■監修者プロフィール
稲見昌彦(いなみ・まさひこ)
東京大学 総長特任補佐・先端科学技術研究センター 副所長/教授
Metaverse Japan Lab ラボ長
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了 博士(工学)。電気通信大学、慶應義塾大学等を経て2016年より現職。自在化技術、人間拡張工学、エンタテインメント工学に興味を持つ。米TIME誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞・科学技術賞(研究部門)などを受賞。情報処理学会理事・フェロー、日本バーチャルリアリティ学会理事・フェロー、日本学術会議連携会員等を兼務。2023年2月に設立された世界初のメタバースシンクタンク「Metaverse Japan Lab」ラボ長も務める。著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書)、『自在化身体論』(NTS)。
【目次】
1.メタバースとは? 現代社会における仮想世界の役割
1.1.メタバースとは? その言葉の意味と概念
1.2.メタバースの歴史と進歩
2.メタバースの先駆者「セカンドライフ」と現在のメタバースはどう違うのか
2.1.セカンドライフは、メタバースの未来を切り開いた存在である
3.混同されがちなメタバースとVR、その違いとは
3.1.VRはメタバースを支える技術のひとつ
4.メタバースで私たちは一体何ができるのか? メリット・デメリット
4.1.メタバースをゲームで利用することで起こりうるメリットとデメリット
4.2.メタバースをビジネスで利用することで起こりうるメリットとデメリット
5.メタバースをビジネスに。活用方法が広がる事業の未来
5.1.バーチャルファッションショーやプロモーション
5.2.ゲーム業界でのメタバースの活用。有名なメタバースプラットフォームとは
5.2.1. Epic Gamesの「フォートナイト(Fortnite)」
5.2.2. Sky Mavisの「アクシーインフィニティ(Axie Infinity)」
5.3.オンラインコンサートやイベント、出展による集客
5.4.仮想不動産(メタバース内に土地を保有し、店舗運営や賃貸を行う)
5.5.NFTアイテムの制作・販売
5.6.教育の場としての活用
6.新たなメタバースの境地へ。NVIDIA社の「オムニバース」とは?
7.メタバースによって、私たちの未来はどう変わるのか?
1.メタバースとは? 現代社会における仮想世界の役割
1.1.メタバースとは? その言葉の意味と概念
メタバースとは、インターネット上にあるバーチャル空間のことを指します。そのバーチャル空間には複数のユーザーが同時にアクセスでき、その中でユーザーの分身であるアバターを通じて行動し、他者とコミュニケーションを取ったり、イベントに参加したり、さらにはさまざまなビジネスも行うことができます。
メタバースという言葉は「メタ(Meta)」と「ユニバース(Universe)」を組み合わせて作られた造語です。「メタ」はギリシャ語で「超越」や「変化」を、「ユニバース」は宇宙や空間を指すことから、メタバースは「超越した宇宙」や「変化する空間」などの意味を持つと考えられています。
1.2.メタバースの歴史と進歩
新しい世界観というイメージがあるメタバースですが、その概念自体は1980年代に一部のサイバーパンク文学や科学技術の世界で生まれました。特にニール・スティーヴンスン氏のSF小説『スノウ・クラッシュ』(1992)はメタバースの原典ともいわれており、仮想世界と現実世界が密接に結びついたメタバースの世界が描かれています。
その後、1990年代から2000年代初頭にかけて、インターネット技術の進化とともに、メタバースの発展に寄与するオンラインゲームが登場します。2000年代初頭には、後述する「セカンドライフ(Second Life)」のようなメタバースプラットフォームが登場し、世界中のインターネットユーザーが仮想世界での活動を開始したことで、その概念も広がりました。
近年ではメタバースの概念への理解も一般化してきており、映画でいうと『サマーウォーズ』(2009)、『レディ・プレイヤー1』(2018)、『竜とそばかすの姫』(2021)など、メタバースをわかりやすく追体験できるエンターテイメント作品も増えています。
2.メタバースの先駆者「セカンドライフ」と現在のメタバースはどう違うのか
2.1.セカンドライフは、メタバースの未来を切り開いた存在である
メタバースの先駆けといわれるのが、アメリカ・サンフランシスコに本社があるLinden Labが2003年にリリースした、3次元バーチャル空間を使用したオンラインゲーム「セカンドライフ」です。バーチャル空間の中でユーザーがアバターを通じて自由にコミュニケーションができ、暗号資産での取引や不動産売買ができることなどから人気を博し、2006年頃には日本でもブームになりました。各企業もセカンドライフに参入し、多様な用途に利用されています。
