「弱点思考」を勧めるコンサルタントの金子剛史氏は、弱点思考のために、自社を客観視して、同業他社との差を分析するようアドバイスし、現実を適切に認識することの重要性を説きます。そして、多くの経営者にはすごい潜在能力があると考えています。
同業他社との差をどのように埋めればいいかは、経営者自身が分かっている。だから、冷静になればいい。幹部のせい、環境のせいにしないで、「本当なら、この手を打ったほうがいい」と思ったことを素直に抽出する。それが弱点思考です。
どうしても自分で導き出せない人は、「3C」「4P」「5F」という補助線を引くといいでしょう。いずれもマーケティングのフレームワークです。私も経営者にヒアリングをするとき、これらを活用しています。
「3C」とは、カスタマー(顧客)、コンペティター(競合)、カンパニー(会社)のこと。顧客の視点、競合の視点、会社の視点で戦略を考える方法です。
「4P」とは、プロダクト(製品)、プライス(価格)、プレイス(流通)、プロモーション(販売促進)という4要素を表します。
「5F」とは、業界環境を分析するためのフレームワークで、競合、売り手、買い手、新規参入、代替製品という5つの力(Forces)を分析する手法です。
ヒアリング中は、私の頭の中でこれらのフレームワークに当てはめながら、経営者にいろいろな質問をしていきます。ホワイトボードに具体的に書き出すこともあります。3Cなら、競合はどこで、なぜその競合に勝てないのか。自社がどの点で勝ち、負けているのか。そうした結果をもたらしている社内の営業体制はどうなっているのか。その営業社員に対して経営者はどういう指示をしているのか――。
具体的にイメージできるまで、細かく聞いていきます。いろいろな切り口で聞いていくと「そもそもこの商品は、誰が利用するんですか。顧客が感じる価値はどこにあるのですか」という根本的なところまでひも解くことができます。こうした多面的な分析により、同業者との「差」の真因が見えてきます。
「3C」「4P」「5F」などのツールを使わなくても、経営者は本来、現状を正しく分析する力を持っています。私がさまざまな角度から質問しても、さっと答える。間近で見ていて、恐ろしいほどの現状把握力です。
最初のうちは、「環境が厳しい」と言い訳をしていた経営者が、私の質問に答えているうちに、業界はどういうフェーズになっていて、自分の会社がその中でどういう位置づけなのかということを的確につかんでいく。私はただ質問し、経営者の頭の中にあるものを整理していくのですが、「金子さん、うちの課題がよく分かりますね。さすがプロだ」と褒められます。さすがプロ、じゃなくて、あなたの話をまとめただけです。
何年、何十年と経営してきた経営者はすごいですよ。誰にでもできるものではありません。けれど、強みも弱みも整理していない。特に弱みについては、見て見ぬふりをしている。その現実が本当にもったいないのです。
幹部との没コミュニケーション
会社がうまく回っている時代は、経営者がワンマンで前のめりのほうが、事業展開のスピードが速くなります。そういうときには、幹部や一般社員が、トップにものを言う文化があまりない。言わなくても会社は成長しますしね。経営者が「おい、あれをやれ、これをやれ」という調子でも何とかなる。幹部も社長に従っていれば給料がもらえるので、ワンマンも悪くないかと考えてしまう。
経営環境が変わり、会社がおかしくなり始めた頃に、危機感を持った幹部が自社の弱点を進言しようとします。けれど経営者は耳を貸さず、今までのやり方を変える気もない。これを見た幹部たちは、言っても無駄かなと考えるようになります。
そしていよいよ会社がやばくなってきたぞ、という最終局面のあたりでは、社長と幹部の間のコミュニケーションがほとんどなくなっていますから、幹部はもはや思っていることを言わない。幹部からも、経営者からも、誰も何も言わない。
なぜ双方のコミュニケーションが少なくなるかというと、経営者は窮状を話して心配をかけることは避けたほうがいいだろうと勝手に判断し、危機的状況にあることを社員に言わないからです。このような状態では、幹部が進言する機会が限られます。変な意味での経営者のプライドもあるのでしょう。「おれが踏ん張る」という意地もあるし、「幹部が言うことが本当かもしれない」と認めてしまうと、自分の存在価値がなくなるという恐怖心もある。だから、幹部の意見に耳をふさぎ、進言されても一蹴する。それが弱点思考を妨げているのです。
「一歩間違えば、会社が破綻するかもしれないという最終段階に入ったら、さすがに弱点を埋めようとするのでは」と思うかもしれませんが、違います。それまで弱点を見てこなかった経営者は、最後まで「見て見ぬふり」を貫きます。例えば、1年後には資金繰りが行き詰まる可能性が高いと分かっていても、その現実から逃避しようとします。もちろん、考えられる限りのコスト削減などは実行しますが、根本的な原因には手を打ちません。
現実を見ないから「きっと、資金の流出は止まる」と考える。私と議論していても、あんな取引、こんな案件があるので「このあたりで止まる」と言う。「今、こんないい話が来ているんです」という「いい話リスト」みたいなものを列挙するのです。「金子さん、この案件が決まると2000万円入るから、資金は大丈夫です」。
それは、何の根拠があって言っているんですか。契約が取れるかどうかは全く分からないですよね。可能性の低いベストシナリオにすがり、本来やるべきことを最後まで棚上げしてしまう。例えば商品ごとに細かく収支を管理して、コツコツ利益を出す体制に切り替えようといった発想には、どうしてもならないのです。資金は明らかに減るのに、「ここで横ばいになる」と言い張る。右肩下がりが続くという現実を直視しない。直視していれば、もう少し早い段階で手が打て、キャッシュに余裕を持って再生に入れたのに、と悲しくなることはしょっちゅうあります。
早めに相談してくれていれば、同業他社との差を埋めてから、攻めに転じることもできる。けれど、キャッシュがないという状況では、打ち手が限られるのです。強みを伸ばさなければ、という呪縛にとらわれていると、こうした失敗を犯してしまいます。業績が傾いてから、時間と資金の浪費をするのです。
どんな経営者も、ものすごい力を持っています。スーパーマンみたいな力があると言いたいのではありません。私がいろいろヒアリングする中で「こういうふうにしたら業績が回復する」と指摘することを、経営者はすべて最初から分かっているという意味です。
繰り返し強調しますが、それなのに、経営者は考えないようにしている。あるいは、考える余裕がなかった。結果、持てる力を全く使わない状況になっている。再生計画は基本5年です。その中で経営者の潜在能力を表に出してもらえれば必ず復活する。まずは、落ち着いて弱点を見つめてください。
■プロフィール
金子剛史
公認会計士試験合格の後、エスネットワークス入社。IPOやM&Aのサポート業務、企業再生の支援業務を担当。2017年MODコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。本連載の元となる『弱点思考の経営』は、国内有数の私的再生のプロとしてこれまで約300社を復活させた経験から得た、経営のヒントがたくさん詰まった1冊です。
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