管理担当者は悪くない
原価管理の甘さを経営者にぶつけると、「うちの管理担当者がちゃんとしていないんで」と言う人がいますが、管理部門には責任はない。管理部門の人は経営者から言われれば正しく作ります。数字を見る人、つまり経営者が気にしないから、そこまでしないだけです。「どうせうちの経営者は細かく見ないんだから、前月の原価をそのまま並べておけばいいよ」となる。
売り上げより利益が大事と頭では分かっているつもりでも、実際には売り上げ重視から抜け切らない経営者はとても多いですね。私と一緒に再生計画を描き、利益目標を設定したのに、会議では「このままだと売り上げは前期を超えそうだな。よしよし」といったハッパを社員にかけるのです。
私が再生先に社外役員で入っていても、社員が見ているのは、やはり経営者です。経営者が何を気にして、どうすれば経営者が褒めてくれるのか。それをよく見ています。経営者が「今月は頑張って売り上げを伸ばしたな」と社員を褒める様子を見ていると、いくら利益計画を立てても、社員は利益を気にしなくなる。私の発言なんて耳に入りません。
ではどうすれば、「売り上げ脳」から脱却することができるか。最初はウソでもいいから、売り上げより利益を気にしているのだと社員にアピールする。会議でも利益にしつこく言及すると、社員は自然に利益を気にするようになります。データの正確性についても、気になるそぶりで「何で利益率が毎月こんなに変動するの」と聞いてみるんです。
管理部門が「それは月末の在庫評価が不正確なので増減するのです」と答えたら、「ああ、そうか」じゃなく、「ちょっとこれ見直そうよ」と、気になってしょうがないフリをする。管理部門が「そんな手間のかかることをしたら、毎月締めてから作成まで2カ月かかります」と、できない理由を言ってきても引き下がってはいけない。
そうやって気にしているとデータの精度が上がる。正確なデータは組織のパフォーマンスを如実に反映しますから、経営者も社員もだんだん見るのが楽しくなる。ウソが本当になるのです。組織全体で利益にこだわると、業務の効率化が図れ、働き方改革も実現できて、皆ハッピーになるはずです。
図1:利益重視経営への好循環を作る
長期的な見通しで投資は判断する
業績が悪くても賞与を払える会社でないと、今の時代、人が辞めていきます。そのためには原価管理をして、利益をしっかり出して、キャッシュを積んでおかなくてはならない。けれど、売り上げ重視の経営者はその視点が抜け落ちていて、内部留保が薄く、キャッシュの状態ではほとんど残っていない。さらに借り入れの大半を固定資産に突っ込んでいる。
こうなるとわずかな現預金も返済に充当することになり、業績が悪いときに賞与を支払う余裕なんてありません。バブルの頃のように、借金で土地を買いあさる経営者はさすがに減りました。固定資産といっても、最近の経営者は製造業なら工場用地の取得、設備機械の購入など事業拡張のために使います。ただ、採算面はいいかげん。経営危機に陥った会社でも、少し業績が上向くとすぐに機械を増やそうとする。
そんなときはこう忠告します。「社長、一本調子で市場が拡大する時代ではないです。生産量を増やす目的だけの投資はしないでください」。でも、経営者は納得がいかない様子で反論します。「でも、この好景気のタイミングを逃しちゃいかんでしょう」
いや、待ってください。設備投資の回収に何年かかるか計算しましたか。仮に5年だとすると、どのような戦略で製品数量を5年間維持するのですか……。きちんとシミュレーションをした上での投資なら私も賛成しますが、再生現場で出会う経営者は「何とかなるでしょう」と深く考えない。
下の図2を見てください。長期・短期の借り入れを丸々、固定資産につぎ込んでいる状態が、それです。短期借入金を運転資金に、長期借入金を固定資産に使うのがあるべき姿ですが、その点でバランスを欠いている。加えて、回収期間。長期借入金の返済は5年や7年といったところでしょうが、投資した設備で生み出す利益を計算すると、明らかに5年や7年では借り入れを返済できないケースがある。その点もアンバランスです。
図2:貸借対象表をチェックして投資を考える
そもそもB/S(貸借対照表)を気にしていない経営者が多過ぎます。B/Sは単なる資産リスト、負債リストではない。例えば売掛金が前期より大幅に増えたら、アラート(警告)が鳴っているんです。「何でだろう」と考えなくちゃいけない。常に5期分くらいのB/Sを比較し、意図せず変動している数字がないかをチェックしてほしい。
利益が出ているのにお金がない、というのは、笑い話でよくされることですが、再生企業ではほとんどの経営者がそれに近い財務知識しか持ち合わせていません。自社の強みを本当の強みとして勝負していくには、財務の弱点を潰すという、企業経営では当たり前のことをしていくしか、これからの時代は道がないのです。
本連載はこれで最終回ですが、「会計士の連載だから小難しいことばかりだと思ったら、大体、おれでも知っていることばかりだったよ」という感想を持っていただけましたでしょうか。そうなんです、多くの企業が抱える共通の弱点は決して難しいことではないんです。冷静に考えれば、1時間もあれば弱点を列挙できるはずです。
だから、1つずつ潰してください。本連載で指摘した弱点は共通する主な要素だけです。貴社特有の論点が、まだまだあるはずです。経営者や幹部の皆様の頭の中には、既にそれが入っています。私の頭の中にはありません。ぜひ弱点と向き合って、頭の中に既に入っている会社の弱点を一度外に出してください。
あとは、1つずつ潰していくだけです。野球で言うと、ホームランを打つためのバッティング練習の前に、まずランニングをして足腰を鍛えるということです。それが、不景気を乗り越えるための貴社の基礎体力を向上させるはずです。結果的に、不景気が先送りされれば、貴社は大きな利益を獲得することができます。そのときは速い球を打つ練習をして、長打を狙いましょう。
日本の高度成長は、大企業だけで実現できたことではありません。その下で長く、不景気の時代も、そして今でも支え続けている中小企業がいてこそのことです。その中小企業が、日本国民の大多数を現在も雇用しています。私はその縁の下の力持ちである中小企業が、特に、本当は力があるにもかかわらず存亡の危機に瀕している会社が、1社でも多く次の時代に残ってもらいたいだけです。今日から、弱点思考経営を実践してください。まだ間に合います。すべては経営者の意思決定次第です。
■プロフィール
金子剛史
公認会計士試験合格の後、エスネットワークス入社。IPOやM&Aのサポート業務、企業再生の支援業務を担当。2017年MODコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。本連載の元となる『弱点思考の経営』は、国内有数の私的再生のプロとしてこれまで約300社を復活させた経験から得た、経営のヒントがたくさん詰まった1冊です。
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