古民家再生事業は地域活性化の鍵になる
−藤原さんの経歴について教えてください。
丹波篠山で生まれ育ったのですが、大学進学時に地元を離れ、卒業後はエンジニアとしてITベンチャーに就職し、東京や大阪でキャリアを重ねてきました。もともとは田舎が嫌で出ていったのですが、都会で働いているうちに故郷の良さがよく見えるようになり、丹波篠山の魅力をもっと多くの人に知ってもらいたいと思うように。丹波篠山は歴史のある城下町で、素晴らしい文化や歴史的な建物、おいしい食までが揃っています。それなのに当時は観光客も増えず、まち自体も寂れてしまっているような状況でした。そうした故郷の状況に危機感を持っていたことに加え、2007年に勤めていた会社が上場するなど私自身にも環境の変化があり、篠山に戻って事業を始めることに決めました。
まずは篠山で実現できそうな事業の計画を立て、地元の経営者に相談したところ、紹介してもらったのが立ち上がったばかりの一般社団法人ノオトの代表の方でした。“まちづくり”を通じて篠山を再生させたい。そんな思いを共有していたことから話が盛り上がり、ノオトの活動に参加することにしました。
当時は人口減少によって小学校が廃校になったり、高齢化が進んで空き家が増えたり、そうした地域の課題を解決するために、特産品のPRや婚活イベント、レンタサイクルの設置まで、あらゆる活動を行なっていました。そうした活動のひとつとして、篠山の農村エリアの古民家を再生した一棟貸しの宿を2009年にオープンしたんです。
もともとは限界集落の再生を目指したプロジェクト。借り受けた空き家に手を入れて、集落名に由来する「集落丸山」という名を付け、自治体や地域の人にも協力してもらいながら、開業準備や運営などはすべて自分たちで行いました。メンバーに宿泊業のプロがおらず苦労もたくさんありましたが、この事業が「集落の住民となり、暮らすように泊まる」という発想の出発点となり、古民家再生事業が地域にもたらす経済効果への気付きにもなりました。
空き家となっている古民家を再生するには、まず改修の部分で地域の大工さんや建具屋さんなどに仕事がまわり、経済的な面だけでなく技術の継承にも良い影響が与えられます。加えて、外から宿泊客を呼ぶことが地域の副次的な経済効果に繋がっていく。そうして地域が潤ってくると、まちづくり事業に関わる人も増え、地域がどんどん元気になっていきます。古民家の活用はまちづくりの鍵になる。「集落丸山」でそんな手応えを感じたことから、その後も篠山で古民家を改修し、店舗をやりたい若手事業者を誘致するなど、古民家再生を通じて地域を活性化するための取り組みを重ねていきました。
まち全体をひとつのホテルとしてとらえる「NIPPONIA」ブランドの起点ともなった「集落丸山」。
ボランティアではなく、ビジネスとしての地域創生を
――現在は「NIPPONIA」というブランドを確立し、全国で30ヶ所を超える宿泊施設を展開されていますが、事業を拡大していくなかで経験した、ターニングポイントについて教えてください。
「まちづくり」や「まちおこし」には、行政やNPOが主導する社会的な活動というイメージがあり、当時は職業というよりもボランティアという感覚を持つ人が大半でした。一般社団法人ノオトとしての活動も、当初はボランティアとして参加してくれるメンバーのおかげで成り立っていた部分もあり、このままでは継続して事業を続けられないだろうと感じていました。まちづくりを事業として継続させていくためには、関わる人がきちんと対価を得ながら、地域の活性化に貢献していく仕組みが重要になる。そう考えて実践と模索を続けていたところ、兵庫県朝来市が所有する歴史ある酒造場の活用を任せてもらえることになり、そこで初めて商業施設開発などに用いられるアセットマネジメントの手法を取り入れました。
事業・収支計画を立てて投資家や金融機関から出資や融資を引き出し、必要なところはプロの力を借りながら施設の運営を行なっていく。そこで自治体からの支援に頼らない事業スキームを構築できたことが、ひとつのターニングポイントになりました。そしてもうひとつのターニングポイントになったのが、2015年に開業した分散型ホテル「篠山城下町ホテルNIPPONIA」です。こちらでは地域経済活性化支援機構(REVIC)が関連するファンドを利用し、ほとんど民間の資金で事業を軌道に乗せることができました。
そもそも従来の古民家再生事業では金融機関などからの資金調達が難しかったのですが、ノオトでは、古民家の価値や事業計画をきちんと提示することで、適切な投資を呼び込み、事業をきちんと継続させることで投資する価値があることを証明したわけです。そこからほかの自治体や金融機関などから多くの相談を受けるようになりました。そして、2016年に株式会社NOTEを立ち上げました。一般社団法人ノオトでは篠山のまちづくりや人材育成など公益的な事業を行うのに対し、株式会社NOTEでは古民家・集落再生のマネジメントやブランディング、コンサルティングを全国で展開し、そうした事業を通じて得た知見を篠山のまちづくりに生かすといった循環も生み出しています。
―ターニングポイントのひとつとなった「NIPPONIA」ですが、この名称にはどのような思いが込められているのですか?
