従業員のストレス源を見つけ出す
2023年3月にスターバックスの新CEOに就任したラクスマン・ナラシムハンは、月に1度、半日のシフトで店舗に出勤すると表明した。ナラシムハンが現場で注目したのは「カップと蓋の組み合わせの多さ」だった。米誌「ウォール・ストリート・ジャーナル」が2023年3月に行った取材(外部リンクに移動します)に対して、「こんなにたくさんあるのかと驚かされた」と明かしている。
ナラシムハンは今後も「なぜコーヒー1杯を顧客に提供するだけなのに、時として苛立たしいプロセスがあるのか」を理解するために、今後も店舗出勤を続けるそうだ。
スターバックスでは昨年、従業員が待遇改善を求めて大規模なストライキを起こした。米サウスカロライナ大学で経営学を教えるアンソニー・ナイバーグ教授は、ナラシムハンがこのような状況下で現場主義を表明したことを評価する。
「新たなリーダーは変革を起こす前に、現場の声に耳を傾け、ふだんの業務がどう運営されているかを理解しようと努める姿勢を示すことが重要なのです」
働きやすさを追求して売り上げも好転
「デイブ・K」の偽名、そしてグレーのテスラ「モデルY」を使って、運転手として数ヵ月働き、自社サービスの改善点を洗い出したのがウーバーのダラ・コスロシャヒCEOだ。コロナ禍以降、深刻なドライバー不足に悩んでいたウーバーは、コスロシャヒが主導するドライバー満足度向上のための「プロジェクト・ブーメラン」で再生に成功した。ウーバーのライドシェアによる収益は2022年には倍増し、現在は米国のライドシェア市場の74%を占める(2020年初頭から12%の増加)。
2023年4月に掲載された「ウォール・ストリート・ジャーナル」の記事(外部リンクに移動します)では、コスロシャヒの試みが詳細まで描かれている。ドライバーを確保しつつもコストを抑えることに腐心していた彼は、実際にウーバーの配達員になってみて「目が覚めた」と語る。
「業界全体がドライバーをいくらでもいる存在だと考えてきたのだと思います」
まず辟易したのが、自社サービスの煩雑な登録プロセスだった。また、ウーバーイーツの配達の際には、ドライバーが料理を受け取った際に何をすべきなのかも説明不足だったため、彼はビデオによるチュートリアルをアプリに加えた。
週末には料理を配達し、そのたびに気がついた課題をグーグル・ドキュメントに書き出して従業員と共有するのがルーティンになったと、コスロシャヒは当時を回想する。
やがて、コスロシャヒはドライバー最大の不満に気がついた。ライドシェアサービスで、ユーザーの降車場所と料金見積もりを、乗車前に確認できなかった点だ。実際にコスロシャヒは乗車を拒否せざるを得ない状況になったとき、ウーバーが自分を罰したことに苛立ちを覚えた。そこで、一部の優良ドライバーにだけ公開していた降車場所と料金概算の情報を多くのドライバーに見せるよう仕様を変更した。
コスロシャヒは現場で働くようになってからの心境の変化をこう端的に表現する。
「以前は、金銭的なインセンティブでドライバーを集めれば、あとは勝手にやってくれると考えていました。ですが、サービスの作り方を根本的にかえ、競合他社よりそれを早く実現しなければいけないと悟ったのです」
業務改善より大切なことに気づく機会
業務の改善点を見つけられることだけが、CEOや経営幹部が現場で働くことのメリットではない。そもそも自社が何のために存在するのか、根本的な目的を「思い出す」機会にもなる。
米国で腎臓ケアのサービスを提供する「ダビダ」社は、「リアリティ101」と呼ばれるプログラムにおいて、すべての役員は就任から1年以内に透析センターで1週間働くことを義務付けている。彼らは医療従事者ではないので治療行為はできないため、掃除や備品管理、患者との面会などを担う。
フォーチュン500に名を連ねる企業の幹部たちが掃除をする理由は、ダビダの公式ホームページで発表されたプレスリリース(2013年1月掲載)に書かれている(外部リンクに移動します)。同社の副法律顧問であるマーサ・ハは同リリース内で次のように述べる。
「ミーティングやEメールなど、日々の業務に追われていると私たちがダビダでしていること、つまり命を与えるということを忘れがちです」
効果に疑いの余地はない
そのほかにも、米ファストフードチェーン「タコベル」や、フードデリバリーサービス「ドアダッシュ」などCEOや経営幹部が最前線で実際に仕事をする例は多い。
米誌「フォーチュン」は2023年4月に掲載した記事(外部リンクに移動します)にて、従業員満足度を高めるためにCEOが現場で働く効果は「間違いなくある」としたうえで、「単なるパフォーマンス」と取られないような注意も必要だと書く。記事に登場する米ワシントン大学フォスター・スクール・オブ・ビジネスのアビナブ・グプタ准教授は、実質的な方針変更が伴うかが重要と指摘している。
「そうすることで、エグゼクティブ層が現場で働くことへの信頼性を高め、単なる印象管理ではないと認めてもらいやすくなります」
冒頭で紹介したファスト・カンパニーの記事(外部リンクに移動します)を寄稿したキャット・ウォードは、『現場が秘める可能性(未邦訳)』の共著者であり、大企業に対して、従業員の満足度向上と企業利益の両立を支援してきた。彼女は、現場の声をダイレクトに聞く重要性を同記事でこうまとめている。
「第一線で働く人たちの声は、成功の大きな原動力になり得ます。もし製品が、それを作った従業員から情報を得たらどう変わるのか。従業員の目から見た顧客動向を理解していたら、と想像してみてください。
現場で働く人の意見を積極的に求め、それを経営幹部の豊富な経験をもとに活用し、より良い意思決定につながれば、組織全体の強化につながるはずです」
■スタッフクレジット
文・編集:クーリエ・ジャポン(講談社)