リモートワークの広がりによって、地方移住や二拠点居住は特別な選択肢ではなくなりつつあります。しかし、地方でビジネスを立ち上げるとなると容易ではありません。事業として成り立つか否かという視点だけでなく、その土地ならではの習慣やコミュニケーションの特性など、考慮すべきことがいくつもあるからです。
編集者の徳谷柿次郎氏は、数年前から東京と長野の二拠点居住を始め、2021年8月には長野の信濃町に家を購入。経営する株式会社Huuuuのオフィスは東京に残しつつ、自身の活動の拠点を長野に移しました。そして、ここから全国各地へ飛び回り、地方の魅力を掘り起こす取材活動を実施。その成果は、ウェブメディア『ジモコロ』をはじめ、さまざまなかたちでアウトプットされています。
地方に暮らし、地方を転々と旅しながら、現地での出会いを仕事につなげている徳谷氏。いかに土地感も地縁もない場所に入り込み、どんなアクションを起こしてきたのか、お話をうかがいました。
二拠点居住を経て、長野の山間に家を買う
――徳谷氏は大阪出身で、東京で会社員として働いたのち、2017年に株式会社Huuuuを設立して独立。ほどなく、長野と東京の二拠点生活を始められましたが、最近また少し状況が変わったそうですね。
はい。以前は完全な二拠点生活で、東京と長野を行き来していました。二拠点を軸に、全国各地で取材をする。それを4年くらい続けていましたが、少し前にそれをやめました。東京の家は引き払って、いまは長野の家がメインです。市街にある賃貸物件のほかに、郊外の信濃町に中古物件を先日買ってしまいました。今後は、長野市の家と信濃町の家を「二拠点往復」する予定です。
畑つき400㎡の中古物件を購入。これから地元の「天才大工」に改修してもらい、今秋から住み始めるというご自宅
家の前には田畑と山、あとはひたすら空と雲だけが広がっている
――東京との二拠点居住を解消したのは、コロナ渦の影響もあったのでしょうか?
そうですね。それも理由の一つではあります。以前は月の半分も長野にいなかったんですけど、コロナ渦なのでやはり移動を控えつつ、月の7割くらいは自宅にいます。仕事もここでやるし、庭いじりやサボテン、熱帯魚を育てたりと、「ちょっと手間のかかる用事」を意識的に増やして家にいる理由をつくるようにしていますね。そうやって、自分の行動に楽しく制限をかけつつも、相変わらず面白そうなことがあれば、十分に配慮したうえで地方にも出かけています。
――畑つきの戸建てを購入されたことで、自宅での時間もさらに豊かになりそうですね。ちなみに、物件はどのように見つけられたのでしょうか?
口コミですね。信濃町の環境は前からすごく気に入っていて、1年以上前から探していたんです。それで、ずっと信濃町に住んでいるおばあちゃんから「この家、すごくいいと思うんだよね」という話を聞き、実際に見てみたら本当に最高で。畑もついているし、目の前に山があるのがいい。畑の前にでかいウッドデッキをつくって、その先に小屋を建てようと思っています。そこで、山を見ながら仕事をしたいと思っています。
自身が地方に暮らすことで、取材対象との視点を合わせる
――長野に完全移住され、いまは仕事も主に長野でしているということですが、経営されているHuuuuのオフィスは東京にあります。長野と東京で、どのように機能を分けているのでしょうか?
