提供するのは豆ではなく、「コーヒーのあるライフスタイル」
──どのような経緯から「PostCoffee」を立ち上げられたのでしょうか?
もともとは、デザインとシステム開発の会社を経営していて、主にアパレルのECブランディング、広告系クリエイティブ、システム・アプリ開発などを行っていました。それと並行して、渋谷区・富ヶ谷で趣味的にコーヒー店をやっており、僕もバリスタとして店に立っていたんです。
店頭に立ちながら気づいたのが、ほとんどの人が本当においしいコーヒー、いわゆるスペシャルティコーヒー(消費者が美味しいと評価して満足するコーヒーのことで、厳しい品質基準をクリアした選ばれた豆を使用:参考「日本スペシャルティコーヒー協会」 ※外部リンクに移行します)の魅力を体感していないということ。バリスタとして、それはすごくもったいないなと思いました。
次第に、おいしいコーヒーを社会に広めていきたいという想いが強くなり、これまで培ってきたデジタルのノウハウを活用し、手軽にスペシャルティコーヒーが飲めるような環境を提供したい。それで、「PostCoffee」を新たに立ち上げたのです。
下村 領さん
──2019年のβ版を経て、2020年2月に本格的なサービスを開始したPostCoffeeですが、当初からサブスクリプションというかたちを想定していたのでしょうか?
はい。僕らが提供したいのは、「おいしいコーヒー豆」ではなく、「おいしいコーヒーがあるライフスタイル」です。そのためには、1回だけの販売ではなく、継続的な関係が必要。そのニーズといちばん相性がいい販売方法が、定期的にユーザーのもとに品物が届く「サブスクリプション」だったんです。
──なるほど。だからコンテンツの提供もされているんですね。
PostCoffeeでは、ユーザーに最適なコーヒーを提供するために「コーヒー診断」というコンテンツを用意しています。診断結果をもとにその人のライフスタイルを分析し、15万とおりの組み合わせから、ベストなコーヒーをパーソナライズするというものです。デザインや診断ルートの構築は、これまでの事業で培ったノウハウを活かして、すべて独自につくったものです。
じつは、コーヒー業界は依然としてテック要素が入っていない世界。コーヒー診断や、生産ロットが極めて少ないスペシャルティコーヒーを小さなロットを扱うためのロジスティクスシステムといったテックの活用は、PostCoffeeがほかのサービスと一線を画す部分ですね。
「飲料」でなく「趣味」。ポジショニングを見極め、競合他社と差別化を図る
──2020年2月に本格的にサービスをローンチして以降、ユーザー数が増え続けているとのことですが、要因を教えていただけますか?
現在、ローンチ直後と比較すると約25倍になりました。コロナにより「家にいる時間を充実させたい」というニーズが高まったことが大きいですが、日本のマーケットがおいしいコーヒーを求めていたことも、要因の一つだと思います。コロナ以前から、日本では近いうちにスペシャルティーコーヒーを求める人が増えることを予測していました。
──なぜ予測することができたのですか?
欧米を中心として、海外では10年、20年前からスペシャルティコーヒーが広まっていました。日本にもここ5年ほどで、ブルーボトルコーヒーやFUGLEN Tokyoなどのスペシャルティコーヒーチェーン店が進出し始めましたよね。さらに、個人経営のマイクロロースター(焙煎所)でもスペシャルティコーヒーを扱うお店がじわじわと増えていたため、その流れを受け、日本でもスペシャルティコーヒーの需要が今後より増えるだろうと考えました。その後、コロナが流行したことで、そんな未来があっという間に到来したという印象ですね。
──追い風をさらに強めるために、PostCoffeeとして取り組んだことはありますか?
いちばん最初に行ったキャンペーンは、コーヒー豆の無料配布。コロナの拡大によって、出社からリモートワークに切り替わった人に僕たちのサービスを知ってもらうための取り組みです。企画を実施すると決めてから、1日でプレスリリースをつくって配信するようなスピード感でしたね。当時はコロナにより世間がめまぐるしく変化していて、消費者のマインドもそれに合わせて変わっていくという状況で。圧倒的なスピードで施策を行うことが必要だったんです。結果として、PostCoffeeに興味を持ってくれた人も増え、そこから会員登録してくださる方も一定数いました。
──現在、コーヒー豆だけでも数多くのサブスクリプションサービスが立ち上がっています。競合とは、どのように差別化をしているのでしょうか?
僕らは「コーヒーのあるライフスタイル」を提供しているので、コーヒーや飲料カテゴリーなどではなく、キャンプなどの「趣味」というカテゴリーだと自分たちを定義しています。そのため、「家で映画を見ながら」「山頂でおいしい空気を吸いながら」など、その人のライフスタイルに合わせた飲み方や豆を提案することで、競合と差別化を狙いました。
──自分たちがどのポジショニングなら独自性を出せるか、事前にマッピングされていたのですね。急成長によって、問題点が浮上することもあったのでしょうか?
