これまで以上に求められる
リーダーのコミュニケーションスキル
――コロナ禍以降、「部下とのコミュニケーションが難しくなった」という経営者やリーダーの声をよく耳にします。マネジメントにおける変化をどのように感じられていますか。
オフィスで顔を合わせて働いている場合は、オフィス環境や同僚との関係性など、上司やチームとのコミュニケーション以外の要素も多くあるため、上司とのコミュニケーションが十分にとれていなくても、何とか仕事は成立していたかと思います。ところが、オンラインになると、空気を読むことが難しくなり、上司がメンバーに背中を見せることもできなければ、相手の表情を細かく読み取ることもできません。すべて言葉で伝えたり、受け取ったりする必要があります。そういう意味で、今まで以上にチーム内でのコミュニケーションの質が問われるようになってきていると感じています。
コロナ禍以降、さまざまな働き方が可能になった中で、部下にとってみれば、一緒に働きたい上司か、一緒に働きたいチームかどうかが、その会社で働き続ける理由として大きな要素を占めることになります。マッキンゼーの調査によれば、上司との良好な関係性が、仕事の満足度に影響する最も重要な要因になっています。逆を言えば、そうでなければ簡単に社員の離職が起こり得るということです。上司はこれまで以上に「あなたのことを大切にしている」「あなたに関心を持っている」ということを、コミュニケーションを通じて表していく必要があります。
――ますます、上司の人間性が問われていく、ということでしょうか。
そうですね。オンラインの言葉だけのコミュニケーションでは、上司の人間性といったものが伝わりづらいという側面はあると思います。
ただ、人間性を測るのは難しいですよね。仮に人間性が悪いといわれる人が、実際に相手を傷つけたいと思っている悪人かというと、きっとそうではないでしょう。おそらく、相手に配慮する余裕がないか、コミュニケーションの知識やスキルがないだけなのだと思います。経営者やリーダーは、自分が分かる範囲、できる範囲、想像力の及ぶ範囲をいかに増やしていくかが大切です。それにより配慮できる幅が広がり、ひいては組織の成長につながります。今までは業務のスキルが高い人がリーダーとされていたのが、人の気持ちに配慮ができたり、人の心を動かすことができたりすることが、求められるリーダーシップの中で重要な要素になっていくのではないでしょうか。そして、それができる人が、人間性が高いといわれるリーダーになるのだと思います。
自分を知り育てることで
自分を超える人を育てる
――CoachEdではコミュニケーションの手法を学ぶ「コーチング」のプログラムを提供されています。コーチングとはどういったものなのでしょうか。
コミュニケーションの手法として、よくコーチングと対比して例に出されるのが、「ティーチング」です。ティーチングとは、答えがあるものを相手に伝える営みです。一方、コーチングは信頼関係を前提に問いを投げかけ、相手から答えを引き出す営みです。
ティーチングの場合、上司が知っていることしか相手に教えられません。メンバーを自分のレベルにまで引き上げることはできますが、自分の能力を超えるメンバーや、多様性のあるメンバーの力を引き出し、伸ばしていくことは難しくなります。これがティーチングの限界です。
それに対して、コーチングは問いかけが中心になるので、問いかけのパターンを自分で身につけておくことによって、自分が分からない領域やできないことであっても、相手の可能性を引き出すことができるコミュニケーション手法です。自分自身ではその領域に対して未来を描けなかったとしても、問いかけることによって相手の見えている範囲を広げていくことができるんですね。リーダーの力を超えて相手の力を引き出せる、それがコーチングが持つパワフルさの由来です。
以前とは違い、決まったことだけやっていればいい業種や仕事なんてほとんどありませんよね。上司を超えてクリエイティビティや可能性を発揮してもらうことが求められる時代には、従来型のティーチングのコミュニケーションではなく、横に並んで一緒に走りながら、スピードを上げていけるように寄り添っていくコーチングのコミュニケーションが重要になっていると感じています。
――CoachEdのプログラム内容について教えてください。
エグゼクティブコーチングやメンタルサポートといったサービスもありますが、メインはリーダーの方に向けたコーチング習得プログラムです。これは、リーダーの方がコーチングを受けながら、その手法を学んでいただくプログラムです。3カ月間、週に1回のセッションを受講し、課題に取り組んでいただきます。セッションのあとは、実際にメンバーの方にコーチングを実施していただき、それを文字に起こして分析とフィードバックを行うこともあります。また、ご自身の人生を振り返り、ライフチャートを書いてきていただくことで、これまで大切にしてきた価値観や強みを見つめていくような、自己理解を深める課題もあります。
このプログラムでは、「自分を整える」「自分を育てる」、そして「人を育てる」という大きく3つの力を身につけていただきます。人を育てるためには、まずは自分を知り、育てることがとても大切です。
――受講されるのはどんな企業の方が多いのでしょうか。
業種・業界はさまざまで、すでに仕組みができている大企業よりは、10~200人規模までのスタートアップや中小・中堅企業が多いですね。
1990年代くらいに第一次のコーチングブームが起こったのですが、その時は大企業を中心にマネージャー育成という意味合いが強いものでした。今、日本ではむしろスタートアップを中心に浸透している印象があります。経営者の器がそのまま組織の器になるという側面があり、人数の少ない組織ほど、経営者やリーダーが与えるインパクトが大きくなります。最新のテクノロジーなど、どれだけ優れた技術を持っていても、それを広めていくためには、人を巻き込み組織を経営していくスキルが必要になります。
