”自分ごと”への変換から始まる、世の中の体温をあげる仕事
株式会社スマイルズ 代表取締役社長兼CCO 野崎瓦氏
スープ専門店「Soup Stock Tokyo」第1号店を1999年にオープンさせ、2000年に創業した株式会社スマイルズ。ネクタイ専門ブランド「giraffe」や、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、ニューサイクルコモンズ「PASS THE BATON」など、現代の生活のあり方を提案する数々の事業を展開し、2016年から価値のコンサルティング・プロデュースファーム「Smiles: PROJECT&COMPANY」を推進しています。インハウスのクリエイティブチームであるスマイルズならではの「実業知」を生かし、事業開発からデザイン・PR・空間デザイン、WEB構築に至るまで、個人から大企業まで規模や業種問わず、「自分ごと」の伴走を続け、スマイルズの理念である「生活価値の拡充」、これまでに“なかった価値”を生み出す支援を行っています。
2023年2月に遠山正道氏 からバトンを引き継ぎ、スマイルズを率いているのが‘野崎瓦氏。野崎氏は2011年にスマイルズに入社し、事業の柱となるコンサルティング・プロデュース事業を推進してきました。
「コンサルティングやプロデュース自体は早くからやり始めていたのですが、事業部門として設立して売り上げ目標などを明確にすると、目標を達成することに意識が行きがちになり、自分たちが本当に世の中に提供したい価値づくりやそれにまつわるさまざまなチャレンジを行うことがやりづらくなるのではないか、いろいろな可能性を失ってしまうかもしれない、という危惧を持っていました。だけど……やりたい。だから、“勝手に”やらせてもらっていたんです。
実績も増えて仕事の規模も大きくなってきたので、きちんと事業化しようと考え、Smiles: PROJECT&COMPANYという屋号もつけました。前社長と僕の、『若いメンバーのためにもう一歩進もう』という想いが一致したこともあり、昨年社長を引き継ぐことにしたのです」
「スマイルズでは、考え方やアイデアの素となるたくさんの言葉を大切にしています。そのうちの一つである『世の中の体温をあげる』というものが、僕らの活動をよく表していると思います」と、野崎氏は話します。
大切なのは、物事との接点を見つけて自分を接続すること。自社事業であれクライアントワークであれ、スマイルズが手掛ける全ての仕事は、関わるプロジェクトをスタッフが“自分ごと”に変換するところからスタートします。自分ごとだからこそ、スタッフは誰しも熱くなって本気で取り組む。熱量が違うのだそうです。
「そこに行けば誰もがモチベーションが上がって、売り手は自分の商品のことを誰かに必死で伝えたくなるし、買い手はそれを一生懸命に聞こうとする――そうした関係値や新しい価値を生み出すことで、世の中の体温を少しでも上げていきたい。自社事業でもクライアントワークでも、当社の社員は全員がそんなことを本気で考えているんです」
たとえば、「PASS THE BATON MARKET」は、ものやものづくりが大好きな野崎氏や同社スタッフたちの想いから生まれたプロジェクト。
「世の中に思いをもって作られた素敵なものがたくさんあふれているのが僕らの理想。ですが、大量生産・大量消費という時代において、多くのものを売るためのマーケティングがされすぎてしまい、似たような商品が世の中にあふれています。そうなるとどうしても売れ残りも出てしまい、それが理想的なものづくりや消費活動の足かせになってしまう。僕らはみんなが本当に作りたいものや買いたいものであふれかえる、もっとわくわくする世の中をつくりたい。そんな“自分ごと”から『日本の倉庫を空っぽにしたい。そうすればその空いたところに新たな創造性が萌芽するはず』という想いのもと、PASS THE BATON MARKETプロジェクトが動き出したのです」
「PASS THE BATON MARKET」は、企業やブランドの倉庫に眠っていた規格外品やデッドストックアイテム、また伝統的工芸品などの文化に光を当てる一風変わった蚤の市。「Relight The Stock, Relight The Culture, Relight The Local.」をテーマに、モノや文化や地の魅力に光を当て直し、見立てを変えることで企業や地域にとって新たな可能性が生まれるはずという思いのもと定期開催しています。
全国各地のものづくり企業より、さまざまな理由により倉庫に眠っていたものや通常の商流では届けきれないものたちが集まる「PASS THE BATON MARKET」の会場
物語こそが、唯一無二の価値となる
「大体なんでもできる。なんでもやりたい」をモットーに、基本的に依頼は断らないのがスマイルズの流儀。自治体、大企業、中小企業、街の個人商店……クライアントは多岐にわたります。
