「厳しい状況と前向きさ」その両方が伝わるよう、メッセージをつくり込んだ
ーー「THE GREAT BURGER」の存続のため、2021年2月から3月にかけてクラウドファンディング(以下、クラファン)を開催されましたが、どういった経緯で挑戦を決めたのでしょうか?
ほかの飲食店もそうだったと思うのですが、2020年4月に最初の緊急事態宣言が出たとき、僕の店ももれなく経営が悪化しました。まずは銀行からの借入れや助成金の申請など、できることはひととおりすべてやり、それでも苦しい状況だったので、皆さんの力を借りようとクラファンへの挑戦を決めたんです。
6月くらいからクラファンの計画は考えていたのですが、そのときはEC販売を強化したり系列店の集約移転を考えたりと、コロナによる対応に追われていて、手をつけられる状況ではありませんでした。そこですでにクラファンで資金調達を成功させていた友人に相談するなど、情報収集をしていき、12月頃から本格的に準備を開始。メンバーは僕を含めて5人で、アシスタント、ライターのほか、クラファン で目標金額の調達を成功させたことがあるアドバイザー2人にジョインしてもらいました。
車田篤氏
ーー実際にプロジェクトをはじめてみて、反応はいかがでしたか?
クラファンを開催すると、支援してくれた皆さんからコメントをいただけるのですが、そこには熱い想いややさしい言葉、お店との思い出などが書かれていて。毎晩届いたコメントを読んで、涙する日々でした。みんなから愛されている、存在価値のあるお店なんだ、自分たちがやってきたことは間違いじゃなかったんだとあらためて感じることができた。想像以上に救われましたね。
実際のクラウドファンディングのページ ※外部リンクに移動します
ーープロジェクトの文章を書くときに、気をつけたことはありましたか?
非常に厳しい現状であることを伝えながらも、絶望せず進み続けたいという、前向きな姿勢が伝わるようにしました。もともと僕らは、「みんなの笑顔を増やしたい」「幸せだと思える時間を増やしたい」という想いで飲食店をやっているので、そこの信念はブラさないようにしようと。その結果、表現も自然とポジティブなものになっていきましたね。
また、僕らの想いが皆さんに伝わるように、テキストをきっちりつくり込んでいくことも大切。そのため、これまで別件で何度も僕を取材してくれた信頼のおけるライターに頼み、いまの想いをあらためてヒアリングしてもらったうえで執筆していただきました。原稿確認では、表現が固かったり普段使わないような言葉がないかをチェックしたりして、「僕の言葉」に直して仕上げたという感じです。
ーー最終的に多くのサポーターが集まり、目標である1,000万円を達成。その理由は何だと思いますか?
「支援してほしい」とこちらの事情を押しつけるのではなく、支援してくださる皆さんがワクワクできる仕組みをつくったことが成功の理由のひとつだと思います。具体的には、どういうリターンにしたらこのプロジェクトに対し魅力を感じてくれるのか、時間をかけて練っていきました。
ーーアメリカ旅行へ一緒に行ける「ATSUSHI TRAVEL」など、ユニークなリターンがたくさんありましたね。
クラファンでは、プロジェクトページのテキストの一人称を誰にするかも重要なので、今回はお店でもスタッフ全員でもなく、「僕からのメッセージ」を伝えることにしました。ですからリターンも、「僕をとおして喜んでもらえるもの」を念頭に置いてみたときに、「一緒に旅をしよう」「一緒に働こう」という、フィジカルなリターンが自然と多くなりました。
もちろん、仲間内からは「旅行もままならない状況で大丈夫なのか?」という意見もありました。でも人って、未来の楽しみがあると明るくなれるじゃないですか。実際にそのリターンを購入する人がいようがいまいが、未来に光や希望を送りたいという思いで設定しました。
ーー特に反響があったリターンはありましたか?
