複雑化するビジネスの環境で、新たな挑戦を志す人々や、既存事業をフィットさせていこうと考える人々にとって、「これから」を先読みしていくことは欠かせません。
そこで今回は、主としてアメリカのビジネスやスタートアップ、カルチャートレンドに精通する宮武徹郎氏に、「いま注目している産業領域」や「今後の日本でも成長可能性がある領域」についてお話を伺いました。
宮武氏が今回、紹介してくれたのは「クリエイターエコノミー」について。ここで指す「クリエイター」の定義とは、基本的にはYouTubeやTikTokといったプラットフォームを通じ、「オンライン上でコンテンツを提供する人々」、あるいはリアルやオフラインでの創作活動が主軸であっても「ファンとのコミュニケーションをオンライン上でする人々」です。
彼らの活動を中心にエコノミー(=経済圏)がついてまわり、エコシステムが連動していることに、今後の兆しを見ることができるといいます。
宮武徹郎氏
情報の「アテンションとトラスト」が重要視されている
──クリエイターエコノミーの潮流が起きている、その背景にはどういった時代の変化があるのでしょうか?
インターネットで「アテンション」が重要視される傾向が強まったことが、まず大きな変化です。メディアやブランドが、さまざまなコンテンツをアウトプットするスピードが上がったことで、「いかに観てもらうか」を考えざるを得なくなっているからです。センセーショナルなタイトルや内容で注意を惹く、いわゆる「クリックベイト」といった方向性に寄せてしまいがちな中で、より重要になっているのが情報の信用性(トラスト)の観点です。
現在において、情報のアテンションとトラストを両軸で備え、最もフィットするのがクリエイターだといえます。なぜなら、クリエイターは個々人のライフスタイルをはじめ、ユニークな企画を立て、また自らの知見や経験を発信しています。視聴者はそれらに親近感をもち、パーソナルな部分を信じながら、情報を受け取っています。
──その変化を見るうえで、良い事例はありますか。
アメリカの有名YouTuberで「Dude Perfect」は参考になります。彼らは大学生時代の仲間5人組で、2009年に初投稿をしてから活動を続け、チャンネル登録者数は5730万人を超えています。広告収入も全米でトップ10入りを果たす他、グッズ販売やライセンス提携も含め、数十億円規模の収益を上げています。
彼らはバスケットボールやゴルフなどを用いて、難易度の高いゴールを決める「トリックショット」と呼ばれるコンピレーション動画を制作し、フォーマット化することで成功しました。企業が広告パートナーシップを組む際にも、フォーマットによって出来上がる動画への期待値を把握でき、コラボレーションしやすいのが魅力です。
他にもリテール店舗と提携し、店舗内で商品を使ったトリックショットを撮影したり、玩具メーカーと組んでオリジナル商品を発売したりと、幅広く活動しています。トリックショットの他にも、日常シーンでの「あるある」を紹介する動画企画も好評です。たとえば、エアラインでの「あるある」を紹介する際には、それを解消するアイテムとして、クライアント企業の製品であるバックパックを取り上げていました。
多くの企業が関わりやすいフォーマットは、Dude Perfectの特徴の一つといえるでしょう。
プラットフォームの把握が欠かせない
──成功しているクリエイターに共通することとは?
YouTubeやTikTokといったプラットフォームが、どのような仕組みで運営されており、コンテンツを評価するアルゴリズムがいかに動いているのかを把握したうえで、自分たちらしい面白いクリエイティブを乗せているのか。またそれによって、いかに視聴者の行動変容を促せるのかも大切です。その一連も、クリエイターが考えるべき観点となっているわけです。
Instagramは写真よりも動画投稿機能の「Reels(リール)」に注力しているのはなぜか、TikTokでトレンドに入るカテゴリーをどう活用するか、Twitterでリツイートされやすいものは何か。そういったプラットフォームごとの特徴を理解し、オーディエンスとの関係性をいかに構築していくのか。それもクリエイターエコノミーを考える上では欠かせません。
現在ではプラットフォームも、より専門性に特化したものが生まれています。一例を挙げれば、ライブ中継サービスのなかでも、カードゲームといった特定のコレクタブルなものに話題を限定するサービスも生まれています。熱量のあるファンが集まる場所を作ることで、より関係性が濃く、行動を伴うオーディエンスを得ることができるのです。
──コンテンツを発表していく際に、意識すべきことは?
