チャレンジし続けるためにはバランスも重要
――まずは簡単な自己紹介をお願いします。
大阪で生まれて大学卒業まで関西で過ごしました。大学卒業後にコンサルティング会社に入り、2012年に株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社しました。そこではスポーツ事業には関わっておらず、新規事業をプロダクトオーナーとして立ち上げました。その後、DeNAを退社して3つのJリーグクラブを経て2023年にDeNAに戻り、同年6月に株式会社DeNA川崎ブレイブサンダースの代表取締役社長に就任しました。
――社長に就任されて最初のシーズンに取り組まれたことについてお話しいただけますか?
DeNAが東芝から川崎ブレイブサンダースを引き継いだのは2018年でした。前任の元沢伸夫(現会長)が社長を務めた最初の5年間はベンチャー企業のようなチャレンジの連続で、それが今の川崎ブレイブサンダースをつくっています。その上で私が最初に取り組んだのは、川崎ブレイブサンダースやDeNAが持つ「チャレンジする」という文化を大事にしながら、この先もチャレンジし続けるための土台を築くことでした。
2018-19シーズンより、川崎ブレイブサンダースはクラブアイデンティティを「BE BRAVE」と定めている。2024-25シーズンのスローガンも「BE BRAVE 変化に常に勇敢であれ。」に決定した。 ©KBT
――具体的にはどのようなことでしょうか?
例えば、ビジネスを担当するフロントスタッフは私が着任するタイミングで約30人だったのですが、そこから10人程度増やして約40人にしました。短期間であればバスケットボールが好きという思いだけで働けますが、長い目線で考えるとやはりそれだけでは難しいからです。スタッフのライフステージが変わってもそれぞれの人生を支えられるようにしないと、スタッフ自身としても会社としてもチャレンジし続けることができなくなると思っています。「家庭も大事にしていきたい」など、社員それぞれの思いも満たした働き方ができなければ会社は安定しません。新任社長として最初にやることが固定費を増やすことなので疑問に思われることもあったかもしれませんが、そこははっきりと意志を持ってやりました。
組織に関しては3つの部署に分かれていたマーケティングに関わる部署を一つにしました。私が意識しているのは、どうすればスタッフが輝きながら働き、お客様に対して価値を提供できるかという仕組みの構築です。スタッフがどう連携するとより良いものになるかを考えた時に、部署が分かれているよりも、ToCの部署を一本化して横を意識しましょうというのが、意図でした。まだまだ課題はありますが、いずれはやらなければいけない変化だったと思います。
私はこれまでマーケティング領域の担当をしていたことが多いのですが、自分ではマーケターだと思ったことがないんですよね。マーケティングよりはマーケティングマネジメントが得意な人間だと自分では思っています。
お客様に価値を感じていただくためには、ロジック以上に美意識や実現したい世界観に基づく一貫性が大事だと思っています。なので、私は経営の形態として、一つの正解は善良なるスーパーな人による意志決定だと思っているんです。そのスーパーな人の美意識や世界観に基づいて一貫性のある意思決定をすれば、その人が考える価値をわかりやすく提示することができます。ただ実際にはそこまでスーパーな人が溢れているわけでもないし、周りの人のモチベーションも続かないことが多い。だから、組織として同じ方向を目指して一貫性のある意思決定やチャレンジができるようマネジメントをしていくことが大事だと考えています。
川崎渉氏
――社員の方々がチャレンジできる環境をつくられているということかと思うのですが、社長としてそのために工夫されていることはありますか?
私自身がずっと思っているのは、社長も含めて誰かが言っていることの多くは仮説であるということです。だから私の意見が絶対と受け取られて、意見を言えなくならないようにしたい。そうならないように気をつけています。
――社員が意見を言える環境が、施策を行なう中で良い成果につながりやすいということですね。
実際に私が0から100まですべてを担う取り組みはほぼありません。その取り組みが結果として60点で終わるのか、100点まで突き詰められるのかを考えたとき、「社長がAと言うからAにする」という人はどう頑張っても60点までしかたどり着かないのではないかと思います。しかし、「自分がAだと信じているからやる」という人ほど、最後まで、そして細部までこだわります。自分自身の世界観やゴールを思い描けているからです。そういう人は、100点以上のプラスアルファを作ってくれるんです。
組織としての決定は私含めてしかるべき役割の人がすべきですが、自分がその正解を選んだんだと思って取り組んでくれたほうが結果が良いものになると考えています。
どうやって日常になり、どう自分ごと化してもらうか
――経営においてプロスポーツクラブ特有の留意点はありますか?
