鳥の群れのように、才能が集まる会社に
—株式会社swarmは、プロジェクトごとにチームを編成するという動的なデザインファームを目指されていますが、建築事務所としてはめずらしい形態なのではないでしょうか。
建築家の場合、自分の名前を冠した事務所をつくり、そのボスのもとに若い人が集まってくるという組織形態があります。でも、ボスが引退したら新しい人が継ぐわけではないんですね。例えばファッション業界はコンテクストを引き継いで新しい才能がトップとして入ることに寛容さがありますが、建築の場合はそうではないのが特徴です。僕も「日高海渡建築事務所」と自分の名前を付けるようなカリスマティックな存在に憧れたこともありました。ですが、図面製作よりも空間の使い方を考えるといった企画の方が好きであったり、自分の得意不得意というのがわかっていたので、全てを自分でやる会社ではない方に向かっていったのだと思っています。
会社名の「swarm」は「鳥などの動物の群れ」という意味なんですが、swarmはプロジェクトごとにいろいろな方が集まってきます。もちろん社内で全体をこなすこともありますが、外のパートナーの方々と組んでプロジェクトに取り組むようにしています。
—そこにはどんな意図があるのでしょう。
建築家には新築が得意な人もいれば、リノベが得意な人もいたりと、人によって得意不得意があります。また、住宅を多く作っている方、商業施設を主に手がけている方など経験もさまざまです。例えば、もし何か作ろうと思った、「知り合いの建築家に頼もう」となるものですが、そうすると、意外とミスマッチが起きることも多いんです。だからこそ、swarmでは適材適所になるようにメンバーを集めるようにしています。プロジェクトごとに最適なチームを編成することはつくる側にとっても健全ですし、会社としても、固定化されず変化し続けることができ、多角的、多様な表現ができると思います。プレイヤー同士で繋がって戦っていく。それができる時代だとも思っています。
株式会社swarm代表の日高海渡氏
—打ちっぱなしのコンクリートと、印象的な大きな机と中東の絨毯、そしてワインの空き瓶と素敵な空間ですね。この組み合わせはどうやって生まれたのか、とても気になります。
ありがとうございます。僕は日本の大学に入るまで海外で暮らしていたので、エキゾチックな雰囲気なのは、そこに由来しているかもしれません。
生まれてすぐに家族でパキスタンに渡り3年間過ごし、そこから一度日本に戻り、小6から4年間はイギリスで暮らしました。大学は日本で、東京工業大学の建築学科です。建築学科は忙しくて、当時は泊まり込みで図面を描いたりと、建築にのめり込んでいました。大学時代は1年間イタリアに交換留学もしました。大学院まで進み、当時所属していた塚本(由晴)研究室がアトリエ・ワンという設計事務所を主宰していたので、卒業後はそのまま教授の事務所に入り、2年間くらい勤務しました。その後、27歳からフリーランスとして独立して事務所を設立し、設計の仕事を始めました。
—27歳で独立というのは建築家のなかでは早いのでしょうか。
建築家のキャリアとしては早い方だと思いますね。ただ、建築しかやってこなかったから、経営だとか、ビジネス的なことはわからなくて。フリーになってから先輩が「ツクルバ」という会社を立ち上げたので、業務委託でお手伝いをさせていただいてました。
—不動産サイト「cowcomo(カウカモ)」を運営している会社ですね。
「cowcomo」は、日本がいままでやってきたようなスクラップアンドビルド的な不動産の継承ではなく、リノベをすることで想いを繋いでいくような一点ものの不動産を紹介するサイトでした。建築会社で設計をしていると社内には設計する人しかいないのですが、ツクルバはいわゆるITベンチャーで、プログラマーやエンジニアもいるし、企画設計から運営までを自社で行う会社でした。プロジェクトの最初と最後を担う人たちが一緒にワンチームとなって働く体験ができたのは、自分にとって大きなターニングポイントになりました。
コンセプトを少し弱めて余白を残す
生活の蓄積が人を表し、家を育てる
—住居兼仕事場でもあるこの「ヨヨギノイエ」を手掛けられたのは独立をされた後でしょうか。
いまから7年前の2016年、当時28歳のときでした。この家は祖父母が50年前に購入して、賃貸物件として貸していたものなのですが、老朽化が進み家賃が下がってしまい、そのタイミングで僕が引き継ぐことになりました。僕は当時一人暮らしだったので、間取りが4LDKの100平米ではあまりに広すぎて空間がもったいないと感じていました。だからこの空間がきちんと使われるにはどうしたら良いのかと、ハード面、ソフト面の両面から考えてリノベーションの設計をしました。ハード面は、普通の住宅のようなしつらえだけど、事務所としても使えるようにと。だけど、そこにお客様が来るというだけでは物足りない。だからソフト面では、自分の事務所としてミーティングにも使えるし、ホームパーティーを開けるようなイベントスペースとして運用することを考えました。人を招くことで家が育っていくようなイメージです。
—ホームパーティーはどのくらいの頻度で開催されるのでしょうか。
週2、3回ですね。でも自分が主催しているわけではなくて、友だちに「場所」を貸して、そこに僕も参加させてもらうような形が多いです。これを7年間続けているので、友だちの友だちはもちろん、全く面識がない方もたくさん来ます。僕の場合、他の人に入ってほしくない寝室とバスルームには鍵をつけていて、それ以外は基本的に出入り自由です。だからリビングには当たり前にいろいろな人がいます。出会いの機会が多いので、そこから仕事に繋がったりすることもあるんです。
