ニーズに応えてマクロビを独学しながらつくった店
1980年代前半は日本の有機農業黎明期と言える。農薬や化学肥料による環境汚染に不安を抱いた人たちが、全国各地で市民団体を結成した時期だった。宮城県仙台市の「おひさまや」も、食品添加物の安全性などについて勉強していたグループの女性2人が1981年に始めた店だ。代表の鴫原幸恵氏は当時27歳。出産後の再就職は難しい時代で、保育士だったが自営の道を選んだ。
仙台駅から徒歩8分ほどの北目町通り沿いにあるおひさまや
「始めた頃は調理法にも疎く、本当に素人でした。最初は肉や魚、乳製品など動物性食品を避けるマクロビオティック(※日本の伝統食や東洋思想を基にした玄米と無農薬・有機栽培の野菜、豆、海藻などを中心にした食事法)ではなく、イワシなど魚も使っていました。お客様からシイタケと昆布でだしをとるマクロビ料理が食べたいと要望があり、日本CI協会(マクロビオティックの普及団体)のDVDを見ながら独学で学びました。毎日お店を開けていましたし、子育てしながらだったので、料理を習いにいく時間がなかったんです。店をやりながらでした」(鴫原幸恵氏、以下同)
当初の客層は、健康意識の高い中高年女性が主だったが、アトピーやアレルギーの深刻な症状を抱えた人たちも全国各地から相談に訪れた。動物性たんぱく質を極力避けるマクロビ食を取り入れ、治療薬への依存を断ち切れた事例があるからだ。体質改善を図りたいという彼らの切実な願いに、鴫原氏は親身に寄り添った。ニーズに応えるうち、メニューはだんだんマクロビ色が濃くなっていったという。
開店2年目からの看板メニュー「おひさまごはん」。「手をかけるというより、野菜が本当においしいのでシンプルに野菜のおいしさを感じてもらう料理にどんどん変化していきました」と鴫原氏。
自身に合った事業規模を知る
店舗での食事提供のほかにも、物販や講座、イベント事業、宅配事業とビジネスは多岐にわたっていった。特に好評だったのは宅配事業で、当時、東京大学理学部助手を経て仙台近郊で有機農家に転身していた三田常義氏夫妻が作る有機栽培の旬野菜をパック詰めにして販売していた。
「商品を軽トラックに載せて地域の団地を巡ると、たくさんの人が出てきて買ってくれました。まだ有機栽培の野菜は珍しかった頃で、売り上げはすごく伸びました」
軽トラックで引き売りをした期間は約1年。その後は御用聞きに転じ、曜日ごとにエリアを決めて野菜を届けた。宅配は好調で、扱う商品の量も物流範囲も拡大するなか、事業を共同経営していた都内の宅配サービス業者から再三にわたって多店舗経営をすすめられた。そして、仙台市青葉区八幡に青果店を開店し、新たに配達スタッフ、店舗スタッフを雇用。過去最高の売上高を記録したという。
「おひさまや」の店舗横には、いまもさまざまなオーガニック食品が並ぶ。
好調に推移する売り上げとは裏腹に、宅配事業は、保育園に通う子どもと家族を抱えながら切り盛りするには過酷な労働だった。3年近く続けたが、心身が追いつかなくなったという。
そんな折、東京で有機農産物の卸を手がける事業者から、「事業を売却してほしい」と申し出を受ける。鴫原氏が「生活との両立が厳しく、今後も宅配を継続するかはわからない」と本音を漏らした新聞記事を読んだのだ。
ちょうど宅配事業を担当していた同僚が仕事を辞めることになり、リソース面でも継続は難しい状況だった。東京の事業者の意思も固く、事業への理解もあったことから、鴫原氏は青果店と全宅配事業の売却を決意する。顧客のニーズに応えるために無我夢中で走り続けていたが、このタイミングで潔く手放し、本店に集中することを決めた。
事業の売却で得た資金で、古くなっていたおひさまやの内装に手を入れ、無理なく経営を続けていくために、店舗のスタッフを減らし、さらにメニューもシンプルにした。余裕をつくったことで、料理教室や月1回のマルシェの開催などの新規事業にチャレンジできたという。
「役に立つ」ために、柔軟に、身軽に変化し続ける
2000年代初頭になると、海外セレブの影響で、マクロビが一躍ブームとなり、SNSの普及により、ビーガン人口が急増する欧米や、就航便のある台湾からの旅行者の来店も増えた。いつのまにか健康意識の高い中高年女性や子育て世代がメインだった客層は若い世代が主流となった。客層は変われど、鴫原氏の寄り添う気持ちは変わらない。国内外から店を目指してやってくる客を温かく迎え入れ、それぞれのニーズに耳を傾けながら柔軟に対応している。
ウッディなインテリアで統一された店内は、どこか懐かしく温かい雰囲気があふれる。
仙台に来たらおひさまやに立ち寄る外国人観光客も多いといい、英語メニューも完備している。
コロナ禍では遠方からの来店は叶わない。そこで、駅に近い店の立地の良さを生かし、閉店後に空間を貸し出してはどうかと考えた。複数の申し出があったが、借り手となったのは、知人でもある門間尚子氏が代表を務める仙台市内の特定非営利活動法人「mia forza(ミア・フォルツァ)」。困難な状況にあるひとり親世帯の親子や女性、子どもを支援している団体だ。
