Skebとは
Skeb(スケブ)は、クリエイターにイラストや音声・動画作品などの制作を気軽に有償で依頼できるコミッションサービスです。Skebサイト内では、投げ銭付お題募集サイトと表現しています。
Skebでは、「依頼する人」のことをクライアント、「依頼を受けて制作する人」のことをクリエイターと呼びます。クライアントは、140字以内(クリエイターの設定によっては1000字以内)でリクエストと、金額を提示します。
クリエイターは、その依頼を承認したらイラストを制作し、納品します。クライアントは成果(納品物)に対して報酬(料金)を支払います。これ以上のやりとりは一切なく、Skebではこれ以外のやりとりを行うことは禁止されています。
クリエイターが抱える課題を解決するために立ち上げたサービス
――Skebをスタートさせるまでは、どのようなキャリアを歩んできたのでしょうか?
高校2年生くらいのときからゲームや漫画、アニメが好きでした。その後、筑波大学に進学したときに始めたアルバイトが、大学OBが代表を務めるコミケ(コミックマーケットの略。世界最大級の同人誌即売会)の申し込みシステムの開発会社でのアルバイトで、そこからさらにサブカルチャーの世界にどっぷり浸かるようになりました。
Skebのサイト ※外部リンクに移動します
大学卒業後は株式会社ドワンゴ(以下、ドワンゴ)に入社し、エンジニアとして、「ニコニ立体」という3Dモデルの投稿サービスの開発を担当しました。当時、3D映像自体は注目されていましたが、3Dモデラーなどの映像作家にまでスポットライトが当たることが少なかったのです。そこで、3D映像を制作するクリエイターの認知を高めるために開発したのが「ニコニ立体」でした。
その後、ドワンゴの組織改編をきっかけに退職したのですが、当時、TPP(環太平洋パートナーシップ)に日本が加盟するという話が進んでいて、著作権法の改正により、いままでのような二次創作(既存の作品を何らかのかたちで利用し、派生的に新たな作品を創作する表現行為)活動が違法となる可能性が出てきていました。これはまずいと考え、DMMの会長である亀山さん(亀山敬司氏)に何とかしたいと提案しました。
――直談判されたのですか?
DMMには「亀チョク」という、新規事業を提案できる仕組みがあります。現在は応募用のウェブページがあるのですが、当時のルールが「何らかのかたちで、亀山さんに接触する」というものでした(笑)。直接提案するために、亀山さんがよく行くバーに張り込んでいた人もいるくらいです。私の場合は、DMMの人事部長と知り合いだったので、そこから亀山さんにコンタクトを取りました。
そこで、「TPPによって二次創作ができなくなる可能性があること」、その対応策として「二次創作を管理する社団法人をつくり、継続させていくこと」を提案。その提案がとおり、半年間DMMで事業を進めさせてもらえることになりました。2016年の話です。この事業は結果的に頓挫したのですが、この経験によって大企業で新しい事業に取り組むのは、自分には合っていないと実感できました。
じつはDMMで新規事業に取り組んでいた頃、外神田商事株式会社という会社を設立し、「ドージン・ドット・タックス ※外部リンクに移動します」というクリエイター向け税務相談サービスをリリースしていました。
このサービスをつくったきっかけとなったのが確定申告です。DMMとは個人事業主として契約を結んでいたため、私自身の確定申告をする必要がありました。しかし、いざ確定申告をしようとするとさまざまな作業が発生し、「これは大変だ」と、近所にある税理士事務所に駆け込むことに。そこで、私と同じく、当時20代だった税理士の水村さん(水村耕史氏)という、副業でデザイン会社も経営している方と出会いました。
彼から「デザイナーのなかには、確定申告をしない人や保険証も持っていない人がいる」という話を聞きました。そこで、このようなクリエイターの課題を解決するため、水村さんとともに「ドージン・ドット・タックス」を始めたんです。
現在ユーザー数は1,000名を超え、クリエイター向け確定申告パッケージとしては日本最大級にまで成長しています。税理士の平均年齢は65歳といわれていますが、このサービスでは20、30代の税理士がユーザーからの相談に対応します。また、LINEやSNSといったクリエイターが連絡しやすいツールで、相談ができる仕組みになっています。「ドージン・ドット・タックス」の各種プランに加入いただき、領収書を専用封筒で郵送するだけで確定申告が完了するという、クリエイターに負担をかけない方法が好評です。
コミュニティーのニーズやクリエイターの「欲しい」を叶えられた理由とは?
