近年、国内でも多くのスタートアップが注目を集め、起業を考える人も増え続けています。一方で、「事業を立ち上げたいけれど、その業界での経験がないといけないのでは?」と考えてしまい、なかなかはじめの一歩が出ないことも。起業に向けた一歩を踏み出し、ビジネスとして軌道に乗せるために、まずはどうすればいいのでしょうか。
お話をうかがうのは、大学卒業後、サイバーエージェント(以下、CA)でアメーバブログやAbemaTV(現ABEMA)などのプロジェクトを経験し、フリーランスを経て、2019年に株式会社Greenspoon(以下、グリーンスプーン)を設立した田邊友則氏。毎月、野菜、フルーツ、スーパーフードをメインに200種類以上の食材を組み合わせたパーソナルスムージーやスープキットを提供する同社のサブスクリプションサービスは、2020年のローンチ以来、コロナ禍によるおうち時間の拡大とともに大きく売上を伸張し、現在は、当初描いていた目標の3、4倍ものユーザー数を獲得しているといいます。
食品業界とは無縁だった田邉氏が起業を決意し目指したのは、消費者にスムージーを届けることではなく「消費者に自己肯定感を届けること」だったそう。爽やかな面持ちだが燃えたぎる情熱を内に秘めた田邊氏が、事業を立ち上げる際に感じた、未経験の分野だからこそ持てる強みや苦労、そして「起業する」ことの本質とは。
企業活動の本質は「人々を幸せにすること」。でも自分は「幸せじゃなかった」
──まず、どのような経緯から起業をされたのか教えていただけますか?
新卒でCAに入社したのですが、当時は、とても忙しく働いていたために、自分の健康を気遣う余裕がまったくなかったんです。気遣うといっても、野菜ジュースを気休めに飲む程度。当時は手軽にフレッシュな野菜や果物を摂れるようなサービスが、世の中にあまりなかったんですよね。
会社を辞めてから2年ほどは、海外に滞在しながらフリーランスとして生活を送りました。そこで実感したのが、周囲の人々の自己肯定感の高さ。運動や健康的な食生活を通じて、自分の身体に気を使うという「セルフケア」の習慣が根づいているからこそ、高い自己肯定感を保てるのだと感じたんです。
その後、日本に戻り、何か事業を立ち上げたいと思ったときに、カラダもココロもセルフケアできるサービスをやろうと決めました。そのためのとっかかりとして、スムージーが良いのでは、と。野菜や果物を手軽に摂取するのは難しいけれど、素材がすべてまとまったかたちで自宅に届いて、あとはミキサーにかけるだけとなれば、簡単だし手軽に栄養を摂取できる。それが日常的になれば、結果としてセルフケアとなるはず。そうして、GREEN SPOONという事業が具体化していきました。
田邊友則氏
──グリーンスプーンのビジョンは「自分を好きでい続けられる人生を」、ミッションは「たのしい食のセルフケア文化を創る」。この背景には、ご自身の経験があったんですね。
そうですね。そもそも、起業をする前から事業を営むことの本質は「人々を幸せにすること」だと考えていました。では、「人々の幸せ」とは何か? その当時、出していた答えが「良好な人間関係」と「身体の健康」。けれども、社会人として働き、どちらも手に入れていたはずの僕は、幸せを感じられていなかったんです。
そこで考えたのが、「自己肯定感を高く持つこと=幸せ」ではないか、ということです。たとえば、身体に気を使ったものを選んで食べることで、自分にちょっと良いことをしている感覚が得られる。すると、自身への肯定感も少しずつ高まっていく。グリーンスプーンの掲げるビジョン・ミッションの背景には、そんな思考のプロセスが存在しています。
──「自分をケアする」ことを楽しんでもらう。SNS広告などで展開されているクリエイティブもそこがベースになっているのでしょうか?
GREEN SPOONの特徴として、「凍った野菜や果物がそのまま届く」ということがあります。野菜や果物のゴロッとした感じは、プロダクトとして新しい。野菜やフルーツの断面を切ってフレッシュさを出す野菜ジュースの広告はすでに世に出尽くしているので、その目新しい「ゴロゴロ感」を広告やビジュアルで表現することは心がけています。
あとは、「楽しさ」と「手づくり感」。楽しくないと何事も継続は難しいと思うので、「GREEN SPOONを続ければ生活がちょっと楽しくなる」というポップな感じを意識しました。また、スムージーであればミキサーにかけるという工程の「5%の手づくり感」も重要。「自分でつくったものを身体に摂り入れる」ことは自己の肯定につながると思うので、それができることもサービス紹介のなかで伝えるようにしました。
GREEN SPOONの商品。スムージーとスープ
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食品業界の常識にとらわれない。「素人だから」できたスムージー
──未経験で食品業界に参入して、挑戦されたわけですが、未経験でよかったと思われたことはありましたか?
