「住む」と「泊まる」をメインストリームに
「食べる」や「働く」をどうデザインするか
——まずはそれぞれの関係性を教えていただけますか?
近藤佑太朗氏(以下、近藤) 日高さんとは、unito創業時からの付き合いですね。「unito CHIYODA」という最初の物件の設計・デザインをしていただきました。4平米くらいのカプセル型の物件なのですが、日高さんのチームが素晴らしいデザインをしてくれましたね。
株式会社Unito(ユニット)代表取締役の近藤佑太朗氏。居住者が外泊をする日は家賃がかからないという新たなサービス「リレント」を提供。写真は「大橋会館」の4階、リレントが導入されたホテルのラウンジスペースにて
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日高海渡氏(以下、日高) unitoをこれからやりたいと言っていた頃からですよね。今では「リレント」として理解されていますけど、“家に帰った日だけ家賃を払う”というシステムを当時聞いた時は、理解できなかったです。ホテルや住宅のお仕事もしていただけに、最初はできない理由の方が浮かんできて。法律の読み方というか、慣習の読み替えみたいなことで、面白い空間ができるんだってわかったのがunitoの仕事をご一緒してからでした。そこから影響を受けて、僕も自分の家の面白い使い方を考えるようになってホームパーティーなどで家を開くようになったんですよ。
住居、ホテル、オフィスなどを幅広く手掛ける建築デザインファーム、株式会社swarm代表取締役の日高海渡氏。他方、自身の住居兼事務所ではホームパーティーが頻繁に開催されており、「ヨヨギノイエ」として知られている
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大谷省悟氏(以下、大谷) 日高さんのことは、「ヨヨギノイエ」って呼ばれている日高さんのホームパーティーに参加している知り合いから聞いていました。近藤さんとは「大橋会館」がはじめましてです。元々この「大橋会館」のプロジェクトは、デベロッパーである東急さんが近藤さんとリレントの物件をやるというところから話が始まっているんですよね。
様々なクリエイティブプロジェクトを手掛ける株式会社301代表取締役の大谷省悟氏。代々木上原にカフェ・バー「No.(ナンバー)」を経営するとともに、同店が入居する複合施設「CABO(カボ)」のディレクションも務めた
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近藤 そうですね、ホテルだった施設をリレント付きのホテルビジネスに変えるというお話があり、東急さんと一緒にやろうというのがスタートです。ただ、ここは全部がホテルではなく、1階は食堂で、2・3階がオフィスという複合施設にするということだったので、それは自分たちだけではできないという認識は東急さんとも共通していて。「住む」と「泊まる」をメインストリームにしながら、そのそばにある「食べる」や「働く」ということも含めてどうデザインしていこうか?ということになったときに、東急のご担当者が、大谷さんを引き入れてくださったという流れがあったと記憶していますね。民泊や共同住宅、旅館業と法的にもけっこう細かい部分が多く、そうした新しい概念を理解できる人がまだ少ない中でしたので、すでにチームでやったこともある日高さんもお誘いしました。
日高 近藤さんが言う通り、規模が大きかったことと、オフィスやホテルといった建築用途の法的な整理の部分が難しかったですよね。さらに複合施設化するという方向の中で、どのような施設を目指せばいいかという課題に対して、大谷さんが入ってくださったことでアイデアをみんなで出し合う形になっていきました。
つくる側の願望ではなく、リアルを追求する
そのために機能を合理的に分離しない
大谷 建物をつくる上で、経済的価値を上げるというのは一般的な開発プロジェクトの中でも考えられる部分だと思うんですけど、そこに文化的価値をいかに乗っけることができるかということが、301が関与する中ですごく大事な部分だろうと思っていました。もちろん、文化的価値だけを求めて儲からなくなってしまうのではいけないので、経済と文化の間での言語翻訳をしながら、そこを突き詰めて進めましたね。
近藤 東急さんはデベロッパーの立場から、いわゆる物件単体ではなく、「大橋会館」という存在が、どう街の中に浸透していって、欲を言えばそこから池尻大橋というエリア自体の価値を上げていけるかという目線で一緒に考えていただきましたね。
日高 このプロジェクトには多くの人が関わっていて、設計が始まる前の段階で、そもそもどういう施設にするか、といった議論を関係者みんなでやりました。けっこうな人数いましたよね? 1階の昔の食堂部分で大きなテーブルを囲って。
大谷 20人ぐらいいましたね。
日高 とにかく全員が当事者意識を持って、みんなでしゃべるというところから始まったのですが、日本で仕事をしているとああいうディスカッションって、なかなか成立しづらいですよね。あの経験はすごくおもしろかったですね。普通の設計業務では、まずファーストアイディアを建築家が持っていって、こういう空間にしませんか?というプレゼンをするところから始まる。でも、大谷さんのディレクションでは、具体的なアイデアとか強いコンセプトをなるべく作らずに、とにかく話し合いを続けて、そこから出てくる必然的なアウトプットを作ろうという。ある意味しんどい部分もありましたが、普通のクライアントと設計者の関係性だけだと、多分発生しないプロセスだと思いました。
