家業再建へ自作したアプリが原点。利用者増加で独立・起業
――まずは、「zaico」について教えてください。
クラウド型の在庫管理ソフトです。商品や部品についているバーコードや二次元コードをスマホカメラで読み取って、在庫の出入りを手軽に記録できます。データはクラウド上で同期され、どのスマホやPCからも最新の数字を把握できます。
大企業にもご利用いただいていますが、ユーザーの多くは従業員50人以下の中小企業です。業種別に見ると製造、小売・卸売、建設が目立ちます。紙やエクセルでの管理から脱却し、在庫管理や棚卸しにかかる時間を大幅に減らせた、という声を多くいただいています。直近のユーザー数は18万人で、東南アジアを中心に海外ユーザーも数千人います。
ユーザーにとって、導入の目的は大きく三つあります。一つ目は、過剰在庫や欠品を防ぐための正確な在庫情報の取得です。アイテム数が数百や数千になると、人の目に頼った在庫管理には限界があります。その点、zaicoでは在庫数が指定した数を下回ると知らせてくれます。二つ目は、リアルタイムでの在庫数の把握です。例えば外回りの営業担当者が「ECで3個販売済みなので、自分が売っていいのは残り2個」といった情報を出先で確認できます。三つ目は、棚卸し作業の負担軽減です。zaico上の在庫数と実数のズレが生じにくくなるため、2日がかりの棚卸しが1時間で済むようになった、という声もいただいています。
実家の田村倉庫で在庫管理にあたる田村氏。現在もほぼ毎月、足を運ぶという
――zaicoはどのように誕生したのでしょうか。
実家が山形県で田村倉庫という倉庫会社を営んでいます。私自身は大学院を出た後、東京でITエンジニアとして働いてきましたが、「いずれ後を継ぐかもしれない」という意識はどこかにありました。
そんな中、両親から「売上が減り、借金を返せないかもしれない。困っている」という話を聞いたんです。2013年夏のことで、借金は当時2億円くらいありました。そんなボロボロの状態で継ぎたくないと思い、現場を見に行きました。
すると、お恥ずかしい話ですが、倉庫会社でありながら在庫管理をきちんとできていなかったんです。どこに何があるという情報は、一人のベテラン社員の頭の中だけにありました。この方が休むと仕事になりません。これはまずいと思い、市販の在庫管理ソフトをパソコンに入れて「これに入力しましょう」と呼びかけたところ、猛烈な反対に遭ったんです。キーボードが打てないとか、そんな時間があったら1個でも多く出庫すべきだとか。
一方で、休憩時間になると、みなさん血眼になってスマホゲームをやっているんですね。「そうか、スマホならみんな触れるんだ」と、2013年秋にスマホ用の在庫管理アプリを自作しました。操作の簡単さを重視し、初期画面のボタンは四つだけ。すると今度は使い続けてくれました。これがzaicoの原形です。
2013年に自作したアプリの初期画面。のちのzaicoへとつながった
――実家の倉庫会社のためのアプリだったものを一般向けのサービスにしたのはなぜですか。
田村倉庫の業績を上向かせるには、新しいお客さんを探して荷物を預けてもらう必要がありました。そこで、開発済みの在庫管理ソフトを無料で公開して、ソフト内で営業すればいいと考えたんです。具体的には、ソフト内で管理している荷物について「田村倉庫に預ける」という指示を出せるよう改良しました。すると「預かってほしい」という依頼が全国から舞い込んだんです。ちょうどECが盛り上がり始めた時期で、山形県の一角に限られていた商圏が一気に全国に広がりました。
私はその頃、クラウド会計ソフトの「freee」でエンジニアやプロダクトマネジャーとして働いていました。電車で座って通勤する時間などを使ってソフトの改良を続けました。おかげさまで田村倉庫の業績は次第に回復し、ソフトの機能も充実してきたので、実験的に有料プランを作ってみたんです。すると意外と利用者がいて、2016年にはこれ一本でも食べていけるくらいになりました。無料会員も含めたユーザー数が3万人に近づくなど手応えを感じたことから、2016年10月に独立して株式会社ZAICOを設立しました。
起業を後押しした要素は他に二つあります。一つ目は、手が回らなくなったこと。それまで開発やカスタマーサポートには本業以外の空き時間を充ててきましたが、ユーザー数が増えると対応しきれなくなりました。会社員との二足のわらじに限界を感じました。二つ目は、こんなチャンスはなかなか巡ってこないんじゃないかという思いです。偶然にせよ、こうしたソフトが世に出て支持されるというのは、人生で何度もないことだなと。このチャンスを生かしたいと思いました。
2020年、モノを載せておくだけで自動的に在庫数を計測してくれるIoT重量計「ZAICON」を公開した頃の田村氏
プロダクトもブランディングも「簡単さ」を追求
――多くの在庫管理ソフトがある中、zaicoが支持される理由は何だとお考えですか。