イギリスにいたころや、イタリアに留学していたときは、いわゆるシェアハウスみたいなものが若い世代では当たり前で、みんなで一緒に住んでいました。家というものがそもそもコミュニティーのような環境でした。だから僕の場合は、そもそも家の中に家族以外の人がいてもあまり気にならないというのが前提にありますね。
祖父母が住んでいたマンションを自らリノベーションした。写真上の手前にあるエリアが、写真下になる。衣食住に働・遊がミックスされた空間だ
—たくさんの人を招き入れることで「家が育っていく」というのは面白いですね。
最初にこの家に入ってきたとき、ワインボトルがたくさんあるのが目に入りましたよね。ワインボトルがあると、「あ、この人はお酒を飲む人なんだな」ということがわかります。さらにずらっと並んだワインボトルを見たら、この量をひとりで飲むことはないだろうから、たくさん人が来る家だとわかりますよね。そういうふうに、生活していくとその人の生活の蓄積が“人となり”を表すのです。
SNSでよく、「色数を抑える」とか「統一感を出す」というような部屋作りのポイント解説を見かけますが、それ自体は本質的ではないと思っています。空間をガチガチに設計してコンセプチュアルに作りすぎると、作った時点が一番美しい状態になってしまう。だからコンセプトを少し弱めて、空間を主体にするのではなく、人やその空間に現れる物の振る舞いを主体にする。そうすると許容度の高い空間になると思います。物の蓄積にパーソナリティが反映されているほうが楽しいですし、部屋を見ただけで、たくさん話をしなくてもみんなわかってくれる。そういう面白さがあると思います。
—余白の部分を残して設計されているということでしょうか。
設計するときに「どういう空間にしたいか」というよりも、「どういう生活がしたいか」ということを議論するようになりましたね。人の振る舞いをベースに議論していくと“育つ家”になりやすいと思います。
—商業施設や公共の空間を設計される際も同じように考えられていますか。
商業施設ではまた違う考え方なんですよね。例えばホテルやレストランはいつ行っても同じ風景が広がっているべきです。特にホテルでは行くたびに物が変わっていてはいけないわけです。一方で住宅とかオフィスでは、そこで生活する人がいるので、その都度、その人の生き方に空間が引っ張られて変わっていくものです。
場所の名前に縛られなければ
部屋はもっと自由に使える
—コロナ禍を経て、働く環境がオフィスに戻っていってはいるものの、リモートワークが根付き、ハイブリットに働くことがんスタンダードになりつつあります。仕事をする空間と居住する空間の境目が曖昧になってきていますが、その変化をどう捉えていますか。
家でリモートワークをするのはしんどいですよね。皆さん、空間の作り方が追いついていなくて、ちぐはぐな状態になっていると思います。
建築家の視点でみると、空間の使い方はその“場所の名前”に縛られてしまっているように思うんです。例えば、部屋に「寝室」、「リビング」という名前をつけますよね。でも、「寝室」でリモートワークをしてもいいわけです。いま僕はミーティングスペースの机でインタビュー取材を受けていますが、これはダイニングテーブルでもあって。仕事をしてもいいし、ご飯を食べてもいいわけです。
部屋には機能的な意味の名前がついていますが、その名前に引っ張られると、固定化された使い方しかできなくなってしまいます。でも本来、部屋の使い方は人の振る舞いで決めてよいと考えています。
—たしかに寝室+仕事部屋とか、ダイニング+仕事とか、もっといろいろ組み合わせても良いわけですよね。
もっと部屋の名前は複雑になるはずですよね。だからリモートワークのためにリノベをする必要はなくて、まずは普段使っている部屋をどう使っているのか、人の振る舞いや運用面、慣習的なものを振り返ってみるといいと思います。例えば寝室で仕事をするのは嫌だけれど、寝室という名前に引っ張られずに、そこに何か素敵なかっこいいものが置かれていたら寝室らしくなくなって嫌ではなくなるかもしれない。そうしたらもっと自由になれるのではないでしょうか。
差し込む日差しが気持ち良い窓側には、向かって右端にデスク(写真上)が置かれ、その左隣にソファと丸いテーブル(写真下)が置かれている。仕事と憩いの空間がシームレスに成り立っている
—最後に、今後チャレンジしてみたいと考えていることを教えてください。
僕たちは事業主から依頼を受ける側になることがほとんどなので、自分たちが事業主になってみたいなと思っています。資金調達もやりたいですし、自分たちでお金を出して、自分たちでホールドして物件と向き合っていきたいです。物件と一緒に成長していけるようになりたいですね。
■プロフィール
日高海渡
東京工業大学大学院建築学専攻修了。アトリエ・ワン勤務後、独立し日高海渡建築設計を設立。同時に東京工業大学大学院塚本研究室博士課程在籍。個人で活動しながら株式会社ツクルバにてパートナーデザイナーとして空間設計を複数担当。その後、戸井田哲郎とHaT architectsを共同設立、複数の空間設計のプロジェクトを手がける。事業拡大に伴い、2019年5月に株式会社swarmを創業。代表取締役に就任。
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■スタッフクレジット
文:野口理恵 写真:島津美沙 取材・編集:舘﨑芳貴(RiCE.press)