「エンドレス・ポテンシャル」を求めて来日
まずは、「ニコライ バーグマン フラワーズ & デザイン」の事業について教えてください。
東京・南青山のショップをフラッグシップとして、国内外の9ヶ所でフラワーブティックを経営しています。旗艦店以外のショップについては、セレクトショップの「エストネーション」、伊勢丹等の各社と提携する形で展開中です。また、「Nicolai Bergmann」の世界観を体験していただく場として、「Nomu(ノム)」と名付けたカフェをプロデュースするほか、フラワースクールも開講しています。ブランドのシグネチャーアイテムである「フラワーボックス」は、私が自分のブランドを立ち上げる以前、南青山のフラワーショップを任されていた時に考案した商品ですが、うれしいことに多くの方に愛していただき、2020年で20周年を迎えました。それを記念する展覧会「The Flower BOX Exhibition」を全国3ヶ所で開催する予定です。
そもそも、日本という市場のどこに魅力を感じてビジネスを始めたのですか。
私の母国デンマークは、「世界一幸せな国」に選ばれたこともあるくらい、国民が生活を楽しむことに長けたすばらしい国です。家具をはじめ、優れたデザインのものを生み出す文化があり、ものを大切にする文化も根付いています。しかし、市場のスケールは到底、日本に及びません。1996年に卒業旅行で初来日したとき、とにかく東京の“大きさ”に衝撃を受けたのです。40階建てや50階建てのビルなんてそれまで見たこともなかったし、街を行き交う人の数もものすごい。そこに、ワクワクするようなエナジーと、「エンドレス・ポテンシャル(endless potential)」、つまり無限の可能性を感じたのです。
実際に東京のフラワーショップで働くようになると、デンマーク時代とは仕事のスケールも全く違うと感じました。世界的なファッションブランドのショーやウィンドウに花を入れるなんて、当時のデンマークでは考えられないこと。コペンハーゲンでさえ、ブランドショップはほとんどありませんでしたし、高級ブランドは「旅行先で買うもの」でした。それだけに、東京での仕事は20代の私にとっては、またとないチャレンジでした。
最初からずっと日本で活動しようと決めていたわけではありません。「前の年よりも楽しく、エキサイティングな挑戦ができればそれでよし。それができなくなったら、別のステージへ移ってみよう」というのが私の考え方。幸い、日本での活動は停滞するどころか毎年ワクワクできることが増えている状態なので、今に至るというわけです。
多彩なアレンジメントが並ぶ「ニコライ バーグマン フラワーズ & デザイン フラッグシップ ストア」(東京・南青山)。併設された「Nomu」ではフレッシュジュースやスムージー、サンドイッチなどを楽しむこともできる。
「アフォーダブル・ミステイク」は成長の糧
フラワーデザインを軸に置きつつ、インテリアやジュエリーなどの分野にも積極的に挑戦していますね。
いろいろなオファーをいただくのですが、断れないんですよ。とにかく「なんでもやってみたい」性格なのです。新規事業は「お金が回ればよい」という考えでやっています。スタッフの給料と必要経費が払えれば、それほど儲からなくても、いつか大きく化ける可能性があります。仮に手を引くことになったとしても、その経験は別のところで生きるはずです。極端な話、会社が潰れるほどでなければ、どんな失敗も「アフォーダブル・ミステイク(affordable mistakes)」。つまり、学びや成長につながる「ちょうどいい失敗」なのです。かつて故郷デンマークに店を出し、3年で撤退したことがありましたが、その際も現地の人々の趣向や店舗運営のノウハウについて大きな学びが得られました。非常に良い機会だったと思います。
2001年に自身の名前を冠したブランドを設立して以来、順調にビジネスを拡大されていますが、もともとどのようなブランド戦略を描いていたのですか。
ブランド戦略など全く考えませんでした。目の前の好きなこと、やってみたいことに全力で取り組んでいたら、今のような形になっていたというのが本音です。クリエイターとして、3年先、5年先のことまでは考えたくはないんです。いろんな可能性を残しておきたいですからね。
「来年は何店舗増やそう」といった成長戦略はありません。あるのは、「前の年を上回るチャレンジをすること」、ただそれだけです。売り上げが増えて会社が安定してきたら、そのつど新しい部門を設けるといった具合に、余裕があるときに次へとつながるアクションを取ることで、少しずつ会社を大きくしてきたのです。
「アーティスト」と「経営者」の両方を楽しむ
会社が大きくなると、経営者としての仕事が増える反面、フラワーアーティストとして過ごす時間が減り、ストレスを感じるようなこともあるのではないでしょうか。
それはもちろんあります。本音を言えば、朝から晩まで好きなように花に触っていられれば最高です。とはいえ、もともと「バランスをとる」のが得意な性格なので、経営の仕事にも面白さを見出しています。
財務の細かいことはCFOに任せていますが、数字を見たり考えたりすること自体嫌いというわけではありません。新しいお店の売り上げ予測を立てるとき、エクセルの表が「夢の設計図」のように思えて、楽しくてたまらないものです。