日本の象徴とされるトキの学名である「ニッポニア・ニッポン」から取りました。トキも古民家や各地の文化も日本の大切な宝物であり、守らなければ失われてしまいます。私たちがなぜ限界集落や古民家の再生を行うのかというと、それぞれの村が元気だった頃の姿をできる限り再現して現代の人々に知ってもらうと同時に、村の伝統や文化を未来に繋げていきたいから。もともと八百万の神の国である日本では、お祭りや食べ物、風習など、各地域で多種多様な文化が見られます。それぞれの村で守られてきた伝統や文化、普段の暮らしこそがオンリーワンの魅力であり、それをそのまま体験してもらうことこそが、観光業としての新たな魅力にも繋がるのではないかと考えたのです。
有名なホテルなどに宿泊すればどこでも最高のサービスが受けられますが、「NIPPONIA」の場合はそうではありません。「NIPPONIA」が伝えたいのは、地域で大切に守られてきた文化やありのままの人々の暮らし。場所が違えばまったく異なる体験ができますし、建物にしても港町なら煉瓦造りのものが多かったり、豪雪地帯なら玄関が2階についていたり、各地域の特色を楽しんでもらえます。
古民家を活用したNIPPONIAの宿泊施設。一棟貸切スタイルの客室もあり、まちの歴史と暮らしとを体験できる。
地域の課題を地域の人たち自身で解決し続けられる仕組みをつくる
――事業の継続のためには地域の方々の協力が必要不可欠かと思いますが、どのように協力体制を築かれたのでしょうか?
事業の継続性という点でいえば、地域の人に主体性を持ってもらうことが重要だと思います。「地域の課題を解決するための事業」といっても、地域の課題がひとつだけと思っていたら大間違いで、ひとつの課題を解決しても、その奥にまた違った課題が見てくることがほとんどです。大切なのは、次々に立ち現れてくる課題の解決に向けて、定常的にチャレンジできる仕組みをつくること。そこで「NIPPONIA」では、すべての拠点で地域の人たちが主役となった法人を設立し、その法人が継続的な開発を担います。
地域に古民家などを所有する地元の名士さんだったり、我々のセミナーに積極的に参加してくれる若者だったり、自分たちが住む地域を再生したいと考えている人たちが乗り合うバスを私たちが用意するようなイメージ。そうして行政や金融機関も巻き込みながら、外から見た地域の魅力を磨き上げるブランディングや、資金調達のための事業計画の作成、開業準備などを支援し、地域の人たちがきちんとバスを運転できるようになるまで伴走します。私たちは開発のお手伝いはしますが、あくまでも事業の主体を担うのは地域の皆さん。地域に根ざした人々が主体的に動くからこそ事業に魂が宿り、次々に出てくる課題に対しても何とかして解決しようという意識や動きが生まれるのです。
また、地域で何かするうえでは「合意形成が大切」とも言われますが、実はそれ以上に意思決定が重要になります。まちづくり事業では、地域の人々の合意形成の時点で躓いてしまうことがよくありますが、法人であれば法人としての意思決定でプロジェクトを進めることができます。田舎の人は新しい取り組みや外部の人に警戒心を抱くなど、閉鎖的な部分がありますが、だからこそ伝統や文化が守られているという側面もあります。私たちが丹波篠山で手掛けてきたプロジェクトでも、最初はなかなか理解が得られないこともありました。とはいえ、自分たちが昔からよく知っている家に誰かが喜んで泊まっていたり、外から人が来るようになって地域が元気になっていく様子を見たりしているうちに、ほとんどの人が応援する側にまわってくれました。地域で協力者を増やすには、とにかく活動をスタートさせてその成果を見せることが大切。そのためのスピーディな意思決定を行ううえでも、各地域に法人を置くことが重要だと考えています。
