プラスチックの問題とは、健康への悪影響(マイクロプラスチック汚染)と気候変動
レジ袋有料化をはじめ、この数年でプラスチックを減らす取り組みが広まってきました。しかし、プラスチックの何が問題なのかを把握できていないという方も多いように感じます。改めて、プラスチックの問題とは何かを教えてください。
プラスチックに関しては、大きく2つの問題が指摘されています。1つ目が「マイクロプラスチック汚染」と言われる問題です。プラスチックには、生分解(バクテリアや菌類などによって無機物にまで分解されること)がされにくいという特徴があります。そのため、川や海に廃棄されたプラスチックが粉々になった結果、5mm未満の微細な状態になって残ってしまうのです。それを「マイクロプラスチック」と呼びますが、これを魚や微生物が食べると、食物連鎖の中に入ってきます。つまり、私たち人間も魚や水からマイクロプラスチックを体内に取り込んでいる可能性があるということになります。
そうして人間の体内に入ったマイクロプラスチックが健康にどんな影響を及ぼすのかは、実はこれまであまり解明されていませんでした。しかし、ここ5年ほどで研究が急速に進み、人体の健康、特に神経系に悪影響を与えることがわかってきました。これが今、世界で「マイクロプラスチック汚染」といった言い方をされている問題です。
そして2つ目が、気候変動への影響です。プラスチックの原料の多くは石油です。製造工程でも多くの温室効果ガスを排出しますが、加えて、石油を採鉱する際にも気候変動に及ぼす影響が大きいメタンガスが出たり、石油が漏れて周辺を汚染したりしてしまうこともあります。そのため、プラスチックの原料と製造工程が問題になっています。
株式会社ニューラルの代表取締役CEO夫馬賢治氏。
問題解決のカギとなり得るのが、再生プラスチック
このような問題を解決していくために、どのような対策がとられているのでしょうか。
石油を原料として製造する従来型のプラスチックに対して、原料をバイオマス由来に代えることを模索する動きがあります。これはバイオマスプラスチックと呼ばれています。これによって様々な環境負荷をもたらす石油資源の採掘を抑制しようというものです。この方法でも、当然ながら、代替原料となるバイオマスの生産も持続可能なやり方にしていかなければなりません。しかしバイオプラスチックも、生分解性が低いままで、かつ廃棄されたものをしっかり回収できずに自然環境に流出すれば、マイクロプラスチック汚染を引き起こすことになります。
もう1つの動きとしてあるのが、再生利用です。マイクロプラスチック汚染を防止するために、石油由来のプラスチックでも、バイオプラスチックでも、適切に回収し、新たなプラスチックの原料として再資源化していこうという考え方です。プラスチックの再生方法には大きく「マテリアルリサイクル」と「ケミカルリサイクル」の2つの手法があります。
つまり再生ブラスチックの活用ですね。再生プラスチックとは、廃棄された使用済みプラスチックを再び製品に使える状態に戻したものですが、手法が2つあるんですね。
マテリアルリサイクルとは、素材を細かく砕き、それを溶かしてもう一度原料として成型し、プラスチックを作っていく方法です。同じ品質のプラスチックが集まっていなければできませんから、単一の素材で質が良く、不純物が混ざっていない廃プラスチックが必要になります。この方法で最も再生利用が進んでいるのが、ペットボトルです。
しかし、すべてのプラスチックがきれいな状態で回収されるわけではありません。汚れていたり、海洋プラスチックのように長く海を漂流していると変質していたりするものも多くあります。さらに、複数のプラスチック素材を組み合わせた「複合材」も一般的に使用されています。これらの場合にはマテリアルリサイクルが適していません。そこで生まれた新しい技術が、不純物が混じっていても再生ができるケミカルリサイクルです。
プラスチックは様々な化学物質の分子が連なってできています。この化学式を一度分解して、複雑になっていた化学式の分子を単純化させ、それからもう一度プラスチックを製造する工程に入れて、原料から作り出していく方法がケミカルリサイクルです。
手間はかかるのですが、不純物が混ざっていたり、複数のプラスチック素材が組み合わさっていたりしても、きれいなプラスチックを何度でも再生することが可能です。
