現在のサウナブーム以前から、多くのビジネスリーダーが愛好してきたサウナ。そこにはどんな「効能」があり、仕事や会社経営にどのような影響をもたらすのでしょうか。
『BUSINESS CLASS』でコラム「好き・数寄・サウナ」を連載する編集者の草彅洋平氏が、サウナ好きの経営者と対談するシリーズ企画。第二回目のゲストは、株式会社アドウェイズ創業者の岡村陽久氏です。2001年に同社を設立し、2006年には東証マザーズに上場。26歳での東証上場は史上最年少(当時)でした。
アドウェイズ代表取締役社長を退任後(現会長)は、自身がこよなく愛するサウナ事業「オールドルーキーサウナ」を立ち上げた岡村氏。その背景には、「仕事に疲れて立ち止まった人の、リスタートを応援したい」という思いがあったといいます。
サウナから出た後も悩んでいたら、それが本当の悩み
草彅:いつからサウナに目覚めたんですか?
岡村:実は、サウナ歴自体は浅いんです。初めてちゃんと体験したのは2019年の11月6日です。「銭湯神」として知られるライターのヨッピーさん、長野県で「The Sauna」というサウナ施設を運営する野田クラクションべべーさんに勧められ、新宿の歌舞伎町にあるサウナに行きました。その時にサウナってこんなに良いものなんだと気づいて、色々な施設に通うようになりましたね。週5日で。
草彅:週5日! 一気にハマりましたね。
岡村陽久氏
草彅洋平氏
岡村:そうですね。その後すぐ、Airbnb(エアービーアンドビー)で貸し出すために所有していた海沿いの別荘にもサウナを作りました。コロナが蔓延してからはずっと別荘に滞在していたのですが、その時に改めてサウナの可能性に気づいたんです。
特に第一回目の緊急事態宣言の頃って、自宅にいる時間が長くなって体調を崩す人が多かったですよね。うちの会社でも、なかなか寝られなくなって心身に変調をきたし、休職する社員が増えていました。そこで彼らを別荘に呼び、朝から一緒に庭の草刈りをして、筋トレをした後にサウナに入るというルーティーンを毎日繰り返していたら、みんなすぐに寝られるようになっていったんですよ。改めて、サウナってすごいなと。
草彅:わかります。サウナに入れば一発で寝られることが多いじゃないですか。実際、コロナの時ってみんな不安だったし体調を崩したりしていて、それもあってか、どのサウナ施設もめちゃめちゃ混んでいました。サウナ施設でリモートワークしている人もたくさんいたし、あの時期は特に、サウナに心の安定を求めていた人が多かったんじゃないかな。
岡村:あとは、サウナは悩みを抱えている人にも効くと思います。「人はたくさんの悩みを抱えているけど、サウナに入ったらそのほとんどを忘れている。サウナから出た後も悩んでいたら、それが本当の悩みだ」と、とある人がおっしゃっていました。
草彅:「サウナから出た後も悩んでいたら、それが本当の悩みだ」。お好きな言葉ですよね。
岡村:自分でサウナ事業を始めることにしたのも、この言葉の影響が大きいですね。僕自身もサウナに入ることで取るに足りない悩みを忘れることができて、本当に大事なことだけに集中できるようになりましたから。
草彅:サウナ好きの経営者は本当に多いですよね。
岡村:実は「オールドルーキーサウナ」も、会員の4割が経営者です。経営者って、さまざまなステークホルダーから色んなことを言われるから、常に悩み事を抱えているんですよ。サウナと水風呂に入り、外気浴でととのうと、頭の中がからっぽになる。からっぽになった時に初めて、本当に大事にすべきことが見えてきます。それは例えば「事業に対する情熱や志」だったり、会社を立ち上げたばかりの頃に持っていた「根拠のない自信」だったり。経営戦略やビジョンみたいな小手先のテクニックではなくて、自分が経営者になった時に抱いた根幹の部分に立ち返ることができるんです。
水風呂後に休憩するための「ととのい室」。お客さんに自分のペースでととのってもらうため、なるべく混雑しないよう会員数を制限している。「アツアツ、キンキン、ガラガラ」が、オールドルーキーサウナのモットー
仕事に疲れたらサウナに来てリセットしてほしい
草彅:「オールドルーキーサウナ」と名付けられた理由を聞いてもいいですか?
岡村:竹原ピストルさんの『オールドルーキー』という曲の歌詞に「何度でも立ち止まって また何度でも走り始めればいい 必要なのは走り続けることじゃない 走り始め続けることだ」っていうフレーズがあるんです。僕はこの歌詞が大好きで。
特に東京で働いている人って、ずっと走り続けなければいけない。止まったら終わりみたいな感覚で生きている人が多い気がするんです。でも、疲れたらいったん立ち止まって、休息してからまた走り始めればいい。そういう世界観のサウナをつくりたいなと思いました。仕事で疲れたらサウナに来て気持ちをリフレッシュさせて、また頑張ろうという気持ちになれるような場所にしたいなと。
草彅:本当にサウナの回復力って半端じゃないですからね。どんなに頭が疲れていても、気持ちが落ちていても、一瞬でリセットできる。
岡村:実は今、オールドルーキーサウナで「休職早期復帰プログラム」というものを提供しようと考えています。体調を崩して休職している人向けに、無償でサウナを利用してもらうプランですね。フィットネスジムの費用も助成するので、週4日以上ジムで筋トレして、その後にサウナで汗を流してもらう。それで眠りの質を高めて、早期の復帰を目指してもらおうと。オールドルーキーサウナの会員でなくても、もちろんアドウェイズの社員でなくてもOKです。
草彅:無償ってすごいですね。
岡村:目的は「研究」なので。休職中の人が定期的にサウナに入ることで、どれくらい復職率が上がるのか。データをとって、いずれ学会で発表したいと思っています。
オールドルーキーサウナ渋谷忠犬ハチ公口店のサウナ室。こだわりは「アツアツのサウナ室」と「キンキンの水風呂」。設計上極限まで熱々にするため、大型サウナストーブや自動ローリュ、自動熱波機能を完備。111度という超高温を実現している
水風呂の温度は9度と、まさに「キンキン」。ここまでサウナ室と水風呂の温度差が大きいサウナは珍しく、コアなサウナーに好評
草彅:ちなみにオールドルーキーサウナは、アドウェイズの社員の方は安く利用できたりするんでしょうか?
