彩り豊かなお弁当を見ると心が弾む。埼玉県日高市の仕出し・配達弁当専門店「お弁当や 福すけ」の日替わり弁当は550円。リユーサブルなお弁当箱の中には、代表の樋口麻子さんのまごころと遊び心がたっぷり詰め込まれている。
福すけの彩り豊かな日替わり弁当。
取材日のメニューは、炊き込みご飯にサバのみそ煮、ダイコン梅サラダ、春巻き、そして汁物。食材別にリストアップした自前のデータベースを参考に、樋口さんはいつも3カ月分の日替わり献立を一挙に考える。豚のしょうが焼きやハヤシライスといった人気の定番メニューから、北陸の郷土料理の治部煮、韓国のトランタン(里芋)スープなど世界の珍しい一品まで、メニューの幅広さには樋口さんの飽くなき探究心が反映されている。献立表を眺めているだけでお昼が待ち遠しくなりそうだ。
魚、肉などの主菜と野菜のおかず2品、揚げ物が入った豪華なお弁当。これに必ず汁ものがついてくるのが、福すけのお弁当の特徴だ。
もともとは病院給食の調理師をしていたという樋口さん。主菜、副菜で栄養バランスを調整する基礎知識は、給食の献立を作っていた経験が活きている。
3年前に独立した理由は「もっと心を込めたお弁当が作りたい」、そんな純粋な思いからだった。病院給食は塩分濃度を控えるので味は薄め。作業も冷凍食品を解凍して出すなど簡素化する傾向があった。「やりたい方向性と違う」と感じていた樋口さんは、会社が吸収合併されることになったタイミングで、同じ考えだった上司の調理師と離職を決意。近隣のデイサービスセンターの調理室を間借りして、2019年に「福すけ」を立ち上げた。
お弁当でみんなを幸せにしたい、食べる人の労働意欲や暮らしを手助けしたい——そんな思いが屋号の「福すけ」には込められている。
子どもの頃から料理が大好きだったという樋口さん。今の仕事が楽しくて仕方がないことが生き生きとした表情から伝わってくる。
「いまは思いを込めて好きなものが作れるので、大変だけど楽しいです。日高市内は500円以下のお弁当が主流なので、550円は少し高めに感じると思います。でも、毎日注文してくださる方は本当においしいから、と言ってくださる。そのありがたみをひしひしと感じています」(樋口さん、以下同)
生まれ育った日高市には人一倍愛着がある。困った時には必ず相談に乗ってくれる人がいて、「気持ちの温かい人が多い場所」、樋口さんはそう感じている。毎日配達しているお弁当は80食前後。手づくりのチラシを一軒一軒くまなく配って開拓した顧客は、市内の工場や事業所、市役所など多岐に渡る。
コロナを機に新規事業に着手
来年1月には、日高市内に念願の自社工場をオープン予定(2022年10月取材時現在)。故郷のためにひと踏ん張りしようと新規事業も準備中だ。きっかけはコロナだった。福すけは昼営業なのでさほどの落ち込みは防げたが、外食産業の時短要請で、仕入れでお世話になっている卸売業社が窮地に追い込まれていた。
「『発注が激減して、もう本当に厳しくてやっていけない』と業者さんから聞いて、このままでは業者さんがつぶれてしまうと私も危機感を覚えました」
使命を感じた樋口さんは、フードロスの活用を思い立った。形や大きさが出荷規格に合わないために弾かれてしまう、いわゆるB品の果菜類を乾燥粉末にして活用するアイデアだ。それまで捨ててしまっていた農産物に価値がつくようになれば、卸売業者や農家の新たな収入源になる。中小企業の取り組みを支援する中小企業庁の「ものづくり補助金」を申請して粉砕機や乾燥庫などの必要機材を購入すると、さっそくサンプルを作り始めた。
開発中の乾燥粉末には今後の夢や可能性を託して「翔すけ」と名づけた。離乳食作りにも使えるし、偏食の子どもの食事に混ぜれば、野菜を食べてもらうきっかけになるかもしれない。さらにパンやうどんに練りこめば、色鮮やかな特産品の開発にも繋がる。
「いま試しているのがネギやニンジンの葉っぱや、ねじれたニンジン、大きすぎるサツマイモなど形や大きさが規格外の野菜。ゆくゆくは粉砕機や乾燥庫をレンタルできるようにして、地域の農家さんに使ってもらう予定です。粉末にするのだから見た目は気にせずどんどん持ち込んでください、とお声がけしています」と樋口さん。弁当作りに直接結びつく事業ではないが、つながりのある地域の人たちに喜んでもらえるはず——。そんな一途な思いが、彼女を突き動かしている。
