現在のサウナブーム以前から、多くのビジネスリーダーが愛好してきたサウナ。そこにはどんな「効能」があり、仕事や会社経営にどのような影響をもたらすのでしょうか。
『BUSINESS CLASS』でコラム「好き・数寄・サウナ」を連載するサウナ研究家であり、クリエイターの草彅洋平氏とお話しいただいたのは、サウナ好きの経営者、自動車や航空・宇宙関連などの製品を設計・開発するエンジニアリング企業、株式会社タマディック代表取締役社長の森實敏彦氏。
筋金入りのサウナーである森實氏は、2021年11月に竣工した名古屋のオフィスビルに従業員用のプライベートサウナを設けています。その狙いや効果、背景にある健康経営への思いとは。
サウナに入ると心も体もブーストされる
草彅:森實さんはタナカカツキさんの『マンガ サ道』を読んでサウナにハマったとお聞きしました。それまでは全くサウナに興味がなかったんでしょうか?
森實:そうなんです。漫画雑誌の『モーニング』で、たまたま『サ道』を読んで。そこに「サウナで宇宙と一体になってととのう」みたいに描いてあった。その時は「ホントかな?」と笑っていたのですが、次第にもし本当にそんな世界があるのなら、僕は人生の楽しみを損なっているのかもしれないと思うようになりました。
森實敏彦(もりざね・としひこ)。1973年愛知県生まれ。株式会社タマディック代表取締役社長。フィンランド大使館公認のフィンランドサウナアンバサダー、マスターオブフィンランドサウナにも認定されている
草彅洋平(くさなぎ・ようへい)。編集者。CULTURE SAUNA TEAM "AMAMI"を率い、サウナ研究に勤しむ。著書に『作家と温泉』、『日本サウナ史』(第1回日本サウナ学会奨励賞文化賞受賞作)
草彅:それで、一度しっかり体験してみようと。
森實:はい。さっそくお台場のホテルのサウナに行き、水風呂から外気浴まで一連のセットを体験してみました。すると、サウナと水風呂を経たあとの外気浴が本当に気持ちよくて。肌に当たる風の心地よさが、明らかにいつもと違うんですよ。「なるほど、こういうことか」と。
それで、翌日も別のホテルでもう一度体験したら、さらに気持ちよかった。そのままホテルに泊まって、翌日の朝イチもサウナに行きましたよ。
草彅:一気に開眼したわけですね。
森實:開眼しましたね。ちなみに、そのホテルのサウナには朝イチから有名な経営者やスポーツ選手、役者の方などがたくさんいらっしゃったんですね。おそらく彼らはホテルのヘルスクラブの会員で、朝からジムで体を動かして、サウナに入ってスッキリしてから1日を始めようとしているのだと思うんです。つまり、その道の、いわゆる成功者たちが人生をよりよく生きるためのルーティーンとして、サウナを組み入れている。それなら、僕もこの習慣を身につけることで、もっと良い仕事ができて、もっと良い人生が送れるんじゃないかと思いました。
草彅:そこから、どういう流れで名古屋のオフィスにサウナを導入することになったんですか?
森實:いろんな理由がありますが、例えばサウナをうまく活用することで健康になって、仕事の効率が上がります。
草彅:サウナに入ると、よく眠れるようになりますよね。風邪もひかなくなるし。
森實:最初は「ととのう」ことが目的だったけど、サウナに入るうちにどんどん健康になっていったんです。健康診断の数値もよくなったし、飲みすぎた日の翌日も、サウナに入ればすぐ元気になれる。
草彅:分かります。サウナに入ると体も心もブーストされる感じがありますよね。
森實:そう、ブーストできる。経営者って一日ずっと会議があったり、面談続きで人とたくさん会ったりすることも多いんですよね。終わる頃にはヘトヘトなんだけど、夜にも会食があるから気が抜けなくて。そんな時も会食前に30分で軽くサウナと水風呂に入ると神経の疲れがとれて、脳も体も生き返ってスッキリする。もう一回、朝の7時みたいなテンションで活動できるわけです。これって、すごく効率が良いなと。
1日8時間仕事をするとして、元気にバリバリ働けるのってせいぜい4時間くらいじゃないですか。でも、合間にサウナをはさむとずっと頭が冴えて、イキイキとした状態でいられるんですよね。それに、人に疲れた顔も見せなくて済む。経営者は日中にイヤなことがあった時も夜に人と会う時はニコニコしていなければいけないのですが、いろんなモヤモヤもとりあえずサウナ室の中に置いていけますから。
草彅:一度サウナに入ると、自分のなかの「強制終了ボタン」を押せるんですよね。
森實:そうそう。悶々と考えていたはずのことが、サウナに入って水風呂を出た瞬間に「あ、結論出てる!」みたいになるんですよ。
草彅:不思議ですよね。おそらくですけど、サウナって「熱い」と「冷たい」の感覚しかないから、物事を感覚で捉えられるようになるんじゃないかと。その結果、直感が働くようになるんですよ。
普段、僕らって物事を脳で考えすぎだと思うんです。でも、本当はそんなに頭で悩む必要はなくて。そういうことを教えてくれるのもサウナの良さなんだと思います。
サウナでは会議室より建設的な話ができる
草彅:朝もサウナに入りますか?
