有機農業の農法は人それぞれ、目指すものもそれぞれ
——まずは、簡単に自己紹介と農業を始めた経緯を教えてください。
宇野聡一氏(以下、宇野) 私は北海道のオホーツク地区で有機栽培の玉ねぎを約8ヘクタールの畑で育てています。「UNO ORGANIC FARM 」(外部リンクに移動します)です。歳は今年で42歳。出身は北海道で、中学を卒業してすぐ家業の農業を継いだのですが、その後ちょっと違う仕事もしたりしまして、18歳になる前に「やっぱり農業をやりたい」と戻ってきました。有機農業を始めてもう20年以上は経ちますね。きっかけはテレビで有機栽培の特集をやっているのを見て、そこに出ていた農家の方がとても恰好良く思えたんです。今となってはその彼が誰かも、何をつくっていたのかも全然覚えていないのですが、それから父にお願いして有機農業を始めました。
宇野聡一郎氏
加藤靖崇氏(以下、加藤) 僕は「みなと組 」(外部リンクに移動します)という名前で農業をやっていまして、広島県尾道市の因島という島で夏野菜とハーブをメインに栽培しています。今年27歳になります。もともとは農水省とかJAに入りたくて、大学で農業経済学を専攻していました。というのも小さい頃から、スーパーで売られている野菜がどんな農法で育てられているのか、農薬が使われているのか、いないのか、そういう情報が購買者にはまったくわからない状況への疑問があったんです。進学先を決める時も、「その状況を生み出す農業の枠組みを変えるなら、上から変えた方が早い」という、ちょっと青臭い考えがありました(笑)。ただ、いざ大学に入ると、今度は現場を知らない先生たちに教わる状況に違和感を覚え始めて。まずは自分がゼロから食っていけるまで農業をやってみないと、現場を管理する人間にはなれないという思いが強くなり、大学を中退し、地元の尾道に帰って農業をやることにしました。帰って5年目になりますが、まだまったく食べていける感じではないけれど、すごく楽しく農業に取り組んでいます。
加藤靖崇氏(左)と上原和人氏。「みなと組」はこの二人から成る“アイドル農家”ユニット
富澤堅仁氏(以下、富澤) 熊本の益城町というところでお茶の生産から製造、販売をする「お茶の富澤。」として今年で創業95年、私で4代目となります。現在は日本茶の専門店にカフェを併設した「Greentea.Lab(グリーンティーラボ) 」(外部リンクに移動します)を運営しつつ、昨年3月には、新しくできた阿蘇くまもと空港の新旅客ターミナルビルの3階にティースタンド「Tsuguto.(ツグト )」(外部リンクに移動します)を出店させていただきました。お茶の有機農業をスタートしたのは3年前からで、ちょうど今年、有機認証を取得できる予定です。近年、日本茶の市場はかなり低迷していますが、そもそも「有機栽培ではおいしいお茶がつくれない」と言われてきたんですね。でも私はずっと「そんなことはないんじゃないかな?」と引っかかる気持ちがありまして、私の代になってから有機栽培へのお誘いの声をいただいたり、お客さんからの要望もあって、思い切って切り替えることにしたんです。いまは約5ヘクタールの栽培面積で有機栽培をしています。
富澤堅仁氏
——それぞれ育てられている作物は異なりますが、農業に取り組むうえで一番大切にされていることは何でしょうか?
