一歩引いて街を見ると、ビジネスチャンスが浮かび上がってきた
――現在東京だけでなく、宮崎にも拠点を置いて仕事をされていますが、きっかけは何だったのでしょうか?
2017年の終わりごろ、祖母の他界をきっかけに、地元である宮崎県都城市へ久しぶりに帰省することになったんです。帰ってみると実家の近くに「都城市立図書館」という大きな文化施設ができていて、図書館へ通えば仕事もできることに気づいて。特に仕事の拠点を置こうという気持ちはなく、ちょっと息抜きをしにいくような感覚で宮崎を訪れるようになりました。
地元を長く離れていると、街の変化も顕著に見えるんですよね。UIターンで移住している人が増えて、地元の人も代替わりしている。その状況を知るにつれ、次第に都城という街がおもしろく感じるようになっていきました。
ステレオテニス氏(左)。都城市立図書館で開かれた、「好きなことで生きていくヒント」について学ぶトークイベント『おしえて先輩!』の様子
過去に行われた「おしえて先輩!」のフライヤー
――そこから、宮崎での仕事はどのように広がっていったのですか?
まず、人の流れやお店など街の様子にどのような変化があったのか、インスタグラムなどで事前に調べてお店の方にアポイントを取り、インタビューをして回りました。ただの純粋な興味で、誰に頼まれたわけでもなく自発的にやっていましたね(笑)。
そして話を聞いていくうちに、都城という街を「愛着のある故郷」としてではなく、まったく知らない街として見る、「一歩引いた視点」が生まれて。「街の人たちは結構新しいもの好きなんだな」「ここに感度が高い人が集まってくるんだ」ということがわかり、ますますおもしろくなっていきました。
インタビューの資料がある程度たまった頃、東京での仕事の息抜きに通っていた都城市立図書館の館長にトークイベントの企画を持ち込んでみたんです。中心市街地にあって、さまざまな世代の人たちが集まる交流の場でもあるのでいろんな人がこの土地に住み、さまざまな仕事をしている、仕事の多様性や生き方を伝えたいと思い提案したら、企画を採用していただき、仕事が生まれるきっかけになりました。「都城の仕事」ができたことで、仕事として行き来する理由が生まれて、その仕事を軸に二拠点の活動を行っていきました。
仕事をするための補助金を利用し出したのもこの頃です。最初は持ち出しでしたが、補助金にまつわる資料や手続きを勉強し、実際に活用していました。
――都城市へ「移住する」という考えはありましたか?
いえ、東京を離れることは考えていませんでした。先ほどもお話したように、愛着を抱きすぎてしまうと、つい贔屓してしまうなど、偏った見方になる可能性もあります。「地元の人間」という視点をあえて切り離して、都城市について考えたかったのです。
ただ、地元ですし、そういった意味では他県の人間では持てないある種の愛着はあると思います。
アイデアだけではなく、自分から動いて結果で示す
――都城市では、図書館だけでなく、個人商店の仕事もされているそうですね。
はい。友人の実家が歴史ある婦人呉服店で70、80年代の服の在庫が大量に眠っていて。時代のリバイバルもあり、イケてる服がたくさんあったので、私のほうでセレクトさせてもらい、リブランディングとしてスタートし、ECサイトで販売しています。同じ手法でメガネ屋さんもプロデュースさせていただきました。いまで言うアップサイクル(古くなってしまった不要な製品に新しい価値を見出すプロセス)のようなイメージですね。
ステレオテニス氏が手がけるECサイト「MOM’s DRESSER」※外部リンクに移行します
――なぜその取り組みを始めようと?
フィールドワークで街の人や移住者と対話を続けていくうちに、魅力的なのに活用されていないものがたくさん見えてきたんです。私はデザインやイラスト、グッズ製作の経験もあったので、それらを活かし、本人たちが見落としていたり、気がついていなかったりする魅力を見出すことで、面白い表現ができるし、在庫が捌けないといった問題解決につなげることもできるのではないかと考えました。
重要なのが、アイデアだけ出して相手に任せるのではなく、きちんと経営者の歴史や思いを汲み、新たにストーリーを加えることだと思っています。「ロゴやコンセプトを考えるから、私にやらせてもらえませんか?」と提案し、まずは自ら行動に移して、結果や数字で示すこと。収益についても、リブランディングなどに必要なロゴ製作費を請求するわけではなく、売上の一部をもらうというかたちを提案させてもらいました。自分で仕事をつくって、自分で回収していくという方法にしたら、相手も「わからないけど、おもしろそうだからやってみようか」と乗ってくれるんです。
――自分が「おもしろい」と思うことを信じて、どんどん動いた結果ですね。
地方での仕事は、「課題」が「ヒント」になり、「自ら楽しみながら解決」できることもあると考えます。「おもしろさ」や「遊び心」を原動力にすれば、小さくスタートしてもやがては大きく膨むはず。実際にやりながら「こんなことも仕事になるんだ!」という発見がたくさんありました。都心であっても、地方であっても、海外であっても、常に遊び心を大切にし、自分がその土地でやりたいビジョンさえ持っていれば、どこでも楽しく仕事ができるのではないかと思います。
――東京とのギャップを感じたことはありますか?