森實:そうですね。サウナ好きになってから、友達と朝の7時からホテルのサウナに集合して、サウナのなかでミーティングをしていました。そこで1時間くらい情報交換をして、オレンジジュースを飲んで解散する。それから仕事に行くと時間も有効に使えるし、元気いっぱいでポジティブに行動できるんです。
でも、それって人の少ないホテルスパのサウナじゃないと、なかなか難しくて。東京にはたくさんあるのですが、名古屋には目ぼしいサウナがなかなかないんですよ。
草彅:名古屋はホテルスパというより、庶民的なサウナ施設が多いですよね。
森實:そっちはそっちで素晴らしいんですけどね。サウナ施設にはサウナ室を快適に管理する「サ守」がいるので、サウナや水風呂のコンディションが抜群ですし。ただ、朝のミーティングに適したようなサウナはなかなかないから、もう会社に作ってしまおうと。それで、名古屋オフィスのビルを建て替えるプランが出たタイミングに合わせ、サウナをつくる計画を立てました。それが2018年くらいですね。
タマディック名古屋オフィス、最上階にある「Luova Sauna」。Luovaはフィンランド語で「クリエイティブ」という意味。「普段は根を詰めて仕事をしているエンジニアも、サウナに入れば頭がスッキリする。ここで良いアイデアを閃いてほしいと思い、Luovaと名づけました」と森實氏
草彅:今のサウナブームが起こる前ですね。竣工は2021年11月ですけど、計画自体はかなり早かった。
森實:それまでにも経営者の道楽みたいな感じで社長室の隣にサウナをつくった会社はあったと思うんですけど、従業員に使ってもらうことを目的に、会社の健康経営という文脈に合わせてサウナを採り入れたのは、おそらくうちが初めてじゃないかと。
じつはこのサウナをつくる前、2019年の春と夏にフィンランドを訪問したんです。サウナ大国であるフィンランドではオフィスサウナが普通に浸透しています。私も各地のオフィスサウナを見学させてもらい、サウナに対する考え方を含めて多くのことを学ばせてもらいました。ですから、どうせつくるなら文化的な側面までしっかりとふまえた、フィンランド式のサウナにしたいと思ったんです。
サウナから生まれるオープンでフラットなコミュニケーション
文化的側面までフィンランド式に
草彅:新社屋の最上階にサウナができた当初、社員のみなさんの反応はどうでしたか?
森實:やっぱり最初は様子見というか、すぐには入らなかったですね。でも、徐々に使う人が増えて、今では利用時間の3分の2くらいは予約で埋まっている状態です。僕が入ろうと思っても先約があってなかなか利用できないくらい。でも、この状態が嬉しくて。
女性社員同士がここでサウナ女子会をやったり、ここでサウナの気持ちよさを知った人が、次は同期や先輩を誘ったり。この場所をきっかけにネットワークができているのも、すごくいいなと思います。
水風呂や休憩用のベンチ、外気浴ができるテラス
草彅:従業員だけでなく、取引先の人も入りたがりませんか?
森實:そうですね。取引先やお客様からの「サウナを見たい、入りたい」というお声は多いです。そういう場合は、打ち合わせついでに体験してもらうようにしています。これまで打ち合わせの時は私たちから先方のオフィスに訪問することが多かったのですが、新社屋ができてからは「サウナに入りたいからタマディックさんに行きますよ」と言っていただくことが増えましたね。
草彅:それって移動時間がなくなるから効率もいいし、タマディックさんからするとホームで打ち合わせができるから心理的にもリラックスできますよね。
森實:そうそう、落ち着いて話ができるんじゃないかと思います。それに、商談のあとにサウナに入ることで、さらに打ち解けた会話ができるんですよ。むしろ、サウナ室内のほうが本音が出て、建設的なコミュニケーションがとれるかもしれない。
先ほどフィンランドにはオフィスサウナが普通にあると言いましたが、会議後に参加者同士でよく利用するそうなんです。なぜなら、サウナの中や水風呂後のテラスで喋っていると心の壁がとれるから。「会議ではあんな言い方をしたけど、あなたの意見も分かる気がする」といった具合に、心のくだけた、もう一つ踏み込んだ会話ができるんですよ。
草彅:タマディックさんでも会議終わりのサウナ会をやったりするんですか?
