Private|私生活で重要視しているのは「自分の人生の目的を見失わないこと」
PR TIMES代表取締役社長 山口拓己氏。プライベートでも、PR TIMESのカラーであるブルー系の服を着ることが多いとのこと
──情報のインプットはどのような形が多いのでしょうか?
仕事の性格上、プレスリリースやニュースを見る機会が多いんですけど、それ以外では書籍が一番多いですね。例えば最近だと『半導体戦争』とか、気になった本は何でも、仕事に関係なくても読んでいます。他にも、仕事でもお世話になっている友人から勧められて『母という呪縛 娘という牢獄』というドキュメンタリーものも読みましたし、先日、ソニーの平井一夫シニアアドバイザーのお話を聞く機会があったのですが、「そういえば『ソニー再生』を読んでいなかったな」と思ってすぐに読みました。あと、最近読んで面白かったのはサイバーエージェントの曽山哲人さんに勧めていただいた『セキュアベース リーダーシップ』で、自分の中で培わないといけないリーダーシップが理論的に書かれていて、なるほどな、と思いました。
──日々の生活で大切にされているルーティンや習慣はありますか?
ルーティンと呼べるようなものは、特にないんですよね。自分の中での“遊び”が多いというか、例えば今日は朝起きてからまだ何も食べていないんですが(17時頃)、それはお昼を食べると疲れて眠くなってしまうからなんです。食事をするのが嫌いなわけではなく、もちろん好きなんですけど、疲れて眠くなるのは仕事にマイナスになるので食事をしない。だからと言って絶対に食べないわけではなく、会食の予定が入ればランチもします。「絶対にこれをやる」と100%決めてしまうと息苦しくなるので、ランチは基本的に食べない、のような、自分の中での“遊び”を持たせたルールはいくつかありますね。
本はオフィスや移動中などいろいろな場面で読むため、同じ本でも紙の書籍と電子書籍の両方を購入することもあるそう
──私生活で重要視されている価値観はありますか?
私生活で重要視しているのは「自分の人生の目的を見失わないこと」であり、それが何かと聞かれたら、PR TIMESのミッションを実現させることです。そのため、あまり余計なことはしないようにしています。
ただ、やりたいことが全くないわけではないんです。20年ほど前、山一證券で勤務していた時にはスノーボードにハマったことがあり、越後湯沢のリゾートマンションを借りてシーズン中は毎週末、滑りに行っていました。その時に、いずれは自分もスノーリゾートを持ちたいと思っていたんです。スノーリゾートはいずれ経営が厳しくなり、引き受け先を探すようになるだろうと。それから20年が経過し、実際にそういう状況になっていますが、棚上げになっていますね(笑)。
山一證券時代は株式投資も好きだったんですけど、今はやっていません。株価が気になってしまいますし、それに費やす時間も取れないので。あと、仕事と関わる部分かもしれないですけど、上場企業の決算書類を読むことは好きですし、趣味と言えるかもしれないですね。決算書類にはどういう考え方をしているかなど、人柄が出るんですよ。決算書類と会社の状況を見比べて“答え合わせ”をするのは面白いし、勉強になります。
──とても落ち着いた、穏やかな雰囲気をお持ちですが、ご自身のことをどのような人間だと思われていますか?
