インターホールディングスのCEO 成井五久実氏
インターホールディングスは、発明家から「真空率99.5%(超高真空)を維持する逆止弁」の特許技術を受け継ぎ、それを用いた真空パック製品や技術のライセンス事業を多角的に展開していこうとしているスタートアップ。真空パックは、米などの食料品や牛乳やワインなどの飲料を入れ、真空状態にすることで鮮度を保つ製品で、世界的な課題となっている「フードロス削減」への寄与を目指しています。現在行っている大手企業とのPOC(Proof of Concept/概念実証)、そこから売上をどう伸ばすか、真空パックを応用した梱包資材など多角展開の戦略など「事業のいま」を冒頭でプレゼンし、最後にそのなかで生まれてきたお悩みを参加者に投げかけました。
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「今後の資金調達のために、どのようなKPIを設けるべきか」
社会実装までに時間がかかるディープテックベンチャーとして、事業ごとに大手企業とのPOCは行っているものの、足元の売上、営業利益がついてきていないといいます。これまで、ビジョンは素晴らしいと言われても、出資にまで踏み切れないというVCが多く、次の資金調達に向けて課題を感じているそうです。
そんなお悩みに対してアドバイスしてくれる今回のお助け隊は、日本最大級の技術系VC・リアルテックホールディングズの代表を務める永田暁彦氏、人工光型植物工場を開発するプランテックスの会長・山田眞次郎氏、多ジャンルのスタートアップに投資するインキュベイトファンドの代表パートナー・村田祐介氏の3名。ファシリテーターを担うお世話役は、宮崎県・新富町で循環型の地方創生を推進しているこゆ財団代表理事であり、AIを活用した自動収穫ロボットの開発などを行うAGRISTの代表取締役でもある齋藤潤一氏が務めます。
成井氏のお悩みは解決するのか? どんな気づきが生まれるのか? お悩みピッチ2023がスタートしました。
社会課題を解決しようとするベンチャーだからこそKPIではなくKGIの達成に向けて未来を信じ続けるべき
永田暁彦氏(以下、永田):そもそもまず、KGI(Key Goal Indicator/重要目標達成指標)ではなく、KPI(Key Performance Indicator/重要業績評価指標)がお悩みというのは本質なのでしょうか。これは、ディープテックベンチャーの経営者が陥りやすいワナなんです。絶対に解決すべき課題から議論がスタートするのか、手元にある技術から議論がスタートするのか。成井さんの場合は、後者からスタートしているんじゃないかと感じました。その技術がマッチする市場を探していくと、探せば探すほどにだんだんマーケットが小さくなる傾向になりやすい。会社として強いメッセージを出す場合は、素晴らしい技術がある会社ではなく、大きなイシューを解決し得るところにセンターピンを立てないと、なかなか応援が集まりにくい状況になると思います。
我々ベンチャーは、基本的には何かを実現する前に、人やお金、注目を集めていかなければなりません。つまり、最終的にその会社が目指している世界を信じてくれる人の数が重要なんじゃないかと僕は思っています。
山田眞次郎氏(以下、山田):僕がビジネスをするときに最初に考えることは3つ。第1段階が「なんのためにやるか」、第2段階が「そのために何をするのか」、第3段階が「なぜあなたならできるのか」。そこで、ようやく「この技術があるから私ができるんです」と言えます。
いま技術的にできないことは少ないので、「なんのために」「何をするのか」が明確になれば、大体できるものなんですよね。そこを磨いていけば、自ずと投資をしていただけるようになるのではないかなと思います。
プランテックス 会⻑ ⼭⽥眞次郎氏
村田祐介氏(以下、村田):山田さんもおっしゃる通り、「会社が」ではなくて、なぜ「成井さんが」ということも非常に重要な観点だと思います。「逆止弁」という技術に引かれた理由につながるナラティブ(物語)があり、それを自分ならこう使うという仮説があって事業をスタートされたのではないかと思うんです。でも、そのあたりの話がないままに、「どうやってこれを売るのか」というピッチをされていた印象です。
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3人が口にしたのは、共通してピッチの内容について。成井氏は冒頭で、特許技術をどのようなビジネスモデルで展開していくか、マネタイズ、売上規模の見込みなど、自社製品の数字的な価値について言及していました。
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村田:事前に資料を拝見したときに、「事業承継をした会社なんだな」と思っていたくらいでしたが、今回のピッチを聞くと、割と創業期の会社なのに、数字を追いかけていて、スタートアップというより中小企業のように見えました。
でも、売り上げにひもづくKPIを追いかけるような会社にしたいわけではないはずです。最初の仮説があり、ターゲットに対してどう差し込めているのか、それがいまどういうステージにあるのかを突き詰めていくのが、もともと目指されている会社の姿のような気がします。
それに、フードロス削減を掲げている割には、ビジネスモデルのなかにフードロス削減の話が出てこないなとも感じました。もっとダイレクトにやりたいことを語ってもらったほうがいい。そのうえで何をすべきなのかという議論がしたいですよね。
インキュベイトファンド 代表パートナー 村⽥祐介氏