宇野 基本的に農業は、なかなか努力が実らないことが多いんです。特に北海道は1日の寒暖差が20℃くらいになる日もあり、天候に左右されることも多い。だからなのか、僕は収穫までのプロセスをすごく大切にするタイプの生産者で、収穫量もさほど気にしませんし、「あとはもうなるようになれ」という考えですね。いちばん大変なのは除草作業ですが、基本的にはとにかく丁寧に植えて、ちゃんと収穫できるように、そしてちゃんとお客さまのもとに届くように、というのを一番に考えてやっています。
加藤 結構難しい問いだなと思って一生懸命考えたんですけど、一番大きな最終目標はさっきも少しお話しました、“農業の新しい枠組みを作りたい”なんですね。それがオーガニックなのか、自然農法なのか、慣行農法なのかはそこまで決めていなくて。というのも、農家さんによって自分の農法がたくさんあるんですよね。たとえばオーガニックの農家さんでも、農薬を使う、使わないとか、この肥料はここで使う、使わないとか、100人いればもう100通りの農法があると言えるんです。僕の目標は、「ここでこうすればこうなる」というポイントを押さえた、再現性の高い農法を作っていきたいということ。みなと組では農薬を使わないんですけど、使わない理由は何かとか、最適な肥料の配合とかを毎年探りながら、データを一つひとつ積み上げていくことを大切にしています。本当に手探りなので、進みはすごく遅いですけれど。
富澤 私がつくるお茶は、まぁるく甘い、口に含んだ時に角がなく旨味が広がる味わいを目指していまして、慣行農法のときからずっとそのテーマでつくってきましたが、有機になってもその味づくりは失われないように工夫を凝らしているところです。そこで特に意識していることは土づくりでしょうか。有機の肥料の中でもできるだけ土の中の循環を意識して肥料を入れるようにしていまして、有機を始めて丸3年経った今、茶畑もすごく元気になっています。できるだけ農薬はかけない方向でいきたいのですけど、「いよいよこれでは収穫できないな」というときや、本当に木が弱ってしまったときには、有機の農薬を少量使用する形を取っていますね。ゆくゆくは完全に使用しないようになっていくと思います。あとはもう宇野さんが言われたように、除草ですね。お茶屋なのか、草屋なのか、よくわからなくなるときがあるくらい、草との戦いです(笑)。
宇野 有機栽培って始めるのは簡単ですけど、長く続けるのは本当に難しい。たぶん、その大変さは体験していただかないと想像できないと思うんです。一度草の種を落としてしまうだけで、そこから雑草が湧いて出るように生えるんですよ。取引先の方ですら「草なら取ればいいじゃないですか」「1週間くらいかかるんですか?」とおっしゃることがあるのですが、「いや、すでに1ヵ月ずっと草取ってるんですよ」っていう(笑)。それくらい、大変さが理解されにくいのが有機農業だと思うし、そこが続ける難しさですよね。僕も20年以上やっていますけど、続ける難しさは年々増えていると感じるくらいです。
加藤 僕の場合、農業を始める時点で農薬の知識が全くなかったので、自然と“使わない”選択を取ったんです。除草剤とかも一度も使ったことがないので、そもそも使ううまみも知らないといいますか(笑)。「こういうものなんだ」と思いながら草取りをできるのは、ある意味、経験がないことの良さかもしれないですね。
僕が大変だったことは、条件の良い土地探し。実家も農家ではないので、最初の2年くらいは本当に苦労しました。というのも土地を持っていらっしゃるのは、僕からしたらかなり上の世代の方たち。同世代で相談しあっても全然意味がなくて、そういう上の世代の人たちと知り合うところから作戦が始まる感じだったんです。僕は地元でやるという強みがありましたから、親の知り合いを紹介してもらったり、ラッキーパンチが続いてまとまった土地をゲットできましたけど、地元じゃない人が急に農業を始めようとしたら本当に大変だろうなと思います。
富澤 私は有機栽培に転換する中での苦労がありました。お茶は他の農作物に比べると窒素をものすごく好む植物なんですね。日本人のお茶の評価基準は“旨味の強さ”が評価されやすい傾向がありまして、そこを目指してつくっていくと、有機の肥料でもかなり量を入れなきゃならない。そして有機肥料を入れれば入れるだけお茶はやわくなり、お茶がやわくなると虫が来る。そのバランスを取るのが難しいですね。玉露のお茶なんかは、虫に全部やられてほとんど収穫できないこともありました。
販路もまたそれぞれ、だからこそ大切なのは“どう値付けるか”
——そうした、さまざまな苦労を経て収穫されていると思うのですが、作物の主な販路を教えていただけますか?
宇野 僕の場合は販路のほぼ9割以上が卸売業者でして、その他は飲食店やホテルに卸させていただいています。
加藤 僕は逆に販路のほとんどが飲食店さんで、野菜に関してはほぼ100%ですね。この夏から、個人向けの野菜セット販売などもやってみたいと思っているところです。ハーブティーは卸売りが多くて、飲食店さん向けが3割くらいです。
富澤 うちの販路としては市場やJAは一切介さず、自社で全部さばいています。自社販売での小売りが6割から7割くらい。卸ではさまざまな飲食店さんや、ティースタンドさんに使っていただいていますし、あと仏事系のお茶として使っていただくことが多いですね。
——有機農産物ならではのご苦労があったりするのでしょうか?