操作が簡単なことに尽きると思っています。競合サービスにはエクセルなどの表計算ソフトのほか、専用システムもあるし、販売管理ソフトの機能の一部として在庫管理ができるものもあります。ただ、その多くは画面上の文字や数字を人の目で読んで、目の前のモノを確認しながら入力する形です。
zaicoは簡単さを追求しています。直感的に分かりやすい画面にし、一線で作業される方に「何とか使えそうだ」とまず思っていただく。その上で、スマホに文字を打つのは大変でしょうから、バーコードや二次元コードに加え、画像認識や音声入力でも在庫を登録したり探したりできるようにしました。山形の倉庫のベテランたちの顔を思い浮かべ、「彼らでも何とか使えるソフトを」と細部まで作り込んだ結果、リアルなモノの情報を最も正確に取れるようになりました。それが一番の強みだと思います。
簡単さはブランディングでも意識しています。在庫管理の現場って、段ボールや床や棚が景色の多くを占めていて、茶色や灰色の世界です。一般的な業務ソフトもだいたい灰色基調で、多くの人は見た瞬間に「ああ、使いたくない」となると思うんです。一方でお客さんに「なぜうちのサービスを使って下さるんですか?」と聞くと、「簡単そうだから」「自分でも使えそうだから」とおっしゃいます。こうした声を踏まえ、サービス名をZAICOからzaicoに変えました。ロゴもリニューアルし、「これは自分のためのソフトだ」と思ってもらえるよう、丸っこく、柔らかい感じを出しました。ホームページもポップな雰囲気に仕上げています。
上が旧ロゴ、下が新ロゴ。簡単さが伝わるよう、小文字で丸みを出すなど工夫した
――zaicoはクラウド会計ソフトのfreeeとのデータ連携が可能ですが、連携することでより簡単になるからということでしょうか。ご出身だからということもあるかと思いますが、連携の経緯や、ユーザーが得られるメリットについても教えてください。
モノが売れると企業は売掛金を計上し、代金を支払ってもらうための請求書を発行します。freeeでは売掛金の入力と請求書の発行ができますが、「いつ誰に何を何個売ったか」という納品履歴は別の表計算ソフトなどで管理する必要がありました。
一方、zaicoでは出庫時にバーコードや二次元コードを読み取るだけで、納品履歴を簡単に記録できます。独立後、すぐにデータ連携機能を開発し、「一緒にやらせてください」とfreeeにお願いしたところ、快諾いただきました。これにより、freeeのユーザーはzaicoの納品履歴を取り込み、売掛金の計上や請求書作成をスムーズにできるようになりました。
今までは余力がなく、freee以外とのデータ連携が進んでいませんでしたが、ようやくzaicoのプロダクトとしての完成度が高まってきたので、今後は他の会計ソフトとの連携も模索したいです。
会社経営は「超高度なプログラミング」と自分を鼓舞
――エンジニアとしてご自身で開発できることは大きな強みであるものの、同時に経営者としての役割もしっかりと果たさなければならない。全く違う難しさがあるように思うのですが、意識していることや気をつけていることはありますか。
確かに脳の違う部分を使っている感覚はあります。ただ、誤解を恐れずに言うと、経営って超高度なプログラミングだと思うんです。プログラミングって実は単純で、「画面のここを点滅させて」と指示を出せば、その通りに動いてくれます。ただし人の場合、そうはいきません。モチベーション高く働いてもらうためには、いろんなことを考えないといけない。絵や図を使って説明したり、イメージやビジョンを語ったりして、組織を動かしていく必要があります。
私はパワポで資料を作るよりプログラミングをしている方が100倍好きですし、人を動かすのが上手とも思っていません。そんな時にどうやって自分を奮い立たせるかというと、「これは超高度なプログラミングだ」「これを使ってこう説明して、みんなを動かそう」と考えるんです。すると楽しくなってくる。「より難しいことに挑戦している今、自分は成長しているはずだ」という気持ちを原動力にしています。経営をプログラミングに例えると冷たい感じがしますが、「人に動いてもらうための仕組みを考える」という意味で、共通点もあると感じます。
――経営者として大切にされていることも教えてください。
二つあります。一番大切にしているのは、お客さんから離れないことです。ITのシステムを作っていると「こういうKPIを設定して、この数字を上げて……」と、ついロジカルにやりがちです。それは悪いことじゃないんですが、時にお客さんから離れてしまうんですね。商売を成り立たせるには、お客さんが喜んでくれるもの、価値を感じてくれるものを正しい値段で売らないといけません。
そのためにも、お客さんの声を積極的に拾い、サービスや機能の改善につなげてきました。私自身、今も導入相談という形でお客さんの現場によく行きます。すると、ただミーティングをしているだけでは分からない業務フローが見えてくるんです。「ここに時間を取られている。こういう機能で解決すれば、お客さんは価値を感じてお金を払ってくれるのではないか」と気づくきっかけになります。
