従業員は共同経営の仲間だから、「パートナー」。責任者は下から仲間を支える
――穂積社長は創業当初から、従業員を最優先に考えてこられたとお伺いしています。
創業時は32歳の若造でしたから、「俺が俺が」という部分ももちろんありました。でも、いろいろな先輩経営者と出会う中で、まずは一緒に働く仲間を幸せにすることが最も重要だと考えるようになり、そこからは仲間を最優先に考える会社経営を心がけています。
――従業員のことを「仲間」と呼ばれているのがとても印象的です。
当社は仲間のことは「パートナー」、共同経営者と位置付けています。正社員であってもなくても変わりません。「アルバイトさん」「契約社員さん」とは一切呼ばず、どんな立場であっても一人ひとり、名前で呼びます。私のことも「穂積さん」と呼び、社長とは呼びません。
また、新橋に本部機能がありますが、ここも「本社」とは言わず、「支援センター」と呼んでいます。現場の最前線で働く人たちを支える組織という位置づけだからです。本部が上で、現場に命令するような組織が多いように感じますが、当社は真逆で、現場で働く人が一番上です。「言霊」はあると思っているので、これらの呼び方は創業当時から決めていることですね。
そもそも、当社の組織は変わっていて、役職がありません。
――役職がないということは、部長や課長などの中間管理職が存在しないということでしょうか?
はい、課長も部長もいません。プロジェクトごとに責任者を立て、その責任者がプロジェクトをアサインし、結果を出したら解散する、という組織体制になっています。報酬は能力給ですが、能力を上げるためにいろいろな責任者を経験します。そして経験をして能力が高まったら次の人に責任者のポジションを渡していく。だから、いわゆる役職の“椅子”ではないんですよね。椅子が空かないから下の人が上がっていけないということがありません。ポストを取り合うのではなく、みんなが一緒に成長していける仕組みなので、序列意識が生まれないようになっています。
先ほど、現場が一番上だとお話したように、組織は逆ピラミッド型になっています。店舗の最前線でお客様と接する現場の仲間たちが一番上。それを各店舗の責任者が下から支えます。さらに、その各店舗の責任者たちを本部機能を担う仲間が支える。偉くなると「お前は俺より下だ」と言う人がいますね。しかし当社は、責任を担うほど下に潜っていきます。よく「海に潜る」という言い方をしているのですが、潜れば潜るほど、水圧は重くなります。それでも、仲間のために頑張りたいと思う人が昇格する仕組みになっています。社内政治で昇格することは絶対にありません。
――責任者を選ぶ基準はあるのでしょうか?
周囲の仲間からの推薦制にしています。ですので、一見目立たないけれど、仲間のために頑張っている人に、きちんと光が当たります。
歯をくいしばった創業からの3年間。強みを磨き、潜在ニーズが花開いた
――ユニークな組織を築かれているカンデオホテルですが、少しさかのぼって、ホテルを創業されるに至った経緯を教えてください。
私が社会人として最初に入社したベンチャーデベロッパーで、建築のノウハウや効率的なオペレーションを学び、それを生かした新規事業として、32歳のときに不動産投資会社の社内ベンチャー企業として創業の機会をいただきました。その後、紆余曲折の末に私が株を100%買い取り、オーナー社長になっています。サラリーマン社長からオーナー社長になった、珍しいパターンかもしれません。
ビジネスホテルよりも高品質で、ラグジュアリーホテルほど高額すぎない。その中間領域のホテルというコンセプトで、「唯一無二の4つ星ホテル」と位置付けています。創業期に、自分自身で年間200日くらい日本全国のホテルを泊まり歩いた中で、地方には安いけれど出張の疲れを癒すには寂しいホテルか、お高いホテルかしかない。その中間領域のホテルが欲しいと強く思ったので、そこに商機があるのではないかと考えました。