しかし、当時のセカンドライフでは使用できるデバイスが限られており、現在のメタバースプラットフォームのようにスマートフォンやVRゴーグルなど、さまざまなデバイスを使ったアクセスはできませんでした。現在のメタバースプラットフォームでは、VRやAR技術が進化したこともあり、さらにリアルで没入感のあるバーチャル空間体験をすることが可能になっています。
3.混同されがちなメタバースとVR、その違いとは
3.1.VRはメタバースを支える技術のひとつ
VR(Virtual Reality/人工現実感、仮想現実)とメタバースは、デジタルな空間での体験を提供するという共通点があることから混同されがちですが、目的と技術面に違いがあります。
VRはバーチャル空間を作り上げ、没入感のあるデジタル体験を提供します。2016年頃から活発化してきており、ユーザーはVR専用ゴーグルなど各種デバイスを装着することで360度の3D環境に包まれ、現実に近い体験に没入できます。現在では教育、医療、エンターテイメントなど、幅広い分野で活用されています。
一方、メタバースではバーチャル空間において、ソーシャルメディアのようにユーザー同士での相互のコミュニケーションが可能です。つまりメタバースは「VR+ソーシャルメディア」ともいえるでしょう。またメタバースはVRのように専用ゴーグルのようなデバイスを必要とせず、2Dでも体験できます。
4.メタバースで私たちは一体何ができるのか? メリット・デメリット
メタバースを利用したユーザー体験は、大きく分けて「ゲーム」と「ビジネス」の2つがあります。
4.1.メタバースをゲームで利用することで起こりうるメリットとデメリット
ゲームにおけるメタバースの活用では、ソーシャルインタラクションが大きな魅力となっており、友だちや家族、世界中の人々とコミュニケーションを楽しめます。ゲーム上でのメリットとしては以下のようなことが考えられます。
- ゲームへの没入感の向上
- ユーザーのコミュニケーションが増加することでのゲームの活発化
- ゲーム内イベントにオンライン参加することで得られる非日常体験
一方で以下のようなデメリットも考えられます。
- オンラインゲームへの依存症の増加
- 現実でのコミュニケーションの減少
4.2.メタバースをビジネスで利用することで起こりうるメリットとデメリット
一方、ビジネスの面では、バーチャル空間を使った仮想オフィスや、リアルな体験ができるオンライン教室やイベントなどへの活用が考えられます。また前述のゲームを事業とするほか、そのゲームをメタバースプラットフォームとすることで、プラットフォーム内サービスを提供することもできます。
ビジネス利用でのメリットとしては以下が考えらえます。
- バーチャルオフィスの活用による新型コロナウイルスなどの感染症予防
- オンラインコミュニケーションの活性化による生産性やパフォーマンスの向上
- バーチャル空間でアバターを通して対面できるため、オンライン会議でも、相手との距離感や顔の向きなどを視認でき、よりリアルなコミュニケーションが可能
- 会議、イベントなどがリアル化し移動が不要になることでのコスト削減
- 新たなユーザー体験やビジネスの創出、バーチャル空間を提供するプラットフォームを使った新規事業収益、新規顧客開拓
また、デメリットとしては以下のことが考えられます。
- メタバースのビジネス活用事例が少なく効果予測が困難
- 技術進歩にキャッチアップするための対応コストの継続化
- メタバースプラットフォーム利用時におけるセキュリティ対策の必要性
- メタバースの発展で起こりうるリスクや法規制への懸念
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5.メタバースをビジネスに。活用方法が広がる事業の未来
インターネット上のバーチャル空間であるメタバースは、その革新的な機能を活かし、すでに事業に取り入れている企業もあります。
5.1.バーチャルファッションショーやプロモーション
世界的に著名なファッションブランドも、メタバース内でバーチャルファッションショーやプロモーションを行っています。
例えば、VRプラットフォーム「Decentraland」で2023年に開催された一大イベント「メタバースファッションウィーク(外部サイトに移動します)」には、ラグジュアリーブランドからスポーツブランドまでさまざまなブランドが参加。メタバースならではのデジタルコレクションをランウェイで披露し、多くの参加者を魅了しました。
5.2.ゲーム業界でのメタバースの活用。有名なメタバースプラットフォームとは