スポーツクラブには10年、20年応援していますという古くからのファンもいらっしゃれば、例えば新しい選手が加入したことで初めてアリーナに来てくださったという方もいます。また、シーズン中のほとんどの試合に来ていただける方もいれば、ニュースなどで何となく状況を把握しているだけの方もいます。そうしたいろいろな距離感のファンやステークホルダーに長く応援してもらいたいと思っています。ですから私たちは、クラブを一つの人格ととらえて、短期的なことに右往左往しすぎることなく、軸をブレさせることなく意思決定をすることが大事だと思っています。
――特定選手ではなくクラブのファンを増やすといったイメージでしょうか。
そうですね。当然ですが特定選手を応援してくれているファンがありがたい存在であることは間違いありません。やはり多くの場合は特定選手がきっかけで応援し始めます。ただ、クラブにはいろいろな選手がいて、入れ替わりもある。選手の個人事務所ではないので、世代交代をしてもしっかりとクラブを応援し続けてもらうことを目指す必要があります。音楽業界の方とも接点があるのですが、そういう観点ではアイドルグループのマネジメントは非常に興味深いです。世代交代を繰り返してメンバーが入れ替わりながらもファンが増えている。この構造はスポーツクラブでも参考になります。
――アリーナにもたくさんのコンテンツがありますね。例えば、この選手同士の相関図はとても面白いですね。
ありがとうございます。これいいですよね。川崎ブレイブサンダースに現在所属している全12選手の相関図です。今シーズン、新しい選手が多く加入してきたので、早く選手を覚えてもらえるようにとファンクラブ担当者 が考えてくれたアイデアです。
ちなみにですが、私が面白いなと思ったのは、MBTI(性格診断)が入っているところですね。私だと思い付かないです(笑)。
川崎市とどろきアリーナは客席とコートがとても近い。この距離感だからこその迫力をぜひ楽しみに足を運んでほしいという。
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川崎ブレイブサンダースの観戦もアメックスと。
アメリカン・エキスプレスは、川崎ブレイブサンダースのオフィシャルスポンサーです。川崎市とどろきアリーナで行われるホームゲーム観戦がもっと楽しくなる特典 をご用意しています。ぜひ、アメリカン・エキスプレスのカードとともに来場ください。
ビジネスの成長には、ビジネス・カード を。プライベートの充実には、個人向けカードを。
公私ともに、アメリカン・エキスプレスのカードをご活用ください。
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一度来場いただいても、何度も足を運んでいただくことは難しいんです。また行こうと思ってもらえる、理想としては試合になったら観に行くという習慣にしていただけるためにはどうすればいいのかを、先ほどお話したマーケティングチームのスタッフたちが考えてくれています。
そういった意味で、このアリーナの中だけでお客様と一緒に盛り上がっていればいいとは考えていません。川崎のまちづくりの担い手になることが川崎ブレイブサンダースにとっても重要な要素だと考えています。川崎ブレイブサンダースのファンでない人も、街にユニフォームを着た人たちが増えることで『今日はサンダースの試合がある日だな』と気がついたり、『川崎ってどんな街?』と聞かれたら『川崎ブレイブサンダースがある街』と言ってもらえるような存在になりたい。そのためには、もっと街のなかに川崎ブレイブサンダースが出ていかなければいけないと思っています。例えば2024年9月に、JR川崎駅の北口通路の両壁面に大型ビジョン「THE KAWASAKI VISION(ザ カワサキ ビジョン)」を新設し、広告事業の運営を開始しました。これにより、常に川崎ブレイブサンダースを目にしていただける場所ができ、クラブとしても新たな収益源をつくれました。
私が描きたいのは「日常に川崎ブレイブサンダースがある」未来。そうなるためには、川崎に関わる人たちに川崎ブレイブサンダースを「自分ごと化」してもらうことが重要だと思っています。
――川崎市とどろきアリーナ(約5,000人)の2倍以上となる、1万人規模の新アリーナの建設も予定されています。クラブ単体での黒字化への太い道筋になるかと思うのですが、意識されていますか?