――事業を展開されていくなか、Skebを始められたきっかけを教えてください。
Skebはイラストを描いているクリエイターの社会的地位を、もっと上げていきたいという思いで2018年の11月に立ち上げました。
彼らの社会的地位が上がらない要因として挙げられるのが、ギャラが少なくても仕事を受けてしまう、クライアントに対する姿勢の問題。さらに、コミケにおける「スケブ文化」という問題も挙げられます。これは、本などを買ってくれたお礼の意味を込めて、ファンが持っているスケッチブックに、クリエイターが無料で好きなイラストを描いてあげるというものです。この文化もだんだんと歪んでしまい、本を買っていないのにリクエストする人も現れはじめました。
こうした状況を踏まえて、「クリエイターが仕事として絵を描き続けるためには、相応の対価が必要である」という思いが強くなってきたんです。
私自身にも経験があります。当時、先ほどお話した税理士の水村さんと書籍を出版することになっていたのですが、編集者のミスによって発売が延期になってしまいました。そのときの出版社側の対応に、とても不満を感じていました。幸い顧問弁護士がいたので、賠償金などを受け取ることができましたが、世間ではクリエイター軽視は珍しくないのだと実感しました。
こうした状況を変えるためにSkebというサービスを考え、自分自身でシステム開発に着手したんです。
――ご自身の体験があったからこそ、Skebをつくったと。
私も同人作家で、ゲームなどを制作するクリエイターでしたし、そうした人たちと関わってきましたので、クリエイターたちが抱えている問題点をよくわかっていました。Skebをリリースするにあたり、サービスの構想をターゲット層でもある知り合いの漫画家などに話し、数百万円の資金を援助してもらいました。私自身も貯金のなかから100万円をこの開発にあてました。リリースするまでのあいだはどんどん貯金がなくなっていくので、かなりヒヤヒヤしながら開発していましたね。
――そんな極限の状態でのリリースですが、マネタイズする自信はあったのでしょうか。
「リリースすれば流行る」と思っていたので、早くリリースしなければ、といった感じでしたね。先ほどもお話したように、私自身、高校生のときからサブカルの世界に関わってきました。10年も同じ世界に身を置けば、見えてくるものがあります。
起業家のなかには、流行りの技術などをテーマにしてビジネスを考えるかもしれませんが、それでは上手くいかないと思っています。テーマにしたいコミュニティーに深く入り、ニーズを探ることが何よりも重要です。むしろ、そうしたことを行なっていれば、自ずとマネタイズできるアイデアが浮かんでくるはずです。
広告出稿は一切せず、Twitterを利用した「クチコミ」のみでサービスを拡大
――短期間でクリエイター登録者数11万人、総登録者数220万人のサービスに成長しました。成功のポイントはどこにあると考えていますか。
社会的な流れも大きかったと思います。コロナ禍で、趣味でイラストを描いていた人の本業が残念ながらなくなってしまい、Skebでの活動が増えていったということが考えられます。
ビジネスモデルとしてはクラウドソーシングサービスに似ているのですが、Skebでは、価格破壊が激しく仕事をすればするほど赤字になってしまうというクラウドソーシングでよく起こってしまう現象を防ぐため、金額での検索ができないようにしています。直接の価格交渉やリクエストなどを防止するためクリエイターとの打ち合わせも禁止です。ルールを破るとクライアントもクリエイターもBAN(ban=禁止、追放といった名詞から転じて、インターネットにおける『アカウント停止・剥奪』の意味)されるようになっています。
また、クライアントは指定の金額内で、クリエイターにキャラクターやシチュエーションなどのリクエストができます。一方でクリエイターは、そのリクエストをもとにイラストを作成します。ここで特徴的なのが、クライアントからのリテイクを受け付けていないこと。あくまで、クライアントの希望をもとにクリエイターが自由にイラストを描き、納品するといった、クリエイター優位のシステムになっています。
すると何が起きたかというと、有名クリエイターたちがこの仕組みをメリットと感じ、Skebを使い始めるようになってくれました。
――クリエイターファーストだからこその成長なのですね。そのほかにも、工夫されたポイントはありますか。
ほかの競合サービスとの違いとしては、Twitterとの連携ですね。Twitterアカウントがないとログインできない仕組みになっていて、登録するとTwitterとSkebが同期されます。例えば、Twitterでフォローしているクリエイターが新たにSkebに登録すると、フォロワーであるSkebクライアントにレコメンドが送られます。このようにTwitterとの連携機能を搭載することによって、クライアントが推しているクリエイターがSkebに登録しているのかが自動的にわかる仕組みになっています。
Skebはいままで一切広告を出したことがありません。それもユニークな点だと思います。
――では、どのようにサービスを広めていったのでしょうか?
