ファンづくりに重要な“プロセスエコノミー”という視点
日本の強みである漫画などのコンテンツに注目し、クリエイティブ活動を加速させる“クリエイターエコノミー”を中心としたサービスを展開するアル株式会社。現在は、クリエイターへの支援活動を軸に、ブロックチェーンを活用したNFTを使ったサービス「sloth(すろーす)」などの開発・運営を行っています。
そんなアル株式会社を設立したけんすう氏は、浪人生時代に大学受験情報のネット掲示板サービスを立ち上げ、大学在学中にはのちに株式会社ライブドアに事業譲渡されたレンタル掲示板「したらば」の運営に携わるなど、早くからインターネットを舞台にさまざまな事業に携わってきた人物です。新卒で入社したリクルートでは新規事業立ち上げを担当し、在職中に株式会社ロケットスタート(のちの株式会社nanapi)を起業。退社後も、アル株式会社を含む多くの事業を興し、連続起業家・エンジェル投資家として知られています。
インターネットでお馴染みのけんすう氏のアイコンと、アルのロゴ
最近、ビジネスの一つのトレンドとなっている“プロセスエコノミー”という概念があります。これは、完成品などの結果を提供して対価を得る“アウトプットエコノミー”に対して、製品やサービスの制作の「過程」をさらけ出し、それ自体も収益化するというもの。この概念は、実はけんすう氏が提唱したものです。
たとえば、アル株式会社の活動の裏側を知れる「アル開発室」は同社が取り組んでいる事業の舞台裏や、サービスのリリースの背景、PR戦略についての考え方や仕事術などのノウハウといった、事業の“完成品”だけを見てもうかがい知ることのできない情報を、代表のけんすう氏自らがほぼ毎日投稿している会員制メディアです。
「インターネットの普及などもあり、製品やサービスを提供する側とされる側の関係性は大きく変化しています。もちろん製品やサービスの質を上げることは大切ですが、それだけだとなかなかお客さんに届かない。現代のお客さんは『良いものができたからどうぞ』と渡されるよりも、一緒にあれこれ言いながら製品を開発したり、プロセスに介在したりできるような関係性を望んでいます」と、けんすう氏は言います。
「たとえば一つのサービスをリリースする場合、その開発プロセスや日々の考えを毎日記事で発信し、ときには読者と意見の交換などを行うことで、多くの人に感情移入してもらうことができる。そうすると、サービスがリリースされる頃には、多くの人から応援してもらえる状態になっているのです」
アル開発室では、「完成品」ではなく裏側や過程について情報発信している
最近では時計やスニーカーなどの大手ブランドも、一部の製品の仕様をファン投票で決定するなど、“プロセスエコノミー”の概念を取り入れた取り組みを行なっています。とはいえ、大企業やメジャーブランドゆえの様々な制約があるケースが多く、「どうしてもお客さんは決められた道を『選ばされている』ような感覚を持ってしまいます」と、けんすう氏は指摘します。
「その点、個人経営のスモールショップなどでは、お客さんが介在できる余地が大きくあります。たとえば商品自体にお客さんのアイデアを取り入れてもいいですし、お客さんにポスターをつくってもらってもいい。一方通行ではないコミュニケーションを通して、商品やサービスを我が子のように感じてくれるお客さんを増やすことが、“ファンづくり”には有効になるのではないでしょうか」
SNS を使って上手に情報発信するためのポイントとは?
