近年、働く人々が複業化を図り地方の企業と協業する、暮らしやすい環境を求めてUターン・Iターンをするといった事例が目立つようになりました。これは、リソース不足に悩む地方企業にとって、好機ともいえる状況だと言えます。
前回の記事でお伝えしたとおり、小出宗昭氏は、地方に根を張る企業の業績をV字回復させる、より進化させる取り組みを行なわれてきました。地方企業が発展し続け、生き残っていくためには、どんな考え方が必要なのでしょうか?
地方企業経営者の悩みの根底にある「前向きさ」
――20年間、地方企業の経営者の方々と向き合われてこられましたが、抱えていらっしゃる悩みに共通点などあるのでしょうか?
この20年間、リーマンショック、東日本大震災、そしてコロナ禍と地方企業の経営を揺るがすさまざまなできごとが起こりましたが、私は経営者が持つ悩みの本質はずっと変わっていないと思うんです。それは、「いまよりもよい会社でありたい」ということです。というのは、私のところに相談に来るということは、なんとかしたい、現状を打破したいと思うからではないですか。それは、とても前向きな気持ちですよね。
地方企業の悩みというと、てこでも動かないようなとても難しく暗い問題のように当事者だけでなく多くの人に思われるかもしれません。しかし、そうではないということを地方企業のみなさんにはまず申し上げたいし、公的機関や民間で企業支援に携わる人、そして全国の経営者に、抱いている悩みは前向きな気持ちから来るものだと地方企業に関わるすべての人にわかっていただきたいです。
そのうえで、企業支援の世界では「中小企業や小規模事業者は業種も企業のかたちもさまざまだから、悩みも多様であろう」とよくいわれます。私は、ある一面ではその意見も正しいと思います。たしかに、f-Bizを運営していたときも、本当にいろいろな相談を受けました。しかし、先ほど申し上げた「いまよりもよくありたい」、よくあるためにはどうすればよいかとの前提に立ったとき、経営者にとっての喫緊の課題でありニーズであるのが、売上を伸ばしたいということなんです。
そのほかの悩みというと、後継者問題や人手不足などがありますよね。ただ、これらは構造的な問題であって、極端な話、すぐに解決しなくても会社が存続できないわけではありません。一方で、売上が立たないとただちに会社の経営に悪影響を及ぼしてしまいます。つまり、地方企業や中小企業などの経営者が持つ悩みの根本は、売上についてなんです。
小出宗昭氏
従来の地方企業支援の現場では、こうした経営者の悩みに対して相談を受ける人が問題点の指摘とのその企業の分析に終止してしまっているケースがほとんどでした。ただ、これって病院でたとえればお医者さんが血液検査やCTスキャンをして患者さんに「あなたはここが悪いですね、治ってくださいね」と言っているのと同じなんです。それでは病気は治りませんよね。治すためには積極的な治療、積極的な手術が必要です。
では、企業においての治療、すなわち売上を立てなければならないという問題を前にしたとき、方法は3つしかないんです。販路開拓(既存の販路を広げる)、新商品・新サービスの開発、新分野への進出、です。これらは大企業であれば経営企画室やマーケティング室が行う仕事ですが、ほとんどの地方企業にそんな部署はありませんよね。だから、問題点の指摘や分析をするのではなく、販路開拓、新商品・新サービスの開発、新分野進出を実現するために知恵とアイデアを出すのを、私は自分に課したミッションとしていました。
まず必要になるのが、「その企業のセールスポイントを発見する」ということです。先ほどお話したような問題点の指摘や分析を私がしてしまったら、経営者はモチベーションを下げてしまうはずです。そんなことは、顧問税理士や銀行からさんざん言われていますから。また、私が銀行にいたころM&A業務に就いていましたが、銀行がM&Aの仲介をするというのは、ようするにある会社を商品として売り出して、その会社のセールスポイントはどこかを示すことなんです。これは、企業支援の現場でも同じことが言えるだろうと、支援する企業のセールスポイントを見つけるよう、努力しています。
ただ、経営者からすると自社や商品を近い距離で見ているがゆえに、自分たちの考えるセールスポイントと本当のセールスポイントがずれてしまう場合が多々あります。
――それは、どんなずれでしょうか?
実例を挙げますと、増田鉄工所という会社の幹部がf-Bizにお見えになりました。この会社は、通常複雑な大型金型を製造する際、従来は複数の部品を作ってそれらを組みあわせて製造するのが一般的だったのを、一体構造で加工する画期的な技術を開発しました。ただこれがなかなか売れませんでした。技術の優位性を詳しく説明してくれましたが、私は、お客さんは技術力が欲しいわけではないよな、と思ったんです。
そこで、この金型がもたらす効果に着目すると、5つの側面からコストダウンができることに気がつきました。結果的に、普通は無機質な製品番号で呼ばれる金型に「金型革命5(ファイブ)ダウン」と名づけセールスポイントが伝わりやすい形でPRしてもらったところ、以後の半年で50個も売れたんです。これは、経営者が商品との距離が近すぎるがゆえに、本当のセールスポイントに気がつきにくい例と言えるでしょう。
――セールスポイントはあっても見つけられていない場合があるということでしょうか?