RISE with SHOP SMALLの支援プログラムの情報を目にしたのは、この新工場の外壁工事の費用を工面できずに困っていた時だった。
「RISEの募集記事はFacebookで見つけました。外壁工事の見積もりがまさに200万円ほどだったので、ダメ元で挑戦してみようと思って、これまでの経緯や私の思いをすべて書いて応募しました。受賞のお知らせをいただいて、いまだに信じられない思いです。おかげで背中を押してもらって、がんばる理由ができました」
家事はもっと手を抜いていい。
仕事について生き生きと表情豊かに話す一方で、2児の母でもある樋口さんは仕事と家庭の両立の難しさも感じているという。仕事の日は起床は午前4時、出勤は午前5時。小学4年と2年の子どもたちはまだ寝ている時間帯だ。
お弁当をとおして、働く人々の家事の手間を少しでも減らしたいと考える樋口さん。「台所に立つ1時間半をお弁当に代えれば、その分子どもと向き合う時間が増える。皆さんの専属コックではないですけど、一緒に船に乗っている気持ちでやっています」
「子どもたちに朝のいってらっしゃいができなくて、それだけはちょっとさびしく感じています。仕事を終えたら夕飯前に学童にお迎えに行き、その日初めて子どもと会うこともあるので、そこから寝るまで数時間しか接する時間がありません」
家族と過ごす貴重な時間が、バタバタと家事で終わってしまうことがもどかしい——自分が働く中で感じる、働きながら家族と暮らす人たちの家事負担を軽減したい、という思いは、福すけのお弁当にも色濃く反映されている。
「すごく疲れていても、日本の女性は家事をきちんとやる傾向がありますよね。海外みたいにご飯を外で食べる習慣もあまりないですし、お弁当で家族のご飯を済ませることに罪悪感を感じる人が多い。もっと手を抜いていいし、無理に作らなくていいと声を大にして伝えたい。そのためにも罪悪感なく買える、きちんとしたお弁当を心がけて作っています」
自分のように忙しい人たちの手助けができたら、と樋口さんは心から願っている。
地元の子どもが地元で働ける環境を。
お弁当を通じて、地元の課題解決に奔走する樋口さん。豊かに働き、暮らす上で、彼女が大切にしている“美学”を最後に聞いてみた。
「正直、私は仕事に奔走する毎日で暮らしの方を少しおろそかにしているかもしれません。でもいま、私が地元のために踏ん張ってがんばることで、日高の子が地元の学校を出て、そのまま地元で働きたいと思えるような魅力ある環境を作りたい。よくサステイナブルな社会と言いますが、自分の子を含め、地域の子どもたちが将来働くことに対して1mmも心配しなくていい環境が一番サステイナブルな社会ではないかと思っているんです。おじいちゃんおばあちゃんと同居しながら地元で働く暮らしができたら理想的ですよね」
地元の人間関係を何よりも大切に考え、暮らしの延長線上で働ける環境を未来に繋げる樋口さん。彼女の想いの込もったビジネスを、アメリカン・エキスプレス RISE with SHOP SMALLが支援する。
樋口さん(中央)含め、少人数のスタッフで運営しているお弁当や福すけは、お弁当をとおして、日高の未来を豊かにしていく。
■プロフィール
樋口麻子(ひぐちあさこ)
1989年生まれ。杉野服飾大学卒。在学中に調理師免許取得。北海道興部の牧場で住み込みバイト中に東日本大震災を経験し、帰郷。日高市の病院給食委託会社に就職。2019年に独立し、仕出し・配達弁当専門店「お弁当や 福すけ」設立。真空包装の弁当や惣菜の開発で埼玉県の経営革新計画の承認も得た。2023年1月に食材を乾燥粉末化する機械を設置した新工場完成予定。RISE with SHOP SMALL プログラムA受賞者。
https://obentoyahukusuke.com/ ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
写真・動画:榊水麗 記事:岩井光子 編集:フィガロ編集部
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