10年ほど前までは99%がマテリアルリサイクルで再生されていましたが、ケミカルリサイクルの技術が生まれてからは、割合が急速に増えています。米国や欧州のスタートアップ企業から新たな技術が次々生まれており、日本にもこの数年でケミカルリサイクルの工場がいくつか誕生しています。
再生プラスチックはマイクロプラスチック汚染と気候変動の両方の課題を解決できることが大きなメリットです。きちんと回収して再生できれば、プラスチック汚染の問題は防げますし、新たな石油資源に頼らない再生プラスチックの製造工程では、排出する温室効果ガスを大幅に減らすことができます。カーボンニュートラルを実現させるためにも、再生プラスチックに切り替えていくことは非常に大事なことです。
ストローをプラスチックから紙に代えるなど、代替品による対策も進んでいます。再生プラスチックとどちらがよりメリットがあるのでしょうか。
それは物によりますね。今、代替品として最も普及しているのは紙です。ただ、紙に変更して使い勝手がいいものもあれば、機能を損なってしまうものもありますよね。
紙への代替で最も研究が進んでいるのが、食べ物や飲み物のパッケージですが、紙は水分が染み込んでしまうので、紙コップや紙パックの内側にはプラスチックのコーティングがされているんですね。そのため、コーティングのプラスチックをバイオマスプラスチックに代えていく研究が進んでいます。
あとはレジ袋を使わずに、エコバッグを使う動きが進んでいますよね。日々研究が進化しているので、常により良い、使い勝手が良くなる技術を追求しているのが今の状況ですね。
日々研究が進み、新たな技術が生まれている。日本発の技術にも期待
再生プラスチックの活用について、日本の現状を教えてください。
日本では、5年ほど前までは、再生プラスチックといえばペットボトルからペットボトルを作るマテリアルリサイクルが大半でした。そのほかにプラスチックを処理する方法といえば、プラスチックを燃やしてその熱を利用する熱回収か、廃棄物として海外に輸出するか。ほとんどがこの3つのやり方でした。
大きな転機となったのが、2018年にカナダで開催されたG7です。プラスチックゴミによる海洋汚染問題への各国の対策を促す文書「海洋プラスチック憲章」がカナダ政府の提案で発案され、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアの各政府もこぞって賛成し、採択されました。しかし、日本では、プラスチック汚染の問題については政府内でも十分な議論ができていない状態だったので、署名を見送ったのです。
このとき、海外では、大企業がプラスチック削減に対して自主的に対策を始めていることや、投資家からも企業に対してプラスチック削減の要求が始まっていることを日本政府も知ることになり、このままでは日本企業の産業競争力が下がってしまうという危機感が芽生え、政府も政策議論を急速に始めていきました。そこで誕生したのが「プラスチック資源循環戦略」です。
さらに、2020年7月から始まったレジ袋の有料化をきっかけに消費者の意識も変わってきました。環境省が行なった、同年11月のレジ袋使用状況に関するWEB調査では「1週間、レジ袋をつかわない人」は71.9%に達しました。ただ、環境問題を考えて前向きにというよりは、お金を払いたくないから買い物袋を用意するという人も多いと思います。やはり、プラスチック汚染による健康被害があることを知ってもらいたいですね。気候変動の影響も、もはや遠い世界の問題ではありません。
進化しているプラスチックの再生技術の中でも、どういった技術が先進的ですか。
例えば、ケミカルリサイクルでは、化学分解処理を行う工程で酵素や微生物を用いる分解法が注目されています。この技術は従来の方法に比べて分解に要するエネルギー消費が少なくて済むため、環境負荷をより低減することができる方法です。プラスチックにおける最小単位の化合物であるモノマーにまで戻すケミカルリサイクルは、従来の手法では加熱や加圧をするために大量の燃料が必要となるため、コストが大きくなったり、温室効果ガスを新たに発生させたりするという課題がありました。そのため、どうしたらエネルギー消費を減らすことができるのか、各メーカーが研究にしのぎを削っています。
