「地方でビジネスをするかっこよさ」に気づいた若者たち
ーーこれまで地方の経営者の方々を取材し続けてこられた理由を教えていただけますか?
地方のほうが、イノベーターが多いと考えているからです。社会やコミュニティーを自分ごととして捉えやすいのは、実は人口の少ない地域。一人ひとりの役割が大きく、地域から求められることや関わる世代も多層にわたりますから、それが思わぬアイデアや気づき、ひらめきに通じます。まさに現実に起きていることからリアルなイノベーションを起こしているところがおもしろいのです。特にここ10数年のあいだに、各地域で新しい事業を生み出す20代、30代の若い方たちが増えました。
そういった変化が起きたきっかけは、2004年の中越地震が大きく影響していると思います。国際NGOによる被災地へのボランティアの呼びかけなどを通じて、都心の方々が地方に興味を持ち始めました。いわゆる「関係人口」と呼ばれる人たちですね。観光でもなく定住でもない、定期的に特定の地域を訪れ、活動をする人のことで、そういう彼らは、現在、地域づくりの担い手として重要視されています。その後、各自治体による移住促進などの制度があと押しになり、ローカルビジネスに興味を持つ人がさらに増えていったというわけです。
富山県・魚津市にて開かれた「まちづくりフォーラム」の様子。多くの若い世代の方が参加した 写真提供:ソトコト
ーーボランティアから、徐々に地域に関わる人が増えていったのですか?
はい。具体的にいうと、例えば2009年に総務省によって制定された「地域おこし協力隊」は、地方自治体の募集のもと、集まった都心の方々に最長3年間の資金援助を行う制度です。これを使い、現地のアセットを用いたビジネスで地方を盛り上げようと考える社会起業家が増えていきました。
また同時期に、NPO法人「ETIC.」が設けた「地域若者チャレンジ大賞」というアワードも、地方でビジネスを生み出す牽引力となりました。これまでは「スローライフを過ごす場」と考えられていた地方が、「ビジネスで挑戦する場」にもなりうることがわかった。そこから、自分が持っている課題感のもとにビジネスを起こし、地域を盛り上げる人たちが増え、さらに彼らの姿勢を見た若い人たちが「地方でビジネスをすることのやりがいやかっこよさ」を知り、さらに起業する人が増える。そんなサイクルができているように感じます。
僕は20代の頃から、東北を中心とした中山間地域に足繁く通ってきましたが、当初は若い人たちが都心へ流出し、人口が減少している印象が圧倒的に強かった。でも、「地域おこし協力隊」をはじめとする制度の整備や、ローカルビジネスのやりがいが広く知れ渡ってきたことで、都心で得た知識を活かしつつ、地方に拠点を移してビジネスに取り組む人も増えてきたように感じます。
指出一正氏
「利益追及」だけ考えて起業する人は少ない
ーー地方での起業の理由は、どのようなものが多いのでしょうか?
自分が感じる課題感や、成し遂げたい世界のイメージをもとにビジョンを打ち立て、ビジネスを行っている人が多いですね。言い換えれば、単なる利益追及型というわけではない、ということだと思います。地方に足を運んでみた結果、何かしらの社会的な課題を見つけ、その解決が結果的に利益につながると気づいたり、地元から依頼を受けて取り組んだところ、収益になったり。起業のきっかけはさまざまですが、社会貢献を行うNPO的な活動と営利的な活動が混合している場合が非常に多いと感じます。
奈良県の奥大和エリア、川上村に移住した木工作家の渡邉崇氏のブランド「MoonRounds」の工房を見学している様子 撮影:Hiroaki Fukuno
ーー地方で起業するメリット、デメリットはどこにあると考えますか?
都心でのビジネスと比較すると、土地代や家賃、そのほか生活費など、ランニングコストが圧倒的に安く済む点です。不動産だと、東京での家賃と同程度の金額で購入できるビルなどが豊富にあります。実際に、購入したビルをリノベーションして、セレクトショップやカフェ、ゲストハウスを複合させた施設をつくる方もいました。そうした施設は面白さやファッション性に加え、旅を盛り上げる要素も持っているため、地域外の人が滞在するきっかけづくりにもなります。
デメリットでいうと、地域の人と距離感が近いため、プライベートとビジネスの境目が曖昧になり、気をつけないと非常に多忙になってしまうことですね。スローライフのイメージを持って地方でビジネスを起こすと、その忙しさに耐えきれず、つまずいてしまうパターンもあるので注意が必要です。
ーー実行してみると、うまく収益化できなかったというケースもあり得ると思います。そうなる前にできることはあるのでしょうか。
事前にリスクヘッジをしてからビジネスを起こすというケースもあります。開業前に都心に販路をつくっておいたり、副業的に地域で教室などを開き、現地にファンを増やしたり。でも地方で起業する人の多くは、数年後を見据えて堅実にビジネスをしていることが多いですね。
ーー地方で起業する人が知っておくと役立つ制度などはありますか?