メタバースを利用した新たなゲームプラットフォームも開発が進み、それらのメタバースプラットフォームを使ったプロモーションやイベントが開催されています。特に人気を集めるゲームでは、社会現象となるだけではなく、もはやライフラインのひとつにすらなっています。
5.2.1.Epic Gamesの「フォートナイト(Fortnite)」
月間ユーザー7,000万人、世界に5億人を超える(2023年3月23日時点)登録ユーザーがいる巨大プラットフォームである「フォートナイト」は、バトルロイヤル型ゲームとして有名ですが、多様なメタバース体験を提供しています。ゲーム内ではイベントやコンサートが多く開催されており、日本人アーティストでは米津玄師氏や星野源氏がバーチャルライブを行ったことで話題となりました。
また、メタバースのバーチャル空間内では、ユーザーが自由にゲームを作ることもでき、この機能を利用して作られた日本のミニゲーム「AI ロケスタくん」が世界中から注目を集め、約100日間で100万人にプレイされたことも 。
このほかにも、2023年10月25日から2024年1月31日までの期間限定ではありますが、自動車メーカーの日産がプロモーションとしてフォートナイト上にオリジナルワールド「Electrify the World」制作し、話題を呼びました。日産の描く未来の世界観をプレイヤーが楽しく体験できる、メタバースならではのプロモーション方法です。
5.2.2.Sky Mavisの「アクシーインフィニティ(Axie Infinity)」
「アクシーインフィニティ(外部サイトに移動します)」は、2018年3月にリリースされたNFT(ノン・ファンジブル・トークン)キャラクターを使ったカード型のバトルゲーム。「Play to Earn(ゲームを遊びながら稼ぐ)」の先駆け的存在です。1日に最大200万人がプレイする世界最大級のブロックチェーンゲームで、2021年にはシリーズBで約170億円の資金調達に成功しました。
フィリピンではゲーム内で獲得できる暗号資産(仮想通貨)「SLP」が現金に交換できるため、収入源として一時期大いに人気を集めました。メタバースにおける新たな経済機会の創出として、現在においても注目される事例のひとつとなっています。
5.3.オンラインコンサートやイベント、出展による集客
音楽業界やイベント業界でもメタバースの活用が進んでおり、フォートナイト内でのバーチャルライブのように、メタバースプラットフォーム上で有名アーティストがオンラインコンサートを開催することも多くなるでしょう。気軽に自宅から参加できることから、既存ファンのみならず顕在層のファンにもアプローチができ、収益向上も期待できます。
2023年12月に開催された世界最大級のメタバースイベント「バーチャルマーケット2023 Winter(外部サイトに移動します)」では、百貨店・髙島屋が独立ブースを出展。その道10年以上のベテランバイヤーたちによるメタバース接客も実施されました。
5.4.仮想不動産(メタバース内に土地を保有し、店舗運営や賃貸を行う)
メタバース内の不動産を購入し、オンラインショップやオフィスを設立すれば、顧客とのコミュニケーションの場や機会が増やせます。また従業員同士のコミュニケーションが活発化することで、事業の効率化が図られています。
5.5.NFTアイテムの制作・販売
NFTとはブロックチェーン技術を活用して、アートやゲームアイテムといったデジタル資産の所有権やオリジナリティを証明するトークンです。メタバース内ではNFTを利用して仮想アイテムや土地、アバターの売買が行われ、ユーザー間での取引が可能です。また、この特性はファッション分野との相性がよく、各メタバースプラットフォーム内でさまざまなコラボレーションが行われています。
メタバースはNFTが登場したことで新たな経済圏を形成し、デジタル空間でのビジネスチャンスが生まれつつあります。
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5.6.教育の場としての活用
メタバースはその性質からオンライン教育の可能性を広げる存在としても人気です。大学や企業はメタバース内にバーチャルキャンパスや研修施設を設立し、学生や従業員がオンラインであってもリアルな学習環境を体験できるようにしています。
この学習環境の新たな構築とメタバースプラットフォーム内での事業推進例としては、生徒が講師と一緒にフォートナイトなどをプレイしながら英語を学ぶ「eスポーツ英会話」というサービス提供も行われています。
このように、メタバースはさまざまな業界で事業に取り入れられ始め、新たなビジネスチャンスやコミュニケーション手法が生まれています。今後も、メタバースの活用事例は増え続けると予想されます。
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6.新たなメタバースの境地へ。NVIDIA社の「オムニバース」とは?