宮崎は東京の仕事と違って、決定権を持つ人と直接関わることができたり、プロジェクトに関わる人数が多くないので仕事をすばやく進めていけるのがメリットだと思いました。また、「自分で仕事をつくる」という経験は、未開拓のコトやモノが隠れている地方でしかできなかったと感じています。
一方で、難しい点もあります。以前、寿司屋を営んでいた両親のために、寿司屋の厚焼き卵をサンドイッチにするという、リブランディングを打ち立てたことがあったんです。でも、当の本人である父がまったく動こうとしない(笑)。「理屈」だけでは、説得材料として足りないんですよね。
父に限らず、これまでの自分の仕事ややり方を信じて貫いてきた、自信やプライドが強い方もいらっしゃいます。彼らを尊重し合いながら動いていただくのはとても大変なこと。私の場合は、アイデアを押しつけるばかりではなく、どんな思いでその人が事業を始めたのか、相手の話を真剣に聞き、掘り下げていきました。そうしているうちに相手に信頼していただけるようになり、自然といまの思いを私に話してくださるようになりましたね。まずはお互いがリスペクトできる関係性になったうえで、ほどよい距離感を保ちながらアプローチすることが大切なのかもしれません。
あとは人間関係ですね。地方のコミュニティーは協調性が強いので、仲良くなることで遠慮したり円滑に進めことを優先しすぎたりして、本音が言いにくくなる場合もあります。私が都城で一番シンパシーを感じている、Iターン移住のご夫婦も、自立心を強く持ちながら街を俯瞰し、それでいて街を愛する感覚を持ちあわせていらっしゃいます。ときには、一歩距離を置いてみることも大切だと思います。
ステレオテニス氏のご家族が出店された、だし巻たまごサンドの屋台
仕事は「つくるもの」。自分ができることから小さく始める
――二拠点生活によって、仕事に対する考え方や視点に変化はありましたか?
東京だけに拠点を置いて働いていた頃は、 デザイナーやイラストレーターとして評価されていたものの、実際に反応を感じられる機会は少なかったです。都城に通い始めたことで、相手の喜ぶ顔を直接見られるようになり、「還元できているなあ」という感覚も得られて、仕事に手応えを感じられるようになりました。それと同時に、街や人の流れを読み取り仕事のアイデアを生み出すプロデューサー的な観点も身についたと思います。
――経営者的な観点が身についたとのことですが、「お金」に対する意識の変化はありましたか?
お金に関しては、昨年の緊急事態宣言を機に、お金の勉強をはじめて、インスタグラムで情報を発信していた集大成として、オンラインで『STUDY FOR MONEY』というイベントを開催するなど、お金の仕組みをわかりやすく伝える活動を始めました。「お金」と聞くと理解しづらいイメージもあると思いますが、私ならではの視点でものの見方や角度をポップに楽しく変えるといったアプローチは地方で培った感覚が生かされていると思います。
お金の仕組みをわかりやすく伝えるオンラインイベント『STUDY FOR MONEY』
――最後に、これから二拠点での活動を始めようと考えている方にアドバイスをいただけますか?
私としては、仕事が来るのを待つ姿勢で移住するのは、あまり得策ではないと思います。ものやサービスにあふれた東京と違って、地方は未解決の課題だらけ。能動的に動けば、地元の人たちからヒントも得られるし、自分ができることも浮き彫りになるから、仕事のアイデアが浮かびやすいです。もし不安を感じたら、すでに動いている人に相談してもいいと思うし、コロナが落ち着いたら、最初は旅行の延長で気軽に通うのでも良いと思います。大切なのは、あまり最初から大きく広げすぎずに、人の役に立つところから小さく始めることです。
地方の仕事は、すべて色が違い、おもしろく、印象的です。ただ、「自分らしい」仕事がつくれないと、「依頼されている」という感覚が拭えないと思います。それでは、都心で働いているのと変わりがありませんよね。そうならないために、「自分は何ができるのか」をちゃんと把握しておくこと。大層なスキルはなくてもいいんです。自分はどういう経験があって、何が得意で、どんな人との関わり方が心地良くて、何に喜びを感じるのか。そういったコアの部分と向き合うことが何よりも重要です。自分の可能性を洗い出したり、見直したりすることで、「自分が地方に還元できること」が見えてくると思います。
■プロフィール
ステレオテニス
グラフィックアーティスト・イラストレーター。宮崎県都城市PR大使。音楽やファッションなどカルチャーシーンを中心に、広告表現や空間プロデュース、イベント企画を手がける。80年代のノスタルジックなトーン&マナーを作風に取り入れながら、現代のリアルさを共存させたグラフィックデザインが特徴。近年は地方を視野に入れ、これまでの経験を生かしたプロデュース業や、クリエイティブディレクションに積極的に取り組んでいる。
■スタッフクレジット
取材・文:宇治田エリ 写真提供:ステレオテニス 編集:服部桃子(株式会社CINRA)