そうです。地方企業の経営者に「御社のセールスポイントは何ですか?」と尋ねても、「ウチはそんなものないよ」とおっしゃられる方が少なくないのは事実ですね。そこで、もう1つ例を出すと、静岡県島田市にイトーという会社があります。大手紡績会社の下請けとして仕事をする一方、綿ぼこり除去製品を製造していた同社の専務(当時)は、「下請けから脱却し独自性のある商品開発がしたい」と言い、f-Bizに来られました。ただ最初の面談ではセールスポイントがなかなか定まらない。そこで私は箇条書きで強みと思うものを書き出してきてください、と宿題を出しました。
そこには驚くべきセールスポイントがありました。同社が作っていた綿ぼこり除去製品は、一度キャッチした綿ほこりを逃さないつくりで、しかもこの製品を製造しているのは今ではイトーのみだという。
紡績工場が廃業や海外移転等で少なくなってしまいその売上はピークの数分の一まで下がりこれ以上の展開は無理と考えていましたが、私は、これはすごいぞ、と思いました。全国の工場で使われていた道具ということは、プロからの支持があったわけです。そこで、この道具をすき間やテレビの裏などといった狭い箇所のコンセントについた埃をとる道具として一般家庭向けに売り出してはどうかと提案しました。そういった埃をとらないことによる火災が数多く発生しているからです。商品化すると、東京の大型雑貨店で飛ぶように売れ、全国的に販売されるようになりました。現在では、海外でも販売されています。このように、経営者自身がさらなる展開は難しいと思っていたものでも、セールスポイントの捉え方で可能性は開けます。
イトーが開発した綿埃をとる商品「ほこりんぼう!」
「流行りものに対して『ミーハー』であれ」
――では、経営者の読者自身が自社や自社商品のセールスポイントを見つけるにはどうすればよいか教えてください。
1つは、徹底的な消費者目線を意識することです。自分だったらどういう商品ならば買うのか、どう提案されたら買うのかと考えてみていただければと思います。
それともう1つ、「流行りものに対して『ミーハー』であれ」と申し上げたいですね。よく消費者ニーズを追いかけましょう、売れている商品を研究しましょう、といいますが、私は「ミーハー」であってほしいと思う。たとえば、コンビニへ行けばお菓子にアイス、パンというようにメーカー各社が競って新商品を売り出しています。それを見て、「誰が買うんだろう」「どういう理由で買うんだろう」と考えてみてください。あるいは、そのメーカーのウェブサイトを見れば、ニュースリリースにどういうきっかけで生まれた商品なのか、誰をターゲットにした商品なのかが必ず書いてあります。ミーハーな人って、本当によくそんなことまで知っているね、と思わせられるじゃないですか。たとえ自分とは違う業種で流行っている商品やサービスに関しても、ミーハーであってほしいんです。
もし、1人で考えるのが難しければ、社員を巻き込んで「自分がユニークだと思った世の中の商品」を持ち寄るワークショップを開いてみてください。そこで、なぜこの商品が売り出されたのか、なぜ売れているのかといった意見を出してもらいましょう。こういったトレーニングを重ねていくと、自社や自社商品に対しても客観的な視点が持てるようになりますよ。難しいマーケティングの本を読むよりも、かなり効果的な方法だと思います。
また、地方企業や中小企業に関しては、お金をかけないことが大切です。私も銀行にいたころ、新商品開発や新分野進出で投資をし、大きなダメージを受けてしまった企業を見てきました。このリスクを下げるにはどうすればよいのだろう? と考えると、お金を使わなければいい、という結論に行き着いたのです。お金を出さない代わりに、知恵とアイデアを絞り出す。先ほどの金型革命5ダウンを売り出したときも、かかった費用はPRするためのチラシ代だけでした。
――最後に、これから新しいチャレンジをしたい地方企業の経営者に向けてアドバイスをいただけますか?
小さなイノベーションを起こしませんか? と声をかけたいです。私は地方企業が大きなポテンシャルを秘めていると思っていますが、その反面、少子高齢化やコロナ禍のような予測できない事態など、残念ながら経営環境はますます厳しくなっているのが現実です。だからといって座して待っていたら、途端に立ち行かなくなってしまいますよね。そこで、ここまでお話したような前向きな気持ちを保ち続け、知恵とアイデアを絞り出せば、必ず小さなイノベーションを起こせるはずです。
いままでさまざまな企業を拝見してきましたが、V字回復する、飛躍する企業の共通点は、経営者が絶対にあきらめないという点に尽きます。経営者の方には、ぜひ前向きな気持ちでビジネスに取り組んでほしいですね。
■プロフィール
小出宗昭
1959年、静岡県富士市生まれ。中小企業支援家。法政大学経営学部卒業後、静岡銀行入行。在籍中に、SOHOしずおか、はままつ産業創造センターなどに出向し、地方企業、中小企業、小規模事業者、起業家の支援をスタートする。2008年に静岡銀行を退職し、自ら立ち上げた会社が富士市産業支援センターf-Bizの運営を受託。2020年までセンター長を務める。
■スタッフクレジット
取材・文・編集:藤麻迪(株式会社CINRA)
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