大谷 機能を合理的に分離していけば、それぞれの正解は導き出されると思うんですけど、それだと普通の建物になっていくというか、そこに関わっている人たちのユニークネスが発揮できなくなってしまうと考えていました。そこで、「できるだけコンセプトを決めずに」「リアルなことをちゃんと考えておこう」と、とにかくみんなで話し合う時間を持たせてもらいました。こういうプロジェクトでは往々にして、つくる側の願望によってコンセプトやビジョンや計画が作られるものですが、それに対して「それ本当ですか?」「あなたの友人がこの場所を利用しているイメージが湧きますか?」といった質問をひたすらするんです。だから、議論としては白熱するというより、考え込む時間が長い。その沈黙の時間が大事だと思っています。
近藤 僕がその議論の中で気づかされたというか、自分の発言を振り返って大事なポイントだったなというのが、“寛容さ”という言葉でした。例えば、2階のチェックインスペースは、オフィス利用者もホテルのゲストも同じ場所でチェックインをするんですが、それって実は珍しい。それもただの机なので、ホテル受付のようなバックヤードはなくて、スタッフも必要な時に来る。そう話すと丁寧じゃない感じもするじゃないですか。でも、オフィスで働く人もいるし、住む人も、泊まる人もいる中で、互いが互いを許容し合う寛容さというのが、施設全体として大事だなと思っているポイントです。それが実際になぜできているかといえば、オペレーションの部分をうちが責任を持ってやっているからということはあります。基礎の部分はDX化・省人化していて、少人数でもちゃんとできるようになっている。
日高 運用を明快にすることで、その寛容さを担保しているということですよね。だから、コンセプトを決めないというのは、“曖昧”な状態をよしとしているわけではなく、“明快に定義している”という方が近いと思います。多義的であることが安心につながるシステムだと僕は思っていて、色んな使い方ができますという状態に持っていけたのは議論のおかげだったのかなと思います。
大谷 コンセプトを決めた上で各事業者に渡していくと、「コンセプト」というお題に対して気の利いた答えを探すという“コンセプト大喜利”になっていくことって多いと思うんです。本来コンセプトというのは、その先にある“営み”を形にするために、関係者の認識をまとめるためのツールです。使い方を誤ると、みんながコンセプトを見てしまって、その先にある営みを見失ってしまう。自分はそれに対するカウンターをものすごく考えていて、営みという抽象的なものにどういう眼差しをもって向き合えるかというところに時間をかけてやらせてもらいました。
日高 コンセプトが先にあれば、安心できる側面もあります。でも、それなしにどういう議論をしていたかというと、泊まりに来た人は館内のどこまで行けるのか? 1階でコーヒーを買って部屋に持っていっていいのか?とか、すごく具体的な、運営会社同士で話さなければいけない議題です。まさに“営みの議論”は、館側、大橋会館チーム側の関係性も構築しましたし、それに応じて、どういう空間が必要になるかといった現場に直結する話も発生します。僕も普段から設計をするときに、あんまり建築にコンセプトを作らない派なんです。僕は“振る舞い”という言葉を使うんですけど、“営み”と近しいですよね。みんな営みをベースに議論して、相互理解する。「一緒につくり上げないといけない」という流れになって、最終的に“寛容さ”という言葉が出た。大きいコンセプトがなかったからこそだな、と思う部分ですね。
大谷 話の内容はむしろ超リアルなんです。「それって誰ですか?」ってよく言っていました。
日高 「どんな服着てそうな人ですか?」くらいの話してましたよね。
近藤 大谷さんが見せてくれた「体験マップ」みたいなの、すごくよかったですね。働く人や泊まる人が、一日をどこでどうすごすかという一覧表みたいなもの。
大谷 そうやって見ていくと、こことここは事業者同士で話した方がいいよねっていうことがわかるという。
——どのくらいの期間、議論を続けられたのでしょうか。
大谷 隔週で集まって、半年近くやりましたね。結局開業前年の、2022年いっぱいぐらいまでやってましたね。形にする立場の人はヒヤヒヤだったと思います。
近藤 事業者が一番ヒヤヒヤしますよ。東急さんの社内には多分、大丈夫か?っていう空気もあったと思いますよ。
——考え方としては、全体で考えるというプロセスを踏むことで、同じイメージをもって進められることになるので、結果的に早く、スムーズになるということですよね。
大谷 時間をかける理由はそうなりますね。最初に手間暇かけて関係性をつくるっていうのは、一見効率が悪そうに見えるのですが、建物が立ち上がってからほどなくして“賞味期限”がすぐ切れて、そのあとはキャンペーンを打って盛り上げていくというほうが大変です。中の人たちが、こういう企画やりたいよね、というように、自発的に行動やコンテンツが生まれるという状況をつくっていくほうが、実際はトータルで効率がいいと思っています。
再現性のあるプロジェクトとして
大橋会館からひろがっていく新たな可能性
——最後に、これからの「大橋会館」に期待するところを教えてください。
近藤 僕は二つあると思っています。一つは、これをどう再現性あるプロジェクトにして他の都市に展開していくか。弊社では、街のフラッグシップになるような施設を他に3、4棟くらいつくっています。「大橋会館」での学びとか、ここの空気感がどうやってつくられているかも含めて、そのいい部分を広めていきたいなと思っています。そうなった後に、今度は面で、それぞれのフラッグシップの点だけじゃなくて、いかに都市と都市を繋げていくかということも考えていきたいです。
二つ目が、この「大橋会館」のプロジェクト自体を金融商品として認めてもらうということです。色々なプレイヤーが関わることによって、より高付加価値な物件ができますよという。特に地方では関係人口を増やさないと、やっていけないところが多いので、日本にとってもいいことだと言えるんです。ビジネスとして、高利回りな物件として成立させられるか否かというのが大きなミッションです。
大谷 それは単一企業じゃなくて、コンプレックス化することで価値が増幅しますよっていうこと?