まず、東京のオフィスは現在のHuuuuのメイン業務である「東京を中心としたメディアの仕事」を円滑にするためのベースという位置付づけですね。下北沢の「BONUS TRACK(ボーナストラック)」のなかにある、つねに4、5人が集まれるコワーキングスペースを拠点に、東京に住んでいる社員やアルバイトだけでなく、仕事をお願いしているフリーランスの方にもきてもらい、コミュニケーションが取れるようにしているんです。僕も月に数日は顔を出し、十分に配慮したうえで対面でみんなと話すようにしています。
一方の長野は僕自身の暮らしの拠点であると同時に、地方から面白いことを仕掛けていく場所です。例えば、善光寺の近くで経営している「シンカイ」というお土産屋。数年前に半ば思いつきで始めたお店ですが、いまではHuuuuが長野で活動する際の「名刺代わり」のような存在にもなっています。僕らはまだまだ新参者なので、地元の人たちと何かを始めようとする時にはまず「自分が何者なのか」を説明する必要がある。その際、市街でこんな店をやっていますというとわかりやすいし、地域に根を下ろして活動していることで信頼してもらえるような気がします。
徳谷氏が経営する「シンカイ」。地元のお土産だけでなく、Huuuuと関係値のある郷土の雑貨や物産品、服や本などを全国各地から集めて販売。これまで『ジモコロ』で出合ってきた物や人を凝縮した場所でもある
2021年の11月には長野市街にオフィスをつくる予定です。東京の仕事は東京チームに任せつつ、僕はこっちで新しいオフィスを拠点に、長野での事業を育てていきたい。というのも、メディア事業というのは取材者の立場でしか関われないので、どこまでいっても「よそ者」なんですよね。その土地にカッチリとはまるためには、やはり地域にしっかりと根を張った事業をつくらないといけない。
いまは、東京と長野で「人生ゲーム」の車を二つ同時に走らせているような感覚ですね。ここにきて、長野の車のスピードが上がった感じでしょうか。
立ち上げに関わり、現在も編集長を務めるウェブメディア『ジモコロ』。徳谷氏がローカルの魅力を知るきっかけにもなった
――徳谷氏は『ジモコロ』の取材などで全国各地を飛び回られています。各地への移動を考えると東京からの方がアクセスもいいように思えるのですが、あえて長野に拠点を置かれることに、なにか利点を感じていらっしゃいますか?
やはり地方都市が抱える悩みや課題は、どこも似通っています。長野に住んでいたほうがそういったことを当事者に近い立場で感じられ、地方で何かをされている人たちと同じように視点を合わせられるというのはあると思います。取材に行く先々で知人や友人を訪ね、そこで、お互いに抱えている課題を話して、「地方をいかに盛り上げるか」、次にどう動くかのヒントをもらうこともできるんです。
いま、地方都市は本当に大変なことになっています。絶え間なく人が訪れていた繁華街や人気のお寿司屋にも、お客さんが全然いなくなってしまって。でも、これまでやってきた意地があるから、ネタはいままでと同じ最高のものを用意して、なんとか踏ん張っている。ほかにも、この状況のなかで新しい事業を立ち上げようとしている人もいて、そんな姿を見ていると自分自身への刺激にもなるし、少しでも何か力になれないかと思うんです。
いずれにせよ、僕はいまあえて可能な範囲で全国を回り、各地域で歯を食いしばって生き残ろうとしている人たちの姿を取材していることは、コロナが収束して再び経済が回り出したときにも絶対に役に立つと信じています。
「取材」ではなく、「滞在」してつくるからこそ面白くなる
――「記事や仕事になるかどうか」ではなく、人に対する思いや興味を原動力として動かれているように感じたのですが、取材効率という点で考えると、全国各地を飛び回る労力やコストがかかってしまうのではないでしょうか。
効率やコストパフォーマンスという点では最悪のつくり方をしていると思います。それに正直、体力的にもしんどいですしね……。じつは、以前は僕も取材効率を重視していて、先方に1時間だけ話を聞いて、パパッと記事にするっていうやり方でした。特にHuuuuを立ち上げる以前、会社勤めの編集者だった頃は、「1泊するなら最低3本は記事をつくらないと元がとれない」みたいな思考でしたね。
いまは逆に、長い時間をかけてその物事にじっくりと触れたうえで、記事をつくりたいと考えています。だから、一回の出張で記事を一本もつくらないことも珍しくないですよ。最初の2、3回は、相手との関係性を築くことに専念するというか。
