自身の出産経験が起業のきっかけに
──まずは、簡単に自己紹介をお願いします。また、NPO法人マドレボニータを立ち上げたきっかけについて教えてください。
私は2008年に女性の産後ケアの活動をおこなうNPO法人マドレボニータを創業して、現在はシングルマザーのセルフケアに関するサービスを提供するNPO法人シングルマザーズシスターフッドの代表を務めています。マドレボニータを創業する前は、大学院で運動生理学の研究をしていました。その大学院時代に妊娠と出産を経験し、シングルマザーとして育児をしてきました。妊娠時を振り返ると、我ながら「すごく優秀な妊婦」だったと思います。毎日3時間ぐらい歩いたり、マタニティヨガをやったり、食事に気をつけたり、とにかく妊婦として健康な生活を意識していました。
ただ盲点だったのが、出産後にどれだけ自分の体にダメージが残るのかを知らなかったこと。本当はリハビリが必要な状態なのに提供されることもなく、「こんなダメージの残った状態で育児を始めるのか……」と衝撃を受けました。当時は「産後うつ」という言葉すらなく、世間にも「お母さんになればそんなもの」といった雰囲気が漂っていました。
そこで、出産後の体をケアする方法を自分なりに研究して、実践しはじめました。「この問題に悩んでいるのは私だけじゃない」と感じたこともあり、出産して半年後には産後の女性向けのフィットネス教室を初めて開催しました。それがマドレボニータの始まりです。きっかけは「自分が救われたい」という思いでした。
──NPO法人としての設立を選んだ理由は?
最初はすごく小規模に教室を開いていたのですが、そのうち参加者のなかから「自分もインストラクターになりたい」という人が出てきました。当時の参加者は専業主婦の方がほとんどで、復職するにしても会社で子育てをしながら働く体制があまり整っていませんでした。ですから、私のように日中に仕事ができて、しかもそれが産後の女性に役立つことならやってみたいと考える方が増えてきたんです。
マドレボニータでの教室の様子
2000年ごろからブログで少しずつ活動について発信をしはじめたのですが、「私も同じ問題について考えていた」とか「自分の住む地域にもこんな教室がほしい」といったお声をいただいたんです。わざわざ遠方から来る方もいらっしゃいました。であれば、認定制度を設けて、インストラクターを養成して、どこにでも産後フィットネスの先生がいる環境を作ろうと思いました。そこで法人化を決め、インストラクターの養成・認定制度を作りました。
NPO法人の形態を選んだのは、産後女性のケアは「お金を払える人だけが受けられるサービス」であってはならない、母子手帳が母親となったすべての人に配られるように、すべての産後女性がケアを受ける機会を得られるような活動をしていきたいと思い、公共性が高いと判断したことからです。
母親であるからこそ必要となる、一人の人間としてのケアを
──活動をされている中で意識されていたことはありますか?
インストラクターや運営スタッフのあいだで、「参加してくれる女性のことを『ママ』と呼ばない」というルールは徹底していました。保険センターなどでは赤ちゃんの歯の磨き方や離乳食の作り方講座など、育児のためのサービスは多い。でも、当時は母親のケアにフォーカスしたものはなくて、「誰かのお母さん」という扱いになってしまっていました。ですから、マドレボニータの教室に来た方から「(母親になって)初めて一人の人間として扱ってもらえる場に来ました」という声をいただいたこともありました。
あとは、私たちの教室ではおむつ替えのスペースを中央に設けて、その周りで皆が運動できるような環境にしました。赤ちゃんを泣かせっぱなしにすることなく、すぐに抱っこやおむつ替えができるようにする。産後女性の人権を大事にできる場所を作るというのは常に大事にしてきました。
──コロナ禍の間にマドレボニータの代表を退き、新たにNPO法人シングルマザーズシスターフッドを立ち上げられました。この経緯について聞かせてください。
私自身もシングルマザーだった経験があり、母親たちが集まる場所でシングルマザーが孤独感を覚えることがあることを実感していました。ですから、シングルマザーだけが集まれる場所を作りたいとは、前々から考えていたんです。
マドレボニータでは、ひとり親や多胎児、障がいをもつ児の母など、よりサポートを必要とする母親たちにセルフケア教室の受講料を全額補助する「産後ケアバトン制度」を設けています。この制度は、支援が必要な母親への寄付金を募るために2011年に創設した「マドレ基金」によって成り立っています。
コロナ禍では、こうした産後ケア教室がすべて閉鎖となり、産後ケアバトン制度もストップしていました。その頃、多くのひとり親家庭が家事育児の増加や孤立といった困難に直面していたことから、マドレ基金を通じてひとり親のためにいただいた寄付を活用し、シングルマザーを対象としたセルフケア講座をオンラインで開始しました。当初は短期間の開催で終えるつもりだったのですが、日本で一番大きなシングルマザーの支援団体「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」のメルマガで拡散いただいたところ、1週間で100件ほどの申し込みを全国からいただきました。それで「この活動はもっと続けないとダメだ」とニーズを改めて認識しました。
助成金なども活用しながら一年ぐらい活動を続けていたのですが、もはや「産後ケア」の範疇を超えていることに気がつきました。マドレボニータの事業の一つとして続けるには問題が大きすぎると感じ、新たに団体を立ち上げることに決めました。
ちょうど息子が就職し、独立したタイミングでした。もう自分は産後女性でもないし、子育てをする女性でもない。マドレボニータの活動は現役の子育て世代の方々に引き継いだほうがいいと思ったんです。
──シングルマザーズシスターフッドの活動を通して目指されていることはどのようなことですか?
