「弱点思考」を勧めるコンサルタントの金子剛史氏は、経営不振脱却のためには、今まで見て見ぬふりをしてきた自らの弱点克服こそが必須だといいます。そのために有効なのが本音で話せる相談相手を見つけ、自分の考えを聞いてもらうこと。さらに幹部の意見を聞くことの重要性も指摘します。
資金繰りに追われると思考が停止する
第4回は経営不振を外部環境のせいにせず、弱点思考によって自社の問題点を改善することで苦境を脱出できることを解説しました。それでは、どうすれば弱点思考が身につくか。一番いいのは、他人に自分の考えを聞いてもらうことです。私のような第三者のヒアリングを受けることは、経営について改めて考える、よい機会です。コーチングに近いのかもしれません。
ただ、経営者は質問を受ける機会があまりない。経営者はやはり孤独だと思います。特に資金繰りに追われている経営者はそうです。誰にも相談しない。金融機関の人は能力も専門性も高い人が多くいるので、まず一番の相談相手なのでしょうが、現実にはなかなかそうならない。
同業者、商工会などの仲間、地元の友人。彼らに相談できるか。いや、プライドもあるし、すべてを包み隠さず話すことはできないでしょう。では、自社の幹部、社員。……言わないですよね。社員にも内実を隠します。先代社長の父親など、社内にいる身内なら相談しやすいと思うかもしれませんが、そうでもない。現実には、父親に相談しない人が多いのです。
金融機関が、業績がなかなか上向かない会社に対して、「そろそろ息子さんにバトンタッチしたらどうか」と強く促すことがあります。それで、お父さんは仕方なく息子に譲る。息子がとりあえず社長になりました、というパターンです。
この場合、父親は息子のことが心配なので、ほぼ例外なく会長として残ります。息子のほうは客観的に会社のことを見ていますから、「お父さんのやり方では、今の時代は無理だ」と分かっていても、面と向かって「引退してくれ」とは言えない。そもそも、自分1人で社長を務める自信はまだありませんし、創業して会社を大きくしてきた父親を尊敬もしていますからね。
どちらがトップなのか、自分たちの間でもうやむやです。そんな微妙な関係ですから、息子はなかなか本音で父親と話せない。父親のほうも息子を完全には信頼していませんから、息子に事業のことを相談するということはありません。結局、父親も息子も目先のお金のことばかりを気にして、それ以外のことには意識が回りません。銀行に切られたらどうしよう。自己破産したら会社はどうなるのだろう、自分はどうなっちゃうんだろう、と。
頭の中が資金繰りばかりになりますから、自分が置かれてる状況を客観的に見たり分析したりする余裕はありません。完全に思考停止に陥るのです。
こういうタイミングで私が再生に入ります。事業戦略について深く考えることをすっかりやめているときに、第三者がやって来て、「そもそも、どうして長年会社が存続できたのですか」などと聞かれるのは、経営者にとってすごく新鮮であり、発見が多いのだと思います。
私は1カ月、2カ月と腰を据えて話を聞き、財務と事業を分析していきます。経営者には過去をひも解きながら、今の状況に至る経緯を思い出してもらう。そうすると、業界で自社がどんな位置づけになっているのかが改めて理解でき、どうして同業他社と差が出たのかがはっきり見えてきます。
話をする相手は誰でもいいのです。私の役目は、テニスで言うところの「壁打ち」です。経営者が自分の考えを吐き出せる相手であれば、幹部でも社員でも、経営者仲間でもいい。事業戦略は経営者の頭の中にあるのですから。資金繰りが厳しくなったら、どんなに社交的な経営者でも、他人に相談しにくくなるもの。だからこそ普段から、本音で話せる相談相手を見つけておくことが大切です。極めて単純なことですが、それが弱点思考を鍛えます。
必要なのは悪口ではなく、意見を聞くこと
ちょっと面倒だけど、できればやったほうがいいな――。そうした自分自身の本心に素直に向き合うことが、弱点思考には大切です。ところが、自分の決断力のなさを棚に上げて、いきなり業績悪化を幹部のせいにする経営者がよくいるので、私は困ってしまうのです。