もう一つは、ワクワクすることをやることです。事業でお金がもうかるのは確かに面白いし、うれしいです。でも私の場合、それだけじゃモチベーションって維持できないんですね。お金がもうかるのは、お客さんの役に立った結果に過ぎません。「これを作ったら世の中が良くなるんじゃないか」「みんな驚いてくれるんじゃないか」というワクワクする気持ちを大事にしたいです。
商品を世に出す楽しさは祖父から、商売の厳しさは父から
かつての田村電機製作所本社。現在のサクサホールディングスの前身の一つ
――顧客に寄り添い、世の中の役に立ちたいという気持ちを強くお持ちの一方で、商売人としてのシビアな視点も備えられていますが、そのバランス感覚はどう養われたのでしょうか。
実は祖父が一代で東証一部(現在はプライム)上場企業を作った人なんです。田村電機製作所という会社で、今は経営統合して名前が変わってしまったんですが。昔の様子を描いたテレビ番組や映画で目にされたことがあると思うのですが、赤やピンクの公衆電話などを作っていたそうです。かつては「公衆電話といえば、これ」という存在でした。
学生時代は祖父の話を聞いても、そのすごさがピンと来ませんでした。でも、自分で事業を始めてから変わったんです。特定の分野でシェア1位を取る難しさや、事業を通じて世の中にインパクトを与えることの楽しさを、身をもって感じるようになりました。
私はzaicoを「在庫管理ソフトといえば、これ」という存在に育てたいし、サービスを通じて在庫管理という仕事のあり方を変えたいと思っています。そして祖父は、時代や分野こそ違えど、私の目指すことを成し遂げたわけです。祖父の生き様はすごいな、人生楽しかっただろうなと思います。
同時に、祖父にそれだけのことができたのに、自分はなんて小さいんだろうと恥じるような気持ちもあるんです。小学校しか卒業していない祖父に対して、私は大学院まで出させてもらいましたから。最近、「人生の賞味期限」のようなものを意識するようになりました。世の中の役に立てそうな分野が目の前に転がっていて、IT化という時代の追い風もある中で、そこに向かって努力しないのは自分の怠慢だなと。
商売の厳しさは父から学んだと思います。商売として持続可能であるために何が必要か、いつも苦労している父を見て、考えさせられました。理想だけじゃご飯は食べられないし、お客さんの役に立つことを考え続けないと仕事はなくなってしまいます。なので祖父と父からの影響がミックスされた感じですかね。
ZAICOでは「テクノロジーの力で世界中のモノの情報を、集め、整え、提供し、社会の効率を良くする」というビジョンを掲げている
――今後のzaicoの展開や目指すことについて教えてください。
まだまだ市場のほんの一部にしか、zaicoというサービスを届けられていません。例えば、「zaicoを使うと、みなさんの仕事はこんなに楽になりますよ」「3人くらい別の部署に回せますよ」と訴求することで、ユーザー数は大きく伸びる余地があります。そのための社内体制を強化するのが目先の取り組みです。
長期的には「在庫管理界のシマノを目指そう」と社内でよく言っています。私は自転車が趣味なのですが、スポーツ自転車向け部品で圧倒的な世界シェアを占めているのがシマノです。様々なブランド名で売られている自転車にも、多くのシマノ製部品が使われています。そんなシマノのように、あらゆる外部サービスと連携し、「リアルなモノの情報を知りたいなら、zaicoにつなげばいい」という立ち位置を目指したいです。
そのために新しい技術を使い、今までにない価値を生み出していきます。すでに、在庫の増減を10分おきに自動計測してくれるIoT重量計を実用化しました。このように、ZAICO社が掲げる「世界中のモノの情報を、集め、整え、提供し、社会の効率を良くする」というミッションを果たすため、リアルなモノの情報を突き詰めていきたいです。
■プロフィール
田村 壽英(たむら・としひで)
株式会社ZAICO代表取締役
1983年、山形県生まれ。東京工業大学大学院修了後、ITコンサルティング会社「フューチャーアーキテクト」を経て、SaaS型クラウドサービス会社「freee」に入社。2013年、家業の田村倉庫の経営を助けるため、スマホ用の在庫管理アプリを開発した後、「スマート在庫管理」として一般公開。ユーザー数の増加に伴い、2016年10月、freeeを退社してZAICOを設立した。主力サービスであるクラウド在庫管理ソフト「zaico」は、クラウド在庫管理アプリとしてダウンロード数1位の座を固めている。IoT重量計「ZAICON」、理化学機器のリユースマーケット「ZAI」などの姉妹サービスも展開している。
zaico ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
取材・文:朝日新聞社ツギノジダイ編集部