コロナ禍には、和歌山県和歌山市のスナック街にあるラウンジ『クワトロQuattro』から、営業ができなくなってしまいピンチなので助けてほしい、との相談が届いたそうです。
「すぐに詳細な状況をいろいろと聞くなかで、『親戚があんこ工場をやっています』という話が出てきたんです。時間をおいているうちにお店の経営状況もどんどん悪くなってしまうので、それなら、とにかくすぐに、地元で親戚がつくるあんを使ってあんバターサンドを開発しよう!と。パッケージなどもラウンジの人間模様をテーマに当社のデザイナーがデザインして。知恵は出しながらも時間や予算は掛けずに開発した商品でしたが、結果的にはとてもよく売れました。
素材の美味しさや特別な製法など、商品の魅力をどう伝えるかに重点を置くのがよくあるブランディングやクリエイティブですが、このあんバターサンドではそんな話は全くしていません。それなのにうまくいったのは、その地域や店、その人にしか紡げないストーリーが商品の背景にちゃんと見えていたから。それを見つけて、そこに光を当ててあげることこそが、本質的なブランディングでありクリエイティブだと思うんです」
たとえば「食べたら美味しい」というのは、一次的な価値です。現代の日本では、多くの商品が美味しいです。では、どのように差別化すればいいのでしょうか。
「もちろん、まずは美味しい、まずは良い品質であることは大前提ですが、似たような商品が世の中にあふれる現代では、その店や人、あるいは地域にしかない唯一性のようなものを、どう生かすかがとても重要です。コンサルティングやプロデュースを行う場合、僕らはクライアントの人となりや商品が生まれる背景などをずっと追いかけていきますし、自分たちが創造するブランドなどにおいてもそうしたコンテクストをすごく大切にしています」と、野崎氏は話します。それこそが、「食べたら美味しい」という一次価値を超えた、二次価値になるとの考えです。
あんバターサンドの次の企画も進行中とのこと。「ラウンジなどでボトルキープされるお酒は、一定期間を過ぎると廃棄される」。そんなルールを聞いて思いついた商品が、廃棄予定の“もったいない”お酒を使ったブランデーケーキ。そう聞くだけで、このお店に集うお客さんやお酒に、どんなストーリーがあったのかが気になってきます。
スナック街のラウンジに、地元産のあんこ... 商品誕生のストーリーだけでなく「あんことバターの出会い」「あんことバターの別れ」などのネーミングもユニークでヒットした「an and an(外部サイトに移動します)」のあんバターサンド
ブランディングとは、顧客からの期待値づくり
では、商品やサービス、店がもつオリジナリティーや価値に気づくためには、どうすればいいのでしょうか?
そう野崎氏に尋ねると、「まだ見えていない価値やストーリーなどを自分で見つけるのは難しい。だから誰かの力を借りることがおすすめです」と、答えてくれました。
「自分の見え方は自分自身ではよくわかりませんが、『野崎という人はどんな人?』と100人に聞いたら、結果的に自分の輪郭が見えてくるはずです。自分だけで深く考えるよりも、たとえば家族でも友人でも、たくさんの人に自分や自分の店、商品、サービスがどのように見えているかを聞いてみる。そうした対話を重ねることで、自分の店や商品、サービスの本質的な価値や魅力を捉えていくのがいいと思います」
野崎氏が考えるブランディングとは、顧客からの期待値をつくること。きっとこの商品・この店ならこうしてくれるだろう、と思わせるのがブランドの期待値であり、それをどう醸し出すかがブランディングだと言います。そうした期待値をつくり、知らない人にまで届けていくためには、「ターゲットである誰かを明確にすることも大切」とも、野崎氏は話します。
「たとえば、『安心安全な卵です』といわれてもそれほど刺さらないけれど、『自分の娘や妻に食べさせたくてつくった卵です』と言われると、ちょっと食べてみたくなる。少なくとも、自分が欲しかったり、近しい誰かに食べさせたいと思える商品だから、他の誰かにも欲しいと思ってもらえるわけですからね。ターゲットを広くしすぎて届けたい人に届かないくらいだったら、なるべく具体的な誰かに届けるくらいの方が、結局は多くの人に刺さるんじゃないかと思います」
ターゲットにする誰かは、自分自身でもOK。野崎氏がリブランディングを手掛けたファミリーレストラン「100本のスプーン」は、幼少期の野崎氏自身が抱いたファミリーレストランへの憧れが、細部にわたって具体的な形となり、ブランドや店舗開発のコンセプトに生かされています。つまり、幼い頃の自分に向けた店とも言えるのだそうです。
また、店や商品、サービスの本質的な価値や強みに気づくためには、「過信しないことも大切」と、野崎氏は言います。