凡人だと思っています。あと怠惰な人間ですね。本当に怠惰だと思っているので、そんな自分がよくここまでやってこれたなって思います(笑)。
怠惰な自分がここまで突き動かされるのは、それだけPR TIMESというサービスが魅力的なんだと思いますし、凡人の自分が誇大妄想的な目標を掲げられるのもこの事業に大きなポテンシャルを感じられるからだと思います。
PR TIMESでは4月1日を、うそをつくエイプリルフールから夢を語る「April Dream(エイプリルドリーム)」に変えようという、この日に夢を発信する文化を作ろうと提唱しているんです。これもPR TIMESというサービスを運営していなかったらできなかったことだと思います。掲げる目標が難しい中でチャレンジできているのは、それだけPR TIMESに可能性があるからだと思っています。
PR TIMESはDREAMS COME TRUEとのコラボや夢の島でのイベントなど様々な活動をとおして「April Dream(エイプリルドリーム)」をPRし続けている
Business|3つの壮大な目標に挑む「やればやるほど今のままでは終わらせられない」
──PR TIMESの代表取締役を15年以上務められていますが、こういう経営者を目指したい、と目標にされている方がいらっしゃれば教えてください。
これはすごく言いづらいんですけど……。
私は自分自身が凡人だと思っているので、「凡人なのにすごい人」を探したくなるんですよ。だから私が「この人のような経営者を目指している」と言ってしまうと、それは「この人のことを凡人だと思っているのか」と捉えられてしまうので言いづらいなと(苦笑)。
本当にすごいなと思う経営者も大勢いらっしゃいます。直接お話しさせていただいた中だと、日本電産(現ニデック)の永守重信さんは「ああ、この方にはかなわないな」と思いました。一方で、日本を代表する大好きな経営者をいろいろ調べたり研究したりしながら見ているのですが、もともとは凡人の部類に属する方でありながら人並み外れた努力をされた、だからこそ今があるのではないかと勝手に想像している方もいます。
グローバルな経営者では、ウォルト・ディズニー・カンパニーのCEOに復帰したロバート・アイガーさんですね。アイガーさんは今まで一度も転職せず、テレビのADからスタートして最終的にはCEOにまでなりました。日本人がほとんど知らないような大学(イサカ大学)の卒業なのですが、大企業で下からがんばり続けてCEOになるというのはなかなかないことだと思います。その経歴を見ていると、自分ももしかしたらこういうことができるんじゃないかと勇気づけられます。そういう意味で、そんな方々を自分の目線の上に置きながら、日々仕事に向き合っています。
──経営者として最もチャレンジングな経験を教えてください。
ありがたいことに、今が一番、チャレンジングな経験をしていると思います。PR TIMESの事業をさらに大きくしていくこと、また、「行動者発の情報が、人の心を揺さぶる時代へ」という我々が掲げているミッションを実現することに日々チャレンジしています。
PR TIMESは社会に対して大きなポテンシャルがありますし、そのポテンシャルは自分たちしか活用しようとしていない、と思うようになってからは、チャレンジングな環境を常にアップデートできていると思います。
仕事時でもスーツを着用する機会は「数ヶ月に1回」と多くはないものの、重要な場面ではスーツで臨むとのこと
──改めて、2007年に、企業や団体のプレスリリースを配信するプラットフォーム「PR TIMES」というサービスを立ちあげられた経緯を教えてください。
最初は「やむを得ずに立ちあげた」という感じでした。私は2006年に当社の親会社であるPR会社のベクトルに入社し、取締役CFOを務めIPOを実現させることをミッションとしていました。しかし、PR事業はちょうど成長の踊り場に差しかかっていて、結果的に私がジョインしてから2期連続で減収減益になってしまいました。
その頃に「キジネタコム」という、PR TIMESの前身にあたる、企業と記者をつなぐサービスが立ちあがっていたのですが、何も投稿されない空箱の状態だったため、そのサービスを閉じることになりました。その後、社内で「なかったこと」になっていたキジネタコムを使って新しいビジネスができないかと思って立ちあげたのがPR TIMESです。プレスリリースという報道向けの 素材資料を、インターネットを通じてメディアの方だけでなく、一般の生活者の方にも届けるビジネスとして立ちあげました。
プレスリリース配信プラットフォーム『PR TIMES』は累計8万社以上が利用し、2023年11月現在月間9,000万PV近くを記録
──もともとPRやメディア事業に関心を持たれていたのでしょうか?
なかったんですが、チャンスがある事業だとは思っていました。インターネットでビジネスをやりたいという思いは以前からあり、その頃はインターネットでビジネスをするというのが一巡していた一方で、広告系のビジネスが多く立ちあがっているタイミングでした。
インターネットを使った広告ビジネスで上場している企業はありましたが、上場しているPR会社でインターネットを使っているところはなく、インターネットでPRのプロセスを変えるようなサービスもなかったので、これはもしかしたらチャンスかもしれないとイメージしていました。ただ、ベクトルに入社した時はプレスリリースのサービスを作ることになるとは全く思っていなかったですね。
──ベクトルに入る前は山一證券やアビームコンサルティングなどで勤務されていますが、当時から経営者になろうと考えていたのでしょうか?
あまり考えていなかったですね。今も自分が経営者だという意識はそれほど持っていないかもしれません。一緒に働いているスタッフはみんなPR TIMESのメンバーであり、私もそのメンバーの一人だと思っているので。もちろん社内では社長という役職ではありますし、責任を負う立場ではありますけど、だからといって何か特別な存在かというと、そんなことはないと思っています。
──ビジネスをする上で重要な決断を下す際、重視されている価値観や基準はありますか?
