地域の名店を支える、変化を恐れないビジネススタイル
現在150ほどの店舗が連なっているという横浜市緑区最大の商店街、中山商店街。この商店街の一角に、「そば・うどん 佐保多」はある。席数はわずか13席だが、自家製のそばやうどんはもちろん、全国から取り寄せたこだわりの酒やつまみのメニューも豊富。小さな子どもを連れた家族から年配の常連客まで、幅広い世代に愛される地元の名店だ。
13席とこぢんまりした佐保多の店内。パートタイムのスタッフに手伝ってもらいつつ、佐保田氏も接客、調理、会計をこなす。
店のルーツははるか明治時代にまで遡る。もともとは別の場所で製麺機の製造をしていた現オーナーである佐保田氏の曽祖父が、大正12(1923)年、中山の地に越してきて製麺所「政多屋」を開業。その後、祖父、父親へと事業は引き継がれ、1990年に父親が急逝した後は、叔父、母親が店を守ってきたそうだ。
店を継ぐことを「全然考えていなかった」という佐保田氏が手伝うようになったのは、父親を亡くした後のこと。当時の政多屋は地元の学校や会社の食堂、飲食店に製麺を卸していたので、その配達を手伝いながらも、自身は中高の国語の非常勤教師として働いていたという。
しかし、2007年、政多屋に転機が訪れる。
「父が亡くなった頃から、日持ちする麺が開発されて、東京の大きな会社が地元の会社の食堂や学校給食事業に参入してくるようになったんです。すると、だんだん取引先が減って、経営が厳しくなっていった。売り上げがどんどん減る中、何か新たな取り組みをしなければ、と、製麺より付加価値を付けられ、一商品あたりの単価が高いそば店を始めることにしたんです」(佐保田氏、以下同)
そうして自宅の一角を改装してオープンしたのが「そば・うどん 佐保多」だ。一見似たような事業にも見える製麺事業と飲食店事業だが、蓋を開けてみると「まったくの別物だった」と佐保田氏。それまで飲食店での勤務経験はなく、苦労は尽きなかったと振り返る。
「開店前に、オペレーションを勉強するため、製麺所が運営しているうどん店で2カ月ほど働かせてもらったりしたんですが、それでもわからないことだらけ。当時は不安しかありませんでした」
そんな時に手を差し伸べてくれたのが地元・中山商店街の仲間や、製麺所時代の取引先だった。
「商店街には飲食店も多く、そこで働く地元の人たちに、おしぼりやマットはどこで頼めばいいのか? 一杯あたりの単価はどう設定すればいいのか?などいろいろ聞きました。製麺所時代のお客さんも仕入れ先などを詳しく教えてくださり、非常に助かりました」
その後、母が脳出血で倒れ、叔父が亡くなったこともあり、2015年には麺の卸から飲食店へと完全に舵を切った。
佐保多の人気メニュー「天せいろうどん」。うどんは細麺でのどごしも抜群だ。
冬の人気メニュー「牡蠣みぞれそば」。開店当初は冷たいそばしか提供できなかったというが、いまでは温冷60種を超えるメニューがお品書きに並ぶ。
チャレンジで生まれる繋がり、繋がりで広がる可能性
「基本的には、時代とともに経営は変えていかないといけない」と語る佐保田氏。その言葉のとおり、時勢を見て、さまざまな判断を下してきた。
コロナ禍では、茹で麺工場を改修してつくった宴会場を手放し、別の事業者に貸し出し、さらに、多くの取引先が廃業してしまったのを機に、仕入れも自ら行うようになった。数年前からは、店の情報発信のために、生まれて初めてSNSのアカウントを開設。情報発信にも自ら取り組み始めた。
すると、それまで没交渉だった学生時代の友人や先輩・後輩が店を訪ねて来てくれるように。そこから生まれた繋がりが、佐保田氏のさらなるチャレンジを後押しした。
「店に来てくれた後輩が、うちのメニューを見て、『初めて来店した人や外国人のお客さんにも使いやすいように、文字だけではなく、料理や写真や動画、アピールポイントも一目でわかる二次元コードのメニューを作ってみては?』と提案してくれたんです」
メニューのDX化のプロジェクトは順調に進んでおり、年内には、二次元コードのメニューが完成する予定だという。
文字だけのメニュー。品数が多い分、「字が小さい」「何を頼めばいいのかわからない」などの声が上がることも。