先ほどお話した「地域おこし協力隊」は1年以上3年以内の活動で、報酬や活動費が出ます。そのあいだに自身のビジネスの環境を整え、徐々に収益化を測っていくケースが王道だと思います。行政によっては「ローカルベンチャー」などのビジネスプランコンテストを行って、チャレンジを中長期的にサポートしているところもあります。
ーー地方でも多種多様なビジネスが生まれていますが、長く続けるために必要な心構えなどはありますか?
一番のポイントは、「現地の理解者をどのようにつくっていくか」だと思います。地方には、やはり「外から来た人」に対して警戒心を抱く人もなかにはいます。しかし、その場所で長く続けるには、一人でも多く地元の人の理解を得る必要がある。「この人が言うんだったら信用できる」と思ってもらえるよう、地域の人たちと同じ視座で物事を考える姿勢や細やかな気遣い、適切な距離の取り方などを心がけて、「この人といれば安心できる」という雰囲気をつくっていくことが大切ですね。「安心の原理」です。
「シビックプライド」を育むビジネスが求められている
ーー現在、地方ではどのようなビジネスを求められているのでしょうか?
機能性があるモノを販売したり、さまざまな商品を取り揃えた利便性の高いお店を開くことももちろん大事です。しかしそれ以上に、地方で暮らしている人たちに、出会いや発見をもたらし、新しいコミュニケーション形成を支えてくれるビジネスや、「シビックプライド(都市に対する誇りや愛着)」を育む仕組みを取り入れたものだと考えます。いま地域で望まれていることは、「おもしろいことが起きること」と「そのおもしろさのなかに自分が関われること」です。商品開発でも、場づくりでも、この社会気分がローカルビジネスにもはっきりと求められています。
ーーその実例をいくつか教えていただけますか?
例えば、九州は鹿児島県阿久根市にあるイワシ問屋の下園薩男商店が運営する「イワシビル」。これまで阿久根市は、人がちょっと立ち寄ることはあっても、何日も滞在できるようなスポットはあまりありませんでした。そこで、「イワシビル」は1階をカフェとショップ、2階をイワシの瓶詰め工場、そして3階をゲストハウスにしました。泊まれる場所をつくることで、観光客が長期的に阿久根市の魅力に触れられるようにしたのです。さらには、これまでは地元から流出してしまっていた若者たちを採用し、働く環境を整えることで、人口減少の抑制にも一役買っています。
あとは、複数のローカルビジネスがコラボレーションして、地域を盛り上げる事例も生まれています。特に和歌山県田辺市ではその傾向が顕著ですね。市が主催しているローカルイノベーター育成プロジェクト「たなべ未来創造塾」出身のうなぎ専門店と梅農家がタッグを組んでスタートさせた、「鰻と梅の仲直りプロジェクト」は良い例です。うなぎの価格高騰という問題と、梅農家が抱えていた規格外とされる「つぶれ梅」をどうにか利用できないか、という双方の課題から立ち上がったプロジェクトです。昔から「うなぎと梅は食い合わせが悪い」と言われていましたが、その言い伝えを逆手に取り、意外性や珍しさという「付加価値」をつけることで大ヒット。双方の課題を解消しつつ、地域を盛り上げています。
重要なのは「ローカルを巻き込む」ではなく、「巻き込まれること」
ーー最後に、実際にローカルビジネスを始める前に覚えておきたいことを教えてください。
「地域の人を巻き込もうとしない」ことです。メディアなどがローカルビジネスを取り上げる際、「地域を巻き込む・変える」といった強い言葉を使いがちですが、地方の方々の目線に立って考えると、「強引に巻き込まれたくはない」はず。摩擦が生じないよう、目指すビジョンや現地で行いたいことについて、言葉を尽くして説明しましょう。地域独自のルールや考え方があれば、自分がそこに順応する気概を持って関わると良いのではないでしょうか。
あとは、やはりコミュニケーションです。地方では、すれ違った人と挨拶や雑談交わす風景がよく見られますよね。これらを通じてお互いの存在を認識し合うことが信頼関係を築くうえで重要です。身近な例でいうと、ECサイトで商品を購入してそれが届いたとき、手書きのメッセージが添えられていると、人の体温みたいなものを感じて嬉しくなりませんか? 交流においても同じです。積極的に自分の人となりを知ってもらうようにすることが重要だと言えるでしょう。
■プロフィール
指出一正
『ソトコト』編集長。1969年群馬県生まれ。島根県「しまコトアカデミー」メイン講師、静岡県「『地域のお店』デザイン表彰」審査委員長、奈良県「SUSTAINABLE DESIGN SCHOOL」メイン講師、和歌山県田辺市「たなコトアカデミー」メイン講師、山形県小国町「白い森サスティナブルデザインスクール」メイン講師、福島県郡山市「こおりやま街の学校」学校長など、地域のプロジェクトに多く携わる。経済省や環境省との取り組みも多数。著書に『ぼくらは地方で幸せを見つける』(ポプラ新書)。趣味はフライフィッシング。
■スタッフクレジット
取材・文:石塚振 撮影:kazuo yoshida 編集:服部桃子(株式会社CINRA)