利用者によるクチコミです。サービスを広げる施策として、クリエイターにはTwitterのプロフィール欄に「Skeb」のURLを記載しておくと、手数料を9.8%から6.8%に割引するというベネフィットを提供しています。「推し」のクリエイターがSkebのURLを貼っていることでファンにもサービスに興味を持ってもらえ、登録してもらえるようになります。そうすると、「どうもみんながSkebを使っているらしい」と周囲にも知れ渡っていき、さらなる登録につながっていくといった具合です。
――このアイデアは、何かを参考にされたのでしょうか。
私がオリジナルで考えました。Twitterのプロフィール欄は160文字しか入りません。クリエイターは自身にとってインセンティブが大きい内容を優先し、少ないものを削除することになります。そうすると結果的に大きなインセンティブを提供するSkebが残るのです。
ただ、この施策のポイントはそこではありません。決して強制せず、クリエイター自身に選択肢を与えていることにあります。Twitterのプロフィールに載せるかどうかは、クリエイターの判断に任せています。これを強制にすると、途端に炎上してしまうでしょう。
クリエイターがハッピーでいれる世界に。
そのためのプラットフォームをつくっていく。
――2021年に総額10億円で老舗出版社である実業之日本社にSkebの株式を譲渡されましたが、何かほかに進行中のプロジェクトはあるのでしょうか。
登録者数が100万を超えとても忙しい状況でしたが、他人の人生の責任は取れないと思っていたので、サービスの運営をずっと私ひとりで行なっていました。
それでもサービスをスケールさせたいので、Skebの考えに共感できる企業の傘下に入ったほうが良いと考えていたんです。今後本格的に取り組みたいと考えているメタバースの事業開発のための時間をつくるために、運営を誰かに任せたかったという背景もあります。2020年10月ごろからさまざまな企業と交渉した結果、実業之日本社さんに決めました。決め手は、社長の岩野さん(岩野裕一氏)の人柄です。ほとんどの企業がSkebの売り上げや登録者数だけに興味を持っていたので、いつもサービスを一から説明しなければならなかったのですが、岩野さんは一発で「あ、『推し』ね」とSkebの本質をすぐに理解してくれたのです。出版業界に30年以上身を置き、クリエイターとも関わりの深い方でしたので、私と同じ目線でサービスを考えているのだと思え、株式を譲渡することにしました。
Skebの代表取締役は引き続き喜田氏が務めつつ、事業拡大を目指している
――そして、いまはメタバースの事業開発に取り組まれている。
メタバース関連の企業を設立し、アバターの販売、カスタマイズが行なえるサービスの開発をしています。私自身、一日8時間はメタバースにいるので、メタバースにいる若者の現状も見えてきました。知り合った自宅でのインターネット学習がメインとなるネット高校に在籍している20歳の方は、プログラミングは得意なのですが一般常識や知識に乏しい側面があります。学校の授業も受けずに一日中VR空間にいるため、社交性も培われないまま数年後には社会に出ていく。将来を考えると大丈夫なのかと不安がありますよね。
しかし、プログラミングの能力はプロ並みなので、アバターのカスタマイズで数百万円を稼ぐことも不可能ではありません。だから多くの時間をVR空間で過ごし、知識や興味に偏りが大きくあっても、好きなこと、興味のある分野で生きていける、好きなこと、得意なことを正当にマネタイズできるプラットフォームをつくっていきたいです。
――本当にすべてが「クリエイターの方々のため」なんですね。
まず大前提として、クリエイターはクライアントを選べないということを理解する必要があります。選べるのは一部のトップクリエイターだけです。では、ストレスなく働くために何をしておくのか。それは、選択肢を多く持っておくことです。会社員であっても、収入源は一つに絞らない。副業などを使って、複数抱えておくべきです。
たとえば、本を出版する場合、印税は5〜10%程度ですが、それをどんなに交渉しても変えることは難しい。もし、本を出版するよりも、Skebを活用するほうがいいと思ったら、そちらを選べる体制を整えておくのです。収入源を一つにしてしまうと、クライアントの絶対的優位を変えることができませんから。
お金の余裕が生まれれば、心の余裕も生まれます。そうなると、自分だけでなくその周囲にいる人みんながハッピーになっていく。これはクリエイターも同様です。だからこそ私は、クリエイターの社会的地位を向上させ、収入源の選択肢となるSkebを立ち上げたのです。私自身もリリース前に資金が目減りしていく不安を体験したからこそ、経済的にも心理的にも余裕を持てるハッピーな世界が広がってほしいと強く思っているのかもしれません。
■プロフィール
喜田一成(なるがみ)
株式会社スケブ 代表取締役社長
外神田商事株式会社 代表取締役
株式会社ラペットテクノロジーズ 取締役CSO
株式会社ポリゴンテーラー 代表取締役
株式会社ポリゴンテーラーコンサルティング 代表取締役
株式会社シーズメン CMO(Chief Metaverse Officer)
1990年福岡県生まれ。筑波大学情報学郡情報科学類出身。ハンドルネーム「なるがみ」としてサブカルチャー業界で広く知られており、VRSNSの総滞在時間は5,000時間以上。2013年に株式会社ドワンゴに入社後、3Dモデル投稿サービス「ニコニ立体」を企画・開発。その後合同会社DMM.com、パーソルキャリア株式会社を経て独立。2018年に国内のクリエイターに対して世界中のファンが作品をリクエストすることができるコミッションサービス「Skeb」を個人で開発。2021年2月に「Skeb」を運営する株式会社スケブの全株式を10億円で譲渡。
Skeb(スケブ)※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
取材・文:サナダユキタカ 編集:服部桃子(株式会社CINRA)