「職人×営業」のスキルセット実現をめざして
南部鉄器伝統工芸士会会長であり、数々の賞を受賞され、2018年には現代の名工に選ばれている父をもち、南部鉄器の製造で有名な盛岡のご出身ですが、大学入学とともに盛岡を離れ、大学院卒業後も東京の健康食品メーカーで働いていらっしゃいました。なぜUターンされようと思われたのですか。
子どもの頃は職人になるなんて考えてもいなかったです。まったく視野に入っていなかった。Uターンしたのは複合的な理由があって、2011年の東日本大震災もその一つです。健康食品メーカーでは営業の仕事をしていたのですが、通常ビジネスでは「違い」を作ることに力を注ぎ、その違いによってお客様に喜ばれている。日本の文化の一翼を担っている南部鉄器も、世界から見たら変なもの、つまり違うものなんですよね。
斜陽産業である伝統工芸の世界に踏み込むのは不安もありましたが、すごく価値や違いがありそうだという思いはありました。技術は高いのに職人目線でビジネスが展開されているところに課題感もあった。「職人×営業」のスキルセットが実現できると、ビジネス面でも楽しそうですし、幸い父親が高い技術を持っている職人でもあったので、職人も楽しそうだと考えて決意したというところです。
盛岡に戻った後はどのような活動をされたのでしょうか。
父親のもとで職人として修業しつつ、2013年にタヤマスタジオを設立。ものの販売だけにとらわれない取り組みを始め、いま10年が過ぎたところです。お湯を沸かす鉄瓶をアップデートすべく、2017年に“kanakeno”というブランドを立ち上げました。一方で父親が代表を務める田山鐡瓶工房では、伝統的な技術の粋が詰まった手作りの鉄瓶を作る旧来的なビジネスを行い、輸出に力を入れています。
自分がもつ営業の知見を活かして南部鉄器の「違い」を打ち出すことができれば、もっと可能性が広がるのではないかと考えた。
非合理なところに南部鉄器の価値がある
江戸時代から数百年も使われ続けている南部鉄瓶の魅力はどこにあるのでしょうか。
江戸時代に盛岡藩の藩主が茶の湯をたしなむために職人に茶の湯釜を作らせたのが南部釜の始まりと言われています。その茶の湯の精神が南部鉄瓶にもいたるところに入っていて、鉄瓶を通じて日本文化の要素を届けることができるという点が一つの魅力だと思っています。
手作りのものって非効率とか、非合理だとか思われることがあります。今は1,000円程度でお湯が早く沸く道具が溢れているから、鉄瓶で湯を沸かすのは非効率ではあるのですが、実はそこに価値があると考えて事業展開をしています。
これまでの南部鉄器は職人目線でビジネスをしているところに課題感があったということですが、具体的にはどういうことなのでしょうか。
伝統工芸という言葉に引っ張られているところですね。多くの人が伝統工芸は古臭いとか、扱いが難しいとか、そういうイメージを想起するでしょう。それは中で携わる人たちが、伝統とは変わらずにそのままあることだと捉えているからです。職人育成の仕組みや南部鉄器の良さを伝える言葉にもそういった思想が表れてしまっている。けれども僕は、伝統とは「変わることによって、あり続ける」ことだと思っています。普遍的な価値は大切にしつつ、時代に合わせてアップデートすることも必要だと思います。
そうした課題を解決するために、まずどんなところに取り組まれたのでしょうか。
僕が関わり始めた当時の南部鉄器の流通は、百貨店の催事などが主流でした。固定観念をもって考えていると流通も限られてしまう。試しに、中国で開催されたお茶の展示会に参加して、ブースを借りてPRしました。それがすごくうまくいって、3年分ぐらい注文が入ったんですよね。中国で販売したのは初めてでしたが、まずは買ってくれそうなお客さんがいるところに行ってみた、というのが最初にやったことになります。中国はお茶がすごく盛んなので大きなマーケットがあります。道具にこだわるプロの方たちが使ってくださっていますので、今も非常にハイエンドなものを中国に輸出しています。
ネガティブな面を受け入れないとポジティブ面を享受できない
販売のチャネルを開拓して手応えを感じられたということですね。新しいブランドkanakenoを立ち上げられていますが、背景にはどのような思いがあったのでしょうか。
「我々って何者だろう」ということを考えるのが大事だと思っています。鉄でできている鉄瓶は、実は絶対に錆びる道具なんです。多少錆びるのが普通の状態であり、50年や100年は使うことができる。錆びることを錆びてしまう、とネガティブに捉えてしまいがちですが、むしろ「錆びる」道具であるからこそ、価値があるんじゃないかと考えました。錆びるということをネガティブに捉えてしまうと、それならステンレスにすればいいかもしれない、となります。でもステンレスにした途端、デメリットが消えると同時に、鉄瓶だからこその魅力である、鉄分が補給できるとか、お湯がまろやかになるという機能も削ぎ落とされてしまいます。
