未来のために尽くせば、
みんな仲間になる
—男鹿市の方々にしても、融資をした金融機関の方々にしても、前例がないほどのサポートを受けられていると感じますが、出会う人出会う人をその気にさせる、その力は何だと思いますか?
わからないです(笑)。さっき(前編 の最後で)言ったような自分で自分を見ている感覚も今こうして話していたら気づいたくらいなので。でも、よく「どうやって上の人たちを説得したの?」って聞かれるのですが、若い人って「これからは僕たちの時代だから僕たちに任せなさい」という風に言いますよね。これは年上の人からしたら嫌だと思うんです。だから僕はどういったように伝えるかというと、「いずれ僕にも(みなさんと同じく)死ぬ時が来ます。でも、僕は死んだ後の未来に尽くしたいんです。だから一緒にその礎をつくってくれませんか?」と。そうすると、仲間になれるんです。同じ目線になれるので。20年30年のギャップなんて人類の歴史からしたら儚いものですから。
一緒に未来のための話をするということですね。
実行力、スピード感、未来を提示する力、そういったものがこの地域を動かすと思っているので、そこは明確に提示しています。ワクワクする未来を僕らの事業で感じてもらえるかどうか。秋田の可能性について、いつも考えていますね。人が15年かけてやることを、3年間でやり切ると決めて、スピード感を大切にしています。なぜなら、人口は刻一刻と減少している。高齢化率は50%を超えていて、出生数も一昨年70人から去年は58人に減っている。僕が生きているうちに町がなくなってしまう勢いです。
—人が15年かけてやることを、3年間でやり切るというのはかなりスピーディーですね。怖いと思ってしまうことはないでしょうか?
僕の人生哲学はふたつあります。「誰もがいずれは死んでしまう」と「人のための方が力が出る」です。全ての悩みはこれで解決できるので、僕は悩むことないです。今やれることを最大限やらないと方が後悔する。
—いろいろなことが同時進行になると思うのですが、どう対応されるのでしょうか?優先順位をつけられているのでしょうか?
とにかく来た球は全部跳ね返すようにします。僕のところで停滞させない。スタッフも外部も含めて流していって、僕のところで止まらないようにさえすればだいたいの物事は早く進むと思っています。停滞してしまうものも全くないわけではありません。でも、そういうのはタイミングじゃないのかな、と思います。逆に、いい循環でいられるときは、やる必然性があることなのかなというか、本当に奇跡的なことが起きることも生きているとあるんですよね。
新たな価値を与えること、
成長を実感することが未来をつくる
—今年4月には、廃棄される可能性のある酒粕を価値ある商品へと生まれ変わらせる食品加工場「SANABURI FACTORY」をオープンして、酒粕を発酵させた「発酵マヨ」などオリジナルの調味料の販売を開始されました。「発酵マヨ」とはどういった経緯で生まれたのでしょうか?
現状、秋田県だけでも年間400トンの酒粕が捨てられています。家庭での消費が減ったり漬物屋さんが減ったりと、いろんな背景がありますが、廃棄量は増えていくと予想されています。昔は、酒粕の売り上げで従業員の給料を賄えていたという時代もあったくらいだと聞いたことがありますが、今はその逆で酒造メーカーはお金を払って廃棄することもある。日本酒業界の低迷の一因でもあるのではと思えるほどなんです。だから、僕はそれ(酒粕)に価値をつけてあげたいんです。そうすれば、秋田の酒造メーカー全体を下支えできようになるはず。日本酒業界を盛り上げることに間接的にでも貢献したいと思い、開発したのが発酵マヨだったんです。酒粕は、粕取り焼酎のように蒸留してジュニパーベリーを漬け込めばジンにもなる、というように他にもいろんなものが作れる。そうやって酒粕に価値を与えることで日本酒の未来を少しでもサポートできたらいいと思います。僕は日本酒に恩返ししたいと思っているので。
—かなりのスピードで事業が成長している中、苦労されたことや失敗もあったのではないでしょうか?