宇野 販売先については幸い、もともと農協に出荷していた頃からの販路を引き継いだこともあり苦労というほどのことはないです。オホーツクは日本の玉ねぎの約50%を作っている地区でして、以前は6軒くらい有機栽培の玉ねぎ農家がいて、かなりの面積を占めていたのですが、慣行栽培で大きい玉ねぎを作った方がお金になるのでやめてしまい、農協にも最終的に僕しか残らなくなってしまったんです。そうした経緯もあり、自分の名前で作物を売ってみたいという気持ちも強くなったので、「UNO ORGANIC FARM」として独立することにしました。
加藤 特に最初のころは栽培が下手で収量が安定しなかったので、限られた収穫物の販売先は、ある程度絞ってこちらからお声がけさせてもらう形でした。去年くらいからだいぶ収量も安定してきたので、今まで気にかけてくださった方や、新たに声をかけてくださった方を通じて、販路がどんどん広がってきているところです。
みなと組の2023年の夏野菜セット。こちらのセットにはミニトマト、食用ほおずき、ピーマン、ミニパプリカ、青ナス、その他収穫できたお野菜が含まれた
富澤 基本的には、来ていただいたお客様に対応していく形ですし、先代から付き合いのあるお店も多いんです。また最近はお茶を取り扱いたいという飲食店さんがすごく増えてきていますし、うちのお茶に関してはわりと若年層の皆さんが飲んでくださっているのかなという実感はあります。それはすごくありがたいことですし、まだまだ新しい販路は広げてはいきたいなと思っていますね。
「お茶の富澤。」は、茶工場の近くでカフェ「GreenTea.Lab」を自社運営。「茶だご汁御膳」には自社のお茶が3煎つく
宇野 唯一難しいのが、有機栽培って他の野菜のような(市場である程度価格が定まっている)相場物ではないんですね。適正な値付けがわからないまますごく安値で売ってしまったりして、経営は大変になるし、利益も出ないから後継者もいなくて大変だという話は聞きますね。
炒めもの、煮込み料理、スープやサラダなど、加熱しても生でも美味しいと評判の「UNO ORGANIC FARM」の玉ねぎ。自社オンラインショップ (外部リンクに移動します)からも購入可能
加藤 たしかに、販売で苦労するのは僕も値段だと思います。有機栽培だったり、農薬を使っていないことに対して価値を感じてくれる人を探すかが一番大変かもしれないですね。
——なるほど。皆さんはどのように値段を決められたのでしょうか?
宇野 僕の場合は東京や大阪に行って、店舗で売られている有機玉ねぎの売価を確認しました。そこから逆算して、この小売店は利益を何パーセント必要としているのか、卸はどのくらいなのかを計算しましたね。有機を始めたばかりの何も知らなかった頃は、生産者の利益が一番低くなっていた時期がありました。卸と小売が売りたい価格を読み取りながら、自分で値付けしてお願いをするようになったんです。ただ、値段を上げるということは、その先の利益を奪うことになりますし、売価が上がってしまって店舗で動かなくなると、今度は玉ねぎ市場全体の動きも悪くなってしまう恐れがあります。そうなると結果的に在庫を抱えるリスクになるので、バランスのいいところを想定して交渉する感じですね。
加藤 僕もまさに、近くのオーガニックショップとかちょっとこだわったセレクトショップの店頭を見て、大体このくらいかな、という価格を狙っていく感じです。それ以外の値付けの方法がわからなかったというか。
富澤 お茶は相場があるんですけど、うちはたぶん、一般的な相場よりも3割くらい高く設定していると思います。今はお茶の値段が本当に安いんですよ。「そんな価格じゃ全然やっていけないでしょ?」というくらい安い価格で動いていることが本当に多くて。その現状を変えたい気持ちもあります。
自分らしく、志をもって農業を続け
農業をちゃんと循環できる産業に
——昨今、アグリテックの発展が目まぐるしいですが、有機農業をもっと発展させるために期待しているテクノロジーはありますか。また、今後挑戦したいと考えられていることを教えてください。
宇野 僕はおいしい作物、食べ物というのは、テクノロジーで無理に成長させなくてもおいしくなると思っているので、基本的には今やっていることをずっと続けていきたいなと。でもせっかく農業をやっているので、このまま玉ねぎだけで終わってしまうのはちょっともったいないですし、100種類くらいのいろいろな作物をつくってみたいなとは思いますね。ただ本当に身体が空かないので(笑)、予算が作れて、後継者ができたら新しいことにチャレンジしたいです。