一見ネガティブに見えるところを受け入れないと、ポジティブ面も享受できないのであれば、「これは錆びる道具です」と潔く言った方が共感は得られるし、プロダクトの特徴も伝わると思っています。kanakenoは、金属の味を意味する「金気(かなけ)」と助詞の「の」をくっつけた造語です。使っているうちに錆びてしまった鉄瓶でお湯を沸かすと金気がすることもあるのですが、kanakenoでは、金気をネガティブなものと捉えずに、その錆をきちんと手入れすることで鉄瓶を育てて欲しい、と考えています。錆びた鉄瓶に再び金気止めを施すサポートサービスも提供しています。僕らも錆のあり方をしっかり考えて広めていきたい、という思いをこの言葉に込めました。
30年かかっていた修業を3年に短縮させた
デザインがシンプルで、若手職人でもすべての工程を担えるよう開発された「あかいりんご」は数カ月待ちの人気。
kanakenoでは、りんごのフォルムをモチーフにした鉄瓶「あかいりんご」を販売されています。職人育成をスピード化する仕組みとしてスタートした「あかいりんごプロジェクト」について教えてください。
人が育たないと伝統は紡いでいけません。人材育成はやるべきことの一丁目一番地だと思っていました。一方で、社会から必要とされなければ仕事がないという状況もあります。人材育成という内側の課題とビジネスとして成り立つ製品というお客様に対する課題の両方を同時に解決できる方法はないか、と考え抜いた中で生まれたのが「あかいりんごプロジェクト」です。
この「あかいりんご」という製品の特徴の一つが、高度な技術を必要としないということ。経験の浅い職人でも全工程に携わりながら、しっかりと作れるデザインや工程を構築しました。若い職人が簡単な作業しかできないと技術も育ちませんし、職人本人も面白くない。「あかいりんご」は、ベテランが作っても若い職人が作っても品質に差がないように工夫されています。お客様にとっては品質の良いものが手軽な金額で手に入る、というメリットがありますので、購入いただけやすくなっています。
経験の浅い職人が手がけた場合も品質を担保するためにどのような点を工夫されているのでしょうか。
熟練の技術が必要になるのは、侘び寂びといった風情を出す、模様を付ける工程などです。「あかいりんご」は模様がないシンプルな作りになっています。ですが、丁寧な手作り品であることに変わりはない。それに、むしろミニマルなものの方が生活空間に合う、と考える方もいるはずじゃないですか。侘び寂びを感じられるものだけが正解ではないということです。熟練の技術が必要な部分を省けば若い人も作れる、と考えました。ちょうど今、仕上げとなる着色の工程をしている様子が見えていると思いますが、担当している職人は今で3年目です。父は着色をやるまでに30年かかったそうです。30年が3年と10分の1になっているのですから、職人育成短縮の試みの結果が出ていると考えています。
仕上げとなる鉄瓶の柄に漆を塗る着色の工程は技術を要するが、最短で技術を習得できるフローを構築したタヤマスタジオでは3年目の職人が担当している。
無駄がないベテランの所作をデータから学ぶ
職人育成のフローをデータ化する取り組みも行われているそうですね。
我々の仕事では、当然職人技という感覚的なものも重要になります。例えば着色という最後の工程は、七輪で炭を燃やしてその上に鉄瓶を置き、鉄瓶が300℃弱になったら漆を刷毛で塗っていく。300℃をどうやって測るかというと、じゅうじゅう鳴る音とか、煙の出方で判断する。つまり人間の五感がセンサーとなっています。でも一方で、物事を定量的に捉えることも大事だと思うんですね。自分の仕事が上手いのか下手なのか、何となくやっていると、成長していくときに差分がわからない。
うちの工房では、製造の全工程を約170に細分化してデータ化。どの工程を何単位やったかというのを各職人が積み重ねることで、ある程度、仕事の指標ができる。それを次のアクションに繋げていきます。実践してみると、3年ぐらいで中堅のレベルと同じぐらいに成長するということがわかってきました。
しかし、時間がすべてというわけではないんですよ。実は、良い職人は所作が綺麗なんです。道具の持ち方や体の使い方が洗練されている。つまり、無駄がないんです。やはり経験が浅いと余計な動きをしているので無駄が多くなります。それがデータとして表れるので、間違っている部分に対する気づきが得られるんです。一般の会社では見える化は普通に取り組んでいることですが、伝統工芸の世界でも可視化する効果はあると感じています。
所作については実際に姿を見て学ぶ部分が大きいのはないでしょうか。
はい。日本の文化には「守破離(しゅはり)」という考え方があって、まず型を「守って」、師匠と同じようにやっていく。そこから自分なりの考え方を加えたりして「破る」というプロセスに入り、最後は「離れて」、自分なりの型を作るんです。この「守破離」をやるためには熟練に学ぶプロセスが重要ですし、それによってPDCAのサイクルが早まります。職人自身に早く「離」を作りたいという思いが出てくると、多様な職人作家が世の中に生まれる。修業を効率化し「離」の域に達する職人がたくさん出てくることが、業界にとって必要なんじゃないかと思います。僕らはまだ「守」の部分。本当に根本的な部分に取り組んでいるところです。
伝統工芸のAI師匠誕生の日も近い?