特にここ数年は取り上げるテーマが複雑化しているので、何度か通って関係性を作らないと、記事を作るための仮説すら浮かばないということが増えました。だから、取材の予定がなくても何日か地方に滞在することもあります。
旅をするというよりも、その土地の日常を体感することによって、そこで暮らす人たちの地に足のついた価値観に触れられるのだと思います。だから、ここ数年は取材などで訪れた場所にしばらく滞在して、地元の人と交流したり、話を聞いたり、合間に街の理容室に行ってヒゲを剃ってもらったりしています。効率だけを重視する取材だと、どうしても「面白いところ。珍しいところ」だけフォーカスしてしまうけど、それだけじゃなく出来る限りその土地の「日常」を知らなきゃいけないと思って。
――地元に深く入り込むからこそ、コンスタントに面白い記事を発信し続けられているんですね。
はい。また、そうした「滞在」によって、記事のタネがどんどん増えていきます。記事のストックが足りないときに、「こんなのあるけど、どう?」と取り出せるものがいくらでもある。コスパの悪い取材を続けてきたことが、結果的に自分たちを助けてくれているように感じますね。
その土地を知れば知るほど、物差しが長くなる
――地方で何かアクションを起こしたくても、新しい生活、新しい仕事、新しい人間関係に不安を覚えてしまう人は多いと思います。最初の一歩を踏み出す際に、重要なポイントは何でしょうか?
「少しずつ距離を詰めていく」ことじゃないかと思います。例えば、山間にはシャイな方が多いので、外から来ていきなり仲良くなることはできません。やはり2、3年はかかると思うんです。何の関係性も築けていない状態で家を買ったりオフィスを構えたりしてガッツリ拠点を移してしまうと、だいぶ苦労するはず。
――では、どうすればいいでしょうか?
まずは、「ちっちゃく通う」のがいいと思います。例えば、まずは1週間くらいそこに滞在して、地元の人が集まる店で飲んでみる。あとは、それこそ街の理容室で髪を切ったりヒゲを剃ったりして、地元の暮らしを体感してみる。そうやって街と人を、じっくり時間をかけて知っていく。
それを半年も続けていれば、自分が知らない地元ならではの仕事やコミュニティーがあることに気づけると思います。次は、そこへガッツリ入っていくなどして、グラデーションの濃度を上げていく。その頃には、自分がそこで本当にやりたいこと、叶えたい暮らしもハッキリわかっているし、それを叶えるための仲間も増えているんじゃないでしょうか。
――関係性をつくるだけでなく、その場所が自分に合うかどうかもわかりそうですね。
そうですね。「地方」と一括りに言っても、自分に合う場所、合わない場所があります。同じ長野県内だけでも、場所によって全然やり方が違いますからね。移住するか否かの判断は、それがわかってからのほうがいい。
僕がやっているようなことって、いま住んでいる場所や仕事、家族との関係性をガラっと変えないとできないと思われがちなんですけど、むしろ、いきなり極端に変えすぎると失敗します。なるべくいまの環境を維持したまま、気になる場所に「ちっちゃく通い」ながら関係性をつくり、満を辞して地方移住や地方での仕事に臨むのがいいと思います。
感覚としては、自分のなかの「物差し」を長くしていくようなイメージです。最初は短い物差しでも、その街を深く知るうちにどんどん長く伸びていく。長くなればなるほど、いろんなところにリーチできるようになるし、手が届く人の数も増えていきます。
僕自身、最初に長野に来た時は10cmくらいの物差ししか持っていませんでした。でも、ちっちゃく通ったり、住んだり、お店をやったりしているうちに、気づいたらとんでもないところまで伸びていたような気がしますね(笑)。
■プロフィール
徳谷柿次郎
編集者 / Huuuu inc.代表取締役、『ジモコロ』編集長として全国47都道府県行脚して編している。ヒップホップ、民俗学、郷土玩具にも熱心で「やってこ!」の概念を提唱中。さらに、Gyoppy!、Dooo、やってこ!シンカイ、ソトコト連載など、多方面で活動中。
■スタッフクレジット
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 撮影:小林直博 編集:服部桃子(CINRA)