「弱点思考」を勧めるコンサルタントの金子剛史氏の分析によると、経営不振に苦しむ企業に多いのが、自社の弱点を見ないタイプ、「外部環境依存型経営者」です。金子氏は、自社の苦境を外部環境のせいにするのではなく、今まで見て見ぬふりをしてきた自らの弱点克服こそが「外部環境依存型経営者」に必要なことだと指摘します。
今回は、第3回で紹介した自社の弱点を見ない人、「外部環境依存型経営者」と私が呼んでいるタイプについて考えます。
私が企業再生に入るとき、真っ先に帳簿を細かく見るようなことはしません。「会計士資格を持っている人は目を皿のようにして帳簿を眺めるもの」というイメージがあるようですが、私はあくまで再生屋です。
まずは、相手の社長が答えやすい簡単な質問から始めます。例えば「会社の現状を説明してもらえますか」という、何気ない聞き方はよくします。すると、こう答える社長がいます。「この業界は厳しくてね。うちもすごく影響を受けています」。
この種のセリフが出てきたときは、危険信号です。「挨拶代わりの言葉にすぎない」と反論する人がいるかもしれませんが、市場の回復を期待し、そこに業績回復の望みを託している人は、私の最初の質問にかなりの確率でそう答えます。「自分は悪くない、業界のせいだ」という気持ちが働くからでしょう。
今、マーケットの状態はどこも厳しい。そうはいっても、市場規模が極端に拡大したり縮小したりすることは、まずありません。規制強化などで従来の商品が使えなくなったということでもない限り、市場が1年で10%も20%も縮小することはない。中には、デジタルカメラの登場で大打撃を受けた写真フィルム業界のように、市場規模が10年で5分の1になった例もあります。ただ、技術の進化、規制の強化などで、そこまで市場が急速に縮むならば、早く別の業界に移ったほうがいい。
けれど再生案件の企業は、年間で売り上げが10%減というのもざらです。業界全体の減り具合よりも悪いから、会社がまずいことになっている。しかし、経営者はそのことをあまり問題にはしたくない。だから、「この業界は厳しくてね。うちもすごく影響を受けています」と言ってしまう。「自分は悪くない、業界のせいだ」と言うのは「外部環境依存型経営者」の典型です。
そんな言葉が出てきたら、私はそこから会社の立て直しを進めます。見て見ぬふりをするのが、あなたの弱点であり、それが会社の業績を悪化させているのですよ――経営者にそう気づいてもらうのです。
同業他社より劣るのは「小さな理由」
私的再生をするほど業績が悪化していない会社でも、経営者が「厳しい時代だから」と不振の理由を外部環境のせいにしていないでしょうか。冷静に見てみると、市場の落ち込み以上に売り上げが減っていないでしょうか。
もし該当するなら、そこにあなたの弱点が潜んでいます。そのまま放置すれば、業績が下げ止まらないかもしれません。あなたが中間管理職や社員なら、自社の状況、社長の発言がそれに当てはまらないかを確認しましょう。すぐに分かるはずです。
興味深いのは、実は「他社との差」に経営者自身も気づいていますが、「大した問題ではない」と軽視していることです。外部環境の悪化という「大きな理由」に比べれば、同業他社より少し劣っていることなど、業績不振の「小さな理由」にすぎない、と。企業規模が小さいとか、営業力が弱いとか適当な理由を取ってつけて、「うちは多少割を食ったかな」という程度の認識です。でも、その差が一番の問題なのです。
じり貧状態の会社の経営者は、何か目新しいことをしなければと考えがちなのですが、販売手法を変えたり、新規事業を検討したりするのは、先の話です。どうすれば市場の落ち込みと同等のレベルまで、業績が回復するか。まずそこを経営者と議論します。
なぜ、「小さな問題」と考える経営者が多いのか。同業他社に負けている現実を直視せず、逃げているのです。私が他社との差を指摘しても、「そろそろ大口契約が取れそうだから、差は埋まりますよ」など、勝手な憶測でごまかそうとする。現実逃避せず、もっと早い段階で手を打っていれば、資金的にも余裕を持って再建できたのにもったいない。
「うちの業界は特殊だから」というフレーズも聞き飽きました。意味するところは「特殊だから、おまえに言ったって分からん」ということでしょう。はっきりと口にしなくても、そう言いたいことは伝わってきます。もともと会社というのは各社各様ですし、業界によっても全然違います。だけど、業界事情に関係なく、やらなくてはならないことがある。特殊な業界だから、他社がしていることをしなくてもいいかというと、そんなことは全然ない。