PR TIMESのバリューとして、未経験であることやその先の失敗を恐れずに進もうという「Act now, Think big」、プロとして誰もが対等に、皆が同じように情報を発信していこうという「Open and Flat for breakthrough」、目標の達成を目指しつつ社会にとって有益なことを追求していく「One’s commitment, Public first」の3つを掲げています。私自身にとって大切だと思っている価値観をこめたものです。
実は、もともとはバリューを9項目掲げていたんです。こうありたい、と思うものを並べたんですが、そうしたらみんなが叱られているような感覚になってしまって(苦笑)。これはダメだなと思い、3つに絞りました。自分としては漏れているところも結構あると感じていますが、重要なことを成し遂げるために何かを諦めたり捨てたりすることも必要だと思っていますので絞りこみました。
また、先ほどもふれましたが、PR TIMESでは「行動者発の情報が、人の心を揺さぶる時代へ」というミッションも掲げています。ここで働いているスタッフ一人ひとりが行動者であり、自分でビジョンを描いて行動する人になってほしいと思っています。
PR TIMESの事業は、やればやるほど今のままでは終わらせられないと思っていますし、素晴らしい仲間たちと一緒に仕事ができることも醍醐味の一つだと思っています。会社として掲げているものを実現しきれていないので、その点では成功しているとは言えません。それでも、目的達成に向けてどうすればいいのかを考えてくれる優秀な人がこれだけ集まり、そこに向けて一生懸命、仕事をしてくれるのは幸せなことですし、その中にいるだけで充実を感じられます。
──今後5年後、10年後に達成したい目標を教えてください。
3つあります。
1つ目は、PR TIMESを社会的な情報インフラにすること。インフラというからには、世の中で働いている人みんなが知っていて、みんなが自分の仕事においてこのサービスの価値を見いだし、活用してくれるような場にしたいと思っています。
2つ目は、国内では比較的多くの企業に使っていただいているのですが、グローバルではほとんど存在していないような状況なので、日本で立ちあげたインターネットビジネスとしてグローバルで成功させたいと思っています。今はまだその一歩どころか、足がかかっているぐらいの状態で、まずは2022年にアメリカに子会社を設立しています。PR TIMESを本格的にアメリカ市場に展開していくというチャレンジをこれからしたいと考えています。
最後は、PR TIMESというサービス以上に、社会に良いインパクトを与えられる事業を本気で考える人が出てくるような組織を目指すことです。事業が日本でインフラになり、世界でも有数の企業になり、社会に役立つ事業を新たに立ちあげたいと考える人がどんどん台頭する。この3つを実行するために常にチャレンジしています。
──最後に、経営者の皆様にメッセージをお願いします。
PR TIMESを立ちあげた2007年は、会社に属すること、会社で働くことが当たり前で、優秀な人もどこかの会社に所属していました。それが今は、フリーになって会社に属さなくても十分に楽しく働ける時代になってきました。
でも個人的には、優秀な人が1人で働くのはもったいないなと思っているんです。1人で実現できることは限られていますし、一つひとつのプレスリリースを見ると、やっぱり大きな事業は優秀な人が集まって協力しながらそれぞれが能力を発揮しないと実現できないんですよね。
次の時代は、優秀な人が集う舞台を作れるかどうかで企業間の差がついてしまうのでは、と考えていて、実際作ることができている会社は組織として強く成功していますし、PR TIMESも、ここで活躍したいとたくさんの優秀な人に思ってもらえるような、そういう舞台を用意できればと思っています。
■ プロフィール
山口拓己(やまぐち・たくみ)
株式会社PR TIMES 代表取締役
1974年、愛知県生まれ。東京理科大学卒業後、1996年に山一證券株式会社に入社し、アビームコンサルティング株式会社などを経て、2006年に株式会社ベクトルの取締役CFOに就任。翌2007年にプレスリリース配信サービス「PR TIMES」を立ちあげ、株式会社PR TIMESの代表取締役に就任した。2020年から2022年まで株式会社グッドパッチの社外取締役。豊橋市未来創生アドバイザーも務める。
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■スタッフクレジット
取材・文:池田敏明 写真:山下弘毅 編集:THE OWNER編集部