そして、月に一度、学生や社会人のスタッフがひとり親世帯の子どもたちと遊んだり学びをサポートする、子どもの居場所「みあちゃん家」、月3回の学習支援「寺子屋みあちゃん家」、DVや性暴力、いじめ、孤独などの相談も受け付ける女性の夜の居場所「女子のホッとカフェ・mia room(ミア・ルーム)」(毎週木曜日)がスタートした。
閉店後のおひさまやのスペースを貸し出して行われる「みあちゃん家」では、大学生らがひとり親世帯の子どもの学習や遊びをサポートする。(提供:おひさまや)
仙台では東日本大震災のダメージがまだ色濃く、DVなど困難を抱えた女性たちの状況が深刻化しているが、安心して気軽に立ち寄れる場がない。彼女たちがほっと一息つける場所づくりに貢献し、生きづらさを緩和してあげたい——そんな思いから、店にやってくる女性や子どもたちが集う居場所を整えたいという。
「混沌とした世の中で、困難な状況にある女性や子どもたちがいつも変わらずいられることが大事だと思っていますので、場所を整えて、おいしいごはんやお菓子を作って一人ひとりがちゃんと整うためのお役に立ちたい」
「みあちゃん家」「寺子屋みあちゃん家」そして「女子のホッとカフェ・mia room」の参加者には、おひさまやの夕飯や軽食が無料でつく。通い始めてから表情が明るくなる参加者がいることが鴫原氏のやり甲斐だという。
おひさまやは、多様性に配慮した店づくりに励む地域の中小店舗経営者やショップオーナーの挑戦を応援する、アメリカン・エキスプレスの「RISE with SHOP SMALL 2023」B賞の受賞者です。
アメリカン・エキスプレス RISE with SHOP SMALLとは
地域や街、コミュニティの魅力づくりに貢献したい、ビジネスを活性化したいという中小店舗経営者、ショップオーナーの更なる挑戦を、資金や魅力発信のサポートなどを通して応援するプログラム。性別や年齢、障がいの有無、人種や国籍、言語、LGBTQ+など、さまざまなダイバーシティ(多様性)を持つお客さまや従業員の「自分らしさ」を尊重して受け入れる「ALWAYS WELCOME」な店づくりを支援。2023年は、500万円相当の資金支援で応援するA賞(3人が受賞)と100万円相当の資金支援で応援するB賞(5人が受賞)を実施。
委ねる、受け入れることで、より良いバランスに
「何か決断をする時、答えは多分、自分の中にある。疑問が湧いた時は、胸に手を当てて、自分が本当に楽しいと思うものを大切にする。そのことが自分自身をクリアにする」と語る鴫原幸恵氏。「好奇心豊かに、自分の人生を生きるという気持ちが大事」
シングルマザーとして、2人の子どもを育ててきた鴫原氏。コロナ以前は収入を安定させるため、集客を見込んで矢継ぎ早に事業を立ち上げ、営業時間外もほぼ休みなく働き続けていたというが、走り続けた毎日がぱったりと止まった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響は想像以上に大きかったという。新たな試練だったが、鴫原氏にとってはこれまでの経営を見つめ直す時間にもなった。
「個人経営なのでそれまで止まりどころもなかったんです。私はひとりで頑張るタイプで、確定申告も含めて、何十年も自分ひとりでやってきた。でも、会計も数字やパソコンに強いパートさんにまかせるようにしました。そうすることで、時間に余裕もできたし、これからやってみたいと思うことも出てきました。もっと人を頼っていい、委ねていいとわかってきました」
人に委ねること、新しいチャレンジを通じて新しい人たちを受け入れることは、ポストコロナのおひさまやにとっても新たな一歩になる。鴫原氏はそう感じている。
「変化を求めているけど、どう変化したらいいかわからない時に起こったことは、いつも必然だと思っています。自分ひとりでやることには限界がありますから、相手によって自分も変われて、次のステージに進めるのは素晴らしいこと。今回の事業もきっとそういう流れのなかにあります」
今年70歳の鴫原氏。店の今後も「いずれ誰かに譲るタイミングが来る」と、焦ることはなくなった。マクロビに「隠極まって、陽に転ずる」という考え方がある。食材の選び方や調理法などで“隠”と“陽”の両極をバランスよく取り入れる陰陽調和を基本理論とするマクロビと通底するバランス感覚が鴫原氏のキャリアアンカーになっている。
■プロフィール
鴫原幸恵
保育士を経て、仲間とともに1981年、宮城県仙台市にオーガニックレストラン「おひさまや」をオープン。外国人旅行客のほか、著名人もおひさまやを利用。彼らのファンの来店も多いという。オーガニック・マクロビオティックな食材を使った料理教室も開く。
おひさまや (外部リンクに移動します)
■スタッフクレジット
取材・文:岩井光子 写真:榊 水麗 編集:フィガロジャポン編集部