2005年に創業し、今期で17年目となります。一号店は熊本空港の近くの大津と菊陽に出店しました。普通に見るとただの野っぱらのような土地だったのですが、地下に大きな水がめがあり、その綺麗な水を狙って半導体工場が集まっていたため、顧客がいると考えました。創業期は知名度も実績もないですから、一等地には出店できません。地方のロードサイドのニッチな場所を狙って出店していき、徐々に大都市の一等地に出店できるようになり、現在では国内23店舗、4235室のホテルを運営しています。
ビジネスホテルとラグジュアリーの中間領域を狙った「唯一無二の4つ星ホテル」
――創業から軌道に乗るまでにご苦労はありましたか。
創業当時は、中間領域のホテルという概念がお客様の中になかったために、「カンデオホテルはビジネスホテルのわりに高い」とか、「シティホテルと思ったらレストランが1カ所しかない」など、さんざんなことを言われてかなり落ち込みました。でも、3年くらい同じコンセプトで続けていると、「実はこういうホテルが欲しかったんだ」「出張で使ったけれど、おしゃれだから、週末に家族を連れて観光に来たよ」などと言ってもらえるようになり、狙っていた中間層のニーズが顕在化したことを実感しました。今振り返っても、創業からの3年間は大変で、非常に歯を食いしばって頑張った期間だったと思います。
――「唯一無二の4つ星ホテル」として、どのように差別化していったのでしょうか。
創業当時から、当社が持つ強みが3つありまして、「朝食」「屋上展望露天風呂」「建物のデザイン」です。まず、展望露天風呂は、必ず東向き、西向きのどちらかで作り、朝日か夕日を見ることができます。今でこそビジネスホテルでも館内に大浴場を設置しているホテルが増えましたが、すべてのホテルの最上階に露天風呂を設置しているのは、当社だけではないかと思います。男性用にはサウナもあり、最近では早い時間にチェックインして整いに来られる方も多いですね。
夕日が見える展望露天風呂は目玉の一つ
次に、こだわっているのが朝食です。本当においしいものを食べていただきたいので、1,300円から2,300円ほどと決してお安くはないのですが、当社の有料朝食の喫食率は、業界平均が30~35%のところ、平均して50%以上を維持しています。
極力、冷凍の食材は使わず、各店舗で作り込みます。豆腐はにがりから作り、食材は可能な限り地元の農家さんなどと連携して調達。全店共通メニューは6割程度で、残りは店舗ごとのオリジナルメニューです。数カ月に一度、各店舗で仲間たちが試行錯誤した新メニューの選考会をします。考えた人の名前は伏せてみんなで見た目や味をチェックし、選ばれたメニューは全店で展開されます。これは仲間たちにとって大きなモチベーションになっています。
仲間からのアイデアや提案によって生まれた人気メニューの一例ですが、トルコライスや、だしカレーといってご飯だけでなく、野菜やお肉にかけて食べるカレーなどもあります。今後さらに地元の農家さんと提携して地産地消を推進していきたいと考えています。
各店舗で作り込み、メニュー開発をしている人気の朝食
――3つ目の「デザイン」のこだわりを教えてください。
いわゆるジャパニーズモダン形式で、日本の伝統工芸のクラフトマンシップの要素をちりばめながら創意工夫をして作り込んでいます。客室は解放感のある大きな窓が特徴で、窓際には小上がりを設けているため、靴を脱いでリラックスしていただけます。
洗練された空間に身をゆだね、非日常感を味わえる。そういう空間体験価値を提供できるデザインを意識しています。
ジャパニーズモダンスタイルの館内。光り輝くデザインで非日常感を演出する(写真は京都烏丸六角店)
仲間とのコミュニケーション量を増やし、コロナ禍でも全員の雇用を守り切った
――コロナ禍という大きなピンチに対して、どのように立ち向かわれたのでしょうか。
経営者によっていろいろな戦略があると思いますが、私は「仲間を守る」ことを最優先に考えました。企業は「従業員が住む家」ですから、絶対に守らなくてはなりません。当社にはアルバイト、契約社員、正社員とさまざまな雇用形態で働く仲間がいますが、「誰一人解雇はしない、全員の雇用を守る」と宣言しました。