はい。素人だからこそ、食品業界の常識や固定観念を逃れ、「本当に自分が欲しいもの」を生み出すことができたと思います。
たとえば、当初、ユーザーによって必要とする栄養素は違うから、25種類のスムージーをつくって選べるようにしようと考えていました。しかし、その提案はあらゆる食品工場から断られまして。食品業界では、そもそも、売れるかどうかもわからない商品を多種類もつくることは常識に反していたんですね。でも、消費者目線からすると、何種類ものスムージーがあったほうが、選ぶ楽しさがあるし、飽きないから野菜の習慣を続けられる。真に必要な栄養が摂れるという信頼もあります。だから、諦めずに全国の工場に電話をかけ続けて、ようやく協力してくださるところを見つけ、製造いただくことができました。現在は、25種類のスムージーだけでなく15種類のスープもつくることができています。
──ユーザーの多くがサブスクに登録されていますが、個別販売もできるようにされているのはなぜですか?
じつは個別での販売は、早い段階でなくそうと考えていました。ただ、ユーザーの声をよくよく聞いてみると、「味がわからないから一個だけ試してみたい」という方もいらっしゃることがわかったんです。お試しという「点」で始まり、気に入ってくださったらサブスクに登録、つまり「線」になる、という流れもあることに気づき、個別販売も残していこう、と。
現在は、個別販売をより強化していきたいという考えにシフトしました。たとえば、少し高級路線のスーパーやamazonなどのショッピングサイトで販売したりなど。普段の生活にタッチポイントが増えることで、「いいな」と思ってくださる方が増えて、ゆくゆくはサブスクへの登録につながる可能性があると考えています。
共通の目標に向かうために、熱くビジョンを語り続ける
──複数のメンバーが集まり、手探りでサービスをつくりあげる。その場合、ビジョンの共有は必須になるかと思います。どのようにされているのでしょうか?
12人の社員が在籍していますが、全員が食品業界は未経験です。だからこそ、「自分たちがつくる食べ物で人々の暮らしを良くする」という、共通のパッションをみんなが持ち続けることは、会社を経営するうえで重要な部分のひとつです。
だから僕は、社員に対してビジョン・ミッションを熱っぽく語ります。「いま、グリーンスプーンで挑戦する価値とはなにか?」「グリーンスプーンは、どんな世界を実現していくのか?」を、1対1の面談や、4半期に1回の経営合宿のときなど、いろいろな場面でつねに言い続けています。
また、面談では必ず「自分を好きでいられているか?」とたずねます。会社のビジョンとして「自分を好きでい続けられる人生を」と掲げているのに、社員が自分のことを好きでなくなったら意味がない。限られた人生の大切な時間を使って共に働いてくれる仲間なので、本当に社員自身が豊かになっているのか、自分を好きでいられているのか、お互いにたしかめることは大事にしています。
GREEN SPOONのメンバー
──ユーザーを幸せにするためには、まず社員が幸せにならなければいけない、と。事業とは「お金を稼ぐこと」ではなく、「理想を広めること」ということですね。
はい。そもそも、起業って、「ビジネスチャンスがあるから行う」が先にあると、高いモチベーションで続く自信がなかったんです。もちろんビジネスチャンスも大事ですが、それだけでは自分の人生をかけて自分自身がやる意味がない。起業家にとって何よりも大事なのが、「自分が思う美しい世界や幸せのカタチ」を描くこと。その意思が、心の込もった事業を生み出していくんです。
──業界が未経験であっても、新たな領域にチャレンジしてみたいという方に向けてメッセージをいただけますか?
リスクを取って、チャレンジすることで人生が色めくのかなと思います。チャレンジに過去の経験なんて何も関係ないです。自分の頭でゼロから考えたら、案外新しい解が見つかるのかもしれません。自らの意志と覚悟で切り開き、思い描く世界を現実にしていくだけです。まだ私は道半ばどころか、道が始まったばかりで何かを言える立場ではないですが、みなさまと同じ挑戦者として新しい食の未来を切り開いていきます。それぞれの舞台で挑戦し、次の世界をつくっていけたらと思っています。
──最後に、いまご自身は幸せですか?
もちろん! グリーンスプーンの経営に集中し、仲間とともに、理想の未来を目指していることは、僕自身の自己肯定感を高めてくれます。経営者として困難しかない日々ですが、毎日、なんならいまこの瞬間にも、その日々の尊さを感じて仕事をしていますね。
■プロフィール
田邊友則
株式会社Greenspoon 代表取締役社長。新卒で株式会社サイバーエージェントに入社。 AbemaTV立ち上げ後、ONE BUY ONEを創業し、インスタのSaaSツール(EC機能)を開発。 2019年5月に同社を創業。「自分を好きでい続けられる人を増やしたい」という想いで事業を運営している。
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■スタッフクレジット
取材・文:萩原雄太 写真提供:株式会社Greenspoon 編集:服部桃子(株式会社CINRA)