私は会計士であり、税理士であり、コンサルタントです。その業界のマニアックなことなんて知りません。仮に知ったところで再生の作業にはほとんど関係ない。特殊だと言って、逃げるのはやめてほしい。経営者には強い口調でそう言います。他社より悪いという現実にきちんと向き合えば、そもそも私のような再生屋が指摘するまでもなく、多くの経営者が自ら答えを導き出します。そう、本当は何をすべきなのか、経営者は分かっているのです。
すべきことは自分で分かっている
私は経営者に、いろいろな角度から質問をします。どんな顧客がいるのか。競合状況はどうか。それらを踏まえて、どんな組織体制にしているか。こんなやり取りを1時間も2時間もしていると、多くの経営者は「あっ!」と思い出したようにやるべきことに気づくんです。
「この顧客に十分な営業ができていなかった」
「この部分の固定費を下げるべきだった」
それらは、業界に特段詳しくない私から見ても、「当然すべきだな」ということばかりです。かつて経営者自身も「これをやらなくちゃ」と思ったが、「ちょっと面倒だな」などと先送りして、そのままになってしまったようなことです。
一例を挙げましょう。ある社長と話す中で、営業社員が多いと分かりました。販管費に占める営業社員の人件費が高く、営業効率が悪いことは、その社長も以前から認識しており、できれば何とかしたいという気持ちは持っていました。けれど、踏み切れなかった。いえ、放置していたと言ったほうが正しいでしょう。
実際、経営者は勤務表を示して「うちの営業社員はこんなに残業している。仕事量が多いので、人を減らすなんて絶対に無理です」と難色を示しました。でも、顧客別に売り上げを分類してみると、販売数で上位2、3割の顧客が、売り上げの7割以上を占めています。下位のお客も大事にするのは、商売の基本です。けれど、再生の局面でまんべんなく営業をする必要があるのか。そもそもお客はそれを望んでいるのかというと、必ずしもそうではないことが多いのも、また事実です。
「本当に、すべての顧客を回らなければいけないのですか。このままではコスト負担が重くて、十分な利益が残りません。やってみて違ったと思えば、元に戻せばいいのですから、まずはトライしてみましょう」私は社長をそう説得しました。
社員を集めて方針を説明した上で、営業社員を減らし、営業先を絞りました。すると上位客は、訪問頻度が増えたことで注文が増加。下位客も、訪問営業をしなくても必要なものは買ってくれた。結局、営業体制を変えたその月から売り上げこそ微増ですが、利益は大きく増えました。
本業の改革は既に顧客基盤があるので、効果が出るのも早いのです。こうして結果が出れば、経営者に自信がよみがえります。「あれもしよう、これもしなくちゃ」と、いろいろな増収策が見えてくる。圧縮されていたファイルが、ぱっと解凍するようなものです。ちょっとしたことで、業績は反転するものなんです。
けれど、ここの自覚があまりにも足りない。「同業他社と差がある」という自覚です。業界他社より自社が劣ることは分かっているけれど、その弱点に向き合わない。こういう会社は強みを伸ばそうとすればするほど、ドツボにはまります。強みを生かしてどれだけ攻めても、土台が弱いから収益力は低いまま。むしろ、強みを伸ばすために実施した投資が回収できず、さらに債務負担が増してしまう。同業他社より劣っている部分が修正されない状態では、いつまでも空回りするのです。だから、他社との「差」を埋めることが重要なのです。
業界の市場規模が落ちていることのほうが業績不振の「小さな理由」であり、他社より劣っていることが「大きな理由」なのです。業界平均まで業績を戻すことは、さほど難しくありません。業界の平均以上に売り上げを増やすのは、業界の専門家でないとできないかもしれない。しかし、業界並みに戻すことは、他社より劣っていること、他社がしているけれど、自社がしていないことをするだけですから誰でもできます。
弱点をしっかり見れば、私のような再生屋が入らなくても、経営者自身の力で容易に業績は回復するのです。
■プロフィール
金子剛史
公認会計士試験合格の後、エスネットワークス入社。IPOやM&Aのサポート業務、企業再生の支援業務を担当。2017年MODコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。本連載の元となる『弱点思考の経営』は、国内有数の私的再生のプロとしてこれまで約300社を復活させた経験から得た、経営のヒントがたくさん詰まった1冊です。
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