SDGsのゴール(2030年)まで残り6年しかない
17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な開発目標(SDGs)」
――SDGsが国連サミットで採択された2015年9月から、10年近くの年月が経ち、デッドラインとなる2030年は約6年後に迫っています。実際、進捗はどうなのでしょうか。
まずSDGsは全部で17項目あり、海に関する目標である14番「海の豊かさを守ろう」は、7つのターゲットと3つの方法で構成されています。
その中で、4つのターゲット、例えばIUU(Illegal/Unreported/Unregulated:違法・無報告・無規制)漁業に関するサステナブルな水産を実現するというような課題は、2020年までをゴールにしていましたが、残念ながら達成はできていないのが現状です。
――4つのターゲットの当初ゴールであった2020年には、新たに「国連海洋科学の10年」が打ち出されました。どういう内容か教えていただけますか?
国連海洋科学の10年は、特に「海の豊かさを守ろう」の達成が険しいことが分かってきた中、国連がSDGs全体のゴールである2030年に向けて、加速度的にアクションを強化すべく打ち立てられました。
14番の「海の豊かさを守ろう」だけでなく、海からの気候変動問題の解決など、ほか目標への貢献も視野に入れられているのも特徴です。以前は目標ごとに単体で課題解決を目指していましたが、複合的に考えて相乗効果を狙うフェーズに変化したんです。例えば14番(海の豊かさを守ろう)×5番(ジェンダー平等を実現しよう)というような、掛け合わせる考え方もありますね。
これは、国際社会における課題解決の手法のトレンドを示す、キーワードにも通じます。Interdisciplinary(学際的、さまざまな領域の学者や技術者が協力し合うこと)と、Transboundary(領域を横断する)です。
Sustainability (持続可能性)という単語も10年前は日本でほとんど認知がありませんでしたが、今や当然のように普及しています。「Interdisciplinary」も「Transboundary」も専門家から発信され、国際社会でトレンドになりつつあるので、日本でも近い将来、普及していくと思いますね。
日本の海は、ゴミ問題よりも「漁業」が深刻
――「海の豊かさを守ろう」の項目の中で、特に注目すべきターゲットを教えてください。
近年、非常に議論が盛り上がっているのは海洋ゴミ、特にプラスチック汚染の問題ですね。ただし海洋ゴミに関しては、世界的に見ると日本は優秀で、実は漁業問題のほうが注目されています。
日本の漁業による海洋資源の枯渇は深刻であり、残念ながらその状況は10年前も今も変わっていません。
――漁業問題の課題としては、魚のトレーサビリティ(追跡可能性)を可能にする漁獲証明書があります。
日本では2020年成立、2022年より施行された「水産流通適正化法」で漁獲証明制度が始まりました。持続可能な漁業管理の有効な手段のひとつです。
しかし、EUではすでに10年以上前から全魚種が対象となっている一方、日本の対象魚種は国内魚種3種(アワビ、ナマコ、シラスウナギ)と輸入魚種4種(イカ、サンマ、サバ、イワシ)の合計7種にとどまっているんです……
日本人は300種以上の魚介類を食べているわけですから、今後、より迅速かつ効率よく対象魚種を増やしていかなければいけません。
―― 漁獲証明書の導入拡大に関して、今後の見通しは立っているのでしょうか?
現在、国産のクロマグロに漁獲証明書添付を義務化する動きになっています。水産流通適正化法の漁獲証明書対象魚種は、2年おきに見直しがされており、今年のタイミングでクロマグロが入ってきます。
マグロは流通ボリュームも大きく、国際間の取り決めもある魚種です。国産のみならず、輸入のクロマグロも漁獲証明書添付を義務化することが今後の課題です。
さらに2026年度の見直しでは、その他の重要魚種がどのくらい入ってくるかが大事です。今後2年間で、テック化、デジタル化などの導入がうまく進めば、もっと速やかに導入拡大ができるだろうと期待しています!
――日本は海に囲まれた島国ですし、水産資源はまだ豊富にあると思いがちですが、実際はどうなのでしょうか。
そもそも日本の水産資源は持続可能性が低いものが多いんです。実は日本では、私たちが食べている魚の6匹に1匹は、IUU漁業由来のものであるとされています。また、ニーズや担い手が減り、産業として衰退しているところにも危機感を抱いていますね。
その点については、2018年に成立、2020年に施行された漁業法改正により、魚の乱獲と漁業への新規参入の障壁の問題に是正措置がなされました。
ただ、私としてはIUU漁業を完全に撲滅させるために、政府や企業に対して提言活動やアドバイスを引き続き行っています。
注目すべきは、ビジネスチャンスともなり得る「海業」
――水産業のニーズや担い手が減っているという点はいかがでしょうか?
漁業者の高齢化の問題がありますよね。加えて、漁業は女性の活躍の場が非常に限定される産業でもあり、さまざまな問題が露呈している中、なかなか表立った解決策が施されていません。
その現状は、現在の水産業から政府も促進する「海業」へのシフトチェンジの機会と捉えることもできるでしょう。「海業」とは海や漁村の地域資源の価値や魅力を活用する取り組みや事業です。国内外からの多様なニーズに応えることにより、水産物消費の拡大、地域のにぎわいや所得と雇用を生み出すことが期待されています。
このように、水産業を周辺産業まで広げて考えると、体力に関わらず女性の水産業への参画機会を増やしていけると考えます。女性の活躍の場が広がり担い手が増えれば、高齢化による従事者の減少も解決し、産業成長につながると言えるかもしれません。
――新たな「海業」としては、例えばどのような産業が挙げられるでしょうか?