タイミングは大切です。新興プラットフォームなら早く参入してみるのも手ですし、トレンドなネタを扱うなら時期を逃さないことが望ましいでしょう。オーディエンスがプラットフォームに集まってくるのに対して、供給されるコンテンツが少ない状態であれば、それだけ注目されるチャンスが増えます。
あるアメリカの有名YouTuberは、Netflixで話題になったドラマの再現動画の制作に数億円規模の予算をかけ、多くのチャンネル登録者を獲得していました。そういったトレンドに乗ったコンテンツを作り、知ってもらう場として現在最もアクティブなプラットフォームは、TikTokですね。
──各プラットフォーム間でユーザーの移動も起きるがゆえに、単発のコンテンツ制作だけでは不十分であり、全体を俯瞰して設計できるプロデュース能力が必要だと。
そうですね。それに、クリエイターからすると、単一のプラットフォームに依存するのは怖いものです。というのも、YouTubeがアドセンスの条件を変えたり、一時期は政治的介入からTikTokが使えなくなったりなど、さまざまな環境変化が起き得るからです。
そのため、過去1年間のアメリカでは、クリエイターはただのコンテンツクリエイターに留まらず、「企業化」にフォーカスしています。異なるプラットフォームでも発表やマネタイズを続けられるようにする、オリジナルグッズを販売する、自らのブランドを立ち上げる、企業とのライセンス契約を結ぶなどの動きが顕著になっています。
トップからの目玉コンテンツと、ボトムからの大量コンテンツ
──企業がプラットフォームで展開するコンテンツ戦略も変化が求められますね。
どういったコンテンツを作りたいのかは、言わば「どういった目的を持ちたいか」ですから、まずはそこから考えることでしょう。
その上で、アメリカで上手くクリエイターエコノミーに乗れているブランドの一つに、ファストフードチェーンの「Dunkin' Donuts」が挙げられます。クリエイターやインフルエンサーと提携した施策をいくつもヒットさせてきました。
たとえば、TikTokで最もフォロワーを有するcharli d'amelio(チャーリー・ダメリオ)さんとのコラボレーションでは、開発したコールドブリュー系のドリンクの売り上げが、発売初日に20%、翌日には45%増加したといいます。このコラボレーションはダメリオさん自身が「Dunkin' Donutsが大好きだ」と公言していたことがきっかけとなっていて、それを企業側もしっかり踏まえていたという前提があります。
Dunkin' Donutsは社内インフルエンサーのインキュベータープログラムも展開しています。リスク管理など教育を施したうえで、店舗の従業員たちに店舗内でTikTokの撮影許可を出し、さらに追加の収入を与える方針も打ち出しています。
ブランドからすれば、「最も自分たちのブランドを理解している人」といえば、やはり従業員です。リスクは織り込み済みで、それでもクリエイター活動を支援することにより、プラットフォームでDunkin' Donutsを扱うコンテンツに触れる機会を増やしているのです。
「ある従業員が人気クリエイターになっても、辞めてしまえば影響力がなくなるのでは?」と考えるかもしれませんが、「それならば次の人を育てる」という思考に切り替えるべきでしょう。むしろ、そのブランドからインフルエンサーが生まれ、人が次々に来たいと思える場所を保つことを、戦略として考えればよいのです。
Dunkin' Donutsのコンテンツ戦略は、charli d'amelioさんとのコラボ商品開発といった「頻度は少なくとも高いクオリティのコンテンツを打ち出していくこと」と、「各店舗の従業員を活用した大量の動画をプラットフォームに流していくこと」と、その両軸を展開しているのが優位性として働いているといえます。
企業はどのようにクリエイターと向き合うべきか
──企業がクリエイターと上手に付き合っていくために、欠かせない観点とは?
まずは長期にわたる提携をすること。たとえば、単発の動画制作ではなく、5本から10本分の制作を前提とするだけでも、クリエイター側からすれば、自らにコミットしてくれている意思が伝わります。コラボレーションが、単なる話題作りやお金儲けのために行われるのではないことを示し、クリエイターからの信頼を得るためにも重要になってきます。
ブランド側の従業員は、クリエイターや制作物を理解していなくてはなりません。クリエイターからすれば、ブランドと協業するといえど、基本的にはその従業員との関係性が信頼感につながってくるからです。関連して、去年あたりからブランドマーケティングの世界では「公共の場で成長する」がキーワードになっています。従業員がより前に出て、社内の情報発信をしたり、自社のTwitterアカウントを成長させたりといった動きが顕著です。言わば、従業員がブランドとしての個を表している状態ともいえます。
もう一つは、クリエイターにある程度は任せることです。ブランドにとって、慎重になってしまうことだとは理解できますが、クリエイターからしてみれば、全てのプロジェクトは自分のオーディエンスとの信頼関係をもとに制作されるものです。そこへブランドが不自然な形で介入するように映れば、ブランド、クリエイター、オーディエンスと誰も幸せにならない結果になってしまいます。自分のファンに最もフィットする方法を知っているのはクリエイターであり、その知見を借りながら、一緒に制作するという姿勢は欠かせないでしょう。
アパレルブランドのAmerican Eagle(アメリカンイーグル)は、TikTokerにクリエイティブを全て任せる形でテレビCMを制作しました。制作物には従来のCMでは見られないようなカット割りなどが施されていましたが、彼らがターゲットに据えていたZ世代にはとてもフィットするものであったため、大きな話題を呼び、ブランド躍進のきっかけになったといいます。
プラットフォームやクリエイターへの理解を深めるために、アメリカではYouTuberなどをコンサルタントとして雇うケースも増えています。制作への考え方、リレーション構築、企画のアイデアなど、プラットフォームに精通している人たちに聞くほうが手探りし続けるよりも、早期に立ち上がるはずです。あるいは、トップクラスのクリエイターの動画をつぶさに分析することで、どのように制作されているかを研究するのも大切な観点かと思います。
クリエイター自身がブランド化し、あるいは会社化していく動きは、徐々に生まれています。日本でも元AKB48の小嶋陽菜さんが株式会社heart relationを創業し、ライフスタイルブランドの運営に挑んでいます。こういった流れが加速していく先にある未来は、既存ブランドの存在感が希薄になってくる世界です。それを防ぐためにも、クリエイターと長期契約を結び、共存していくという戦略は、なお重要になってくるのではないでしょうか。
■スタッフクレジット
取材・文・編集:長谷川賢人(監修:コンデナスト・ジャパン)