ただ、海外では、大手企業が積極的にマネージャーの役割をコーチング的なものにシフトさせる動きがあります。デジタル化が進み、チームの多様性が高まり、マネジメントの難易度が高まる中で、今までに増して大企業においても、マネージャーのコーチング的な役割が重要視されてきています。
――コーチングを学ぶことで、具体的にどのような成果につながるのでしょうか。
コーチングの重要なスキルである「承認」や「問いかけ」など一つひとつの積み重ねで、部下やチームとの関わり方が変わっていきます。
ある会社では、マネージャー全員でコーチングを学んでいただきました。存在感の強い経営者で、なかなかメンバーから意見が出ないと悩まれていたのですが、コーチングのプログラムを実施されてからはメンバーからたくさん意見が出るようになりました。チームでコーチマネージャーを経験すると、メンバーから経営者に対しても、問いかけや承認といったコーチング的な関わりが起こるようになるんです。まさに、育て合いですよね。上司自身もメンバーからの問いかけによって育てられていく。コーチングによる定量的な成果を測ることは難しいのですが、結果としてその組織は業績も伸び、社員数も増え、社員の方々の幸福度も高まったと伺っています。
ティーチングからコーチングへ
失敗を恐れず転換してほしい
――ティーチングのリーダーシップが当たり前だった世代の経営者やリーダーにとっては、コーチングに切り替えることに抵抗を覚える方も多いのではないかと思います。
やはり、成功体験があり、自分の中に過去の成功パターンを持つ人にとっては、これまでのやり方を変えることに大きな不安を感じるでしょうね。失敗を恐れる気持ちもあるでしょうし、役職や年次が上がっていけばいくほど、プレッシャーや自分を守る鎧も重くなります。
まずは、現状を冷静に見つめ直していただきたいなと思います。これまで通りの、上意下達の強いリーダーシップで、「本当にうまくいっているのか」、 「離職率はどうなのか」、 また、「メンバーの元気がない、チームの雰囲気が悪いといったことはないか」。うまくいっているなら、あえてコミュニケーションを変える必要はありません。
でも、もしメンバーに対して、違和感や難しさを覚えているのであれば、これまでのやり方を手放し、コーチング的な関わりに変えていったほうがきっとうまくいきます。
今ビジネスに携わっている世代は、バブル世代からZ世代まで複数です。世代によって考え方も多様化しているなか、「やる気がない」「なかなか動いてくれない」「わかっていない」などと言っているだけでは、問題は解決しません。
例えば、テクノロジーの進化については、若い世代のほうが柔軟に受け入れています。もし、ついていけていないと感じていても「分からないから力を貸してほしい」と言えたほうが経営者やリーダーは楽になりますし、チームとしてもより高いパフォーマンスを発揮できます。リーダーが「わからないから」と問いかけられる謙虚さを持つこと自体が、「あなたたちを信頼していますよ」というメッセージにもなります。リーダーだけが全てを担う必要はありません。最近は「シェアド・リーダーシップ」と言って、全員がリーダーシップとフォロワーシップを分け合うような考え方も、欧米を中心に広がってきています。
リーダー自身の心理的安全を確保することが
強い組織づくりにつながる
――経営者やリーダーの方にメッセージをお願いします。
誰でも失敗は怖いものですから、変化に抵抗を感じるのは当然です。そういう意味でも、やはり経営者やリーダーの心理的安全が必要だと感じます。CoachEdのサービスを提供していても、多くの組織において経営者やリーダーの心理的安全が足りていないと感じます。最近では「ウェルビーイング」という言葉が浸透し、メンバーの心理的安全を語られる場面は多くなりました。ウェルビーイングの促進に力を入れている組織も増えています。でも、そうなればなるほど、経営者やリーダーは心理的安全を作る役割と重い責任を背負い、失敗できないと追い詰められていくことになりかねません。
まずは経営者の心理的安全を確保することが大事です。その第一歩が、メンバーに対してコーチング的なマインドを持ち接することです。経営者やリーダーに心理的安全がなければ、そのことがメンバーにも伝わり、チームは必ずギクシャクします。だからこそ、経営者やリーダーはメンバーに頼る姿勢を育んでいく必要があります。互いに頼り合い、メンバーと一緒にチームを作っていきながら、強い信頼関係を構築していくことが、強い組織につながります。そのためにも、リーダーや経営者が率先して自分を育てることに取り組んでほしいと思います。私たちもそんな皆さんを全力でサポートしていきます。
関連記事:マネジメントとは?求められる4つのスキルとマネジメントにおける課題と解決策3例
大きな責任を背負う経営者自身の、メンタルヘルスケアとの向き合い方
■プロフィール
櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役、株式会社cotree(コトリー)代表取締役
京都大学教育学部卒業。モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービス「cotree(コトリー)」を創業。2020年にビジネスに特化したコミュニケーションプログラムとしてCoachEd(コーチェット)を立ち上げた。同社代表取締役。
■スタッフクレジット
取材・文:尾越まり恵 編集:後藤文江(日経BPコンサルティング)