メタバースの話題に紐づいて、最近よく聞くようになったのが「Omniverse(オム二バース)」です。オムニバースとは、近年大成長を遂げて話題となったアメリカの半導体メーカーNVIDIAが提供する、リアルタイムシミュレーションおよびコラボレーションプラットフォームです。
オムニバースの最大の特長は、複数人といつでも自由にバーチャル空間を共有でき、そのバーチャル空間上で3Dデザインやシミュレーションをスムーズに行えることです。3Dデザインの制作現場では、さまざまなメンバーが目的に合わせた複数のツールを利用して作業を行います。このため、ツールAからエクスポートした大きなファイルをツールBにインポートして次の作業を行ったり、ファイル形式によって読み込み方法やツールを変える必要があったりと、非常に煩雑な状態でした。
しかしオムニバースであれば、Pixarが開発したオープンソースの3Dシーン記述フォーマット「Universal Scene Description(USD)」が用意されているため、ツールが異なる状態でもスムーズにデータを共有・使用できるようになり、またオムニバース上でレンダリングなどの作業もできるため、メンバーからクライアントまで、全員が1つのバーチャル空間上に集約して効率的に作業ができるのです。
例えば最新のCG技術を取り入れた映画を制作する場合、俳優からエンジニア、デザイナーなど多岐にわたるメンバーをスタジオに集めなくてはいけません。しかしオムニバースであれば世界中どこにいても共有プラットフォームに集まり、各々が作業をすればOK。難しいスケジュールや場所の調整もなく業務効率化ができ、制作コストまで抑えることができます。
実際にオムニバースを取り入れて業務効率化やコスト削減に努めている企業も多く、小売最大手の米Amazonもそのひとつです。Amazonはオムニバースに倉庫を制作し、事故リスクのテストや運用効率を最大化するためのシミュレーションなどを実施。これにより倉庫内の配送オペレーションの最適化を行っています。
7.メタバースによって、私たちの未来はどう変わるのか?
既存事業においては、メタバースのバーチャル空間を利用した会議やイベント、プロモーションなどであれば、取り入れるハードルは低いでしょう。
メタバースは技術面でもさらなる発展が期待され、さまざまな産業や社会に大きな影響を与えると考えられます。今後は現実世界とデジタル世界が融合し、メタバース内での仮想経済や社会活動、新規事業の創出が一層盛んになると予想されます。
またメタバースが一般化・個人化することで、「マルチバース化」することも考えられます。マルチバースとは、「multi(多重・多数・多元)」な「universe」のこと。さまざまなメタバースプラットフォームを個人が使用することで、1人がメタバースを複数持つようになり、個人という捉え方まで変わる可能性もあるでしょう。このメタバースのマルチバース化を支えるのが、ChatGPTをはじめとした学習データを元にテキストやプログラムコードなどを生成する「生成系AI」です。
生成系AIはユーザーの行動や思考を学習し、リアルタイムでコンテンツを生成し、変化させることができます。この特長をメタバースの生成に用いれば、より個人にパーソナライズされたメタバース体験ができる可能性があります。さらに生成系AIが高度な成長を遂げれば、個人が生成系AIを使って自分に適したメタバースを続々と生み出し、マルチバース化するかもしれません。
メタバース内でのコミュニケーションも、アバターを通した人間だけではなくなることも考えられます。AIの活用がメタバース内で進めば、AIアバターとの対話も当たり前になるでしょう。このようにメタバースとAIが融合することで、さらに大きな変化が生まれることが予測されます。
今後も、ビジネスにおいて多岐にわたる展開が予測されるメタバース。国境や言語の壁を超え、グローバルに人々のコミュニケーションや情報交換の方法を変革していくことが期待されています。
■スタッフクレジット
文・編集:日経BPコンサルティング