「特に何かを変えなければいけないと思う場合は、きちんと客観視することが重要です。たとえば食料品なら他のお店の商品と食べ比べてみて、美味しいと思えるなら、どこがどう美味しいのかを自分自身できちんと理解する。そこでもし、これでは駄目だと思ったとしたら、努力して商品の味などを変えればいいわけですからね」
さながら「社会のサンプル」と言えるほど、キャリアも趣味も性格もさまざまな社員が集っているというスマイルズのオフィスにて
目標は通り過ぎるもの。大事なのは、その先
スマイルズが「Soup Stock Tokyo」を創業した当時、アルバイト募集の求人広告には「誰にも似てない」という言葉とロゴだけが描かれたそうです。以来、その言葉は同社を象徴するキーワードの一つとなり、今もスマイルズは「誰にも似てない」価値を生み出し続けています。
「僕自身も普通の人間だからこそ、若い頃は自分の中の、人と違うところを必死で探していました。でも、本当は一人ひとりに違いがあることは当たり前で、誰かと自分を比べなくてもそれぞれの人に価値があります。
世の中には、これが主流だと提示されているものがたくさんありますが、そこで僕らが『誰にも似ていない』ものを提示することで、新しい選択肢が生まれてきます。それを提示し続けることが僕らの仕事だと思っていますし、そうした新しい価値や選択肢を提案することが、誰かにとっての勇気になったり、誰かのちょっとした自信につながったりすればいいなと思っています」
“自分ごと”として取り組まれているモノやコトだからこそ、“自分ごと”として届くスマイルズからの提案。とはいえ、“自分ごと”にして取り組むことは簡単そうで難しいことです。どうすればいいのか野崎氏に聞いてみました。
「その人の『やりたいこと』ではなく『得意なこと』が大事だと思っているので、社員にもクライアントにもよく『まずは得意なことから始めましょう』と話します。得意なことでポジティブな結果が出れば、みんなどんどん調子に乗って、物事を前向きに捉え出すんです。僕はそんな風にみんながイキイキと動き出す瞬間を見るのが大好き。そうなればどんどんアイデアが出てきてプロジェクトが勝手に前進していきます。逆に最初に失敗しちゃうとモチベーションが続かなくなってしまうので、とにかく物事の最初の一手目はとても重視していますね。だから最初の目標は徹底的に低く設定します。どんなに小さなことでも、1発目の成功が大事なんです」
最後に、全国の経営者に向けたメッセージをお願いしたところ、「とにかく目標は低く行きましょう」と、野崎氏らしいアドバイスをくれました。
「目標を高く設定すると、達成することが目的になってしまう。そうなったら何も生まれないので、もちろん、ビジネス的な判断はしますが、目標は低く設定します。そうすると、大体半期の9月頃に達成の目処がつくんです。そうやってあとはラッキータイムのようなものにする。そこで新しいことを始めたり、お金にならない余計なことをしたり、誰かと会って何かを企んだりすることで、次の可能性が生まれていきます。
とはいえ、最低限の目標も設定しないでそれをやってしまうとただのリスク経営になってしまいます。ですから、颯爽と通り過ぎられるくらいの低い目標を立てるのがいい。飲食店だったら売る予定がなくても新しいメニューを考えたり、どんどん新しいことや余計なことに挑戦してもらいたいです。その先が未来のスコープを作ってくれると思います」
■プロフィール
野崎 亙(のざきわたる)
株式会社スマイルズ 代表取締役社長 兼 CCO。1976年生まれ。大阪府出身。京都大学工学部卒。東京大学大学院卒。2003年、株式会社イデー入社。新店舗の立上げから新規事業の企画を経験。2006年、株式会社アクシス入社。デザインコンサルティングという手法で大手メーカー企業などのビジネスプロデュースや経営コンサルティングに従事。2011年、スマイルズ入社。全ての事業のブランディングやクリエイティブの統括、新業態立ち上げ等に携わり、現在は入場料のある本屋「文喫」、東京ミッドタウン八重洲内のパブリックスペース「ヤエスパブリック」など外部案件のコンサルティング、プロデュースを手掛ける。
受賞歴:「グッドデザイン・ベスト100」「グッドフォーカス賞 [新ビジネスデザイン] 、iFデザイン賞
審査員:GOOD DESIGN AWARD2023「メディア・コンテンツ」ユニット、ACC CREATIVITY AWARDS 2020デザイン部門
著書:『自分が欲しいものだけ創る!スープストックトーキョーを生んだ『直感と共感』のスマイルズ流マーケティング』(日経BP)
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■スタッフクレジット
記事:西田嘉孝 写真:遠藤宏 編集:ニューズウィーク日本版