【アンガーマネジメントとは?】本質は自分の気持ちを深く理解すること
——まずはアンガーマネジメントの概要についてお聞かせください。
アンガーマネジメントは1970年代にアメリカで生まれたとされている、怒りの感情と上手につき合うための心理トレーニングです。アンガー(怒り)という言葉から「怒りの感情を抑えるもの」と思われる方も多いですが、実際は怒る必要があることには上手に怒れるようになり、怒る必要のないことには怒らなくて済むようになることを目標としています。
そもそも怒りとは、自分と違うものを受け入れられないときに芽生える感情です。つまり「自分とは違うけど、それもアリだよね」と思えれば、怒る必要がなくなるわけです。
アンガーマネジメントを実践された方からは、「イライラに振り回されなくなった」「怒りによる失敗や後悔が少なくなった」「他者との違いを受け入れられるようになり、人間関係が良くなった」などの声が届いています。しかし、これらはあくまで結果の一部にすぎません。
なぜなら、アンガーマネジメントの本質は、自己理解を深めることにあるからです。僕たちは思いのほか、自分の心情を理解することに慣れていません。子どもの頃から「人の気持ちを理解しなさい」とは頻繁に言われてきたのに、「自分の気持ちを理解しなさい」と言われる機会はほとんどありませんでした。自分のことがよくわからないままでは、「何をどうしたいのか」という課題や、「こうありたい」という目標も曖昧になってしまいます。他者の気持ちを自分事として考えたり、理解したりすることも難しいでしょう。ですから自身の気持ちを知るトレーニング、すなわちアンガーマネジメントが必要になってくるのです。
【アンガーマネジメントで自身を把握】自分にとっての幸せの定義を見つけ出すことがウェルビーイング推進の一歩に
——アンガーマネジメントで自分の気持ちを理解しておくことは、ウェルビーイングを推進するうえでどのように生きてくるのでしょうか。
アンガーマネジメントに取り組み、「自分が何に幸せを感じるのか」「どのような状態になりたいか」を把握することで、「自分が目指すウェルビーイングな状態はこれだ」という前提条件を定めることができます。ウェルビーイング、すなわち幸せの定義は人によって異なります。そのため自分で自分のことをよくわからないままでは、努力の方向性や取り組みの良し悪しの判断がつかなくなり、前に進めなくなってしまうのです。また、前提条件を明確にしておくと目標達成のための課題や問題解決の方法を探りやすくなるので、自ら積極的に行動を起こしやすくなります。
——アンガーマネジメントを実践することで、経営者と従業員がそれぞれの立場で得られるメリットについて教えてください。
経営者がアンガーマネジメントで自身の状態を知っておくことは組織の状態を把握し、運営をスムーズにしていくことにつながります。組織とは、経営者を映す鏡。経営者が幸せに働ける状態になれば、従業員も自ずと幸せな働き方を実現できるわけです。
また、会社全体で取り組みを行えば従業員同士で理解を深め合うことができるので、アンガーマネジメントの概念がより浸透しやすくなっていくでしょう。それぞれが自分の気持ちをコントロールできるようになれば社内での不要な争いが少なくなり、従業員が能力を発揮するために必要な「心理的安全性」が高まります。同時に、一人ひとりの従業員が自身の目標や課題と自発的に向き合う習慣が根付いていけば、生産性や創造性の向上にもつながっていくはずです。
【アンガーマネジメントの実践】言葉にできない感情を言語化し、振り返ることを習慣づけていく
——アンガーマネジメントに取り組むには、どのようなことから始めたらいいでしょうか。
最初にやっていただきたいのが、自己理解を深めるための「リフレクション(内省)」です。これは自分の行動や言動、考え方を客観的に振り返ることで自身を見つめ直し、思考や行動に変化をもたらそうとするものであり、「メタ認知」能力の向上にも通じる行為です。
メタ認知とは、自分自身を客観的に認知する能力のことです。認知とは理解、判断、想像、推論、決定、記憶など、頭を働かせる行為すべてを指します。これらを一段階上(メタ)から客観視することで認知の状態(例:理解できている、できていない、など)を把握し、目標設定や修正という形で認知をコントロールしていこうとするものです。
メタ認知能力が高まると自分を客観視できるだけでなく、物事を多面的に見るなどの能力が向上します。自身の課題や目標と向き合う習慣がつくことで、意欲的かつ自律的に行動できるようになっていきます。他者の気持ちや認知能力を想定した考え方や行動をとりやすくなるほか、怒りや喜びの捉え方を見直していくこともできるので、物事の伝達や人間関係がスムーズになっていくこともメリットです。アンガーマネジメントと同様、感情のコントロールや自分の幸せが何かを知る手段としても役立ちます。
——メタ認知(自分を客観視する)能力を向上させる、リフレクション(内省)を行う方法を教えてください。
日記などで日々の感情の記録を取ることが大切です。ポイントはその日に起きた出来事よりも、自分の考えたことや気持ちを中心に書き留めることにあります。「何をどう感じたのか」あるいは「どう考えたのか」を言語化することで自身の気持ちをしっかりと認識し、「なぜそう思ったのか?」を分析したり、「これからどうしたいか?」を考えたりしていくのです。そうすることで隠れた本音や自分にとっての幸せ、怒りを感じる理由、本当にやりたいこと、今の心身の状態など、これまで見えていなかった自分自身のことを深く理解していくことができます。
【怒りの感情とうまくつきあうためのコツとは?】感情のコントロール法を身につけ、怒りの線引きと手放し方を見極める
——怒りの感情とうまくつきあうためのコツを教えてください。
怒りと上手くつきあうためには、「衝動」「思考」「行動」という3つの感情のコントロールの仕方を覚えましょう。
