2020年、東京・下北沢にある「本屋B&B」は大きな転換期を迎えました。4月1日、同じ下北沢の「BONUS TRACK」に移転。新たなスタートを切った矢先に、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け休業を余儀なくされました。営業が再開してからも、以前のように店舗で毎日イベントを行うことは難しい状況に。しかし、共同代表の内沼晋太郎氏はオンラインに活路を見出します。
それは、インターネット上に「もう一つのB&Bをつくる」こと。1年間におよぶ懸命なトライアルにより、お店を開けない状況下でも生き残り続ける道が見えてきました。同時に、リアルな場所が持つ価値についても、あらためて問い直すことができたといいます。
ロジカルで淡々としていながら、確かな熱量を感じる内沼氏の語り口。スタッフとともに取り組んできたコロナ禍での試行錯誤、本屋B&Bでのこれから、そして自身が抱えてきた葛藤についても明かしてくれました。
8年間、毎日続けてきたイベントができなくなり……
――「本屋本屋B&B」では2012年の開店以来、毎日トークイベントを続けてきました。この「毎日続ける」ということの意義を教えていただけますか?
昨年、新型コロナウイルスの感染が拡大する以前は、店内で行うリアルなイベントにこだわっていました。毎日行うことで、お客さんに「あそこに行けば、いつも何かをやっている」と思ってもらえる。そういう、ある種のプラットフォームになることが狙いでした。
内沼晋太郎氏(取材はオンラインで実施しました)
――新型コロナウイルス対策の特別措置法が成立し、2020年4月には1回目の緊急事態宣言が出されました。イベントの中止や延期が要請され、B&Bが大切にしてきたリアルな場づくりができなくなってしまった時には、どう対応されたのでしょうか?
当時、すでに決まっていたイベントもあって、それはオンラインでやるしかない。最初は大変でしたね。著者にオンラインへの変更をお願いしたときも、かなりの確率で断られてしまいました。でも、仕方ないんです。僕ら自身もですが、著者もリアルな場で読者と直接コミュニケーションがとれることに価値を感じてオファーを受けてくださっているのに、その根幹が崩れてしまったわけですから。しかも、最初は機材も今と比べて全然整えられていませんでした。
風向きが変わってきたのは、1回目の緊急事態宣言が解除されて、しばらくした昨年の7月〜8月あたりでしょうか。オンライン前提のイベントでも、引き受けていただけるようになりました。ZOOMなどを仕事やリモート飲み会で使うようになって、オンラインそのものへの不安や拒否感が薄れたことも大きかったのだと思います。同時に、世の中にもオンラインイベントが少しずつ浸透していきました。
――ご自身としては、オンラインイベントはすんなりと受け入れられるものでしたか?
もちろん、葛藤はありましたよ。オンラインに切り替えてまでイベントを続けるべきなのかと。スタッフとも何度も話し合いました。目の前にお客さんの顔があるリアルイベントと違い、オンラインは誰が見ているかわからない。そんな状態で出演者にカメラを向けるのは、ある種の暴力性があるんじゃないかと言うスタッフもいました。それに、イベントを手がけるスタッフにとっては、当日そこに来てくれた人たちの楽しそうな顔が、自分の「成果」だったわけですが、それが突然「画面」になってしまった。僕も含めみんな当時は、いや……いまも一定の葛藤を抱えながらやっていると思います。
リアルで提供してきた価値を、インターネット上につくる
――そうした葛藤がありながらも、現在まで1年以上オンラインイベントを続けられています。
葛藤はありましたが、葛藤している場合じゃないというのも正直なところで。こういう状況になってしまった以上、やれる方法はそれしかないわけだし、オンラインにおけるB&Bらしさを探していくしかない。僕らが当時やろうとしていたのは、オンラインに「もう一つのB&B」をつくること。これまでリアルで提供してきた価値を、インターネット上に打ち立てることでした。そのために、本当にいろんなことを試しましたね。
まず、昨年4月の緊急事態宣言が出てすぐにオンラインストアを開設し、デジタルのリトルプレスを販売することにしました。B&Bでは紙のzineやリトルプレスも数多く取り扱っていますが、その電子版です。といっても既存のものを電子化するのではなく、これまでイベントを通じてお世話になった著書の方の文章などをお預かりしてB&Bらしいリトルプレスを新たにつくり、少しずつオンライン上の売り場に増やしていきました。
デジタルリトルプレス ※外部リンクに移動します
また、同じく4月に月額会員制のグループ「わたしたちがブックストア」も開設しています。参加者の「本棚の写真」を共有し、語り合うオンラインコミュニティーです。残念ながらうまく運営しきることができず、数か月で終了してしまいましたが、外出自粛で本屋に行けず悶々としている人たちに、まるで本屋を散歩するような楽しさを味わってもらえるのではないかと考えました。僕らはもともとオンラインが弱く、イベントの配信も、ECサイトもやっていませんでした。でも、しばらくお店を開けられなくなる未来も見据え、その部分を今のうちになんとか強くしようと思ったんです。だから、とにかくいろいろとトライアルしました。
――オンライン上に新たな価値をつくりきることができれば、お店を開けられない状態が長引いても生き延びられる。それは結果的に、リアルな場を守ることにもつながりますね。
そう思います。それに、この間で得た経験は、いずれ必ず生きてくるはずだと思っています。まだまだ厳しい時期は続いていますが、いつか、お店にお客さんを集められるようになったときに、リアルとオンラインが融合した、よりパワーアップしたイベントができる店でありたいと考えて、今も試行錯誤しています。
必要なのは常に「リアルの価値」を問い直していくこと
――この一年、さまざまなことがオンラインに切り替わるなかで、改めてリアルな場やコミュニケーションの豊かさに気づいた人も多くいます。ご自身では、「リアルな店舗」の価値を、どのように捉え直しましたか?