岡村:うちの社員は無料で入れます。そういう意味では社員の健康づくりに寄与している側面もあると思います。
草彅:それはすごい。でも、それならいっそのこと会社のなかにサウナを作ってもよかったのでは?
岡村:実は、今年の6月にオフィスサウナを作ろうと提案したんですけど、ビル側に断られました。いつか自社ビルを建てることがあれば、絶対にサウナは導入したいですね。
オフィスサウナの良さって社員の健康づくりもそうですけど、社員が会社に来る動機になると思うんです。IT系の会社でいえば、例えばエンジニアやデザイナーって、本人たちからすればわざわざオフィスに行く意味がないんですよね。プログラミングやデザインだけなら自宅でもできるし、通勤で時間と体力を消耗するくらいならリモートのほうが効率もいい。経営者や上長としてはたまには会社に来てみんなとコミュニケーションをとってほしいところですけど、いったんリモートワークが定着すると出社を強要するのも難しいですし。
草彅:会社に来て雑談するだけで、アイデアが閃いたり、イメージが湧いたりすることもありますからね。コロナでリモートワークが定着したけど、できればオフィスに来て欲しいと思っている経営者は結構いますよね。
岡村:アドウェイズのエンジニアもコロナになって誰一人オフィスに来なくなったんですけど、「オールドルーキーサウナ」をつくってからは出社率が格段に上がりました。オフィスに来て仕事をしてから、サウナに寄って帰るという流れができて。だから、出社率を上げたい経営者は会社にサウナをつくったらいいと思います。
裸で向き合うからこそ生まれる「深い会話」
草彅:(オールドルーキーサウナの)渋谷店って会話禁止の「絶対静寂サウナ室」と、会話OKの「談話サウナ室」に分かれているじゃないですか。これもかなり画期的ですよね。
岡村:僕はサウナ室で喋りたい派なんですよ。だから、最初にオープンした六本木店も本当は会話OKのサウナにしようと思っていました。でも、コロナの関係で密室での会話が難しくなり、六本木店は会話禁止にせざるを得なくて。だから、2号店の渋谷店では“おしゃべり専用のサウナ室”を作ろうと決めていましたね。
草彅:僕もサウナ室で会話したいんですよ。だからコロナの時は辛かったです。喋りたくてしょうがなかった。サウナ室って最高のコミュニケーションスペースですからね。
だって、赤の他人と全裸で話す空間なんて他にないですから。平松伸二先生の『マーダーライセンス牙』という漫画で日本の総理大臣や検事総長が全裸で密談するシーンが描かれているんですけど、「裸で向き合うということは、信頼を証明するひとつの証」っていうセリフがあって。あれは本当にその通りだなと。お互いの地位も何も関係なく、フラットな気持ちで相手と向き合えるのがいいんですよね。
岡村:わかります。サウナ室だとお互いに心を開くから、必然的に深い話になる。この前もうちの社員と一緒にサウナに入っている時に「離婚するかもしれない」みたいな相談を受けたんですよ。そしたら、後ろに座っていた知らない人がいきなり泣き始めて。話を聞いてみたら「うちも全く同じ状況(離婚の危機)なんです」と。以降もサウナ室で顔を合わせる度に、その人から身の上相談を受けるようになりました。
草彅:ちなみに、離婚の危機は脱したんですか?
岡村:最悪の状況からは脱したみたいですね(笑)。「きちんと膝を突き合わせて話をしたら、以前より分かり合えるようになりました」と。全く知らない家庭の事情にそこまで詳しくなるなんて、普通はあり得ないじゃないですか。そう考えると、やっぱりサウナ室ってすごい空間だなと思います。
草彅:いやあ、サウナって本当に素晴らしいですね。
岡村:本当に素晴らしいです。オールドルーキーサウナの店長をやっていてよかったと思うのは、お店を出ていく人たちの何とも言えない素敵な表情を見られること。心身ともにリフレッシュして、また仕事を頑張ろうと街に出ていく時の顔が好きなんです。ああいう姿を見られるだけでも、サウナ事業を始めて本当によかったと思いますね。
■プロフィール
岡村陽久(おかむら・はるひさ)
株式会社アドウェイズ創業者。2021年に同社代表取締役社長を退任し、会長に就任。2022年、会員定額制サウナ「オールドルーキーサウナ」を立ち上げ、自ら「店長」を務める。
「オールドルーキーサウナ」の詳細はこちら ※外部サイトに移動します
草彅洋平(くさなぎ・ようへい)
編集者。フィンランド政府観光局公式サウナアンバサダーの一人。著書に『作家と温泉』『日本サウナ史』。
『日本サウナ史』の詳細はこちら ※外部サイトに移動します
■スタッフクレジット
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:榎並紀行(やじろべえ)、服部桃子(株式会社CINRA)撮影:松倉広治 ※撮影協力:オールドルーキーサウナ 渋谷忠犬ハチ公口店
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