シングルマザーズシスターフッドの教室に訪れる方の多くが「自分以外のシングルマザーに初めて会いました」と口にします。実際、マドレボニータの教室には知人の紹介でやってくる人も多かったのですが、シングルマザーズシスターフッドでは口コミ経由の人はあまりいません。友達がいらっしゃらない状態の方がほとんどなんです。
DV被害を受けられたなど事情があるケースもあり、SNSをやっていない方も珍しくはありません。ですから、シングルマザーズシスターフッドの教室に参加することで彼女たちが少しでも繋がれる場所が作れたらいいと思っています。
いまもシングルマザーは差別の対象の一つになっていると感じます。私自身も役場で差別的な発言をされたこともありました。まるでシングルマザーになったのは「あなたのせいだ」と言わんばかりだと感じたことがありました。そうするとどんどん自尊心が下がっていってしまいます。教室でも「セルフケアなんて別世界のことだと思っていた」と言う方もいました。まずはセルフケアから始め、シングルマザー同士が繋がり、周りを信頼する力を身につけていく。そして、彼女たちが元気に生活していくことで、シングルマザーへの偏見も変わっていってほしいと願っています。
リーダー同士が繋がることで得られる学びや刺激や成長
──同じ境遇の仲間をつくる、コミュニティーに参加することはポジティブなインパクトをつくりますよね。アメリカン・エキスプレスのリーダーシップ・アカデミーのプログラムに2度参加されていますが、どのような経緯で参加されたのでしょうか?
マドレボニータを創業して5年ほど経ったとき、組織が大きくなっていくなかでどのように自分たちの実態を失わずに広めていけるだろうかと考えていました。そのタイミングでアメリカン・エキスプレス・サービス・アカデミー(当時のアメリカン・エキスプレスのリーダーシップ・アカデミーの名称)を運営する認定NPO法人エテックさまからお声がけをいただき、二泊三日の合宿型のプログラムに参加しました。2013年のことです。
プログラムのことを知るまでは、アメリカン・エキスプレスが社会課題の解決に取り組むリーダーを支援しているとは知りませんでした。非営利団体だと、誰かが儲かるとかそういった話ではないので、あまり関心が寄せられていない分野だと思ったのですが、「地域のリーダーを支援することで、社会が良くなっていく」という考え方にとても共感し、参加を決めました。
2013年は完全に日本のNPOリーダー向けのプログラムだったのですが、2度目の参加となった2024年はシドニーで開催され、アジア10ヵ国から73名もの参加者が来ていました。それぞれ取り組んでいる社会課題も違うし、組織の代表以外にマネジャー層の参加も多く、この業界自体の規模が大きくなっていることを肌で感じました。
──実際に参加されてみていかがでしたか?
実践的かつ本質的なことを学べました。営利企業では当たり前からもしれませんが「ネット・プロモーター・スコア」や「カスタマー・エクスペリエンス」などビジネススクールで学ぶようなことを2013年に参加した際に学べたのが良かったですね。いまだに自分の事業ではここで学んだネット・プロモーター・スコアを取り続けています。
そして、組織を機械のように扱うのではなく生き物のように扱うという考え方にも触れられました。C・オットー・シャーマー(マサチューセッツ工科大学博士)が提唱した「U理論」やピーター・センゲ(マサチューセッツ工科大学教授)が広めた「学習する組織」など、実践的でありながらも非常に奥が深い内容でした。特に「学習する組織」については一生をかけて取り組む学びだと感じました。
シドニーのプログラムで印象的だったのは、「インポスター・シンドローム(自分の能力が高くて実績を収めていてもそれを自分の力とは認められず自己不信に陥る状態)」という言葉が出てきたこと。実はこれに悩んでいるリーダーは多いと思います。
リーダーは常に忙しく、一つの仕事が終わればまた次の仕事が舞い込んでくる。ですから、なかなか自分のことを振り返ったり、自分をケアしたりする時間が少ないんです。だからこそ、普段の環境から離れて数日間、本質的なことを集中して考えてみるのはすごく貴重な機会です。そこでしっかり自分自身を充電して、自分のビジネスに戻ることでよりよい循環が生まれるのだと思いますね。
──出会った仲間からはどのような刺激を受けましたか?
2024年に出会った参加者の皆さんはそれぞれに異なる背景があり、話を聞いているだけでとても刺激的でした。また、自分たちが挑戦していることを話すと「すごいね!」と言ってくれる人もいてうれしかったですね。国内開催のプログラムとは違う反応が返ってきたのが新鮮でした。
2024年のリーダーシップ・アカデミー(シドニー)にて
プログラム中に、リーダーシップとは?といったような哲学的な内容についても時間をかけて議論を深めることができたのは貴重な経験になったと思っています。プログラムで出会った社会起業家の人たちとはいまも交流を続けていますし、そこで得た知見を自分の取り組みに活かしています。プログラムで得た新たな知見、そして仲間と共に今後も自分が必要だと信じる活動を続けていきたいです。
■プロフィール
吉岡マコ
東京大学文学部で身体論、同大学院にて運動生理学を学ぶ。自身の出産と産後の体験をきっかけに、1998年、産後ケア教室を開始。2008年にNPO法人マドレボニータを設立し、産後ケアの普及や啓発に尽力。2020年に同法人の代表を退き、ひとり親女性を支援するシングルマザーズシスターフッドを設立。
■クレジット
編集:クーリエ・ジャポン編集部 写真:金原真璃子