ここまでイベントの話ばかりしてきましたが、僕らはあくまで本屋。本が物理的に大量に並べられた空間であるリアルな本屋には、やはり大きな価値があります。オンライン書店とは違い、視界に飛び込んでくる本の数は圧倒的に多いですし、そのタイトルの並びから受け取る情報量も多い。当然、思いがけない本と出会える確率も増えると思います。同じように本を探している人たちと空間を共にする喜びもあります。
――前回の記事でも「オンライン書店はユーザーごとにパーソナライズされているがゆえ、好みの偏りが起こってしまう」とおっしゃっていました。逆にリアル書店は、フラットであるため偶発的な出会いがあると。
これは本屋に限ったことではないと思います。例えば初めて行く居酒屋で、店主の距離感が妙に近いとか、隣の人にいきなり話しかけられるとか、そういう偶発性ってオンライン飲みでは起こり得ない。
つまり、ずっとオンライン上にいると、人は「偏る」んですよね。自分用にカスタマイズされた空間は心地いいけれど、多様なものに触れられなくなってしまう。同じところをぐるぐる回っているだけで、思いがけない新しい視点が入ってこない。気軽に外に出られない時期が続いた間に、そのことの息苦しさにやられてしまっている人も多いと感じます。そこから抜け出すためにも、リアルな場が必要なんだと思います。……ただ、これはあくまで2021年現在の話で、この先はわかりませんけどね。
――というと?
この先、ますますテクノロジーが進化していけば、オンラインでもより空間的な体験や、偶発的な出会いを得られるサービスがいくらでも生まれていくでしょう。いや、まだ普及していないだけで、もうすでにあると言えると思います。新しいサービスの普及につれて、あらためてリアルの価値を問い直す必要がある。オンラインでできることがもっと増えていったときに、それでもリアルな場所を持つ理由は何なのか? 極端にいえば、常にそれを考え続けるような世界になっていくんじゃないでしょうか。
仮にそこでお店を続ける意味を見出せなくなったなら、無理にしがみつく必要はない。潔く撤退するのも美しいと思います。現に、僕自身もこの1年は気持ちが揺らぎましたから。
――店舗を閉じる選択肢も頭をよぎったということでしょうか?
もちろん、リアルな店舗を構えることには相当なこだわりを持ってはいますよ。でも、綺麗事だけではやっていけない。経営者である以上、正しい判断を下さなければならないときがある。昨年の4月、潔くリアルを手放してオンラインへ以降する経営者のブログを読んで、僕もかなり心が動かされました。自分もそっちの可能性を考えるべきなのかな、と。
――そうしたことを、スタッフのみなさんにも相談されましたか?
そうですね。さすがに閉めるみたいな話はしませんでしたが、お互いの意識や考えていることを共有するために、この1年は以前よりかなりコミュニケーションの量を増やしました。けれど振り返ってみると、それでも足りなかったと感じています。僕が今こうやって話していることも、やってきたことも、自分だけで即断即決してきたわけでは決してありません。スタッフとのやりとりのなかで形作られてきた部分が大きいんです。
――内沼さんはコロナ禍にあっても行動が早く、次々と迷いなく策を講じているイメージがあります。ですから、今のお話は少し意外でした。
あまり迷いはないのですが、その時々の状況に対する苦しさは常にあります。単純に業務量的にも、各所からかかるプレッシャー的にも、正直この1年半は相当きつくて、何度も心が折れそうになりました。スタッフに対しても、イベントを中心に仕事の内容が大きく変わっていく中、適切なマネジメントをしきれなかったことで、ずいぶん迷惑をかけました。いまちょうど、その体制を整えている段階です。向かうべき方向はだいぶ見えてきたので、本当の意味での策を打っていくのは、これからですね。
いずれにせよ、リアルな店舗を残すこと自体が目的化してしまっては、本末転倒だと思います。当たり前ですけど、リアルであれオンラインであれ、向くべき相手はお客さんですから。
お客さんが自分の店にどんな価値を感じ、何を望んでいるのか。それは、もしかしたらリアルかオンラインかではなく、別のところにあるのかもしれませんよね。であれば、経営者がそれまでのリアルの価値にしがみついて潰れてしまうよりも、むしろオンラインで価値を提供する方法について徹底的に考えてトライをしながら、その時々のリアルのあるべき姿を模索していくほうがいい。そういう店のほうが、結果的にお客さんからも信用されて、長く生き残っていけるはずだと僕は考えています。
■プロフィール
内沼晋太郎
ブック・コーディネーター、クリエイティブ・ディレクター。新刊書店「本屋B&B」と出版社「NUMABOOKS」の経営、「八戸ブックセンター」「BIBLIOPHILIC」などの仕事に携わる。バリューブックス取締役、散歩社取締役。
Shintaro Uchinuma ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:服部桃子(CINRA)
■関連記事
本屋B&B店主・内沼晋太郎氏に関する記事はこちら
本屋B&B店主 内沼晋太郎が語る。「活字離れ世代」だった私が、街の本屋を始めた理由