AIを活用した知識共有プラットフォームを提供する企業と手を組み、ベテラン職人である父、田山和康氏がどのように思考しているかをAI化する試みを行っている。(写真提供:株式会社LIGHTz)
熟練した職人の思考をAI化しようというユニークな試みもされているそうですね。
指導ができる熟練の職人がいなくなったらどうするのかという課題感がありました。しかし、教えてもらうということは、熟練の職人の時間を奪うことにもなります。AI職人がいたら、職人育成にも上手く使えるんじゃないか。そんなことをずっと考えていたら、縁あって人工知能を活用したサービスを提供している企業との出合いがあり、父の思考をAI化するという作業に共同で取り組んでいます。
一つわかってきたことで言うと、我々の仕事は自主学習ができずにほとんどOJTなのですが、AIの導入によってOFF-JTができそうということ。例えば鋳型に鉄を流す作業では、穴が空いて欠陥が発生することがあります。そのときに、熟練の職人がいればトラブルシューティングができるんです。原因はこうだから、次はここに気をつけようと。若手職人はそれを学びながら習得していくわけです。つまり、OJTです。こういったプロセスをOFF-JTで、具体的にはタブレットを見ることで学べるようにしたいと考えています。動画を組み合わせていけば、いずれAI師匠もできるかもしれません。
継いでいくべきは技術だけでなく、鉄瓶にまつわる文化でもあるかと思います。文化などのソフト面を残すための活動もされているのでしょうか。
最近は世の中の環境が変わってきて、大量生産、大量消費じゃないものが注目されたり、多様性が重視されたりしています。そうした環境変化の中で、先ほどもお伝えしたように、古臭い、扱いが難しいと捉えられることが多い「伝統」に対する捉え方も変化させたいとの思いがあります。コロナがあって今は中断していますが、南部鉄器の背景にある歴史や文化、価値を伝える活動を「てつびんの学校」と呼んで開催していました。伝統工芸はこのままだと遺産になってしまう。社会の中で生かされない遺産になるのではなく、お客様と交流することで、資産として社会の中に組み込まれる存在にしていきたいと思っています。
お客様との接点を作るために、様々な取り組みを行っています。2019年にはカフェをオープン、お水の代わりに鉄瓶で沸かしたお湯を出しています。有無を言わさず飲んでもらう、というわけです。実はワークショップなどで、電気ポットで沸かしたお湯と鉄瓶で沸かした白湯のどちらが好きか、ブライドテストで飲み比べてもらうと、8割ぐらいは鉄瓶を選んでくださります。まろやかになる、質が変わることを人が味覚として感知しているということを、作り手は案外知らないんですよ。お客様と接するなかで学ぶことは多いですね。
ワークショップの参加者が鉄瓶を「鉄分を取れるサプリメント器具」や「育てる道具」と定義してくれることもあります。製品は経年劣化するというのが一般認識になっていますが、「経年美化」があってもいいのではないかと、作り手が気づかされる機会にもなっています。
南部鉄瓶の歴史や価値を伝える講座「てつびんの学校」を開催。参加者の言葉に新たな気づきを得られることが多いという。
最後に、工夫を重ね、課題や悩みに向き合われている中で、ご自身が大切にされていることを教えてください。
なんだろう。僕自身が大切にしていることでいうと、僕らの業界は一度社会実装されているので、そこから学べることはないかといつも気を巡らせています。歴史を紐解くこともそうですし、最近は禅にも興味があります。よく言われるのは、禅は主と客、自分と他が一体となる「主客合一」の状態を代替しているということ。スティーブ・ジョブズも禅に傾倒していたと言われますが、まさにiPhoneは主も客もなく、これ全体で一つとして成り立っていますよね。ジョブズも禅からそうした状態を学んだのではないかと思っているんです。
「温故知新」という言葉がありますが、普遍的に続いているものの中に人間を理解したり、ビジネスを理解したりするきっかけがたくさんあるような気がしています。ひとつでも気づきがあればそれを活かし、チャレンジしていけたらいいなと思います。具体的な計画があるわけではないのですが、どんどん世界にも出ていきたいですね。見ていただければ分かりますが、僕らは小さな工房で全工程が完結する規模感なので、可能性としては十分できます。
僕らが生きる社会がより良い社会になるように、いろんな立ち位置で頑張ると楽しくなりそうだ、そう思ってやっています。
■プロフィール
田山貴紘(たやま たかひろ)
タヤマスタジオ株式会社 代表取締役
1983年岩手県盛岡市生まれ。埼玉大学大学院を卒業後、健康食品会社に就職。2012年にUターンし、翌年、南部鉄瓶のアップデートに取り組むタヤマスタジオを設立。2017年に自社ブランド「kanakeno」をスタートし、持続可能な職人育成につながる「あかいりんごプロジェクト」を仕掛ける。2023年2月には県内外の作家の作品を集めたショップ&ギャラリー「SUNABA」をオープン。
kanakeno (外部サイトに移動します)
■スタッフクレジット
取材・文:小泉淳子 写真:桂嶋啓子 編集:Pen編集部