組織というのは、大きくなればなるほどいろんなことがあるなと思うといいますか。経営者は孤独だっていいますよね。創業期は仲間たちと共にスタートして、やはり経営者が一番いろんな経験をするので、どんどん成長していく。そうすると経営者とそれ以外のメンバーにギャップが生まれる。すると、メンバーが「自分はいなくてもいいんじゃないか」という思いを抱くこともあり得ます。僕としては働いてくれる人たちの幸せを第一に考えているので、ついてこられない社員が出てきたとして、それを仕方ないとは思わないんです。今関わってくれている人たちが僕の会社にいてよかったと思ってもらいたいので。
ただ、実際そういう状況下で、事業が増えていくというのはカオスなので、みんな不安になります。実は、そうした状況はラーメン店をオープンする前にありました。僕は全国を飛び回っているので、会社を留守にしてしまうことが多いのですが、帰ってきて指示を出すとみんな安心するんです。なので、具体的な指示を出して、もしうまくいかなかったら店を閉めればいいし、無理にずっと開ける必要もないと、不安を取り除くことに腐心しました。開店してみたら、調理の速度は日に日に上がるし、お客さんは喜ぶし、連日完売だしで、結果うまくいったのですが。
でもやっぱり組織というものをつくっていかないといけないんだ、と実感しました。各事業で、ある程度責任を持ってやってくれる人を決めていく。かつ今までの事業はほぼ僕ともう一人くらいが主導で進めてきていたことも振り返ると、やっぱり置いてきぼりになる気持ちはわかります。自分でやるのが一番早いのでついついそうしてしまいがちなのですが、今後は社内でチームを作ろうと。事業を立ち上げることはすごく面白い。そして、その中で成長する人間も面白い。アルバイトの人にも、新しい事業づくりから関わってもらって、成長を実感できたらいいなと思っているんです。
事業を起こすことだけが偉いわけではない
既存事業のなかで新たに事を「企てる」ことも大切なこと
—男鹿に人が集まってくるように意識して行動されているように思ったのですが(首をかしげて考える岡住氏を見て)、実は無意識だったりするのでしょうか?
でも、やっぱり意識的ですね。チャンスだって思ったら絶対それを掴んで離さない。ありがたいことに、「応援したいから」と力を貸してくれる人たちが多いんです。先ほど話したように、そういう優秀な人たちが共感ベースで協力してくれるような存在に自分たちがなっているかは意識しています。拠点をつくったことで、いろんな人が見に来てくれるのもあります。その時には、ここに来てくれたということを、ちゃんと形に変えていく。ありがたいことに、イベントなどでいろいろなところに行かせていただける機会があるので、例えば面白い料理人やバーテンダーと出会った時には「うちでイベントやりましょう。いつにします?」って、その場で日付を決めちゃうくらい。運は気づかないうちに目の前を通り過ぎているかもしれないので、掴まなくちゃいけない。一つひとつ大切にしていけば何か面白いことが起こる。そしてそれが連鎖していくんだと思います。
—最後に、アントレプレナーシップとはどのようなものだと考えられているか教えてください。
ビジネスモデル、マーケティング、ブランディングなど起業全般の知識を総括するものだと思っています。「起業家精神」と訳されますが、日本だと「起こす」ほうの「起業」で語られることが多いですが、僕の先生はよく「起こす時だけじゃない」ということを言っていたことをよく覚えています。つまり、新しく事業を起こす人たちだけの話じゃないのです。既存事業の中で何かを「企てる」人にとっても大事な話なんだ、ということを僕は教わりましたし、そう思っています。物事をうまくいくようにする心構えとして、アントレプレナーシップを持つことは大切だと思います。とても平たくいうと、せっかく生きているのだから、ずっと楽しく過ごしたい、自分の人生を全うするためにがんばりたいし、人のためにがんばるほうが絶対に力が出る。今でいえば、クラフトサケやその他の事業を通して秋田のために仕事を生むこと、それが僕にとってのアントレプレナーシップだと思います。
■プロフィール
岡住修兵
稲とアガベ株式会社代表。1988年、福岡県生まれ。神戸大学経営学部卒。2014年、秋田県・秋田市「新政酒造」で酒造りを学ぶ。2018年、退社。起業準備。その間、東京都・浅草「木花之醸造所」で初代醸造長を務める。2021年、秋田県男鹿市で「稲とアガベ醸造所」を設立。「米を磨かず技術を磨く」をモットーに、秋田の自然栽培米を使用し、新ジャンルの酒「クラフトサケ」を造る。2022年、日本各地のクラフトサケ造りに励む仲間たちと、業界団体「クラフトサケブリュワリー協会」を立ち上げ、初代会長を務める。2023年、廃棄される食材を宝物に変えるというコンセプトの食品加工所「SANABURI FACTORY」を立ち上げ、酒粕を利用した「発酵マヨ」などをリリース。同年夏には、「一風堂」監修のレシピによるラーメン店「おがや」をオープン。いずれも醸造所近辺にあり、街に賑わいを生んでいる。
稲とアガベ (外部サイトに移動します)
■スタッフクレジット
写真:猪原悠 取材・文:浅井直子 編集:舘﨑芳貴(RiCE.press)