私が責任を持って取り組んでいるのはクラブの成長です。そのミッションにおいて新アリーナ・シティプロジェクトはもちろん重要な要素であり、大きな期待をしていますが、そこだけに依存した経営をしようとは考えていません。私自身も新アリーナ・シティプロジェクトには大きく関与していますし、こだわりも持っていますが、依存してはいけません。アリーナとクラブは両輪です。新しく大きなアリーナで試合をしているクラブだからいいよねと言われるのではなく、川崎ブレイブサンダースのホームだから、このアリーナいいよね、と言っていただきたいですね。
信じているのは、「スポーツの力」
――スポーツクラブには地域との連携や社会貢献も求められます。
私たちは「&ONE」というSDGsのプロジェクトを立ち上げ、「バスケットボールを通じて川崎をより“住んで幸せな街にする”」という取り組みを行なっています。この活動は重要でクラブとしても引き続き力を入れていくのですが、SDGsの施策に取り組むことが地域貢献のすべてだとは考えていません。スポーツでしっかり喜んでもらう、というのが本質で、川崎ブレイブサンダースが街に浸透することが結果的に一番の地域貢献だと信じているので、それをやりきりたい。
私自身がスポーツの力を一番信じていると自負しています。私は子どもの頃からスポーツをやってきて、今でもスポーツを観ることが人生の楽しみの一つになっています。スポーツの良さのひとつはつながりができることです。普段生活しているうえでは接点がないような人とも「川崎ブレイブサンダースを応援している」という共通項で仲良くなれる。また、クラブにはいろんな選手がいて、選手ごとにストーリーがあります。選手に自身を重ねながら応援をすることも楽しみの一つです。いろいろな楽しみ方があって「週末の試合に向けて頑張ろう」と日々の活力になるスポーツには、人生を豊かにしてくれる力があると思うんですよね。
――川崎ブレイブサンダースに関わっているのは選手やスタッフの方だけでなく川崎という街を含めた周りの多くの人々であるということですね。
成功すればするほど、ステークホルダーも増えるのがスポーツなんです。街の人がどんどんステークホルダーになっていくことで、応援してくださる方の温度感も、戦術的な分析までしてくださる人から「サンダース、最近頑張ってるって聞いてるよ」という人まで幅が広がります。そうなると、クラブとしてのコミュニケーションは難しくなるんですよね。それぞれの人が持つ情報量や熱量の違いに応じた発信が必要になりますから。ただ、それを意識してコミュニケーションをするという難しさが増えるほど、クラブとしては正しい方向に行っているのだなというモチベーションのひとつになります。私たちのようなクラブスタッフと同じくらいの熱量で、同じくらいの情報を持っている人としかコミュニケーションをとる機会がないんだとすると、そのクラブは発展が難しいと思っていますから。
――ステークホルダーが増えることは「自分ごと化」の広がりにもつながりますよね。
そうなんです。私が誰かと話している時に気にしているのは、その人がブレイブサンダースのことを「うち」と言ってくれるかどうか。「うちのチーム」と言ってくれたときは本当に嬉しいです。
――チーム編成についてもお聞かせください。プロスポーツクラブでチーム編成は専門職に任せる部分が大きいと思いますが、その中でも社長として重要だと考えている要素はありますか?
川崎ブレイブサンダースはGMの北卓也が編成の責任者です。根本の考え方であったり、編成の進め方であったり、重要な点についてはしっかりとコミュニケーションはしますが、編成に関しては基本的に北GMに任せています。そのことを大前提としたうえで私が大事にしたいのは、同じ方向を向けているのか、です。サッカーや野球と比較すると、バスケットボールは1チーム12人から多くて16人と人数が少なく、チーム内の近さが特徴的です。どういったバスケットボールをするのか、というスタイルで同じ方向を向くことは前提ですが、うまくいかない時にどういう態度を取る人なのか。川崎ブレイブサンダースに対してどういう思いを持っているのか。その点を揃えていくことが大事だと考えています。
――最後に、プロスポーツチーム経営の醍醐味を教えてください。
私は「世の中や人にポジティブな影響を与える意思決定をする」という点で経営を担う楽しさを感じています。特にスポーツは人生に彩りを与えられるものだと信じているので、仕事をしていて充実感もあります。究極で言うと、私は川崎ブレイブサンダースを、「川崎ブレイブサンダースを応援してきて良かったな、良い人生だったな」と人生の最後に思い出してもらえるクラブにしたい。それがクラブの価値を証明することだと思うんですよ。人生を振り返った時に思い出されることに関われるのは凄いことじゃないですか。私は、それがスポーツビジネスの醍醐味だと考えています。
■プロフィール
川崎渉(かわさき わたる)
株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース 代表取締役社長
1984年大阪府生まれ。大学卒業後、A.T. カーニー株式会社を経て、2012年に株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社。DeNAを退社後、東京ヴェルディ、名古屋グランパスを経て2019年からFC東京に参画し、マーケティング領域を統括。2023年にDeNAに戻ったのち川崎ブレイブサンダースに出向。同年6月29日より代表取締役社長就任。
■クレジット
文:矢内由美子/写真:松本輝一(文藝春秋写真部)/編集:NumberWeb(文藝春秋)