大切なのは自身の熱量が伝わるか。必要なのは、「技術」と「マーケット」をつなぐ物語
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KPIをどう設定すべきかというお悩みに対して、3名のお助け隊から出てきたのは、このビジネスをなぜ始めたのかという本質を見失っているのではという指摘でした。
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成井五久実氏(以下、成井):「どの課題を解決するか」のわかりにくさはご指摘の通りだと思いました。私のなかで一番は「フードロス」です。例えば、この技術を使えば6割が捨てられていたアフリカのフルーツが世界中に出回るとか、これまで「送ることができなかったものが送れる」というイノベーションを追求していきたいと考えています。もし、私が農家の娘であり、フードロスが共感できる社会課題であるといった原体験の話できれば、もっと想いがうまく伝えられたのかもしれないのですが……。
永田:決して“原体験”が必要なわけではなくて、さきほど、“ナラティブ”と村田さんがおっしゃいましたが、必要なのは、「技術」と「マーケット」をつなぐ物語です。
成井さんの話のなかにもヒントはたくさんあったと思っていて、例えば「アフリカのフルーツは捨てられていて届けられない」という話。途上国のデリバリーにおける最大の問題はコールドチェーンですよね。コールドチェーンをゼロから立ち上げていくときに必要なCAPEX(Capital Expenditure/資本的支出)と、そこに必要な資源投下率を考えたら、食品の保存レベルは8掛けでもコストが5分の1になり、アフリカ中にコールドチェーンの代替となる仕組みをつくれる可能性があるとなれば、ナラティブだと思います。僕もとても応援したい。
成井さんがお話しされていたことのなかに、この事業の未来を信じられる要素は、いろいろ散りばめられていたと思うんです。それをピッチに落とし込めれば、「ナラティブがある」と評価されるのではないでしょうか。
リアルテックホールディングス 代表取締役 永⽥暁彦氏
成井:皆さんには、なんでも丸裸にされてしまいますね……。実は、今回の起業は村田さんがおっしゃっていた通り事業承継の部分が強かったというのが背景にあります。素晴らしい技術をつなげたい、そうした責任を勝手に背負い過ぎていたのかなと思いました。
私自身がこの技術にワクワクした点は、すぐに腐るものが腐らなくなるというイノベーションが、30年間も日本の誰も知らないところに転がっていたということ。もともと、私はメディアやPRの仕事をしていました。日に当たっていなかったものに焦点を当てて輝かせる。それに生きがいを感じてきたので、今後もインターホールディングスでは日本に埋もれている技術や世界を変えたい意思のある人をエンパワーメントし、世界を変えるインパクトに繋がるような、環境価値と経済価値を両立させたビジネス開発をデザインしていきたいと思います。
素晴らしい仲間と素晴らしい技術が手元にあります。課題に対してもう一度向き合ってみて、自分のストーリーラインで会社を率いていけるように仕切り直していきたいと思います。
齋藤潤一氏(以下、齋藤):以前、成井さんとお会いした時、「この真空パック、すごいんですよ!齋藤さん、ぜひこの真空パックを使ってください!」っておっしゃってたんですね。そのときの成井さんはもっとすごい熱量をもって、もっと未来を信じていたんだと思うんですよね。もちろん緊張されていたでしょうし、今回はそのときの良さがあまり出てこなかったなっていうのが、僕の印象でした。
一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 代表理事/AGRIST 代表取締役 齋藤潤一氏
「事業の可能性を信じ愚直に努力していけばいい」お悩みピッチを通じて得られた自信
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成井氏が自身の思いを語り始めると、お助け隊からもその背中を押す、エールが送られました。
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山田:本当に役に立つ技術だと思うんですよ。ですので、永田さんもおっしゃったように、何かひとつに絞って話してくれたほうが良かったですね。じゃあ、それをどうやって実現すればいいのかとなってから「それはみんなで考えましょう」でいいんです。大きな社会課題はひとりで解決できないですから。その糸口を見つけた、ということをうまく説明できればいいんじゃないでしょうか。
村田:僕は起業家としてチャレンジしている人はみんな、応援しています。自分自身が「経営者としてこの会社を、この技術をどういうふうに昇華させたいか」は、事業承継という入口だとしても、「自分が起業した」という目線でやっていけばいいんです。足元の数字をつくるのは重要と思いつつも、もともとこれを引き受けたいと思った何かを大事にして経営されると、納得のいく勝負の仕方になっていくと思いますよ。
永田:成井さんが、最後に“責任”というキーワードを使われたのがすごく印象的でした。正直、投資をした人も技術を渡した人も、起業家にとっては「過去の人」。起業家は、もっと独善的で、前だけを見ていていいんです。もし、責任というものがあるのだとすれば、それはきっと「私には、未来の地球と人類に対して、果たすべき責任がある」というふうに語ったほうがいいんじゃないかなと思います。私たち投資家は、前に進み続ける起業家とともに走り続けたいと思っています。僕もバットを振り続けますので、一緒に頑張りましょう。