「花」を通じてスタッフと心を通わせる
従業員が増えるとマネジメントも大変になってくるのではないですか。
ありがたいことに、「ニコライ バーグマン フラワーズ & デザイン」には長くいるスタッフが多いんです。私の片腕として活躍してくれているジェネラルマネージャーとは、もう20年の付き合いになりますし、10年以上勤めているスタッフも20人以上います。私が何か言うとすぐに、「はいOK」という返事が返ってきます。そうしたベテランメンバーが中心となり、私の考えを他のメンバーに伝えてくれています。
会社が大きくなると古いメンバーが離れていってしまうという話も聞きますが、当社ではみんな、仕事を楽しんで続けてくれています。「クリエイターとして3年先、5年先のことまで考えたくない」という話をしましたが、スタッフも同じ意識だと思います。目の前のやりたいことに全力で取り組んできた結果、今でも私と一緒に走ってくれているわけです。
一方、会社が大きくなった結果、みんなと直接話せなくなったという問題はあります。「つながっている感覚」はチームワークを維持するためにも、個人のモチベーションを高めるためにも、絶対に必要なものです。その点を補うため、月に1度、南青山のショップで全社ミーティングを開いています。店内に目一杯、70~80人が集まるので、もうギュウギュウです。ショップに来られない人には、iPadなどを使ってリモート参加してもらいます。
スタッフとコミュニケーションを取るときは、どのような点に留意していますか。
全社ミーティングでの私の役割は、「最近どう?」「元気でやってる?」などとスタッフに声をかけて回ることです。業務連絡は各マネージャーを通じて行えばよいことですし、何か具体的な問題が持ち上がっていたとしても、短い時間では何も解決できないので、まずは現場のスタッフとマネージャーでゆっくり話してもらった方が効率的です。全社ミーティングは、あくまで人間関係を深める機会。現場のスタッフの様子を直接見ることで、すべてうまく行っているか、何か誤った方向へ進んでいることはないか、肌で感じるようにしています。
あとは、やはりみんな花が好きでここで働いているので、花を通して対話をするのが一番だと思っています。私がショップに行って、カウンターに入って花を選んで、みんなと一緒に作品をひとつ作るだけで、スタッフはハッピーなんですね。現場で私が花を触ることで、スタッフと連帯感を築くことができるのです。ただ、私が突然、ショップに現れると緊張して困るという若手スタッフもいるので、事前に伝えるようにはしています。
ビジネスは「時間」が育てるもの
影響を受けた経営者やビジネスパーソンはいますか。
私が尊敬するのは、低迷している会社をV字回復させるのに貢献したような経営者たちです。例えば、デンマークのレゴ社は一時期倒産寸前だったのですが、従業員の中から抜擢された35歳のCEOが、それまでとは真逆のやり方で会社を立て直し、レゴを世界一の玩具メーカーへと変身させました。こういう話を聞くとワクワクしますし、大きな刺激を受けます。
ビジネス書を読んで刺激を受けることもあります。サイモン・シネックというコンサルタントが書いた『Start with Why』(邦訳『WHYから始めよ!』)という本もそうです。「何を(WHAT)すれば儲かるのか」といった発想ではなく、「なぜ(WHY)それをやるのか」という理由を考えることが、成功につながるという内容です。
最後に、グローバルにビジネスを展開したいと考えている日本の経営者に向けて、メッセージをお願いします。
ビジネスを育てるには時間がかかります。最初から完璧な形の組織を作ろうとしたり、無茶な計画を立てて会社を大きくしようとしたりするのではなく、落ち着いて「今、自分がやりたいこと」を考えた方がいいと思います。それを一つずつクリアしていけば、いつの間にか、思ってもいなかったような場所に到達しているはずです。
取材後、ニコライ・バーグマン氏に、日々ビジネスに打ち込んでいるビジネス・オーナーに向けて花を生けてもらいました。
ニコライ・バーグマン氏からのメッセージ
「会社のトップとして日頃から頑張っているオーナーへ、花を眺め、一息ついてリラックスしていただきたいという想いを込めてデザインしました。気分転換することで、新しいアイディアの誕生に繋がりますので、ぜひ、花を眺める時間を作ってリフレッシュしてほしいです」
■ プロフィール
ニコライ・バーグマン
デンマーク出身のフラワーアーティスト
北欧のテイストと細部にこだわる日本の感性を融合させた独自のスタイルをコンセプトとし、自身で考案した「フラワーボックス」は、フラワーギフトの定番として人気を博している。現在、国内外に9店舗のフラワーブティック、国内に2つのカフェを展開。2022年4月には、箱根・強羅に「ニコライ バーグマン 箱根 ガーデンズ」をオープン。ニコライ・バーグマンのフラワーデザインが箱根の自然の中に取り入れられ、人と自然が繋がる唯一無二の場所として、人気を博している。自身の人生哲学をまとめたビジネス書『いい我慢~日本で見つけた夢を叶える努力の言葉~』(あさ出版)が好評発売中。
■ スタッフクレジット
記事:藤田美菜子 撮影:川田雅宏 編集:日経BPコンサルティング