地域で守られてきた大切な“宝”を未来に繋ぐために
株式会社NOTE代表 藤原岳史氏
―今後、どのようなことに挑戦されたいと考えていらっしゃいますか。
いまは各地域の人々や事業者さんと組んで宿泊施設やレストランなどの開発や運営を行なっていますが、今後はさらに領域を広げ、「NIPPONIA」を地域創生のインフラを支える運動として広げていきたいと考えています。そのための最初のステップとして、各地の「NIPPONIA」に宿泊してくださる方たちを、それぞれの地域での持続可能な再生事業に巻き込んでいくような、参加型の取り組みを進めていきます。
さらにその先には、宿泊だけでなく中長期的な滞在や地域での就業支援、まちづくりが学べるカレッジのような展開も見据えています。建設業に関わる人や金融が得意な人など、さまざまな得意を持ちながら「まちづくり」に興味がある人がカレッジに集えば、日本の地域再生にとっても大きな力となるはず。従来の事業に加えて今後はそうした新しいチャレンジも行いながら、「地域の文化や営みを100年先に繋ぐ」という我々のミッションを果たしていきたいと考えています。
―最後に、地域に良い影響を与えたいと努力されている経営者の方々などに向けて、メッセージをお願いします。
現在の日本では、人口減少により多くの地域が過疎化により消滅の危機機を迎えています。でもよくよく考えてみると、江戸時代の日本にはいまの人口の約4分の1に過ぎない3000万人しか住んでいませんでした。それだけの人しかいなかった当時、すでに存在していた村や集落には、人々がそこに住むだけの理由があったはずです。美味しい農作物が育つ肥沃な大地だったり、自然災害が少ないことだったり、あるいは不思議な伝承が集落の成り立ちのベースになっているかもしれません。地域のために何か事業を行うには、そうした各地域のストーリーや地域で何が大切に守られてきたのかといったことを、きちんととらまえることから出発することが大切になります。
江戸時代から村や集落としてあった場所には、必ず魅力的なストーリーや文化があり、再生もできるというのが私たちの考え。旅慣れた日本人はもちろん、海外から日本に来る観光客の中にも、日本の村々に伝わる暮らしや精神性に興味を持つ人はたくさんいます。しかし、まだまだそこにアクセスする手段は限定的ですし、逆に言えば事業としても地域再生の糸口としても大きなポテンシャルがあります。地域のために事業を起こしたいと考えたなら諦めずに挑戦してもらいたいですし、もし高い壁に当たったときにはぜひ私たちに相談してもらえればと思います。
■プロフィール
藤原岳史(ふじわら たけし)
株式会社NOTE 代表取締役/一般社団法人ノオト代表理事
1974年兵庫県生まれ。東亜大学工学部卒業。食品会社に勤務後、米国マンハッタンカレッジに1年間留学し、情報システムを学ぶ。2001年より東京・大阪のIT企業に勤務し、マーケティングやコンサルティングに携わる。2009年、地元の丹波篠山に戻り、一般社団法人ノオトに参加。2016年、ノオトの理事を務めながら株式会社NOTEを創業。以降、「篠山城下町ホテルNIPPONIA」を皮切りに、北海道から沖縄まで全国32地域、177棟の「NIPPONIA」ブランドの宿泊施設などを手掛ける。
■スタッフクレジット
記事:西田嘉孝 写真:張田亜美 編集:フィガロジャポン編集部