二次元コードメニューの試作品。読み取ると、メニューの写真、説明のほか、アレルギー成分も一目でわかる。二次元コードは、印刷して店内に配置するという。
店の経営と同時に、商店街の総務部長としても活動している佐保田氏。自分の店でデジタル化を進めれば、商店街のほかの店もデジタル化に取り組むきっかけになるのでは、と考えた。
「2019年に国がキャッシュレス・ポイント還元事業をした時も、商店街では『やり方がよくわからない』『手間がかかる』と導入を見送った店舗が少なくなかった。けれど、キャッシュレス化やデジタル化の流れは今後ますます加速していくと思うんです。ならばうちの店がまずデジタル化にチャレンジして、デジタルでの情報発信やキャッシュレス化に、商店街の人たちや地域のお客さんと一緒に取り組むきっかけになればいいなと思ったんです」
そば・うどん 佐保多は、多様性に配慮した店づくりに励む地域の中小店舗経営者やショップオーナーの挑戦を応援する、アメリカン・エキスプレスの「RISE with SHOP SMALL 2023」B賞の受賞者です。
アメリカン・エキスプレス RISE with SHOP SMALLとは
地域や街、コミュニティの魅力づくりに貢献したい、ビジネスを活性化したいという中小店舗経営者、ショップオーナーの更なる挑戦を、資金や魅力発信のサポートなどを通して応援するプログラム。性別や年齢、障がいの有無、人種や国籍、言語、LGBTQ+など、さまざまなダイバーシティ(多様性)を持つお客さまや従業員の「自分らしさ」を尊重して受け入れる「ALWAYS WELCOME」な店づくりを支援。2023年は、500万円相当の資金支援で応援するA賞(3人が受賞)と100万円相当の資金支援で応援するB賞(5人が受賞)を実施。
「キャッシュレス決済の仕方がわからないという高齢者の方に向けて、商店街と協力して、スマートフォン活用講座も開きたいと考えています。また、商店街の人たちと一緒に、スマホを使っての事業や活動の周知方法について考えていきたいと思っています」
現状維持は衰退に繋がる。だから恐れずにチャレンジを続ける
近年、人手不足を理由に、中山商店街からどんどん個人経営の店が減っていっている。この課題を解決するためにはテクノロジーの導入が必要不可欠だと考える佐保田氏は、小さくとも新たな挑戦を続け、店を継続させることで、商店街の仲間と一緒に成長していきたいと考えている。だが、個人経営の小さな店が、新たなチャレンジをするのは難しいことだという。
「会社であれば、同僚、先輩、後輩がいて、日々の仕事の喜びや苦悩を共有することができますが、自分のような、個人事業主的な経営者というのは、孤独になるリスクが高い。だからこそ、仲間が必要です。同業者や異業種の人たちと話したり、共通の体験ができると、さまざまな刺激を受け、視野も広くなり、客観的に自分たちの現状を見ることができると思うんです」
いま、商店街活動の大切さを改めて感じていると話す。
「商店街には、自分と近い商売をやっている人もいれば、不動産店で働く人やお医者さんなど、いろんな知識を持った専門家がいる。商店街活動をしていると、そんな人たちの話を聞いたり、自分の話を聞いてもらったりする機会が持てる。直接プラスにはならないかもしれないけど、何かひとつ、地域に関わる活動に飛び込んでみることが、新たな仲間づくりに繋がっていくのではないでしょうか」
昔からのやり方を踏襲するのもいいけれど、これからの時代、現状維持は衰退に繋がる——そう考え、失敗を恐れずさまざまなチャレンジを続ける佐保田氏。ともに孤独に面しながらも、悩みを共有する経営者仲間たちと支え合いながら新しい可能性を広げ続けている。
■プロフィール
佐保田豊(さほだ ゆたか)
「そば・うどん 佐保多」社長、中山商店街総務部長。学生時代はアメリカンフットボールに励み、大学院修了後は中高の国語の非常勤講師として11年勤務。父の急逝をきっかけに曽祖父が創業した製麺所を手伝うようになり、2007年、「そば・うどん 佐保多」をオープン。一番の楽しみは、メニュー開発とお客さんの喜ぶ顔を見ること。
そば・うどん 佐保多 (外部サイトに移動します)
■スタッフクレジット
文:藤井周 写真:榊水麗 編集:フィガロジャポン編集部