「社長のおれが一番だめなのは、重々分かっているけどね」と一応前置きしてから、特定の幹部の悪口をバーッと話し始める。
「細かく採算管理しろと言っているのに、あいつはしない」
「人員が多過ぎると言ってるのに部下を手放そうとしない」
その幹部がいなくなれば、明日から他社並みの業績になる――きっと、そう言いたいのでしょう。悪口の相手が複数に及ぶこともあります。営業の話になると「営業部門を任せているあいつが悪いんだ」。開発の話になると「開発部門を任せている、あの幹部が悪いんだ」と。
私は、そうした話が出るたびに、またかと思います。「幹部のことは別途聞きます。事業のことを聞かせてください」とできるだけ早く話を戻しますが、社長は話し足りないという表情を必ず浮かべます。「うちの幹部は頑張らなくて」と、人のせいにする経営者はなぜ多いのか。
業績悪化は、社長である自分の責任だと分かっている。そのことを、目の前の「金子」という人間にもバレている。でも、最後の悪あがきというか、少しでも罪が軽くなるならばと、幹部の悪口を言わずにはいられないのでしょうか。
確かに、この人には辞めてもらったほうがいいな、という幹部もいます。再生過程では、幹部の協力は不可欠です。社長同様、幹部にも意識改革を求めますが、幹部の考え方、動き方に問題があるならば、定年後再雇用の60代の幹部には辞めてもらったり、40、50代なら他の仕事に移ってもらったりします。
人事が唐突に思える場合は、「1年間頑張ってもらい、その結果で判断します」と猶予期間を設けます。あるいは、昔からのつながりでその幹部がいないと取引先を失う恐れがある場合は、取引先との関係維持のミッションだけ与える。
でも実際には、幹部が動かないのは社長に問題があることが大半です。とにかく社長は情報を公開しない。社員はもちろん、幹部に対してもです。幹部にヒアリングをすると「そもそもうちの会社ってどんな状況なんですか」という質問をよくされます。「うちは、相当やばいんでしょうか」と聞かれたり、「うちの社長は、会社をどうしたいんですかね。金子さん、教えてください」と頼まれたりもします。
幹部は、財務状況を全く聞かされていないのです。幹部から質問されると、どこまで言っていいものかと私も躊躇してしまう。やはり社長の口から直接、皆に言ってもらったほうがいいので、「大丈夫です、何とかしようと思って、今やっていますので」とひとまずお茶を濁します。
幹部にヒアリングをすると「こういうことをしたほうがいいと思う」と、たくさん意見を言ってくれます。現場サイドの意見なので、全部が正解とは言わないですが、的を射ていることは結構あります。私の手を両手で握りしめて、「うちの社長に伝えてください。金子さんから言っていただければ効果があるかもしれません」と頼まれることもあります。そんな幹部のアイデアを取り入れて、全社的な視点から計画を作ると、社内は「よし、来た!」とやる気に満ちあふれます。
弱点を直視するためには、幹部の意見を聞くようにしたほうがいい。意見を取り入れるかどうかは社長が最終的に決めればいいですが、とにかく聞くことです。幹部の意見には、社長がスルーしていた会社の弱点があるものです。それに気づくチャンスが広がるだけでも、聞く価値はあります。再生案件として持ち込まれる企業の経営者は、本当に幹部の意見を聞くのが下手。これは悲しいかな、見事に共通しています。
■プロフィール
金子剛史
公認会計士試験合格の後、エスネットワークス入社。IPOやM&Aのサポート業務、企業再生の支援業務を担当。2017年MODコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。本連載の元となる『弱点思考の経営』は、国内有数の私的再生のプロとしてこれまで約300社を復活させた経験から得た、経営のヒントがたくさん詰まった1冊です。
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