森實:はい。つい最近、大きな全体会議をやったあと、このサウナで軽く懇親する機会を設けました。すると、やっぱり本音が出るんですよね。「会議の場では言えなかったけど、本当はこう思っているんです」みたいな、ぶっちゃけ話がどんどん出てくる。これはアリだなと思いました。
草彅:お互いに裸(水着)でいるっていうのも大きいんでしょうね。スーツを脱いだ瞬間に立場とか役職とかが取っ払われて、一人の人間でしかなくなるというか。僕もサウナ室のなかで仲良くなった人が、後から聞くとめちゃくちゃ偉い人だったなんてことがあって。会社の中とか会食の場が初対面だったら、こちらが萎縮しちゃって、そこまで親密にはなれなかったと思います。
森實:関係性がフラットになりますよね。うちのサウナでも「サウナには上下関係を持ち込まず、フラットに過ごす」ことを大事にしています。サウナにまで会社のなかの組織論を持ち込んでしまったら気持ちよく過ごせませんから。ここにいる時は社長も課長も新人もない、全員が一人の「サウナー」ですから。これって、フィンランドでは当たり前の感覚なんですけどね。
取材終了後、サウナでさらに語り合うお二人。肩の力が抜け、より会話も弾む
経営者にとって社員の健康は会社の資産
ウェルビーイング向上には、サウナを
草彅:タマディックさんのように、オフィスサウナを作りたい経営者って他にいるんですかね?
森實:「うちの会社にも作りたいから見学したい」という問い合わせは増えていますね。大手企業も、地元の会社もあります。そのうち3社は、実際にオフィスサウナを導入することを決めたみたいですし、まだまだ増えると思いますよ。つくってみて実感していますが、会社にサウナがあって困ることは一つもなくて、むしろ良いことだらけなんです。オフィスにサウナをつくることが難しい場合は、近場のプライベートサウナを貸し切って、定期的に懇親する場を設けるだけでもいいと思います。
草彅:同感です。でも、それに社員がついてきてくれるかどうかですよね。社長がいきなり「おい、みんなでサウナ行こう」って言っても、嫌がられるじゃないですか。
森實:サウナの良さを知らない人もいますしね。僕の場合は、会社のサウナができる前から「サウナ&ビールの会」と称して、月に1度くらい社員を誘っていたんです。みんなでサウナに入った後に、ビアホールに行ってお酒を飲むっていう。最初は声をかけやすいところから誘って、メンバーを入れ替えながら少しずつサウナ好きの輪を広げていきました。
草彅:なるほど。
森實:あとは、そもそも会社の普段の姿勢みたいなところも大事かもしれません。タマディックの場合は長く健康経営に取り組んできて、健康経営優良法人に認定された約1万社の中の上位500社(ブライト500)にも認定されています。例えば、禁煙や健康的なダイエットに成功した従業員に対して報酬をインセンティブ支給するなど、さまざまな取り組みを行なってきました。
そうした健康経営のベースがあった上で「サウナに入ればさらに健康になれるし、社内のコミュニケーションも良化する」という文脈で導入すれば、社員の共感や理解も得られるのではないでしょうか。これが逆に、めちゃくちゃブラックな会社が急にサウナを作っても、社員は怖がって警戒しますよね。
草彅:確かに怖くてしょうがない。「役員室の隣にサウナできたぞ。社長から『入れ』って言われているけど、どうする?」ってなりますよね。
森實:そうですね(笑)。でも、本当に社員のためにつくるなら、オフィスサウナはかなりオススメです。社内にカフェやバーをつくったり、ビリヤード台をつくるより、よっぽど従業員のウェルビーイング向上につながるんじゃないかと。
草彅:社員の健康増進のためにジムをつくる会社もあって、あれはあれでいいんだけど、ジムでの運動って基本は一人でやるものじゃないですか。だから、コミュニケーションが生まれないんですよ。それに、そもそも運動嫌いの人は利用してくれないし。その点、サウナはゆるいし、いつでも気楽に入れる。あのゆるい空間で雑談をするのが心地いいですよね。最近は特に、リモートワークが増えて雑談をする機会が少なくなっている。だからこそ、会社にサウナが必要なんじゃないかと思います。
森實:その通り。ですから日本の経営者のみなさん、ぜひ会社にサウナをつくりましょう(笑)。
森實:真面目な話、社員の健康は会社の重要な資産ですから。社員に健康かつ、機嫌良く働いてもらったほうが絶対に生産性も上がります。また、会社側が従業員の健康や幸福に投資をする姿勢を見せることは、経営者と社員の信頼関係を築く上でも、とても大事なことではないでしょうか。そういう意味でも健康経営への取り組みは、持続的に長く続く投資と言えると思います。
なかでも、サウナはオススメです。先ほど草彅さんもおっしゃったように、サウナというのは「ゆるさ」がいいんですよね。サウナ室のゆるい雰囲気のなかで、みんな仲良く穏やかに過ごす。これが会社の雰囲気づくりや、文化づくりにも良い影響を与えてくれるのではないでしょうか。
■プロフィール
森實敏彦(もりざね・としひこ)
1973年愛知県生まれ。株式会社タマディック代表取締役社長。フィンランド大使館公認のフィンランドサウナアンバサダー、マスターオブフィンランドサウナにも認定されている。
株式会社タマディックの企業サイトはこちら ※外部リンクに移動します
草彅洋平(くさなぎ・ようへい)
編集者。CULTURE SAUNA TEAM "AMAMI"を率い、サウナ研究に勤しむ。著書に『作家と温泉』、『日本サウナ史』(第1回日本サウナ学会奨励賞文化賞受賞作)。
『日本サウナ史』の詳細はこちら ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:田ノ岡宏明 編集:榎並紀行(やじろべえ)、服部桃子(株式会社CINRA)
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