事業や商品への“共感”からなら、事業に見合うサイズ感の資金調達はできる
もともとは「自分の思い描く音楽を作るため、大手のレコード会社に頼らずCDをリリースしたい」という個々のミュージシャンのため、制作費用などの資金を集めるためにスタートしたミュージックセキュリティーズ株式会社。個人から小口の資金を集めてミュージシャンの創作活動を支援する方法を、その後は地方の酒造メーカーや地元の特産品などにも広げ、2009年に「セキュリテ 」(外部サイトに移動します)を立ち上げました。
「『セキュリテ』はインターネットを通して全国の出資者から“資本性資金”を調達できるインパクト投資プラットフォーム。事業に共感する出資者からの資金調達が可能になることで、ビジネスという経済的価値だけでなく、社会起業など社会的価値をも同時に追求することができる仕組みです」
そう話す杉山氏は、バングラデシュのグラミン銀行や国際協力銀行で金融の仕組みやマイクロファイナンスを学んだ後、ミュージックセキュリティーズに入社。「セキュリテ」の立ち上げにも関わり、現在は同プラットフォームを利用する事業者の窓口としての対応や、ファンドの組成などを担当しています。
一般的なクラウドファンディングと「セキュリテ」が大きく違うのは、前者が新しい商品の先行予約販売などを行う「購入型」なのに対して、後者が金融機関から受ける融資や株式投資に近い「投資型」であること。
「行政からの補助金や銀行からの融資、ベンチャーキャピタルのエクイティ投資をはじめ、いろいろな資金調達方法はあるものの、たとえばスモールショップのオーナーさんなどの小規模事業者の方々が、それぞれの事業の適正なサイズ感に見合うリスクマネーの形で事業資金を調達する方法は日本にほとんど存在しません。『セキュリテ』はそうした課題感から私たちが立ち上げたもの。いわば事業を行う方たちが新たなチャレンジをする際に取るリスクをみんなで分散し、成功すればそのリターンを分かち合う。利回りを追うのではなく、事業や商品、ショップオーナーさんへの共感や、“応援したい”という気持ちが出資の大きな動機となるのが特徴です」(杉山氏)
資金調達と応援してくれる仲間づくりを同時に実現するカギは、リスクを取ってチャレンジできるか
プラットフォームの会員になれば、誰もが出資者になれる「セキュリテ」。開設から現在まですでに640以上の事業者が利用し、ファンド本数は約990本、約14万人の会員がおり、ファンドの募集総額は119億円を超えています。
実際に「セキュリテ」のサイトを見てみると、チョコレート店やワイナリー、アウトドアブランドやホテルなど、業種も規模もさまざまな事業者がそれぞれに魅力的なファンドを組み、資金の調達に挑戦中。商品やサービスの魅力を伝えるページに加え、事業計画や分配シミュレーションといったファンド情報が、出資者にわかりやすく明記されています。
「個人の方からの小口の出資を募るクラウドファンディング型の資金調達では、事業に共感した出資者の方々が“応援団”になってくれることが大きなメリットです。出資者はともに事業を成長させる仲間でもあり、商品を継続的に購入してくれたり、口コミで宣伝してくれたりもします。特に、商品などを販売するBtoCの事業は個人の出資者の方から資金を集めやすく、資金とファンを同時に集めることに成功している事業者さんも『セキュリテ』では数多くいらっしゃいます」
そう話す杉山氏に、クラウドファンディング型の資金調達に成功するポイントを聞くと、「ショップオーナーの本気や熱意が伝わること」と教えてくれました。
「オーナーさん自身がリスクを取って、本気でチャレンジしているかどうかが伝わることが大切です。また、商品自体の魅力はもちろんですが、その事業を通じて誰かや社会の役に立ちたいという思いなど、社会貢献に繋がるような事業も応援してもらいやすいと思います。たとえば最近も、年商1000万円に満たないお菓子屋さんが、新しい店をオープンするための500万円の資金調達に成功されました。そうした本気度や思い、商品の魅力さえ伝われば、小さなショップオーナーさんでもチャレンジできる環境が『投資型クラウドファンディング』にはあるんです」(杉山氏)
本気で事業を成長させ、継続してほしいからこそ、事業計画書作成を支援する
また、資金調達と応援団集めに加え、スモールショップのオーナーやスモールビジネスのオーナーが「セキュリテ」を活用するもう一つの大きなメリットが、きちんとした事業計画書の作成です。
「もちろん目指すのはきちんと出資者にリターンを出すこと。そのためにもファンドを組みたいという事業者のみなさんには事前に事業計画書を作成してもらい、会計士や中小企業診断士がその内容を審査します。そこで内容に問題があれば、専門家が様々なアドバイスをして事業計画書や決算書のブラッシュアップをお手伝いします。スモールビジネスのオーナーさんにとって、きちんとした事業計画書を作成するのは実は大変です。しかし、これを行うことで自らの事業を見直すことができ、事業を継続させていくための力がとても強化されるんです」(杉山氏)
自身が行うビジネスや未来に向けたビジョンを外部にきちんと説明できるかどうかは、ビジネスの規模に関係なく、とても大切なこと。事業の基盤固めや将来的な成長にも繋がる事業計画書を専門家の目で点検してもらえることは、実際に『セキュリテ』を活用する事業者からも大きなメリットとして受け止められています。
「セキュリテ」の立ち上げから14年、日本にスモールビジネスを支援する同様のファンドがまだ増えることはありません。「だからこそ、私たちが世の中に必要だと思っているこの仕組みを、全国により広げていきたい」と、杉山氏は力強く話します。
「銀行からの融資などとは違い、私たちは過去を見る決算書よりも、未来を描く事業計画を重視しています。必要な資金と応援してくれる仲間を同時に手に入れるために、全国のスモールショップのオーナーさんやスモールビジネスのオーナーさんとぜひ一緒にチャレンジしていきたいですね」(杉山氏)
資金調達だけでなく事業を支えてくれる“応援団づくり”にも活用できるクラウドファンディング。個人経営のショップオーナーが上手に活用すれば、事業の可能性はより大きく広がっていきそうです。
■プロフィール
杉山章子
ミュージックセキュリティーズ株式会社セキュリテ事業部サステナビリティ担当
1977年生まれ。国際基督教大学卒業。米国・コロンビア大学国際公共政策大学院修了。国際協力銀行を経て、日本初のマイクロファイナンスファンドをつくるため、2009年にマイクロ投資プラットフォーム「セキュリテ」を立ち上げたミュージックセキュリティーズ株式会社に入社。東日本大震災で被災した38社の「被災地応援ファンド」を担当し、被災地の事業支援を行うなど、スモールビジネスを「投資型クラウドファンディング」で支援する日本における立役者として知られる。組成営業、運営、監査、広報、マーケティングなどファンドに関する幅広い業務を担当。2013年の西日本支社開設時から4年間、西日本支社長を務めたほか、執行役員や取締役も歴任。現在は国内外のファンド組成の他、ファンドの社会的リターン指標の策定や評価にも取り組む。
■スタッフクレジット
記事:西田嘉孝 写真:遠藤宏 編集:ニューズウィーク日本版