加藤 僕は技術面には疎いのですが、今の農業の最先端である自動運転や自動潅水のような技術は、ある程度の規模感がないとなかなか導入コストが見合わない面があると思います。もちろん農業の新たな枠をつくる意味ではすごく興味はあるんですけど、僕みたいに小さな農家の現実とテクノロジーって、なかなかマッチしていない気がすごくしていて。ヘタしたら耕運機やトラクターじゃ入れない場所にも農地はあったりするので、そういう場所にも合う「小さなテクノロジー」がないものかと、いつも思っています。僕個人のこれからの展望としては、はやく1人でもちゃんと農業で食えるようになり、できれば何人も従業員さんがいるような会社になって、島を代表するような農家さんになることが目標です。
富澤 加藤さんが言われたように、テクノロジーの発展は大切だと私も思います。人の力ももちろん大事ですが、機械で解決できる作業には率先して投資していきたいです。今は本当に「もうお茶農家を続けられない」といってやめられる農家さんが多いんです。後継者不足もありますが、一番は「食っていけないから」なんですよ。食べていけない産業を子どもたちに継がせたくないのは、当たり前の感覚です。このままでは、うちの周りのお茶畑もどんどん耕作されない放棄茶園になってしまうので、その問題にも対処していきたいですね。三年番茶のような新しいお茶づくりに取り組みつつ、販売先を国内だけじゃなく海外にも目を向けたいと考えています。
私は飲食店で「(無料の)お茶ください」という言葉が出なくなるようにしていきたいと思っているんです。お茶づくりって本当にしんどくて、みんなが命を削りながらつくっている。それは他の作物を育てている皆さんも同じだと思うんですけど、それだけ大変な思いをして育てたお茶が無料で出てくるということ自体、ちょっと間違っているなと思うんですよ。なので今、“日本茶有料化計画”という壮大な目標を立てていまして、「タダのお茶なんてないんですよ」ということを全世界に発信していきたいです!
——最後に、同じ有機農家仲間に向けてメッセージをお願いします。
宇野 正直、僕が励まされたいくらいですが(笑)、でも同じような志を持つ仲間が全国にはたくさんいると思うので、自分も含めてみんなが理想を持って、周りに振り回されず足元を見て、しっかり自分らしい農業をしていけたらいいなと願っています。
加藤 本当に宇野さんのおっしゃる通りで。やっぱり僕は、戦後の慣行農法が求めてきた合理化、効率化という振り子はもう限界に達していると思うんですね。その反動でまた戻っていく時代の流れが絶対にあると感じているので、今農業で有機栽培に注目している方達は本当に先見の明があるのではと思っていますし、僕自身もそれを信じて、信念を曲げずにみんなで頑張るしかないよね、というのが率直な思いです。
富澤 今は日本茶業界だけじゃなく、日本の農業全体が危機的な状況じゃないかと思うんです。環境的にも経済的にも、ちゃんと循環できる農業へと向かっていけたら一番嬉しいですね。日本茶業界に携わっている皆さんにとっては、今は本当にどん底での状況だと思うのですけれど、私は「日本茶の未来はいつも明るい」とずっと言い続けてきましたし、状況は必ず良くなると信じています。今がきつい時だからこそ、この先は可能性しかないと本気で私は思っていますので、この状況すらみんなで楽しんで、頑張っていきましょう!
■プロフィール
宇野聡一
北海道北東部・オホーツク地方訓子府(くんねっぷ)で、20年以上に渡り有機栽培の玉ねぎを生産する「UNO ORGANIC FARM」代表。環境負荷を低減し、地球・人・動物に優しい、なにより美味しい玉ねぎをお届けしたいという想いで、日々畑と向き合っている。
UNO ORGANIC FARM (外部サイトに移動します)
加藤靖崇
2人組農家「みなと組」主宰。広島県尾道市出身。台湾にある國立嘉義大學に進学し農業経済学を専攻。帰国後、独学で農業を学び、2019年、中学の同級生である上原和人氏とともに「みなと組」を結成。現在は因島大浜町を拠点に、夏野菜とハーブを中心に無農薬、自家製発酵肥料のみで栽培している。
みなと組(外部サイトに移動します)
富澤堅仁
熊本県上益城郡益城町で栽培・製茶・販売を行なう「お茶の富澤。」の4代目。震災後は地域に残る唯一の茶園となったが、意欲的な茶葉づくりで全国に熊本のお茶の魅力を発信している。人と人、食事とその空間、たくさんの何かを繋ぐ存在としてお茶を考え、お茶屋「Greentea.Lab(グリーンティーラボ)」 (外部サイトに移動します)も運営する。
お茶の富澤。 (外部サイトに移動します)
■スタッフクレジット
編集:舘﨑芳貴(RiCE.press) 文:齋藤春子
■写真提供:各社(UNO ORGANIC FARM/みなと組/お茶の富澤。)