以前の会社はデジタル領域だったので、急激な成長にも比較的簡単に対応することができました。しかしPostCoffeeでは、リアルな商材を扱います。そのため、成長に伴って人的リソースや、物理的なスペースの確保が必要となり、社内の体制が追いつかないこともしばしばでした。
現在は、広告出稿量などを調整し、成長の速度をコントロールしています。成長速度を遅くすることで、堅実な成長を狙う。その代わり、コアとなるブランドの哲学をより強固につくり込んでいく段階だと考えています。
事務所兼直営店舗。お客さんに合わせて豆をいくつかピックアップし、実際にコーヒーを淹れて提供。試飲しつつ、購入を検討できるサービスも備えている(2021年4月の取材時に撮影。現在は感染防止のためサービスは停止中)
サービスは20、30%の状態でリリースする
──2020年2月のローンチから1年以上経過しました。あらためて、この1年を振り返えられたとき、どのような発見がありましたか?
サービスやプロダクトのローンチは、「100%つくり込まない」ことが重要だと感じました。20、30%程度つくった段階でリリースし、マーケットの状況とともにサービスを詰めていく。100%つくり込んでしまうと、ユーザーの声も反映しづらくなるし、ユーザー自身も一緒につくっていくという楽しみがなくなってしまう。
PostCoffeeがサービスを開始したときは、20%くらいの完成度だったと思います。診断サービスの機能はなく、おいしいコーヒー豆を送るだけ。パッケージのデザインにしても同様です。
現在、それぞれのコーヒーごとに色の違うラベルを貼っているのですが、極力シンプルに、でも印象的なパッケージを目指して制作しました。その後、ユーザーから「コーヒーのフレーバーについてもっと知りたい」といった声をいただき、パッケージのラベルにフレーバーに関する文言を追加したりもしました。このように、ほかのコーヒー屋と異なる個性を出すために、PostCoffeeでは完全に完成されたデザインにするのではなく、「余白」を心がけています。
――「余白」を心がけることで、どのようなメリットがありますか?
「余白」を残しておくことで、ユーザーとともに必要に応じてプロダクトをアップデートしていくことが可能になると実感しました。また、運営側が考える完璧なプロダクトとユーザーが求めるプロダクトは必ずしも一致しないと考えています。そのため、プロダクトはある意味不完全な状態でローンチすることになりますが、だからこそユーザーの声をスピーディーにプロダクトへ反映させることができます。
PostCoffeeのパッケージ
──80%はユーザーとともにつくりあげていった、ということですね。フィードバックのもらい方はどのようにされているのでしょうか?
立ち上げ当初は、Slackに専用のコミュニティーをつくり、数百人ほどのユーザーを招待し、フランクに意見を聞いていました。現在も、ユーザーインタビューを月に5人から10人ほど実施したり、ウェブでのアンケートを行ったりしています。
例えば、「こんな食べ物と合うコーヒーが知りたい」という意見をいただいたときにはオンラインでカジュアルなコーヒーセミナーを開催したり、ユーザー向けに毎月発行している冊子やウェブマガジンの企画として取り上げたりしました。また、パッケージについてもいただいたご意見をもとに細かくデザインの変更を加えています。
──PostCoffeeの今後は?
ビジネスとしては株式上場を目指しており、今後はアジア地域への展開も視野に入れています。以前は、上場を目指して「儲けること」は、「おいしいコーヒーを広めること」と同居するのだろうか、といった葛藤もありました。しかし考え抜いた末、「ビジネスとは仕組みをつくること」という答えが出て、スッキリしたんです。
具体的には、今年(2021年)1月に、日本全国のマイクロロースターの豆を届けるかたちにサービスをアップデートしました。コーヒーのエコシステムにおける「インフラ」として、PostCoffeeを機能させていくことで、結果的にビジネスの規模も拡大していきます。「おいしいコーヒーを広める」ために生産者、ロースター、消費者が「三方よし」の仕組みをつくり、結果的に利益が生まれる。それがPostCoffeeにとっての理想です。
■プロフィール
下村 領
1982年生まれ。POST COFFEE株式会社CEO。2005年にウェブサイト制作、グラフィックデザインなどを主軸にしたクリエイティブ会社を下村祐太朗(COO)と共同で創業。2013 年、東京都渋谷区富ケ谷にコーヒー屋兼コワーキングスペース「メイカーズコーヒー」をオープン。それらの経験を生かし、2018 年に「コーヒー×テクノロジー」のスタートアップ、POST COFFEEを創業し、その翌年にサブスクリプションサービス「PostCoffee」を開始した。
PostCoffee ※外部リンクに移行します
■スタッフクレジット
取材・文:萩原雄太 撮影:丹野雄二 編集:服部桃子(株式会社CINRA)