今注目しているのが、Web3(ウェブスリー:インターネットの新たな形)からの流れで出てきた「DAO(ダオ:分散型自立組織)」という考え方です。DAOとは、中央管理者がおらず、誰でも参加できる組織のこと。これを日本のまちづくりに当てはめると、中央集権から分散型社会になっていく、ということだと考えています。
これから「お金」「働く」「生きる」の3つのポイントがアップデートされていくと思います。
まずは、「お金」。これまでは資本主義社会の中で価値のあるものとしてお金を追いかけてきましたが、これからはワクワクすることや楽しいことをしていれば、お金はついてくる、というパラダイムシフトが起こっています。
「働く」では、すでに浸透していますが、リモートワークでそれぞれ分散した場所での働き方が広がっていく。そして、「生きる」では、これまでの終身雇用が終わり、ウェルビーイングを追求していく考え方にシフトしています。
――この「DAO」が新しいまちづくりのヒントになるということでしょうか。
はい。なぜ僕がDAOに注目しているかというと、これまで地方を活性化しようと取り組んできた人たちを見ていると、どうしてもみんな孤独になってしまうからなんですよね。
僕自身も同じような体験をしましたが、頑張れば頑張るほど、地域で浮いてしまい、後ろ指を指されてしまうことがあります。
でも、このDAOという概念があれば、遠隔にいる人たちともオンラインでつながり、アイデアをシェアし、新しい事業を生み出すことができるわけです。そして生み出したアイデアや事業を、自分の地域に実装し、プロジェクトを動かしていく。これが、今後非常に重要なポイントになると考えています。
そもそも、「地方」という概念自体、なくなっていくと僕は思っています。以前は「うちのまちに来てくれ」「移住してくれ」というのはあったけれども、今はどれだけ地域ごとにプロジェクトを生み出し、それを違う地域に横展開しつながっていけるかが重要になるのではないでしょうか。
――「地方」と「都会」という概念がなくなる。
「地方」「都会」とひとくくりにできないだけでなく、特定のまちですら一緒には語れないと思いますね。例えば、「まち(新富町)の皆さんはどう言っていますか?」とよく聞かれるのですが、16,000人いれば16,000通りの意見があります。それくらい、世界は多様になっています。この多様な価値観こそが強みになると思います。
地方創生DAOの具現化「地方創生の文化祭L47 in 新富町」
――2022年11月に開催された「地方創生の文化祭L47 in 新富町」の様子についても教えてください。
これは、北海道のえぞ財団が主催する地域のローカルプレイヤーが集まる完全招待制のイベントです。知り合いづてに声をかけたところ、どんどん縁がつながって2021年に引き続き、2022年もさまざまな地域から50人くらいが集まりました。
プログラムの中で印象的だったのは、メディア『Forbes JAPAN』とAmexが行っている活動の1つで、経営者のみなさんが他の経営者の方々に悩み相談をする「お悩みピッチ(※外部リンクに移動します)」の、ローカル&リアル版ですね。
今回は新富町の事業者のみなさんがお悩みの相談者となりました。新富町の酪農家さんがリアルな悩みをぶつけ、上場企業が支援しましょうと手を挙げるような場面もありました。この取り組みにおいて一番特徴的なのは、支援する側も自身の体験を言語化し、アドバイスに昇華することで勉強になっているということなんです。Give & Giveの精神が醸成されているのがすごくイノベイティブだなと感じました。
地域を超えて人が集まり、新たなプロジェクトを生み出して、またそれぞれの地方へと分散していく。まさにDAOを体現するようなイベントになりました。
――今後、こゆ財団の代表として挑戦したいことはどんなことでしょうか。
2017年の創業時、事業計画書も資金もなかった中で、役場から出向してきたパート社員やアルバイトスタッフの方を雇用していたんです。まずは、「この方々の雇用を守らなければならない」と、そのとき第一に考えたんですね。雇用をしっかり守っていくという思いは、今も変わっていません。
雇用とは、今は「お金を稼ぐ場所」ではなくて、「社会の中の居場所」だと思っています。つまり、人がチャレンジし、活躍するフィールドです。
「世界で一番チャレンジしやすいまち」とこゆ財団が掲げているように、新富町に雇用を生み出すということも、人々の居場所をつくるということと同義だと思っています
その上で、いかに持続可能性を高めていくか。やはり稼いだお金を再投資するのは勇気がいることなんですよね。内部留保を貯めたくなるのが普通です。でも、コロナ禍など、どんな状況であっても、勇気を持って雇用創出や人材育成に再投資し続けられる代表でありたい。これは僕のチャレンジでもあり、こゆ財団としても重要なポイントだと考えています。
■プロフィール
齋藤潤一(さいとう・じゅんいち)
一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 代表理事
AGRIST株式会社 代表取締役
1979年、大阪府生まれ奈良県育ち。米国シリコンバレーのITベンチャー企業でサービス・製品開発の責任者として従事する。帰国後、2011年の東日本大震災を機に「ビジネスで社会的課題を解決する」を使命に活動を開始。全国10箇所以上で地方創生プロジェクトに携わる。
2017年、宮崎県・新富町役場が設立した地域商社「こゆ財団」の代表理事に就任。1粒1000円ライチのブランド開発やふるさと納税で寄付金を累計70億円集める。2018年に総理大臣官邸にて国の地方創生の優良事例に選定される。2019年、農業課題を解決するために収穫ロボットを開発するAGRIST株式会社創業、代表取締役社長に就任。2020年にはIVSなど国内外10以上のアワードを受賞。2021年、総務大臣賞受賞、Forbes Asia 100選定などその活動はCNNで世界に紹介される。
■スタッフクレジット
取材・文:尾越まり恵 編集:後藤文江(日経BPコンサルティング)
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