「車田篤とランチ券」や、「飲食店向けのレシピ開発」「THE GREAT BURGERのスタッフになれる券」などは人気でしたね。実際に会って話して、一緒に何かをするということは、お互いに楽しい時間になる。それにお客さまがスタッフになってくれたら、その友達も遊びに来てくれるだろうから、お店としてもメリットになりますよね。
特に「THE GREAT BURGERのスタッフになれる券」は、中学生や高校生など子供を持つ親御さんからの問い合わせもあって、社会経験の場として価値を感じてくれたことに、新しい可能性が見えました。お金を払ってまで働くというのは、ちょっと前までにはなかった価値観ですが、いまは経験にお金を使う時代。自分たちがやってきたことは間違いじゃなかったと、自信を持てました。
リターンの一部。雑貨のプレゼントやレシピセットなども
クラファンは自分たちの真価が数字に直結する。だから「正直であること」が大切
ーー今回の経験でクラファンにどのようなメリットがあると感じましたか?
資金調達以外にも、僕たちが大切にしている「喜び」という価値の共有ができるという意味では、強力な手段のひとつだなと思いました。ほかにも、現状の発信、これまで温めていた新サービスのテスト、ファンを増やす、さらには宣伝など、さまざまな使い方ができることにもメリットを感じましたね。
ーー一方で、デメリットはありましたか?
いままでやってきたブランディングに逆らって、現状のリアルな苦しさを伝えなければいけなかったことですね。これまでは、「楽しさ」や「喜び」を伝えるために、実際に大変だったとしても、それを見せないようなブランディングをしていたので。
また、デメリットではないですが、いろいろな人が見るものなので、誤解を生まないように細部まで気を使う必要があると思いました。例えば僕の場合、毎年アメリカに8回くらい行って、いろいろな店で食事をしてインプットして、それをアウトプットして仕事につなげていましたが、実情を知らない人には「遊んでいる」「じつは余裕がある」ように見えてしまう場合がある。個人の日ごろの行動がどう受け取られるのか、誤解を生まないようにするために神経を尖らせる必要がありました。
ーー自分を軸にプロジェクトを動かしている人は、特に気をつけるべき部分ですね。ほかにも、クラファンの利用を検討する経営者の方々に向けたアドバイスはありますか?
現在コロナ禍でお店、特に飲食店が厳しいのは周知のことで、「助けてください」と言いやすい雰囲気だと思います。そこで変な小細工はせずに、「皆さんも大変ですよね。もれなく、うちも大変で。もしよければ支援してもらえませんか?」とシンプルにまっすぐに表現することが大切ではないでしょうか。正直に言うことは、ビジネスの基本であり、一番大切なことですしね。
またクラファンでは、そのプロジェクトが魅力的かどうか、自分たちの真価がダイレクトに数字に反映され、見る人全員に知られてしまいます。そういった意味ではとてもシビア。自分たちの真価が問われるものでもあるので、そこには勇気と覚悟が必要だと思います。
またリターンひとつとっても、どのようなリスクが伴うか想像して、注意喚起を書かなければいけない。そういったリスク対策やリターンの準備など、やるべきことの多さにハードルを感じる方は、控えたほうがいいかもしれません。
ーー今後はwithコロナの時代ともいわれていますが、お店のあり方は変わっていくと思いますか?
いまの時点では、僕自身もコロナ禍をうまく乗り越えられるかわからないけれど、人と人が出会って交流が起こる場こそがカルチャーを生み出し、新しいものを創出する。そういった場をつくり、なおかつ持続させることが、これからのサービス業の価値になると思うんです。
どれだけテクノロジーが発展しても、「温もりのあるコミュニケーションを求める」という人間の本質は変わらない。だから、自分たちがやっているサービスの価値を疑いすぎたり、否定したりすることはしなくていいと思います。そこは僕も含めて、諦めないで頑張っていきたいですよね。
「もうやめたい」と弱音を吐きたくなることもあるけれど、僕はとにかく人と関わることが大好きで。また人が集まってくる楽しい場所をつくるためにも、新しいことに挑戦していきたいです。
■プロフィール
車田 篤
1977年、愛知県生まれ。株式会社LDFS 代表取締役。2002年にカフェ「ease」をオープンしLDFSを設立。その後、2007年に「THE GREAT BURGER」をオープン。以降、飲食店だけでなくアパレルブランド、USA雑貨の販売など、アメリカンカルチャーを軸に衣食住にまつわる事業を幅広く展開。2021年には、事業存続のために立ち上げたクラウドファンディングで、目標金額1,000万円を達成した。
THE GREAT BURGER ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
取材・文:宇治田エリ 撮影:丹野雄二 編集:服部桃子(CINRA)