第8回では、原価管理の重要性を解説しました。今回は製造業の例をベースに、原価管理の手順を整理したいと思います。基本的な考え方は随分シンプルなものです。
STEP1 「限界利益」でまず考える
まず、個々の商品の限界利益をつかみましょう。限界利益という言葉は耳慣れないかもしれませんが、「売上高-変動費」で算出する利益です。
変動費とは原材料費や外注費など、売上高の変化に応じて上下する費用。一方、工場の正社員の労務費や設備など、常に一定のコストがかかる固定費があります。この固定費をどう個々の商品に配分するかと考え出すと、途端に頭が痛くなる人が多い。そこで、思い切って固定費は横に置きます。限界利益ベースで赤字なら、固定費分さえねん出できておらず問題だからです。製造業の変動費で大きなウエートを占めるのは、原材料費と外注費。まずここを詰めましょう。
図1:売上高と変動費から限界利益は計算できる
STEP2 正確な原材料費・外注費をつかむ
原材料費の計算には、いくらで買ったものを、いつ、どの製品にどれだけ使ったのかという実態を把握することが大切です。これができていない中小企業が本当に多い。そもそも帳簿をちゃんとつけていないんですね。
帳簿をつけない会社でも、さすがに決算期には棚卸しをし、期初と期末を比較して原材料費を出しています(期末棚卸法)。しかし実態を把握するためには、帳簿が必要です。メモ書きでいいので原材料をいつ、どれだけ、何のために使ったのかを記録する。それを1年続ければ、原材料費の動きを細かくつかめます(継続記録法)。
ただし、この方法で求めた原材料費を基に製品が儲かっているかどうかを判断するのは、まだ早い。製品の販売額から算出した「計算上のあるべき原価(標準原価)」より、金額が大きくなる場合が多いからです。金額がずれる主な理由は、原材料の扱いに異常があるからです。例えば、製造工程の問題で原材料の無駄遣いがやたら多い、仕掛かり品が工場のあちこちに積み上がっているといった具合です。
中には、極端なケースもあります。原材料を社員が無断で転売して自分の懐に入れる会社、工場の社員が不良発生を隠すため、勝手に原材料を倉庫から持ち出して作り直していた会社もありました。原材料の異常が生じる原因を突き止めるには、継続記録法が適しています。材料の動きを押さえているからです。年1回しか数えない期末棚卸法では、いつ、なぜ問題が発生したのか特定できません。
こうして原因を潰し、あるべき原価に近づけていきます。改善活動による原価低減も大切ですが、ここでいう取り組みは正確な計算を阻む異常の排除です。外注費についても手順はほぼ同じ。今、何の仕事をどの会社に、どれだけ発注しているのか。実態を書き出し、異常がないかどうかをチェックします。
図2 誤差の原因を潰してあるべき原価に近づける
STEP3 適切な原価かどうかを確かめる
STEP2で原材料費を中心に、実態原価と標準原価のずれの原因を究明し、標準原価に近づける大切さを説明しました。しかし、それをしても、まだ課題は残ります。仕入れ値が相場より高過ぎる可能性があるという点です。
図2の原材料費の棒グラフに当てはめれば、棒の長さはどれもほぼ同じになったけれど、そもそも棒が長過ぎはしないかという疑問です。原因は仕入れの見直しを長年怠っていることが大半で、中小企業によく見られます。具体的には、先代からの仕入れ先だから信用できると安心し、漫然と取引を続けている経営者がいます。実際には相場より高く買わされているのに、仕入れ先の営業トークを信じて「うちは他社より条件を良くしてもらっている」と本気で思い込んでいるのです。
仕入れ値は経営者しか知らず、社員は高いのか安いのか判断できないという会社もよくあります。仕入れ値の適正化には、情報を抱え込まないことが重要です。そうして、1年に1度は、仕入れ先に緊張感を持たせる意味でも、相見積もりを取る。複数の会社から見積もりを取れば、大体の相場観もつかめます。
STEP2で正しい原価を算出し、STEP3で適正な原価を探る。ここまでして初めて、原価計算の一丁あがりです。販売価格から原価を引いてみてください。赤字の製品があれば、それが取引先見直しの対象になります。
原価計算は単品ごとが基本ですが、アイテムが多ければ主力製品のみ、あるいは製品群ごとに計算してもいい。また、取引先単位でも算出しましょう。同じ顧客に売っている製品Bは儲かっていなくても、製品Aで儲かっているなら、製品Bの販売量を減らしつつ、製品Aの売り込みを強化するといった、全体での販売戦略を考えられるからです。
図3 利益率に応じた販売戦略を練る
STEP4 損益を示し、顧客に値上げを提案する
赤字製品を対象に自社で原価低減努力をしたものの、それでも利益率が改善しないとしたら、顧客に値上げの交渉をします。「現在、お取引させていただいている製品Aですが、正直に申し上げて限界利益さえ出にくい状況です。弊社で原価低減努力をしたものの、改善が見込めないため、○円に値上げをお願いできないでしょうか」といった具合です。
限界利益といった具体的な数字をつかんでいれば、価格交渉でその数字を示しながら根拠立てて説明ができます。また、損益のボーダーラインを把握していれば、自社がどこまで妥協できるかという線引きができます。値上げ交渉は相手がある話ですから、満額回答が得られるとは限らない。ただ、落としどころを心得ていれば、交渉を有利に進められます。それが重要なのです。
顧客が大企業の場合、中小企業経営者の中には下請け意識が抜けきれず「とても値上げは言い出せない」と話す人もいます。場合によっては、資本関係もないのに「『親会社』と価格交渉するなんて」と言う人までいる。しかし、根拠を持って交渉すると案外すんなりいくものです。
特に大企業が原材料を有償で支給し、加工品を買い戻すような取引形態なら、私の経験上、スムーズに話が進みます。中小企業の数字に対する弱さを見透かし、知らない間に取引開始直後より原材料費を値上げしている場合があるからです。これは非常に巧妙です。中小企業側からすると、原材料費の支払いが先に来て、加工品を納めて対価をもらうのは1、2カ月先。「月ずれ」が起きるので、単月だけ数字を見ても、原材料費の値上げに気づきにくいのです。
こうした場合には「いくら何でもこれでは厳しい」と率直に伝える。そうすると、相手は表情に出さなくても観念し、原材料費を下げるなり、加工品の買取価格を引き上げるなりしてくれます。
図4 材料支給と買い取りの時期がずれる取引は要注意
■プロフィール
金子剛史
公認会計士試験合格の後、エスネットワークス入社。IPOやM&Aのサポート業務、企業再生の支援業務を担当。2017年MODコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。本連載の元となる『弱点思考の経営』は、国内有数の私的再生のプロとしてこれまで約300社を復活させた経験から得た、経営のヒントがたくさん詰まった1冊です。
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