特定の養殖産業にポテンシャルがあると考えています。「獲る漁業」から「持続可能に育てる漁業」に移行すれば、経営の安定化も図れます。
例としては、磯焼けの課題を解決する海藻類の保護と養殖です。そもそも磯焼けとは、「浅海の岩礁・ 転石域において、海藻の群落(藻場)が季節的消長や多少の経年変化の範囲を超えて著しく衰退または消失してしまう現象」です。温暖化などの影響で、磯焼けが深刻化して問題視されています。
例えば、アメリカのモントレーベイ水族館が廃れていた海藻の森を再生した事例が有名です。海藻類は「海のゆりかご」と呼ばれるほど多くの生物の住まいや食料となり、生命を育みます。そうしたことから、海藻を養殖する試みも行われているのです。
さらに海藻は、陸上の農業のように肥料や水を与える必要がなく、周辺環境に与える悪影響もありません。
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――海藻は、SDGsのゴールにも寄与できるのでしょうか?
そうなんです!実は海のCO2吸収率に注目が集まっています。科学の不確実性や計算方法の違いでIPCCなどから年々、様々な数字が発表されますが、2023年国土交通省発行の資料 (外部サイトに移動します)では陸域の吸収が19億トン、海域が29億トンと報告されています。
また、森林や海が吸収しきれない52億トンのCO2は大気中に放出されます。その一部はいわゆる酸性雨となって再び私たちの元に降り注ぎます。地球の3分の2は海が覆っていますので、海は酸性雨の3分の2を受け止めている計算になりますね。
だからこそ、海の中で二酸化炭素を吸収する「ブルーカーボン(大気中のCO2が海洋生態系に吸収され、長期間にわたって海洋内に貯留される炭素を指します)」に大きな役割を果たしている海藻類の力に注目が必要なんです。特にユーグレナ社の事例は一石三鳥です。ユーグレナは海藻で、CO2を吸収する上、健康食品であり、次世代のエネルギー源でもあります。実際に「ユーグレナ」社が手掛けたバイオ燃料で、政府専用機などの飛行にも成功しています。
さらに、海藻を原料とした生分解性のある代替プラスチック製品の開発も各国で進んでいます。なので、海藻の養殖は、エネルギー産業としても次世代産業としても非常に大きなビジネスチャンスだと考えます。
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経営者が持つべきSDGs14への意識とは?
井植美奈子氏 写真:笹井 タカマサ
ーーSDGsや環境について、経営者の方々はどのように意識し、取り組むべきでしょうか。
SDGs以降の「Beyond 2030」に目を向けるべきです。2030年というSDGsのターゲットイヤーが過ぎたときに、今の進捗状況を踏まえつつ、次にどういったことを行っていく必要があるか、それぞれ考えていくべきでしょう。
企業単位では「サステナビリティステートメント(サステナビリティに対する意義や取り組み方針の声明)」を当然のように表明すること。すでに始めている企業もありますが、国際標準で見える化することが大切です。例えば、さまざまな国際認証をとることもひとつの方法です。水産物を扱うなら「MSC認証」「ASC認証」、木材を扱うなら「FSC認証」といったものです。どのようなアクションを実施しているかが重要視される時代で、それが国際社会での競争力にもつながります。それを踏まえて経営指針を表明していく必要があるでしょう。
例えば、社員食堂や給食事業委託を手掛けるエームサービス株式会社は、東京オリンピックの選手村に携わった際に、非常に高いレベルで持続可能性に配慮した調達を行っていたり、電気機器などを生産するマクセル株式会社は「ブルーシーフードパートナー(サステナブルな水産物を優先的に消費することに賛同し、海洋環境改善を目的としたNGO団体、セイラーズフォーザシーに認定されたパートナー)」に認定されており、社員食堂でサステナブルなシーフードを社員食堂で提供したりしています。同じくブルーシーフードパートナーに認定されている、デニーズやシェラトン都ホテル東京などもサステナブルなシーフードのメニューを展開しています。
個人としてという意味では、「Beyond 2030」へ自分たちが国際社会において、どのように地球規模のサステナビリティに貢献して、リーダーシップを発揮していくのかを考えていく必要があるでしょう。そのためには国際会議での結果や課題について敏感にアンテナを張っていくことが大切ですね。
経済界のビジネスリーダーたちが将来に向かった国や世界の取り組みをいかに支えていくかを考え、それぞれの役割を果たしていくことが、社会の新たな枠組みを作っていく原動力となるはずです。
■プロフィール
井植美奈子
一般社団法人セイラーズフォーザシー日本支局理事長。京都大学博士(地球環境学)・東京大学大気海洋研究所 特任研究員。総合地球環境学研究所 特任准教授。OCEANS SDGsコンテンツアドバイザー
ディビッド・ロックフェラーJr.が米国で設立した海洋環境保護NGO[Sailors for the Sea]のアフィリエイトとして独立した日本法人「一般社団法人セイラーズフォーザシー日本支局」を設立。水産資源の持続可能な消費を目指す「ブルーシーフードガイド」、マリンスポーツの環境基準「クリーンレガッタ」等のプログラムの開発と運営を手掛ける。
クレジット
取材・文:合六美和 編集:OCEANS編集部