ホテル業界全体が打撃を受けましたから、「隣のホテルではアルバイトからリストラされているらしい」といった噂が耳に入ってくるんですね。そうすると、「カンデオはどうなんだ」と、仲間たちは不安になります。明日の自分の雇用が保障されないのに、いい接客はできません。雇用を守ることをまず宣言し、「だからこそ、現場でやれることを考えてほしい」と伝えました。
そこからは仲間たちが一致団結し、「こんな工夫ができる」「こんなプランはどうだろう」など、どんどん意見が出てくるようになり、ベクトルが合っていくのを感じました。現在は緊急事態宣言が明けて業績が回復していますが、業界でもトップクラスのスピードで業績を戻せたのは、「自分たちは何のために経営しているのか」という事業の目的や意義を、最初の時点で全従業員と共有できたのが大きかったのではないかと考えています。
――従業員のベクトルを合わせるために、具体的にどんなことをされましたか。
皆の不安が高まっているときは、とにかくコミュニケーションの頻度を増やすことを心がけ、同じメッセージであっても、何度も伝えるようにしました。以前は月1回しか送っていなかった全社メールを週1回に増やし、いつも以上にこまめに仲間と話しました。不安そうにしている仲間には、個別にLINEをして、「大丈夫、大丈夫」「守るから」と呪文のように伝えていました。
先日、久しぶりに責任者が集まる会議があったのですが、「穂積さんは嘘をつかない人だ。雇用を守ると言って、本当に守った」と言ってくれました。もちろんそれができたのは、皆が頑張ってくれた結果です。皆が私のことを信じてくれて、結果的に宣言通りに雇用を守れたために、「カンデオの経営に嘘偽りなし」ということを感じてくれたのだと思います。コロナ禍以降、より一層結束力が高まったと感じています。
――ピンチの乗り越え方について、今までお話しいただいたリーダーシップの部分以外で、経営者の方々にアドバイスをお願いできますでしょうか。
テクニカルなことを言えば、ピンチのときはまず、最悪のケースを定量化することをお勧めします。コロナ禍でいうと、2020年4月以降、売り上げが激減して、現金がどんどん消えていくわけですよね。これがあと何カ月続くのかと最悪の事態を想定し、下のラインを切りました。そこから、自分自身の理想の状態として上のラインを切る。このトップとボトムの間に必ず結果が入ってくるので、その数字を見ながら道筋を作っていきます。「いつまで続くんだろう……」とただ悩んでいても状況は改善されませんから、最大リスクを定量化して頭を切り替えて、できることをやっていくしかありません。
また、結果的に従業員を守れた要因の一つとして、平時から非常に厚い内部留保を維持していたことがあります。実質無借金経営を続けていましたし、高収益体質を意識していました。この強い財務体質を評価していただき、金融機関からはスピーディに融資を受けることができました。節税して経費を増やし利益を抑えると、内部留保は蓄積されません。税金は必要経費だと考え、しっかり利益を出すことが大切です。
メンタルの部分では、「何のために頑張るか」を改めて考えてみてください。当社は仲間のための会社なので、「仲間を守るために頑張る」と決めました。当時、全員の雇用を守ると宣言することは非常に勇気が必要でした。それでも、言った以上はやるしかありません。宣言した言葉に自分自身が鼓舞された部分もあったと思います。何を大切に思うのかを考え、そのために頑張ると決めれば、迷っているヒマはなくなります。
■プロフィール
穂積 輝明(ほづみ・てるあき)
株式会社 カンデオ・ホスピタリティ・マネジメント代表取締役会長兼社長。
1972年京都生まれ。99年、京都大学大学院工学研究科修了後、スペースデザイン入社。開発直営型のサービスアパートメントやサービスオフィスの事業の立ち上げに携わる。2003年クリード入社。ホテル開発事業・新規事業の立ち上げなどを経験。05年カンデオ・ホスピタリティ・マネジメントを創業し代表取締役社⾧に就任。これまでに研究したホテルは2500棟を超える。
■スタッフクレジット
取材・文:尾越まり恵