1番目の衝動のコントロールで意識したいのは「6秒ルール」。これは「怒りが生まれてから6秒あれば理性が働く」というアンガーマネジメントの理論に基づいた考え方です。要するにイラッとしているときは話をしない、ということでもあります。6秒待てば怒りがなくなるわけではありませんが、反射的に暴言を吐くようなことは防げるはずです。
2番目の思考のコントロールでは、怒りの必要性を考えていきます。下記のような三重丸の図を思い浮かべてください。中心の円は「許せる」、その周りの円は「まぁ許せる」、外側の円は「許せない」という感情を表します。思考のコントロールのカギは、この「まあ許せる」と「許せない」の線引きの仕方にあります。最初こそ腹が立つ出来事だったとしても、よくよく考えた末に「まあ許せるな」「まぁいいか」とほんの少しでも思えるのなら、怒る必要がないということなんです。
このときに意識していただきたいのが、ご自身の中にある「~するべき」「~であるべき」という価値観やこだわりです。なぜなら怒りの感情は、これらの「~べき」が裏切られたときに起こるからです。「マナーは守るべき」「仕事はこうあるべき」などの価値観を持つこと自体は悪いことではないのです。ただ、こだわりが強いほど許せる物事の範囲は狭くなり、違う意見を受け入れられない=怒りが起きやすい状態になると覚えておいてください。
3番目の行動のコントロールは、どうしても怒る必要がある場合に行います。これは下記の図のように、「変えられる」「変えられない」と「重要」「重要ではない」という選択肢の枠に自身の怒りを当てはめて、今後の行動を選択するものです。アンガーマネジメントには、できることはやる、できないことは手放しなさいという原則があります。たとえば、「変えられる」物事なら建設的に解決するための努力をすればいい。逆に「変えられない」のなら現実を受け入れて、怒りの感情を手放したほうがストレスになりませんよね。
何もかもが自分の思う通りにいくとは限りません。だから自分としっかり向き合うことで、できることとできないことも理解しておきましょう。
——ビジネスでは怒ることが必要な場面も出てきます。建設的な話し合いをしたいときや、相手の理解を得るためには、どのような怒り方・伝え方をすればいいのでしょうか?
前提として、僕の場合は「怒る」「叱る」「指導する」を同じ意味で使っています。どのケースでも感情的にならない、威圧的な態度を取らない、相手を責めるような表現を避けるなど、気をつけたいことはいろいろありますが、一番注意したいのは「伝えたい事実」と「感情」を分けて話すことです。人は怒ると事実と感情をごちゃ混ぜにして話す傾向があります。しかし、これだと聞き手側が情報を整理してメッセージの本質を見抜かなければならないので、非常に伝わりにくいんです。
一番わかりやすいのは、「何をどうしてほしいか」という事実のみを具体的に伝えること。頭ではわかっていても難しいという方は、リフレクションと同じ方法で伝えたい事実とそこに付随する感情をノートに書き分けるなどして、事実と感情を分けて考える練習をしておきましょう。もし「言ってもわかってもらえない」と感じる場合は、言いたいことが相手に理解されていない可能性が高いです。自分を振り返るように相手のことをよく考え、理解してもらいやすい表現を工夫してみてください。
イライラしたり怒ったりしたことを記録し、怒りの傾向と対策を考えておくのもおすすめです。これは①場所や時間、②出来事、③そのときの気持ち、④その怒りは10点満点で何点であるかを記録し、振り返りに役立てていくものです。
「怒り」とは決して悪いことではなく、自分が大切にしているものを守るための感情でもあります。怒る理由が分かれば、自分が何を大切にしたいのかが自ずと見えるようになり、他者が大切にしているものも分かるようになっていくと思います。
——ウェルビーイングな組織作りや働き方を目指す手段として、アンガーマネジメントに関心を持つ経営者の方にメッセージをお願いします。
アンガーマネジメントは筋トレやダイエットと同じで、理屈を正しく理解し、日々の行動や習慣に落とし込んでいくことが成功するための秘訣です。年齢に関係なく取り組めるので、いつ始めても遅いということはありません。とはいえ、アンガーマネジメントはあくまでひとつの手段なので、やれば誰もが必ずうまくいくとは限りません。ただ、自分を知る努力をしようという意識を持つことは、ご自身や組織をウェルビーイングなものにする一歩に確実につながっていくと思います。
また、仕事に一生懸命取り組んでいるのにうまくいかない、やりがいがあるのに苦しい、と感じている方も、ぜひアンガーマネジメントを意識してみてください。自分自身を理解するための努力を続けていけば、前に進むための打開策やストレスから解放されるための糸口が見つかるかもしれません。少しずつでも取り組んでいけば、自分が理想とする経営者像に近づいていったり新しい可能性が見えてきたりと、世界はどんどん広がっていくはずです。
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■プロフィール
安藤俊介(あんどう・しゅんすけ)
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会代表理事
アンガーマネジメントコンサルタント
新潟産業大学客員教授
怒りの感情と上手に付き合うための心理トレーニング「アンガーマネジメント」の日本の第一人者。アンガーマネジメントの理論、技術をアメリカから導入し、教育現場から企業まで幅広く講演、企業研修、セミナー、コーチングなどを行っている。ナショナルアンガーマネジメント協会では15 名しか選ばれていない、最高ランクのトレーニングプロフェッショナルにアジア人としてただ一人選ばれている。
主な著書に『アンガーマネジメント入門』(朝日新聞出版)、『アンガーマネジメントを始めよう』(大和書房)等がある。著作はアメリカ、中国、台湾、韓国、タイ、ベトナムでも翻訳され累計 70万部を超える。
■スタッフクレジット
取材・文:松島佑実 編集:後藤文江(日経BPコンサルティング)
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