日本ではプラスチックに対する規制が遅れたことで、技術開発が進まず、欧米諸国に技術力で大きな差をつけられています。残念ながら現在、日本でのケミカルリサイクルはほぼすべて海外の技術を使っており、海外企業にライセンス料を払って工場を動かしている状態です。ただ、最近では日本でも研究が進んできていますので、今後日本発の技術が生まれる可能性は十分にあります。そうなれば、今度はその技術を海外に輸出してライセンス料を受け取るビジネスを展開することも可能になります。再生プラスチックに新しい価値を与える発想や技術革新は、地球環境や人々の健康に寄与するイノベーションとなり、大きなビジネスチャンスでもあるのです。
最初は小さな一歩でも、大きなうねりとなり世の中を動かす力となる
多くの企業が様々なサステナビリティ推進の取り組みを行っています。そういった中、再生プラスチックの活用は企業にとってどんな意義がありますか。
プラスチックは世の中にたくさん溢れているものなので、どんな業種の企業であっても、プラスチックを活用します。そうした意味で、完全な脱プラスチックは容易ではありません。
また、再生プラスチックは従来品に比べてまだ価格が高く、取引先企業や消費者に受け入れられにくいという現状もあります。そのため再生プラスチックの利用に踏み切れないという企業もあると思います。
このような課題の解決には、企業の技術開発や設備投資をさらに促していく必要があります。そうすれば、今よりも遥かに安価に再生プラスチックを生産できるようになります。そして技術開発や設備投資に向けた企業の投資を活発化させるためには、消費者の行動変容が大きく関連します。消費者が再生プラスチックを受け入れていけばいくほど、企業は思い切った投資に踏み切れます。消費者が自分ひとりで頑張っても状況は変えられないと考えるのではなく、購入するなら再生プラスチックの製品を選ぶなどの行動を起こすことが、課題解決を考える企業の事業活動を後押しすることにつながります。
例えば、僕自身も愛用させていただいているアメリカン・エキスプレスのカードは再生プラスチックを活用しているそうです。クレジットカード業界でプラスチックの問題に取り組んでいる企業はAmexだけでなく、多くあります。
2024年8月以降に日本で発行されるアメリカン・エキスプレスのカードの素材が、再生プラスチックを76%含有した素材に切り替わり、カードの裏面には「MADE WITH 76% RECYCLED PLASTIC」の印字が施されています*。
この取り組みは2022年に発表したCO2削減に向けたアクションプランの1つとなっており、「世界中のアメリカン・エキスプレスが発行するプラスチックカードの大部分について、2024年末までに、70%以上の再生プラスチックを含める」という目標に基づくものとなります。
*メタル製カードは切り替えの対象外です。
大きな課題を前にすると、自社が1社だけで取り組んでもインパクトが少ないと思ってしまうかもしれません。しかし、最初は小さな動きであっても、その一歩が積み重なれば、大きなうねりも呼び起こします。そして企業全体、業界全体を巻き込むダイナミックな動きになっていくかもしれません。なんでも最初は小さな一歩からです。
結局は、率先して動いた企業が、世の中を動かします。そこに踏み出す企業が1社でも増えれば、世の中はいい方向に進んでいくと思います。
■プロフィール
夫馬賢治(ふま・けんじ)
株式会社ニューラル 代表取締役CEO。信州大学グリーン社会協創機構特任教授。著書『データでわかる2030年 雇用の未来(日経プレミアシリーズ)』(日本経済新聞出版)、『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)、『超入門カーボンニュートラル』、『ESG思考』(講談社+α新書)、『ネイチャー資本主義』(PHP新書)他。サステナビリティ経営・ESG金融アドバイザリー会社を2013年に創業し現職。東証プライム上場企業や大手金融機関の社外取締役やアドバイザーを務める。政府の有識者委員も多数歴任。スタートアップ企業やベンチャーキャピタルの顧問にも就任。世界銀行や国連大学等でESG金融、サステナビリティ経営、気候変動金融リスクに関する講演やメディアからの取材多数。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。ハーバード大学大学院リベラルアーツ(サステナビリティ専攻)修士。サンダーバードグローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。
■スタッフクレジット
取材・文:尾越まり恵 編集:日経BPコンサルティング