近藤 そうです。すでに、オフィスがホテルとレストランの間に入っていたほうが、坪単価が上がるというロジックが成立する施設はけっこうあるんです。お客さんが定まってきたら動機を調査して、よりビジネスにつなげることができる。そうすれば最初に予算もかけられるということになりますよね。こうした取り組みがパフォーマンスではなく、ビジネスとして増えていくためにも再現性は大事だなと思います。
日高 僕は空間という目線で話すと、「大橋会館」が今後どういう変化をしていくのかすごく気になっています。空間には大きく分けて二つあって、変わるのがよしとされてる空間と、変わらないほうがいい空間があります。ホテルは、一般的には後者です。いつ行っても、同じクオリティの空間が確保されている。反対に住宅は、住んでいくうちに味が出てくる。「大橋会館」のホテルレジデンスは、ホテルであり住宅でもあるので、そこに矛盾がまずあるんです。今後変わる方向に傾くのか、あるいは逆に変わらないのか、今まで我々が議論してきた寛容さがどっちに振れて、数年後はどういう空間になっていくのかが楽しみなんです。どちらがいい悪いということではないのですが、その経過を館全体で見ていけるということに、設計士としては、すごく興味があります。
大谷 面白いですね。うちも「No.(ナンバー)」をつくるとき、一番最初に考えたのは“日常と非日常のバランス”でした。つまり日常感がないと安心できないけれど、非日常がないと飽きてしまうというという考え方で、お店づくりでは日常8割:非日常2割を意識しました。でも、時代に対するチューニングもあるし、シーンに対するチューニングもあるので、日常と非日常の割合は同じ場所であっても変化していくものとして捉えてもいいのかもしれない、と日高さんのお話を聞いて思いましたね。
最後に、僕が期待することについてですが、近藤さんのお話にもありましたが、やっぱり再現性だと思うんですよね。一つやって終わりだと、「あのチームだからできたよね」となってしまうので、再現性ということにはとてもフォーカスしています。自分たちの施設でも他の仕事でも、色んなパターンを検証しています。投資してくれる人が出たときに、経済的価値だけでなくソフト面や文化的価値を両立した施設を、どう再現性を持ってつくるのか、というのは重要な議論だと思っています。ちゃんとロジック化して説明していくことや、「できるんだよ」ということを機会があればちゃんと伝えていきたい。そして、こういう事例が、うちが関わっていてもいなくても、増えていくといいなと思っています。
■プロフィール
大谷省悟
デザインから施設の立ち上げまで様々なクリエイティブプロジェクトを手掛ける株式会社301の代表。同社のオフィスとしての役割も兼ねたカフェバー「No.(ナンバー)」を2019年、代々木上原にオープン。2023年6月に同エリア開業した住職遊は複合した施設「CABO」内に移転オープン。建築、まちづくりのプロジェクトに参画し、新しいコミュニティーと空間づくりを目指している。
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近藤佑太朗
1994年、東京生まれ。幼少期の3年半、父の仕事の都合上、東ヨーロッパのルーマニアで育つ。大学1年次、国際交流を軸に活動する学生団体 NEIGHBORを設立。明治学院大学経営学部国際経営学科卒業。クロアチアのビジネススクールZSEMで観光学を学ぶ。帰国後、複数の旅行系スタートアップで修行し起業。株式会社Unitoの創業者兼代表取締役。東京を中心に1,200室以上の外泊するほど家賃が安くなるサブスク住居「unito」を展開。新しい暮らし創出協議会主幹、⼀般社団法⼈シェアリングエコノミー協会幹事。世界起業家団体EO Tokyo Central GSEA推進担当理事。
株式会社 Unito(外部サイトに移動します)
日高海渡
東京工業大学大学院建築学専攻修了。アトリエ・ワン勤務後、独立し日高海渡建築設計を設立。同時に東京工業大学大学院塚本研究室博士課程在籍。個人で活動しながら株式会社ツクルバにてパートナーデザイナーとして空間設計を複数担当。その後、戸井田哲郎とHaT architectsを共同設立、複数の空間設計のプロジェクトを手がける。事業拡大に伴い、2019年5月に株式会社swarmを創業。代表取締役に就任。
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■スタッフクレジット
取材・文:舘﨑芳貴(RiCE.press)写真:島津美沙