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お助け隊からの言葉に、成井氏の目から涙があふれました。後日、成井氏に改めてお悩みピッチの感想を聞きました。
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成井:お悩みピッチ当日は、厳しいフィードバックで心が張り詰めた後、永田さんの“責任”という言葉で改めて自分の頑張りを認めていただいた時に、緊張の糸が切れて涙が出たのだと思います。
いまは原点に立ちかえることのできる、非常にいい機会になったと思っています。その後、永田さんには会社のナラティブについてご相談させていただき、山田さんには施設にご招待いただいて「すごい胆力があるから、きっとうまくいきますよ」と熱いエールをいただきました。
お悩みピッチを通じて、大きな気づきとしては2点ありました。ひとつ目は、目の前の資金調達に一生懸命になるあまり、自分自身のあり方や、解決すべき課題とミッション・ビジョンよりも売り上げに目がいってしまう傾向があるという気づき。ふたつ目は、私自身が資金調達を通じて、会社=自分と同化してしまい、あくまで事業についてのフィードバックを受けているのに、自分自身に自信をなくしてしまっていたことに自覚がなかったことです。自信をなくしてしまっていたことに自覚がなかったことです。
皆さんからフィードバックを受け、一度立ち止まることができたことで、私が思っている、この技術を世界に広めたいという純粋な動機は誰に否定されるものではなく、この事業の可能性を信じ愚直に努力していけばいいと、自信を持ち直すことにつながりました。
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お悩みピッチは、起業家はじめ、すべての経営者たちが、お互いの成長のために手を差し伸べ合う場です。悩みながら日々奮闘している経営者たちの経験、知恵には多くのヒントがあります。ぜひこれまで開催されたお悩みピッチの記事 (外部リンクに移動します)もご覧ください。
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■プロフィール
今回のお悩み人
インターホールディングスCEO
成井五久実
新卒でDeNAに⼊社し、デジタル広告営業を経験。その後、トレンダーズに転職しPR・マーケティングを担当。2016年、株式会社JIONを設⽴し、メディア運営を通して⽴ち上げから1年で事業売却。2022年4⽉より当社に参画し代表取締役社⻑に就任、世界的な社会問題である地球温暖化、フードロス問題の解決に従事する。
お助け隊
リアルテックホールディングス 代表取締役
永⽥暁彦
慶應義塾大学商学部卒業後、独立系プライベート・エクイティファンドに入社。2008年に創業3年目のユーグレナ社に取締役として参画。財務戦略及びIPO体制構築を担い2012年のIPOを実現。IPO後は経営戦略、財務戦略、M&Aに加え、ヘルスケア、エネルギーなどの各事業責任者を歴任し、2023年12月末までCEOとして全事業執行の責任者を務めた。また、2015年には日本最大規模のディープテック特化型ファンド「リアルテックファンド」を設立し、現在も代表としてファンド運営全般を統括している。
プランテックス 会⻑
⼭⽥眞次郎
博⼠(⼯学)/県⽴広島⼤学 MBA客員教授/起業家/株式会社プランテックス取締役会⻑。40歳で株式会社インクスを起業。2007年売上180億円と順調に成⻑するも、リーマンショックの煽りを受けて、2009年⺠事再⽣を申請。60歳で⼀家全員、無職・無⼀⽂となる。2014年千葉⼤学の植物⼯場を⾒て、仲間とともに、株式会社プランテックスを再び起業。 プランテックスは2021年G20でベンチャー⽇本代表の5社に選ばれるまでに急成⻑。
インキュベイトファンド 代表パートナー
村⽥祐介
2003年にエヌ・アイ・エフベンチャーズ株式会社(現:⼤和企業投資株式会社)⼊社。主にネット系スタートアップの投資業務及びファンド組成管理業務に従事。2010年にインキュベイトファンド設⽴、代表パートナー就任。2015年より⼀般社団法⼈⽇本ベンチャーキャピタル協会企画部⻑を兼務。その他ファンドエコシステム委員会委員⻑やLPリレーション部会部会⻑等を歴任。2023年同協会理事就任。Forbes Japan「JAPAN's MIDAS LIST(⽇本で最も影響⼒のあるベンチャー投資家ランキングBEST10)」2017年第1位受賞。
お世話役
一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 代表理事/AGRIST 代表取締役
齋藤潤一
米国シリコンバレーのIT企業でブランディングマネージャーを務めた後、帰国。東日本大震災を機に「ビジネスで地域課題を解決する」を使命に地方の起業家育成を開始。2017年より宮崎県新富町役場が観光協会を解散して設立した一般財団法人こゆ地域づくり推進機構の代表理事に就任。2019年には、AIを活用した自動収穫ロボットの開発などを行うスタートアップAGRISTを立ち上げ、代表を務める。2020年より、お悩みピッチのファシリテーターとして経営者のお悩みを見守り続けている。
■スタッフクレジット
文:中村大輔 編集:千吉良美樹(ハガツサ)、鈴木麻里絵(Forbes JAPAN)