自店・自社の商品やサービスの“未来のファン”たちと出会うための、有効なツールとなるのがインターネットやSNSです。とはいえ、たとえば個人経営のショップオーナーがSNSを始めるにあたり、どのような情報発信を行えばいいのでしょうか。
「SNSなどでの情報発信の基本方針は3つです。Information(情報)とOpinion(意見)、Diary(日記)。まずは、Information(情報)で認知をあげる、つまり有益な情報を提供することで、ここをチェックするといいと思ってもらうようにします。それができたら、Opinion(意見)に進んで、だんだんと意見を言っていき人気をあげることを目指します。そこができてどんなことでもファンが喜んでくれるようになったら、Diary(日記)という流れです。これから発信を始めるのであれば、まず大切なのは、Information(情報)です。いきなり商品の情報などを一方的に発信するのではなく、他の多くの人が知りたがっている情報を発信することが重要です」と、けんすう氏は教えてくれました。
実際に、歯医者さんが“お子さんの口内環境”についての情報発信を行なったり、個人で英会話教室を営むオーナーさんが“AIを活用した英語学習法”について情報発信を行なったりすることで、SNSのフォロワーが飛躍的に伸びたそう。
「商品の情報や日々の活動を一方的に発信してもあまり見てもらえません。まずは多くの人が知りたがっている情報を発信することが重要です。インターネットやSNSの情報発信では、『この人は役に立つ情報を発信してくれる』とユーザーにまず思ってもらうことが大切。そうして少しずつフォロワーを増やして土台をつくり、そのうえで商品開発のプロセスや日々の悩みを発信するなど、ファンを巻き込んだプロセスエコノミーに移行していくのが良いと思います」(けんすう氏)
SNSなどでフォロワーを増やすのは簡単なことではありませんが、大切なのはまず一歩を踏み出し、そして継続させること。また、「多くの人に一方的に情報を届けることだけではなく、『相互性』を重視することもポイントになります」と、けんすう氏。
「1人でも2人でも普段の情報発信や商品についてのコメントをくれる人がいれば、それに対してきちんと返信することが大切です。そうして繋がりを持った人はきっと皆さんのファンになってくれますし、結果的に商品やサービスにも興味を持ってくれるはずです」
魅力的な商品を、情報の渦に埋もれさせないために
様々な商品やサービスが世の中に出尽くし、そうした情報がインターネットに溢れる現代では、いくら良いモノをつくってもそれを広める努力をしなければ、なかなか消費者に見つけてもらいにくい状況があります。
「多くの人が、良いモノをつくればきっとお客さんが振り向いてくれると思われているかもしれません。なかには必死に情報発信をすることを“カッコ悪い”と思われるかもしれません。しかし、事業を通じて多くのクリエイターさんを見てきた経験から言うと、やはり上手にファンを獲得している人は日々泥臭く情報を発信するなど、多くの努力をされています。何より良い商品やサービスがあるのなら、伝える努力をしないともったいない。せっかくインターネットやSNSなど誰もが使えるツールもあるので、ぜひ活用して皆さんのファンを増やしてもらいたいですね」(けんすう氏)
大切なのは、日々の情報発信やお客さんとのコミュニケーションを通じて、自分たちのお店や商品を知ってくれるファンを増やすこと。そのうえで、コツコツと努力を重ねて増やしたファンとの絆をより強いものにしてくれるのが、商品の開発プロセスから日々の悩みまでをオープンマインドで共有する“プロセスエコノミー”の視点です。
自身の商品やサービスについて、日々真剣に考えられているスモールショップオーナーの皆さんだからこそ、商品や業界に関係する魅力的な情報発信は可能になるはずです。けんすう氏のアドバイスを参考に、まずは自分ができることからトライしてみてはいかがでしょうか。
■プロフィール
けんすう(古川健介)
起業家、エンジェル投資家、アル株式会社代表取締役
1981年生まれ。浪人生時代に大学受験サービス「ミルクカフェ」を立ち上げ、大学在学中にレンタル掲示板「したらば」の運営にたずさわる。早稲田大学政治経済学部卒業後にリクルート入社。地域検索サービス「ドコイク?」のプロデューサー、リクルート・電通・東工大のジョイントベンチャー「ブログウォッチャー」の編集長を務めたほか、コミュニケーションプラットフォーム開発に携わる。2009年に独立して株式会社ロケットスタート(のちの株式会社nanapi)を創業し、ハウツーサイトの「nanapi」をリリース(2014年にKDDIグループにM&A)。2018年にアル株式会社を創業し、現在「アル開発室」を運営するほか、「sloth(すろーす)」でNFT支援も行っている。
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■スタッフクレジット
記事:西田嘉孝 写真提供:アル株式会社 編集:ニューズウィーク日本版